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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第一章 リーベルテ
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第五十二話 狂気の中に

 私は今、見たことを絶対に人に話してはならない。ましてや、アンさんの「見透かす目」がある以上、思うことすら、思い出すことすら許されない。

 ただただ忘れよう。

 確かに私は仲間を失った。しかし、悪い表現にはなってしまうのだが、彼らは私とほぼ接点がなかった。いうなれば、関係のない人なのだ。それよりも守るべきは最愛のシュワイヒナ。なんだか、だんだん依存性が高まっている気がするが、それもこれも愛しているからこそであり、失うことは許されない。

 しかし、さっきの現象は全てが不思議だ。私が一度命を落としたところから、すべてが理解不能。私は確かに殺されたはず。確かにステータスは体力が0だと表示されていたし、隕石は私の体のあらゆるところを貫いていた。逆にあれで死んでいないほうがおかしい。それならば、あの世界はなんだったのだろうか。そもそも「神」だとかいう存在そのものが怪しい。この世界が一体なんなのかすらわからないが、なんだかもったいぶっているようで、嫌いだ。きっとあいつはこの世界がなんなのか知っている。そう私は確信できる。じゃあ、やっぱりあれはなんなんだ? 

 そして、シュワイヒナの闇覚醒。制御できただなんて話が違うじゃないか。きっと何か特別な条件があるのだろうが、それがなんなのかわからない。そもそも私がこの目で見たことある闇覚醒は今回のと、ランだけだ。……私のは見たわけじゃないし。そして、あの能力。死の雨(デスレイン)。あれの効果をシュワイヒナは知っている。間違いないだろう。だから、あのシュワイヒナが私が死んだというのにあんなに落ち着いていられたのだ。遺体すら残らない。証拠など何もない。だというのに彼女は殺人を犯して、平然としている。そして、それに流されてきている私がいる。

 おかしくなってしまいそうだった。

 普通なら、罪悪感で隠しきれなくなってしまう。それが、私にもシュワイヒナにも、ない。私は変わってしまった。もう元には戻れない。

「ダメだな……」

 そうつぶやくと、

「何がですか?」

 とシュワイヒナが不安げに聞いてきた。

「いや、何もないよ」

「ええー。うそですよね。凛さん、私にはわかるんですよ」

「……まあ、そうかもね。いいよ、私はこのままでいい」

 狂気に侵されていく。それがたまらなく気持ちよかった。


 砦に戻ると、アンさんが

「確かに、生きてるんだな……」

 と神妙な顔で私をじーっと見てきた。

「ええ、もう大丈夫です。シュワイヒナのお陰で」

「そうか……そうだ。シュワイヒナ。君のほうはどうなんだ。あんな姿になって……」

「全然大丈夫ですよ。むしろ元気なくらいです」

「そうか……暗い」

「暗い……ってなにがですか?」

「いや、何もない。とりあえず無事でよかった」

 アンさんはそう言ってから、どこかへ行ってしまった。きっとまたもや仲間を失ってしまったことを悔いているのだろう。戦争ももう終わる。それなのに、ここまで来て犠牲者を出してしまったことは私だって悔しい。どうにもならなかったのだろうか。しかし、シュワナで二番目に強いであろう固有スキル使いも今やこの世にはいない。あとは、祐樹ただ一人。

 歩きながら、ふーっと息を吐いた。生を実感できる。これが戦争が終わった時まで続いていればいい。

 と、突然

「なあ、シュワイヒナ」

 ファイルスさんがそう話しかけてきた。

「なにか用ですか?」

 話しかけられたシュワイヒナはなんだか不機嫌になる。

「お前、ありゃなんだ? あの黒い雨といい、黒い体といい、意味わかんねえぞ。何を隠してんだ?」

「別に何か隠してるわけじゃないですよ」

「そう言うけどな……はあ。とにかく、あの力は危険だ」

「危険? なんでそんなことわかるんですか?」

「なんでと言われてもな。あれはあまり使わないほうがいい。俺の直感がそう言ってんだ」

「わかりましたよ。使わなければいいんですよね」

 あくまでシュワイヒナはまともに取り合う気はないようだった。

「いやな予感がするな……」

 ファイルスさんはぼそっと言って、また、どこかに行ってしまった。おそらく、砦を直しに行ったのだろう。ただ、砦を直しに行ったところで、その必要はないような気がする。使える場所があるとするならば、いつかの森で私とシュワイヒナが出会った巨大なオオカミくらいだろう。あれはラインさんが瞬殺していたし、それほど強い敵でもないように思える。あの時の私たちが弱すぎた。それだけだ。

 

 それからは特に何もなく、残りの時間は過ぎていった。砦を直す作業はどうやら全く終わりそうにない。こちらもかなりの損害を被ったのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

 夜、追悼式があった。遺体を火葬する。その際、遺体の数が合わなかったのだが――私から見れば、その理由はわかっているのだが、あくまで何も知らないことを装った――粉々になってしまったとかいう曖昧な結論になってしまい、それから、誰もそれを踏み込んで考えようとはしなかった。

 その後、部屋で眠った。そして、夢を見た。

 あの時、死の雨により、消えていった兵士が私の前にいる。それも一人じゃない。何人も、何人も、無限にも思える数が私の目の前にいた。

「……の……い……」

 何と言っているか聞き取れない。

 と、彼らは私のほうへ近づき始めた。それとともに、何と言っているかが聞き取れるようになる。

「お前のせいで! お前のせいで!」

 半ば反射的に私は逃げ出した。しかし、彼らもまた走り始める。腕を伸ばし、私の体を掴んでいく。

 もっと速く、もっと速く走らないといけないのに、体がうまく動かない。そして、後ろへ引きずり込まれる。体がめちゃくちゃになってしまいそうになる。

「誰だ! 誰も死なせないとか言ったやつは!」

 違う。

「俺たちはお前のせいで死んだんだ!」

 違う。

「お前も死ねよ! なんでお前だけ生き返ってんだ!」

 違う。それは私の望んだことじゃない。

「お前がこの結果を招いたんだろ!」

 首を絞められる。痛くて、苦しくて、つらい。

「お前だけ幸せになればいいのか!?」

 その言葉が胸に深く突き刺さる。怖い。怖い怖い怖い怖い――

「死ね!」

 首を絞められる力が一層強くなっていく。

 私の所為じゃないのに。私が悪いわけじゃないのに。

「誰か……」

 

 目が覚めた。私の体は汗にまみれている。苦しみももう、ない。

「凛さん?」

 シュワイヒナは私を心配しているようだった。

「どうしたんですか?」

 澄み切った目が私の心を抉る。

「別に何もないよ」

「何もないわけないじゃないですか」

 そう言って、彼女の顔が私の目前に迫る。


「やめて」


 私はそう言って、彼女の顔を突き放した。その一言だけでシュワイヒナは一気に不機嫌になっていく。何か黒いオーラを纏っているかのようだ。

「私を拒絶するんですか?」

「いや、そうじゃないんだ……こうなんていうかさ……」

 そうじゃないということもない。

 私は狂気に侵されていた。でも、正気を失ってはいなかった。私は自分が生き残ったからって割り切ることはできない。死者がいる。誓ったというのに、何もすることができなかった。結局、全部シュワイヒナ頼みで、私は全く役に立たないというのに多数の犠牲の上に生き返ってしまった。私は何だ。

 今まで何度も何度も自問してきたことなのに、結局答えが出せなかった。神から与えられた生き残れという命令に私が従う気がなくたって、従わされて、のうのうと生き続けて、ただただささやかな幸せだけ願っているそんな私に生きる価値があるのか? いや、人は誰でも生き残る価値があると言われれば、そうかもしれない。しかし、そう言ってきた相手に私はこう返したい。「じゃあ、私は大勢の犠牲の上に存在するだけの価値があるというのか」と。

「ここには気絶しているミルアしかいませんよ。それとも凛さん、私のこと嫌になっちゃいましたか?」

「だから、違うって……」

 本当に好きな人が怖い。この子は私のためなら、どんな犠牲でもいとわないであろう。それを平然とやってのけるだなんて、考えてみればどうかしている。何の葛藤もなしに、彼女はそれをやってのけてしまう。

「何が違うんですか!」

 彼女は大きな声を出した。

「凛さん、こっちに来てください」

 お願いですから、と目に涙を浮かべて語り掛ける。

 その目はずるい。抗えなくなってしまう。

「目、つぶってください」

 私は言われた通りにしてしまう。

 そして、唇に柔らかい感触が伝わってきた。それは言うなれば、麻薬。逃げ出すことは許されない。一度味わえば、やめることはできない快楽。

 ただのキスだけで、全部どうでもよくなってきた。もっともっと欲しい。

「だめですよ、これ以上は。私のこと好きって言ってください」

「好き、大好きだからぁ」

 我ながら気持ち悪い甘い声が出てしまった。すると、

「その言葉に嘘偽りはありませんね」

 と確かめるように聞いてくる。

「快楽に流されているだけですよね。いや、まあいいんですよ。凛さんがずっとそばにいてくれるなら、私の体くらい何度でも使ってください。でもですよ、隠されるのは辛いんですよ。悩みがあるなら、なんでも言ってください」

 そう私の肩を掴んで言った。なんだか現実に戻されたみたいに感じる。

「無理だよ、言えない」

 言えるわけがない。

「むー。強情ですね。いじめちゃいますよ」

「えっ……いじめる……」

「今、少し期待しましたよね。間違いないですよ」

「いや、それはその……」

「なら、いじめちゃってもいいってことじゃないですかあ」

 そう言って、彼女は私の顔に手を伸ばす。

 だめ。流されてはいけない。

 言えるわけがないことだけれども、言わなくては状況は膠着したまま、何も変わらない。シュワイヒナを傷つけたとしても、このままじゃ私がおかしくなってしまう。きっと分かってくれる。彼女ならきっと大丈夫。

 そう信じて、私は口を開いた。

「シュワイヒナ、私、あなたが怖い」

 後半少し尻つぼみになってしまってけれども確かに私はそう伝えられた。

「私が……怖い――ですか?」

 彼女は首を傾げ、その言葉を反芻する。そして、分からないとでもいうように首を振った。

「私、そんなに怖いですっけ? そんな自覚全くないんですけど……」

 妄言にしか聞こえない。本当にそう思っているのか?

「怖がらせてたんだったら、すいません。……でも、教えてください! 私、本当にわからないんです。どの辺が怖かったんですか?」

「そういうところだよ……」

 そう言って、はあとため息をついた。

 我ながら、この返答は面倒くさい女のそれだと少し反省する。

「そうだね……シュワイヒナはどうして、私のためにほかの人を殺せるの?」

 後悔した。いきなり確信を突いてしまっている。この辺が私がコミュ障たる所以でもあると、私は深く反省した。しかし、取り消すことはできない。

「逆に凛さんは私のために、他の人を殺せないんですか?」

「それは……時と場合による」

「思い出しても見てくださいよ、凛さん。アンさんが私をどうこうとか言った時、凛さん、何をしましたか?」

「――!」

「普通なんですよ。好きな人がいたら、相手を殺してでも守りたくなる。それが当たり前なんですよ。でも、凛さんは優しすぎるから、それができないんですよね。凛さんにはできないんですよ。なんでかわかりますか?」

「なんでって……」

「凛さんは私を守らなきゃいけないってことを自分のためだと思ってるんですよ。凛さん、自分のことを優先できないですからね。もうその性格がどうこうとか私は言いませんよ。それが凛さんのいいところなんですから」

 それから、彼女はふーっと息を吐いた。

「なんとなく分かってきましたよ。凛さんがなんで私が怖いのか。怖いんじゃなくて、分からないんですよ。人ってわからないものが怖いですからね。私は凛さんのことこれでもよく分かっているつもりなので、怖くないですけど。でも、心配なものは心配ですよ。それとこれとでは話は別です。とにもかくにも、私、決めました。凛さんの知りたいことならなんでも教えますよ。あと、凛さん、あなたは生きていく価値がある人間ですよ。あの時、凛さんが私の前に来た時から、私の世界は輝いているんですよ。あなただけは目が違います。凛さんは自分は怖い目しているとか思っているかもしれませんけど。それは気を遣いすぎた結果だと私は思います。透き通ってますから」

 長いセリフを吐き終わって、シュワイヒナは少し疲れたみたいだった。

「私、そうでもないよ」

「そうでもありますから」

「ふっ、だといいね」

 なんだか笑えてきた。別にいい。大人しく生を享受してればいいんだ。運がいい。そう割り切ってしまおう。悩むだけ無駄な時間が過ぎてしまう。

「ねえ。抱きしめていい?」

 そう私が尋ねると

「聞かなくてもいいですよ」

 と返ってきた。

 温かい体温。別にシュワイヒナは冷たくない。彼女の体はこんなにあったかいんだから。

 やっぱり私は彼女から離れられそうにもない。

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