第四十六話 チェイスアロー
そう思っていた。しかし、現実は違ったのだ。
三人同時の攻撃をアリシアはまるでわかっていたかのように、避けた。私が注意を引き付けていたと思っていたのに、それは勝手な思い込みで、ただの自意識過剰。そして、命取りである。
放たれた矢はアリシアが倒れないがために止まらない。しかも、三人の間を縫うようにして、避けたアリシアは既に、矢をつがえていた。そして、地面へ落下しながら、それらを放った。しかも三本同時に。本来ならば三本同時などできないはずだ。しかし、それを彼女の固有スキル「チェイスアロー」が可能とさせていた。
焦りが過熱していき、体が熱い。
雨は強くなり、私の血を流すが、それはすなわち傷跡に水が触れるということでしみるような痛みが私を襲う。だが、そんなことも気にならないくらいに、死への恐怖が私の心を、感覚を縛り付けて、どうしようもなくなってきた。
しかし、シュワイヒナは、桜さんは、アンさんは、目の前で矢が放たれたという事実に怯むことなどなかった。
「なっ……!」
アリシアが驚愕に目を見開く。
「肉体強化!」
そう叫んだシュワイヒナの髪が浮き上がるが、それと同時に、矢が突き刺さる。一本は右手で、もう二本は左手でとらえたが、左手に当たったほうはそのまま、左手を貫き、アンさんや、桜さんめがけて、動き続ける。
だが、右手に当たった一本は貫通するどころが、皮膚を少し削ったところで止まった。
上がった血しぶきが右手には起こらなかったのだから、間違いはない。
剣を抜いたシュワイヒナはそのまま、アリシアに斬りかかった。そして、アンさん、桜さんが連撃をしかける。
そうだ。ただの一回攻撃が通用しなかっただけで、止まってしまう三人ではなかった。
その行動に勇気が出た私は矢を一度守ることで、私に当たるまでの時間稼ぎに成功した。矢はすぐに軌道を変え、上から、私に襲い掛かる。
「王流剣術第壱法超加速」
シュワイヒナの動きは見えなかった。気づけば、アリシアの弓は二つに切り裂かれていて、そして、私の上から、襲い掛かっていた矢も、アンさんや桜さんを襲っていた矢も斬られている。よほどの速さで斬られたのか、かなりの力がかかったようで、ほぼ無理矢理ベクトルが変えられた。
「アースロック!」
そこから、すぐに放たれたアンさんの岩魔法はアリシアの頭に直撃する。
「がっ……」
それの影響か、矢は消えた。
そして、彼女の弓を斬ったシュワイヒナは気づけば、私のすぐ隣にいた。
肩で息をして、苦しそうにあえぐ。
「シュワイヒナ!」
倒れそうになった彼女を抱きかかえ、起こす。
「ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
いつの間にか回復魔法をつかったのか、すぐに立ち上がる。だが、すぐには使えなかったと言うことは、それだけ危機的状況に陥ってたということだ。
「てめえ……」
アリシアはふらふらしながら、私たちのほうへ歩き出した。しかし、もはやまともにまっすぐ歩くことすらできそうにない。
それでも彼女は必死に歩いて、こちらに来ようとする。けれども、彼女は目が虚ろになったかと思うと、まるで糸でも切れたかのように、その場に倒れた。
「なんとかなりましたね」
そうシュワイヒナが安堵の一言を漏らす。
「でも、大丈夫なの?」
「ええ、ちょっと早く動きすぎただけですよ。それより、凛さん」
そう言って、彼女は私の右腕と左の手に触れた。一瞬緑色の光が出たかと思うと、気づけば、痛みはきれいさっぱり消えている。自分が傷を負った証拠は雨とともに流されていく。
「これで、もう大丈夫です」
優しくほほ笑む。どこか無理をしているようでもあった。それがなんだか悲しくて、やりきれない。せっかくなんとかアリシアを倒したので、喜びたいところなのだが、なんでも気にしたがりな私にとっては看過できない問題だ。
「別に、凛さんは何も気にしなくていいんですよ。私もお陰で自分の限界の速度を知ることができましたし、これでもっと立ち回りうまくできるようになりましたから」
「シュワイヒナが良いって言うんなら、いいんだけど……」
はあとため息をつく。
「とりあえず、なんとかなったわね」
桜さんがふわあと欠伸をしながら、言った。
「でも、これ、運ばなきゃなんないからね。マジックポイント足りるかなあ」
「マジカルレイン降らせましょうか?」
「いえ、なんとかなりそうだわ」
「実は最初からわかってましたよね」
「シュワイヒナも丸くなったかなあって確認したくてさ」
そう言って、笑った。
さっそく準備に取り掛かる。
今回は割と一か所に集めたから、えぐり取る地面の量は少なくて済みそうだ。
「ワープ」
兵士の全てをその一言で砦へ運ぶ。
「じゃあ私たちも帰りましょうか」
アンさんがアリシアを担ぎ、私たちもともに、砦へ帰った。
リブルさんに気絶したアリシアを引き渡すと、彼の固有スキル「ポイズンボディ」で眠らせてくれた。それから、私たちは少し休憩をとる。
「あと二人だね」
城の中で、体を乾かしながら、シュワイヒナにそう言った。
「そうですね。カリアと、もう一人。桜さん曰くおっさんっぽい人でしたね」
「そうだったねえ。そんな人シュワナにいたっけ?」
「私が知っている限りではもういませんよ。せいぜいアルズとか、レルズとかその辺だけですよ。二人とも死にましたし、生きている中であんなのはいませんて」
「エリバが言ってた元シュワナ軍大将とか言う人はどうなの?」
「あの人は死んだって言ってたじゃないですか。ていうか、あの人なら、性格だけ見たら、もしかしたらあり得るかもしれませんけど、何より固有スキル使えないですからね。私としてはあの人が反乱を起こしたことはまあ、信じられないんですがね」
「どうして?」
「あの人は魔王が来るなり、すぐにへこへこしてしまって、私を生贄にしようとしたんですよ。ごみみたいなやつです。まあ、それはあいつも変わりありませんが」
「あいつ?」
「あっ……しゃべりすぎました。忘れてください」
「まあ、うん。頑張って忘れる」
「なら、いいですよ。忘れなくても。死んだ者のことなんて、どうでもいいですから」
と、どこか遠くを見つめるように言った。
「どうした? 何か、分からないもう一人の手がかり見つかった?」
そこに桜さんが現れ、そう言う。
「いえ、まだなにも……」
「そう。しかし、変な話よね。あなたたち二人とも、シュワナにいたんでしょ。シュワイヒナに限っては、ずっと住んでたわけじゃない。それなのに、固有スキル使いすらわからないとか」
「まあ、そうは言っても、国民全員を知ってたわけじゃないですから」
「でも、祐樹が集めたんでしょ。それに、年もだいぶ毛が薄くなってたのを見ると、若くはなさそうだし、それなのに、部隊長ってことは、それなりに強いってことでしょ? だったらさあ、魔王軍との戦いにくらい参加してるでしょ。もし参加してないんだとしたら、逆に祐樹がそんな人をどうやって探したのよ」
「言われてみれば……確かに変ですね」
「でしょ? だからさあ、そんなにわからないってこともないと思うの。でも、分からないんでしょ。だから、たぶん、見落としてる人がいるんだよ」
その言葉に、シュワイヒナがむっとして、
「そんなことないですよ。さすがに誰が固有スキル使えてとか、誰が固有スキル使えないとか、分かってますって」
「本当に? じゃあもういないっていうの?」
「ええ。私はアリシアや、カリア、シトリアのことも彼女らに会う前から知ってたんですから。国内の固有スキル事情はだいぶ調べてたんですよ」
「よっぽど、自信があるのね」
桜さんはそう言ってから、下を向いて、じっと考え込む。そして、
「そういえばさあ、シュワイヒナ。兄弟とか姉妹とかいないの?」
「いませんよ」
間髪入れずに、そう答える。だが、桜さんは、
「本当に?」
と聞き返す。
「はい、本当です」
毅然とした態度で、シュワイヒナはそう答えた。まるで、その回答を用意していたようだ。
「ふーん、なんか引っかかるんだけど」
彼女のことを疑いたくはないのだが、兄弟姉妹がいないというのは嘘なのだろう。桜さんの態度がそれを示している。しかし、あくまで、桜さんの態度がそれを示しているだけであって、それが真実とは限らない。だが、私もどこか、うそをついているように聞こえてしまった。でも、私はやはり会ったことがない。
話がつながってきた。もう少しで全容が見えるような気がする。もう少しで、分かるのにというもどかしさが私を刺激した。
「なんだか、ここまで来ているって感じなのに」
桜さんがため息をついた。それに加えて、シュワイヒナもため息をつく。
「私、うそ下手ですね。悲しくなってきました」
やはり、兄弟姉妹がいると言うことだろうか。それならば、だが、兄弟姉妹ならば、そんなに年は離れていないはずだ。だから、例のおっさんのような人が彼女の血縁者である可能性は低いと思う。
「『今は』、いませんよ」
シュワイヒナはそう言った。その言葉の意味がこの時はよくわからなかった。
「休憩は十分か?」
雨が降り続く中、玄関に出た私たちにアンさんからかけられたのはそんな言葉だった。
みんな頷く。それを見て、
「なら、行こうか」
とアンさんが言った。
「次は、誰にするんですか?」
と私が桜さんに尋ねると、
「そうねえ。カリアかしら。情報があるほうを先に叩いて、万が一情報がないほうに負けて逃げることがあったとしても対応できるようにしたいからね」
と答えてくれた。すごく納得できる。
「そうと決まればさっそく行きましょうか」
シュワイヒナがそういう。
桜さんもいつの間にか、毒の入った瓶を持ってきているようであった。さっきの間に手に入れたのだろう。
「じゃあ、私につかまって」
また、先ほどのように体に触れる。
「ワープ」
もはや慣れてしまった感覚が私を襲った。
ついた場所は砦から約五十キロメートル地点。こちらは曇りではあるが、雨は降っていないようだ。しかし、湿度は高いのだろう。なんだかじめじめした気持ちの悪い感覚が体に纏わりつく。
「じゃあ、探しましょうか」
私たちは桜さんの後をついて、走り出した。
とりあえず、見える範囲にカリア率いる部隊はいない。砦のほうに向かって行っているようだ。
と、二キロくらい走ったところで、桜さんが止まって、と声をかけた。前のほうを見ると、人がたくさん見える。数は二百後半くらいだろうか。他の部隊よりも少し多いようであった。
少しずつ、近づいていく。間は約四キロ。その間を少しずつ詰めていく。
カリアの固有スキルが分からない以上、迂闊に走るのは危険だ。突然、勘づかれるのはあまりよろしくない。
と思っていたのだが、実際に近づいて、カリアの姿がはっきりしてくると、そうでもないことが分かった。
彼女はかなり重そうな鎧に身を包んでいる。それに大きな剣と盾も持っている。確かに彼女は女騎士ではあったが、昔はこれほど重装備ではなかったはずだ。お金に余裕ができたがために、新調したのかと考えたが、とても動きにくそうで、ますますわからない。まるで、意地でも生き残りたいと主張しているようでもあったが、それならば、顔まで兜のようなものをつけるべきだ。どこか不自然さを感じる。
また、鎧の上から彼女の体型はくっきりとわかって、とても窮屈そうだ。
「あれ、変ですね」
そうシュワイヒナが言う。彼女も違和感を感じたのだろう。
「周りの人は、あんなに重装備じゃないのに。あれじゃ逃げることもできないですよね。アンさん、何かわかりますか?」
「いや……面倒だという感情しか読み取れない。ここは本来なら戦場じゃないのだから、脱げばいいのに」
「生存意識が高いんでしょう。奇襲を受けてもどうにかなるように。まあ、あれじゃ毒には対処不能なんですけどね」
「まあ、そうだな。うん、行こう」
「そうね、一気に終わらせるわよ」
その桜さんの合図で、私たちは走り出した。




