第四十七話 カリア
毒ですぐに終わらせられる。そう思っていた。それを疑う理由などどこにもなかった。
兵士たちのところに飛び出した桜さんはすぐに毒の瓶を開け、次々と、兵士たちを倒れさせていく。あちらこちらから叫び声があがるが、その声はすぐに少なくなっていき、一分も経たないうちにすべて消えていった。
それはカリアとて例外ではなく、彼女にも毒はかかったはずだ。
「――敵、か」
カリアはそうつぶやいた。毒の効きが遅いのだろうか。彼女は顔にかけられたにもかかわらず、そこに立っている。
彼女は動き出した。そして、桜さんへ、その大剣を振るう。その攻撃を桜さんは間違いなく躱せる。そのレベルの速度で振るわれているのだ。
しかし、それははったりだった。後ろへ避けた桜さんへカリアは突然、圧倒的な速さで動き、接近する。
「ワープ!」
まさかの行動に桜さんはすぐに反応し、離れた場所へ行った。
「ほう、今のを避けきれるか」
そう言って、彼女は笑った。どこか余裕そうだった。自分にかけられた毒を手で拭い、
「毒、のようだな。貴様らは運が悪かったようだ」
そう言う。運が悪かった? 効いていないのか。
「桜! わかったぞ! カリアの固有スキルは魔法、固有スキルが効かない! それはリブルの固有スキルで生成されたものだから、効いていないのだ!」
アンさんが叫んだ。
「ほう、分かったのか……君が例の心が読める固有スキル『見透かす目』の使用者か。さて、そこまでバレたのならば教えてあげよう。私の固有スキルは『ヘイトマジック』。ちょうど、アン、君の固有スキルと同じ常時発動型だ。効果は、ご察しの通り魔法、固有スキルを無効化する。つまり、君たちがどんなに強力な魔法を使おうとも、固有スキルを使おうとも、意味はない。要するに君たちが私に勝つのには肉弾戦が必要ってことだ。まあ勝てないとは思うがな」
そこまで、説明して、彼女は笑った。逆に言えば、それだけ説明するだけの余裕があるということだ。確かにその余裕にふさわしい実力を持っている。
魔法が効かない――そういうことだったのか。その言葉にひどく納得した。
彼女は魔法が効かない。それならば、肉弾戦のみ気にしておけばいい。だから、あれほどの重装備を持っているのだ。
一般に、魔法が多用されるこの世界では鎧などと言うのはあまり役に立たないのはすぐにわかる。水魔法や、炎魔法、それらの魔法の前では意味をなさないからだ。しかし、彼女はその魔法が効かない。それならば、重装備は十分に役に立つ。そして、それを持っていながら、あの速度で動けるというのがそれの利点をさらに強くしている。魔法が効かないならば、肉弾戦のみ強くなればいい――当然の帰結だ。
「じゃあ、肉弾戦で勝てばいいってことでしょうが!」
そう叫んで、シュワイヒナが飛び出す。剣を抜き、肉体強化を発動させる。
その移動速度は先ほどのカリアの動きを超えていた。目にもとまらぬスピードで人間離れしているという表現がよく似合う。
「勝てれば、な」
カリアはそうつぶやき、構えた。
一瞬のうちに、接触する。そして、
「えっ――」
そんな腑抜けたシュワイヒナの声が聞こえた。飛んだ。カリアの一閃により、彼女の軽い体は弾き飛ばされ、木にぶつかった。
「シュワイヒナ!」
彼女に駆け寄り、抱き起す。
「一応、大丈夫ですよ」
そう言って、彼女はすぐに私の支えなしに立ち上がろうとするが、足元がふらつき、危なっかしい。
「ちょっと、受け身取れなかったみたいですね」
そう言って、彼女は私にその体重を預けた。
「一撃でその程度か。弱いな」
カリアがそう言って、こちらへ近づく。
「その命頂こうか」
突然、剣を向けた彼女の体は突然大きくバランスを崩した。
桜さんだ。ワープでカリアのすぐ隣に現れ、顔を蹴り飛ばしたのだ。
彼女はバランスを崩したカリアへさらに連撃を叩き込む。
だが、今度バランスを崩したのは桜さんだった。
カリアは桜さんの連撃にも耐え、彼女を蹴り飛ばす。そして、面を上げた彼女の顔には傷一つついていなかった。
「私のとりえはこの体なんだ。そう簡単に傷つけられると思うなよ」
そして、お返しとばかりに、桜さんの体を蹴ろうとする。
「ダメ!」
それをさせるわけにはいかない。桜さんのおなかには今でも命が作られようとしているのだ。だから、それを失わせるわけにはいかない。
自分の限界の速度を出すために、マジックポイントを足に集め、極限まで、足の筋肉を強化する。
「はあ――っ!」
自分でも信じられないほどの速度で私は動くことができた。そして、カリアの脚を止める。
「ほう、君もなかなか強くなったようだな。さぞ頑張ったのだろう」
感心したように、彼女はそう言った。なんだかなめられているような気がして、苛立つ。
私は怒りに任せて、彼女の体を蹴った。そして、すぐに後悔した。
「なっ……いたっ!」
まず、カリアの体はびくともしなかった。次に、彼女の体は鎧で覆われている。その体を蹴れば、どうなるかはだれでもわかることだった。
「成長はしたんだろうが、貧弱な蹴りだな」
カリアはにこりとほほ笑んだ。まるで、哀れなものを見るような目だった。
私もまさか痛い痛いと足を押さえて飛び跳ねるわけにもいかないので、剣を抜いて、私へ振り下ろされようとしていた剣を防ぐのだが、圧倒的力量差により、簡単に押し返される。
自分の剣がもうすぐ目の前まで迫っていた。このままじゃ、やられる。
たまらず、私は後ろへ退いた。
足の痛みはひかず、立っているのもつらい。骨が砕けたんじゃないかと思うほどだ。だが、桜さんを助けることはできた。まずまず。
「一回退くわよ!」
桜さんがそう叫んだ。確かにそれが賢明な判断だろう。このまま彼女を相手にしていては埒が明かない。
私もシュワイヒナを担いで、桜さんのもとへ走る。
「逃がすか」
カリアは走り出した。速い。なぜ、その重装備で、それだけの速度を出せるかわからないほどだ。彼女は桜さんを狙っている。だから、守らなきゃ。
「アースロック!」
アンさんは、そう叫び、カリアの元へ岩が飛んでいった。私も一瞬期待した。なぜなら、魔法が効かないと言っても、岩魔法は物理攻撃。だから、効く可能性はあると思ったのだ。
「遅いな」
だが、その予想を確認する間もなく、その岩は奇麗に二つに割れた。カリアに斬られたのだ。
アンさんは舌打ちをして、カリアへ剣を振るった。だが、アンさんは比較的細身で、あまり力が強いほうではない。力比べに入った途端に押し負けてしまう。
「だが――っ!」
アンさんは猛スピードで放たれた剣を避けた。アンさんにはその攻撃がどう動くかわかっていたのだ。そして、
「その速度で放たれた斬撃をすぐに別方向へ動かすのは無理だ」
アンさんはそうカリアのすぐそばで言った。そして、彼は彼の剣をカリアのすぐ顔まで近づける。
殺す気だ。斬るつもりなんだ。止めようと思った自分がいたが、しょうがないことだと、体を押さえる。しかし、結果的にその心配に意味はなかった。
「無理だよ、斬るのは」
カリアの顔に振られた剣はカリアの顔に当たり、止まった。
彼女の皮膚から、すーっと血が流れる。しかし、それだけだった。
「なっ……どうなってるんだ」
「知ってるか? 防御力はある程度のところまで行けば、斬撃すら無効化できる。私のステータスは魔力以外すべて高い。それに祐樹に教えてもらった肉体強化があるんだ。そして、レベルも私は八十を上回る。六十ほどしかレベルがない君の斬撃など少しも意味はないのだよ」
そう言って、凄惨な笑みを浮かべた。
「さて、君は何を思ってその命を落とすのかい?」
カリアはアンさんの剣をつかんで、まるで、木の枝を折るかのように、折った。そして、剣はそれがもとは鋼だったと言うことを少しも思わせず、粉々になり、ひらひらと落ちていく。
その時にはすでにアンさんはその場を抜けようと行動を始めていた。しかし、横に抜けようとしたアンさんの体を容赦なくカリアの斬撃が襲う。
「さようなら」
その斬撃を制したのはシュワイヒナだった。
「今です、凛さん!」
その合図とともに、私は後ろから、飛びかかる。
「くっ……まさか!」
驚愕の表情を浮かべたカリアの後ろから、私は彼女の頭に絡みつくように手を伸ばした。そして、彼女の口を手でふさぐ。
もうこれしか方法は思いつかなかった。魔法、固有スキルは聞かない。肉弾戦では常軌を逸した強さを見せつける。そんな彼女でも呼吸が出来なければどうしようもない。
これで終わってほしい。こんなにも絶望的な相手に当たったのはそれこそ、ランが闇覚醒を起こした時ぶりだ。
「うっ……うー!」
とうめき声をあげるが、決してその力を緩めるわけにはいかない。アンさんは左手を、シュワイヒナは右手を押さえて、彼女の動きを止める。
「があ――っ!」
まるで獣のような咆哮をカリアが上げたかと思うと、次の瞬間には私の体は宙を浮いていた。それに少し遅れて、脇腹に激しい鈍い痛みが広がる。
状況をつかむのに、少し時間がかかった。信じられない光景だった。カリアは二人を片手の力だけで吹き飛ばし、そのまま、私に回し蹴りをしたのだ。
あばら骨を数本やった。それに、肩も外れてしまっている。
木に激突した。一瞬呼吸が止まる。それから、動けなくなる。
体がしびれる。それに死すら感じるような強い痛み。
「凛さん!」
シュワイヒナがそう叫ぶが、彼女とて人を助けにいける状況ではなかった。
「死」がすぐ目前にまで迫っていた。
木にぶつかった衝撃でさらに骨を何本かやった気がするが、もはやどこが悪いのか、どこが痛いのかすらも分からない。
それから感覚が薄くなって、体が熱くなっていった。こんなに体温って上がるもんだっけと、困惑する。
遠くなってきた耳がバカでかい音を感じた。と思うとぼやけた視界の隅に銀髪が映る。
「結果オーライですね」
シュワイヒナだった。どうやら、カリアに蹴飛ばされて、こちらまで飛ばされたようだ。
「おかげで何とかこちらに来れましたよ」
「私よりも……」
向こうを助けて。そう言おうとしたが、もはや喋ることすら難しくなっていた。桜さんやアンさんが防戦一方であり、しかもあれはもう持たない。殺されてしまう。
「喋らないでください」
そう言い放ち、彼女は私に触れる。淡い緑の光とともに、痛みが和らいでいく。
なんとか一人で動けるくらいまでには回復した。
「ねえ、凛さん。どうしますか? このまま逃げるのもありです。でも、失敗したら、皆死んでしまいます。その可能性もあることを考えないといけません。それに、戦うことを続けても、勝てるかどうかはわかりません。どうしましょうか。どっちが可能性高いでしょうか」
正直な話をすれば、逃げたい。勝てる見込みもないし、命の危険が伴う。しかし、彼女には私たちを全員逃がさずに殺してしまうほどの力がある。私の見たてでは逃げようとしたほうが殺される可能性は高いと思う。ならば、
「戦うしかない」
「言うと思いました」
どうすれば勝てる? どこか弱点くらいあるはずだ。そもそも彼女に勝てなければ祐樹などさらに難しい。だから、勝たなければならない。なんとしてでも。
動かないはずの体を無理矢理動かして、私たちは走り出した。力が足りないならば――
「シュワイヒナ!」
「はいっ!」
やってみる価値はある。それがだめなら本当にだめかもしれない。けれども可能性はある。
私はカリアの正面に回った。
「カリア! この剣を受けてみろ!」
私がそう叫ぶと、カリアは
「そうかい、受けてやるさ!」
そう返した。もう後戻りはできない。手加減などしない。
「王流剣術第壱法超加速」
一瞬の踏み込みに、すべての力をかけ、加速していく。殺してしまうかもしれないという迷いなどいらない。自分たちが生き残るために。
そして、もう一つの。
「超加速」
二つの剣が片方は腹に、片方は背中に、同時に高い金属音を響かせた




