第四話 森の中
私たちはまた歩き始めた。先ほどの戦闘でレベルが一上がったらしい。これで私のレベルは二ということになるが、祐樹のレベルを知っている以上、酷く低く見える。というか各ステータスが二つか三つくらい上がったのだが、その上がり方を見るに私のレベルが九百九十九になっても、私の各ステータスが九千九百九十九になることはないだろう。この世界に来た時点でまず、そこから差があるのだと思うと、なんだか虚しい気分になった。
そして、血でぬれた服から放たれる匂いは私の心を抉る。人を助けられなかった後悔といえば、聞こえはいいかもしれない。しかし、ただ目の前で人が死んだのがショックだっただけで、私がその人を助けたかったわけではなかったのだ。私はもっと私自身の感情に正直になるべきだったということをシュワイヒナから教えてもらった。ただ私の心は疲れていた。
あれから四時間が経った。
「凛さん、光りが差してきましたよ!」
確か、森の中に入ったのが、朝の八時だったはず。それなら単純に考えたら今は午後一時のはずだった。ということは今は昼間だ。光りが差していることに不思議はない。そうなのだが、ずっと暗い森の中にいたからだろうか、不思議に思った。
「なんだか久しぶりな気がするわね」
「そうですね」
まだ五時間しか歩いていないのだが、先ほどのこともあり、かなり疲れている。それに服や顔についた血が気持ち悪く、感情的にもよくない。
「川ですよ、川ですよ! 凛さん。水浴びしましょう」
シュワイヒナは子供のようにはしゃいでいた。一緒に働いていたときやさっきのような時はすごく格好よかったり、まるで私と同年齢とは思えない心の強さが垣間見えたりもしたものだが、こういうようなところでは年頃の少女の可愛らしさというか、見た目通りの可愛さというものが出ていて、なんだか和んだ。
「そうね。うん、それがいい」
というわけで私たちは服を脱ぎ、川の中へ入った。そして思い出した。まだ四月だったことを。何が言いたいのかというと
「きゃあああ!」
水はすごく冷たかったのだ。
「うう……」
シュワイヒナと私はすぐに川から身を引いた。しかし、だからとはいってここで立ち往生しているわけにもいかず、私たちは服を洗い始めた。そして、血が付いたところも洗った。そこまでしてから思い出した。
「タオルも服もないじゃん」
さらにもっというと下着もない。ということは私たちは体が乾くまで服も着られない。というか服が乾くまで着る服もないということになる。
「まずいですね」
「うん、本当にまずいことになったよ」
河原に座って木に引っ掛けたワンピースとパンツとブラを見つめる。なんだかひどく悲しい気分になってきた。
悲しい気分になると余計なことを考えてしまう。よくよく考えたら私の胸はかなり小さい方なのだからブラは必要なのか? という疑問がわき始めた。今まで当たり前のようにつけてたのだが、現にシュワイヒナはつけていない。
「ねえ、シュワイヒナ、ブラっているのかな?」
「あ、あそこにかかっているもののことですか?」
「え、そうだけど……」
「私、あんなもの見たことないんですよね」
え、えー。衝撃発言だった。この世界にはそんなものないのか。そう言われてみれば、アリシアとかシトリアとかカリアとかもつけてなかった。びっくりだ。
「え、こことか気にならないの?」
口には出したくなくてジェスチャーで表現する。
「そんなに気にならないですかね」
じゃあやっぱり必要ないじゃん。なんだか悲しくなった。辛い。結局私なんでつけてんだっけ?
溜息をついた。と思ったらシュワイヒナも溜息をついていた。重なったのだ。そして、それに気づいて二人で顔を見合わせた。そして笑った。
おそらく溜息をついた理由は違うのだが、まあいい。この瞬間が良かった。
十分もしないうちに体が乾いた。快晴の空の下だからだろうが早かった。
「それでさ、服のことなんだけど」
私は河原に体育座りしたまま、シュワイヒナに話しかけた。
「だけど、なんですか?」
「風魔法で乾かせるかな」
「いけそうですね」
「よし!」
私は立ち上がって、服に手を向けた。
「風魔法! つむじ風」
念じるだけでそこにつむじ風が巻き起こる。服が舞い上がる。
それをシュワイヒナのマジカルレインを受けながら十分くらいしていた。地面に下すと、まあそれなりに乾いていた。
「じゃあ行きましょうか」
「そうだね、行こう」
服を着て、私たちは出発した。結局ブラはつけていくことにした。
それから六時間位歩いた。足腰が本当に痛い。とは言っても光りが差し、綺麗な川沿いを歩き続けて、いつでも水が飲めるだけまだましだ。この川は確かリーベルテの方へずっと伸びているそうだし、少しだけ下り坂で、さっきの薄暗い森の中はずっと上り坂だったのでずっとましだ。まあ下り坂という感覚がまったくないのだが。
ちなみにここは島であり、大陸ではないらしい。縦に約千五百キロメートル、横に約五百キロメートルあるらしい。その島の上にシュワナとリーベルテが存在している。比較的山や森が多いらしいが、それは最近の日本へのイメージに比べてであるため、実際には日本と大して変わらない。だから山もたくさんあるから、川もかなりあるはずなのだが、こうやって歩いてみると意外とそんなにないものだ。
そして、この島には北にリーベルテ、南にシュワナ、その間に広大な森が存在している。シュワナの首都は西の方に位置しており、海に近い。リーベルテについてはあまりよく分かっていない。
今私たちがいるのはシュワナからおそらく四十四キロ離れた地点だと思う。ペース変えてないし。
「そろそろ暗くなってきましたね」
「うん、そうだね。まだ四月だし」
もう何十分か前に日没はしているから厳密には暗くなってきたという表現は違うのだが、十六の少女の会話なんてこんなものなんだ。
そんなことを考えて私は今更のように本当ならもう高校二年生なんだなと思った。もうこの世界に来てから九か月も経ったのかと思うと胸が苦しくなる。何も分からないままそんなに時間が経ってしまったなんて信じられない。
親不孝な子供だなって思った。思えば、喧嘩しっぱなしだった。そのまま、会えなくなるだなんてなければいい。そう思った。あの人たちも親なんだし、いなくなった私のことを心配しているだろう。本当にあの世界で私がいなくなっているかどうかすら分からないが。
「さて、そろそろご飯食べますか」
シュワイヒナがそう言った。
「うん、そうだね」
かなりお腹がすいた。出発前に兵士にもらった保存食を開く。すごく量が少ない。だから今日は一日何も食べなかったのだ。
食べるのにそんなに時間はかからなかった。
「これで残りの日にち持ちますかね」
シュワイヒナがそんなことを口にした。それは私もどうにかしなければいけないと思っていたことだった。
「そろそろ狩りを考えなきゃいけないかもね」
「狩りを始めたら火をおこさないといけないでしょうね」
「そうだ、そうだったああああ」
火をおこす方法覚えているが、実際出来るかと言われると怪しい。
「まあ、あとで考えて、今日はもう寝ましょうよ」
「うん、そうだけど、実際どんな人がいるのか、どんな動物がいるのか分かんないじゃん」
「あ……そうでしたね」
「どうしよう……」
本当に困った。どうしようもなくないか。
「交代で見張りましょうか」
「うん、それが良いんだろうけど」
なにしろ頭の回転が鈍り始めるくらい、眠い。
「じゃあ、木の上に寝ましょうよ」
「うん、それがいい」
「落ちないように気をつけてくださいよ」
「そういうシュワイヒナこそ」
そうやって笑いあいながら私たちは木に登って就寝した。
それが破られたのは、それから何時間たったかは分からないが、朝ではない。まだ周りが暗かったからだ。がるるると言う音と体が揺れている感覚で目が覚めた。
下を見ると――
「きゃ」
私は驚き、声を上げそうになったが、手で口を押えた。そこにいたのはオオカミだった。隣の木で寝ているシュワイヒナのほうを見る。シュワイヒナはまだ寝ていて気づかない。
オオカミはまっすぐ私の方を見つめている。獣のにおいというものか、かなり臭い。三匹いる。ここから落ちなければこれをやり過ごせるかもしれないが、落とされそうで、そんな自信はない。一人でなんとかしないといけない。
さっきの男たちの持ち物から奪ったナイフを取り出す。ここで殺せばその肉を食べれるかもしれない。そんな考えが私の脳裏をよぎった。お腹が空いていたのだ。
私はふらふらしながらなんとか枝の上に立ち上がる。寝起きだが、獣の強烈なにおいとこの危機感で眠気はなくなっていた。
私はナイフをしっかりと構え、どこに跳べば良いか思索した――オオカミの後ろへ跳べばナイフで一匹は殺せるかもしれない。
私は跳びあがった。オオカミは私から視線を逸らさない。私は無事オオカミの後ろに着地し、ナイフをその中の一匹に突きつけた。
「があああるるるる!」
オオカミは悲鳴を上げ、その場に突っ伏した。
それを見た残りの二匹は私の元へ飛び掛かる。周りは暗く、オオカミたちの動きは速い。不利な状況だが、ナイフの使い勝手は案外よかった。
瞬く間に私は二匹のオオカミを刺殺した。自分で言うのもなんだが私の身のこなしは結構良かったと思う。意外な自分の才能を見つけて、一人で感動した。というか、今のも十分、命の危険を感じるものではあったが、こんなことを簡単に決心してやっちゃったのは深夜テンションだったのだろうか。こんな生活この世界で続けていくわけにはいかないと思ってしまった。
この喜びをはやくシュワイヒナと共有したかったのだが、わざわざ起こすのも悪いし、私はこのまま寝ることにした。
どうやらそれが間違っていたらしい。
朝起きると、強烈なにおいがした。昨日のオオカミのにおいか――そう思って起き上がるとそこには大量のオオカミがいた。
シュワイヒナの方を見ると、シュワイヒナは口元を押さえ、そちらの方を必死に木にしがみついていた。シュワイヒナのいる木のすぐ下にはオオカミの群れがいて、木を倒そうとしていたのだった。
考えるよりも行動を起こす方が早い。シュワイヒナを助けるため、私は跳んだ。そしてオオカミの上に着地する。ざっと周りを見渡すとオオカミは全部で十五匹。こんな多くのオオカミで群れていたのかと思ったが、実際群れなんてそんなものだろう。私が無知だったため、驚いた。
私に飛び乗られたオオカミが暴れだす。どうするべきかは依然として分からないがとにかく数を減らすことが重要だろう。その隣にいたオオカミの首を掻き切った。
それを皮切りにしてオオカミたちは私に襲いかかってきた。数が多いため、昨日のようにはいかない。腕を引き裂かれ、鋭い痛みが走る。だが、止まれない。私はオオカミの首を次々と切りつけていった。
数は順調に減っていっている。しかし、体へのダメージも大きい。
「残り十匹……」
もうこの頃には体の限界が来ていた。オオカミの牙が私の足に噛みついた。
「うわあぁぁぁあ!」
あまりの痛みに叫び、その場に膝をつく。と、そこに
「はあっー!」
シュワイヒナが私の足にかみついたオオカミの首をいとも簡単に掻き切った。
「大丈夫ですか!」
シュワイヒナは足に触れ、回復させる。昨日洗ったばかりなのにもうこんなに汚れてしまった。
彼女はナイフをオオカミの方へ向けて、言った。
「立ち去りなさい。でないと痛い目に合いますよ」
正直かなり怖かった。ぐるると唸っていたオオカミも怖かったらしく、オオカミは去っていった。
「大丈夫ですか、凛さん、すぐ回復させますよ」
シュワイヒナはそう言って、私の腕に触れた。傷口が房上がっていく。
シュワイヒナは良かったと言って、胸をなでおろした。そして微笑む。
やっぱり可愛い笑顔だ。
「やっぱり怖いですね。森の中は」
「うん。本当に怖い」
どうやら殺したオオカミを放っておいたのが悪かったのだろう。そうとしか思えない。それであのオオカミの群れがやってきたのだろう。ていうことは……
「ぐるるるる」
その鳴き声と共にやってきたのはオオカミなのだが、サイズが違う。
「でっか……」
思わず、そう声に出してしまうほどそれは巨大だった。
おそらく高さは2メートル、全長は3メートルを優に超すだろう。さっきのオオカミの二倍ほどの大きさだった。信じられない。
寝ぼけてるのかと思って、頬を叩いてみるが当たり前のように痛みは存在し、夢ではないことを悟る。
そしてその巨大なオオカミは私たちの姿を確認すると唸り声をあげ、飛びかかってきた。
明らかに攻撃的な目をしていたから、その行動は予想できた。
だから、私は右に、シュワイヒナは左に跳ぶ。
オオカミはシュワイヒナの方を見る。私はそれを確認して上から首を狙った。殺してしまうのは悪い気がするけれども背に腹は代えられない。
だが、ここでオオカミは全くの予想外の行動に出る。
突然、飛びあがったのだ。
「な……」
空中での攻撃のかわし方を私は知らない。逆にあるなら教えてほしいものである。パッと思いついたものに風魔法があったが、そんなことを発動させている余裕はなかった。
バンッという音と共に私の体は本来進むべき方向とはまったく別の方向、つまり真上に吹き飛ばされた。
腹に体当たりを食らったようで、その衝撃は大きく、強烈な痛みが私を襲った。呼吸すらも苦しくなり、痛みで思考が邪魔されていく。そしてすぐに私は本来進むべき方向に重力にしたがって軌道をもとに変える。しかし、態勢を変えるだけの余裕がなかった。というより変えられなった。私の体はなぜかオオカミの尻尾に叩かれ、弾き飛ばされた。
木にぶつかり、目の前がくらくらする。息が吸えない。酸素が吸えない。体のどこにも力が入らない。もはやなすすべなくなってしまった私は、オオカミがシュワイヒナの方へ向かっていくのを呆然と見つめるしかなかった。




