第四十三話 終わらずに
一人称が元に戻ります
アスバさんの悲鳴が砦の中に響き渡った。それは何がためか。傍に横たわっている人の姿を見る。ビラスさんだった。だが、本当に彼かどうかなどは確認できない。なぜなら、首から上が潰れていたのだ。岩を落とされたのだろうか。とにかく、彼がこの戦争の最初の犠牲者になってしまった。弔うように私は手を合わせる。それが意味のないことだなんてわかっていたのだが。そして、アスバは長い絶叫の後、その場に倒れた。それを見て、桜さんが慌てて、走り寄る。
「ビラス……」
リブルさんの「エナジードレイン」を受け、力を失ったミルアは地面に倒れたまま、ビラスのほうを見る。信じられないようだった。これで、ミルアの最後の頼みの綱も消えた。
と、突然ミルアが渇いた笑い声を立てた。それは砦中にこだまして、その場は困惑に包まれる。
「ねえ、凛さん。私ってなんなの」
ミルアは私にそう問いかける。まるで、仲間を探しているかのように。
「どうすればいい――か。それは自分で考えるのが道理じゃない?」
わざと冷たくあしらう。ここで、甘えさせても意味がない。成長のためには必要なことなのだ。それに、私には前科がある。だから、甘えたことを言っても、また、破滅を招くだけだ。
「そうですか……凛さん、冷たくなったの。いつかはあんなに必死だったのに」
その目は深く、冷たい。ナイフのような切れ味も持っている。こんな目で見られたら、身が切られているようだ。
「死んじゃえばいいの。そう、みんな死んじゃえばいいの。そうすれば、皆幸せになれるの。私たちは、死のために日々生きてるの!」
がばっと起き上がり、彼女は攻撃を始めようとする。しかし、余力はもうないようで、一歩踏み出し、すぐにその場に倒れた。
「無理だ。もう君には体力もマジックポイントもない」
アンさんが諭すように言う。しかし、それでも、彼女は諦めるつもりはないようだ。それを示すかのように、彼女は立ち上がろうとする。
かわいそうに思えてきた。それが彼女の作戦と思うとそれもまた悲しいことではあるが、手を差し伸べたくなってくるのだ。それが人の性というものではないだろうか。
だが、手を差し伸べるわけにはいかない。ついつい出してしまいそうな手を押さえて、彼女の姿を見つめる。
その時だった。
彼女の体から黒い何かが噴き出した。もちろん、見覚えはある。闇覚醒フェーズワン。
まったくもって、この世界はどうなってるんだ。甘やかしても、甘やかさなくても悪いことしかおきない。
とにかく、対応を急がなければ。記憶を消すことにより解決させるのは私は好きじゃない。それに、そもそもネルべさんはここにはいないし、記憶がなくなることにより、赤ちゃん同然となったミルアを誰が引き取るというのだ。それに、これは問題を消してしまっているだけだ。人が成長するために、記憶消去による解決ではなく、自分で過去をとらえ、それをいい経験とし、それにより、成長し、前を向けるようにしなければならない。これが彼女への運命とするならば、きっと神はそこまで考えてこんな試練を送っているんだ。私が神を信じているとかそういうことじゃないけど。
いや、ただ単に私が自分への試練をなんとか乗り切っているのに、彼女は乗り越えなくていいものかと、そういう羨望のような嫉妬のような感情のためかもしれない。そんなことに彼女を振り回してしまっているのかもしれない。
しかし、そんな私の感情とはまた、別にこれを解決することは急務だ。こちらの陣営も深く傷ついていることには変わりないし、この状態でミルアと戦闘を行えば、いよいよこちらにも死人が出てしまうかもしれない。そうなってしまえば、本当にまずい状況になってしまう。その状態で奇襲を受けたら、どうなる? 闇覚醒後のミルアの固有スキルに対処不能だったらどうする? 敗北必須だ。
「ミルア! 落ち着いて!」
私は痛む体に鞭うち、走る。彼女の耳元で、すぐそばで言葉を贈らなきゃ。
それよりも、先だった。
リブルさんは動き始めていた。
「ポイズンボディ」
紫色に変化した体はどろどろの液体になり、一滴、また一滴と地面に落ちていく。それはそこにあった植物を変色させ、枯れていった。
それをリブルさんはミルアの口元へ押し当てていく。
ミルアは目を見開いた。それとともに、飛び出していた黒い霧は彼女の体へ戻っていく。さらに、浮き始めていた黒い紋様のようなものは消えていった。
「う……あ……」
とミルアはうめき声のようなものをあげながら、遂には動かなくなった。恨めしそうな目だけが、私の脳裏に深く焼き付く。
でも、それで終わったのだ。問題は先延ばしにしたが、この戦争が終わった後でも遅くはない。そのほうが状況的には良くなっているだろう。もちろん、勝っていればの話だが。
心の整理を無理矢理つけようとして、頭が痛くなってきた。
静寂に包まれた空間と夕焼けが私を少し感傷的にする。
ちょっと気持ちが落ち込んで、私は芝生の上に仰向けに寝転んだ。
みんな生きてる、その事実が少し私を安心させるのだが、それでもつらいことには変わりない。まだ、固有スキル使いは三人残っている上に、祐樹もまだ残ってるんだ。残りの部隊もここに追い討ちに来るかもしれない。むしろ、その可能性は高いだろう。こんなにボロボロの面子で受け止められるだろうか。
「凛さん、大丈夫ですか」
優しい声が私の体の芯をあっためてくれているような気がする。
「大丈夫だよ、シュワイヒナ」
ゆっくり起き上がって、周りを眺める。アスバさんはどうやら、背中に大きな切り傷ができていたようだが、桜さんに回復してもらって、傷がふさがったようだ。しかし、依然、気を失っていて、しばらく目を覚ましそうにもない。
かなりのショックだったのだろう。自分の父親を手にかけるだなんて。一体、どんな恨みがあったか、ビラスが今までどんな罪を犯したのか、それは私にはわからないが、かと言って、アスバさんも生半可な覚悟じゃできなかったことだろう。どうしても殺さないといけなかったのだろうか。そう疑問に思うが、私のような部外者が口を出すことでもないだろう。
ファイルスさんもまた、芝生の上に仰向けに倒れていた。先ほど、ミルアから「エナジードレイン」により、大幅に体力を削られ、立つことも難しくなってきているのだろう。
リブルさんは相変わらず、強力な固有スキルと吸収魔法で活躍していたし、あまりダメージも負っていないようだ。だが、何度も固有スキルを使っているし、そもそも戦闘向きの性格ではない。マジックポイントもかなり減っているだろう。それに疲れているようで、芝生の上で空をじっと見つめていた。
湊さんはあまり体に傷は負っていないようだ。彼は苦戦はしていても、自分自身がダメージを受けることはあまりないようだ。桜さんも今日はかなり動き回った上に、体の状況を考えると、決して良い状態とは言えないのだが、そんなことは思わせない様子だった。アスバさんを運んでこちらに戻ってきている。
今、思えば惨状だ。こちらの兵士のほとんどが倒れているし、そこに相手の兵士もかなり倒れているから、そこを惨状と呼ばずして、何と呼ぶのだろうか。
「なんとかなりましたね」
シュワイヒナがそう言うのだが、これは存在していた可能性の中では悪い部類に位置しているのではないのだろうか。この中でマジックポイントがまだ余っている人がどれだけいるのだろうか。この中でまだ戦闘に入れるものがどれだけいるのだろうか。アンさんはまだ戦えそうだし、湊さんもまだ戦えそうだけど、その二人ほどしかいないような気がする。
「安心しろ、凛。もうこの周囲に敵はいない。アリシアやカリア、そして、もう一人――名を何というかは知らないが――彼らはこの作戦のことを知らなかったようだ。だから、祐樹が決めた作戦ではない。おそらくミルアとビラスの二人で決められた作戦なのだろう。よほど自信があったようだな。確かにこちらの陣営も大きな被害を被ることにはなった。だが、アリシアやカリア、そしてもう一人の男は今日はもう動く予定はないようだ。例の包囲陣とやらの完成を待っているのだろう。攻撃予定は明後日のようだ。だから、今日はもう休んでいい。もし、それが罠だとしても、私が対処する」
アンさんの言葉はとても心強かった。
私とシュワイヒナは体を引きずりながら、城内に入っていった。倒れた兵士の寝る場所の確保や、壊れた砦の修理など、私たちも手伝いたいことはたくさんあったが、もはやこの体じゃ役に立てない。それなら、今は休養を取って、明後日に備えるべきだろう。
貰った紙をもとに、寝室にたどり着いた。女子用で、雑魚寝スペースのようになっている。何か、食べ物を摂取する必要がある気もするが、極限まで疲れた体というのは食べ物を欲しはしても、入らないようだ。一応、厨房にあるものを食べてよいとは言われたのだが、とりあえず寝ようと思う。体が睡眠を欲している。というか食べるだけの体力がない。睡眠には体力が必要とは言うが、最悪寝ている間にマジックポイントを回復させればいいし、頼ってばかりで申し訳ないが、シュワイヒナの回復魔法もある。だから寝ることが先決であると思ったのだ。
布団も敷かずに、床に寝っ転がる。そして、何かを考える間もなく、私は眠りについた。
夢を見た。疲れているときには夢を見ないなどと言うが、例外もあるらしい。だが、この場合は夢に出てきた相手が例の「神」を名乗る男であるから、無理矢理見させられた夢というわけでもありそうだ。
「何? 疲れてんだけど」
「疲れているであろうから、ここに来たんだ」
「……どういうこと?」
「お前はこの世界はどうなってんだと愚痴をこぼしたな」
「心の中、でね。本当にどうなってんの」
「世の中には理不尽なこともあろう」
「そう。じゃあさ、あんた本当に神と言うのなら、どうにかしてみてよ」
「まあまあ、君の置かれている状況はそれほど悲惨なものじゃないんだし、欲張りは良くない」
「それはそうかもしれないけど……」
「それに、理不尽なんて元の世界にもあったことじゃないか。私はこの世界の神ではあるが、元の世界の神ではない。この世界は元の世界とだいぶ近いものになってるんだ」
「近いって……魔法やら、レベルやら、あるこの世界が近い――ねえ」
「ふっ、近いさ」
少しの間、沈黙が流れる。
「で、言いたいことはそれだけなの?」
「そうだなあ。何か言いたいことがあったような気がしたが、忘れてしまった。まあいい。とりあえず、頑張れよ。祐樹以外はそれほど困難な相手じゃない。固有スキルを持たない君でも頭を使えばなんとかなるさ。……おっと、一人例外がいたな。半分は困難な相手なのか。はっは。まあまあつらいな」
「そんな他人事みたいに言われて、私はどう反応すればいいの。ていうかほかの人たちにもこんな風に夢に出てきたりしてるの?」
「まあ、ぼちぼちな。だが、私が一番応援しているのは君だ」
「そんなこと言われたって、私は何も思わない」
「そうだったな。君は女の子しか目にないんだったな」
「なっ……言わないで!」
「そう怒るなよ。別にいいことじゃないか」
「…………」
「いいことじゃないってことは君はまだそれに引け目を感じてるんだ。そうだったら、シュワイヒナがかわいそうだな」
「…………」
「ちょっといじめすぎたかな。悪い。じゃあな」
そう言って、男の姿は元からぼやけていたものがさらにぼやけていき、ついには消えた。それとともに体が覚醒していく。
目を覚ました。外は暗くなっている。星が輝き、少しだけだが、明るい。
隣で寝ているシュワイヒナはまだ眠っているようだ。いい顔をしている。
見渡せば、桜さんとミルアもいた。二人とも眠っている――ミルアに関しては眠らされているのほうが正しいのかもしれないが。
シュワイヒナの髪をそっと撫でた。
私はただでさえ頼ってばかりなのに、引け目まで感じていたなんて、どれだけ彼女のことを裏切れば、気が済むんだ。やっぱり私は彼女とは釣り合わないような気もする。
でも、好きな気持ちに変わりはない。もっと彼女のためになれる人にならなきゃ。
そのためにはとりあえず、体力を回復させないといけないな。足手まといになるわけにはいかない。
私はもう一度寝転んだ。やはり、疲れはかなり残っているようだ。すぐに意識が消えていく。




