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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第一章 リーベルテ
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第四十一話 アスバ・アイス

 アスバ・アイスはシュワナ王国の裕福な家庭に生まれた。父であるビラス・アイスはシュワナ軍の王直属部隊の副隊長であり、母は専業主婦であった。幼いころは甘やかされて育った。

 彼には圧倒的な魔法に関する「センス」があった。彼は魔法学校と言う今は失われた学園に通っていた。その学園は魔法の使い方を教える学校で、生徒数は全二百名。そして、アスバはここで一位だった。他を押さえ、圧倒的一位。横に並ぶレベル、もしくは彼を超えるレベルの同年代はネルべほどしかいないだろう。それほどまでに彼の魔力は桁違いだった。

 その頃の彼は自信に満ち溢れ、活発な少年だった。もちろん、友達もできた。友達というよりも彼の場合は同じ学校の級友からは慕われていたのだが、彼は友達だと思っていたので、それはまた別の話になる。

 兎にも角にも、彼は圧倒的な強さを誇っており、将来を嘱望されていた。さらに固有スキル「アイス・ダンス」は数々の応用が利き、切れ味の鋭い剣を作ったり、地面に氷を敷いて自分の移動速度を上げたりできる。それだけの能力を備えながら、剣技は一流で、剣士にも引けをとらない。さらには父親と違って、炎魔法も使いこなしている。もしかしたら、当時のシュワナ王国でも屈指の魔力を持っていたのかもしれない。

 そんなアスバだったが、彼の性格が一変してしまったのには理由がある。

 大体予測はつくであろう。そう、魔王だ。

 そもそもアスバは町はずれの長閑な村に住んでいた。そこから、片道二時間のシュワナ第二の都市にあった魔法学校に通っていたのだが、それは、アスバだから可能なことであって、他の誰かに可能なことではない。前述の地面を氷に変える能力で、疾走していたのだ。それにより、彼は普通ではありえない速度――時速百二十キロで、走っていた。

 それはともかく、アスバの住んでいた村は海に近かった。つまり、魔王がはじめに出現した街から近かった。

 もちろん、王の直属部隊であるビラス・アイスは王とともに魔王のところに行った。そして、敗北し、命からがら住んでいた村まで逃げ帰った。

 だが、事態は想像を超えていた。

 アスバが村に帰ってくると、そこは既に地獄絵図と化していた。悪魔は生きていたものの命を貪り、抵抗する人々は次々とその生を落としていく。その様子に黙っていられるような青年でもなかった。

 アスバは悪魔を次々と殺害した。赤子の手を捻るがごとく、それは彼にとっては他愛もないことだった。彼が加勢したことにより、状況は簡単に逆転した。たった一人でほとんどすべての悪魔を薙ぎ払った。

 だが、それも一時のことで、簡単に平和が訪れたわけでもない。

 「魔王」が現れたのだ。

 魔王はアスバの攻撃の全てが通らなかった。氷は貫通もせず、剣も効かない。

 そして、魔王はビラス・アイスを手にかけようとした。

 アスバは彼を助けようと思った。自分の命を投げうってまで、助けようとする決意があった。

 しかし、それはいとも簡単に裏切られる。

 魔王がその太刀を振るい、ビラスを手にかけようとしたとき、まさにアスバが魔王のその体に触れようとしたとき、ビラスは自分の妻を盾にした。そして、ビラスの妻は、アスバの母親は、その体を真っ二つに切り裂かれた。その光景はアスバの瞼の裏に深く焼き付いたのだ。

 生暖かい血が噴き出して、アスバの顔にかかる。その温かみを感じたとき、アスバは自分の母親が死んだことを実感した。

 大切な人の死を実感したとき、人はどうなるであろうか。ましてや、それが自分の尊敬していた人の手によるものだとしたとき、どう思うのだろうか。

 アスバの中には父親への恨みが沸き起こった。絶対に目の前の男を許してたまるかという決心だ。しかし、それはすぐに別の大きな感情により塗りつぶされる。

 死を感じ、そして、魔王にその太刀を向けられた時、途方もない大きさの恐怖に襲われた。自らの命の危険を察知した。

 それで、彼は先ほどまでの決意など忘れて、逃げたのである。彼は、ビラスは死んだと思っていた。しかし、そのビラスもまた、アスバと同じように逃げていた。だが、それをアスバは知らなかったし、知ることもない。

 逃げているうちに、アスバは自分の行いを恥じた。自分がなぜ逃げているかすらわからなくなっていった。

 それでも恐怖は残る。その恐怖は次第に別の恐怖を生み出していった。

 彼は気づけば、森の中にいた。そこはちょうどリーベルテとシュワナの間にある森であったのだが、この時の彼はそれを知らない。実は彼は二日以上走っていたのだが、そんなことに彼は気が付かなかった。

 彼はここがどこであるかもわからなかった。空は既に暗い。雨が降っていた。だが、その雨とは関係なしにアスバの頬は濡れている。

 何が何だかわからなくなって、彼はまた走った。

 朝になり、次第に空は明るくなっていく。しかし、依然雨は降り続けて、まだ暗い。

 彼は既に森を抜けていた。そして、彼は街に入っていく。

「ねえ、どうしたの、お兄ちゃん」

 そう声かけられ、アスバは体をビクッと震わせた。寒さのためではない。彼は彼の固有スキルの使用により、寒さには慣れていたため、それは考えられない。彼は恐怖で体を震わせたのだ。

「ひぃ」

 と情けない声を上げ、彼はまた走り出した。だがもう疲れ切っていて、とても走れず、地面に突っ伏す。そして、気を失った。

 

 彼は温かいベッドの中で目を覚ました。体が暖められ、心も暖められていくのを感じる。

「目、覚ましたのね」

 と声がしたほうを振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。年は少なくとも三十を超えているだろう。その柔らかい笑みは彼の恐怖心を和らげる。

「まったく、突然倒れちゃうから心配したのよ。ほら、これでも食べなさい」

 そう言って、彼女はシチューを渡す。

 それは雨で濡れ、冷たくなった彼の体を癒していく。そして、一口、口に運んだとき、彼は自分の空腹に気づいた。

 それからは早かった。一度食べ始めると止まらず、たった二分ほどで、すべて食べきってしまった。

「まあ、いい食べっぷり。おいしかった?」

「……はい、とっても」

 彼は笑顔を少しだけ取り戻した。

 

 その女性の話によると、首都にいる湊という人物が身寄りのない子供を救っているとのことだ。アスバは十七なので、別に子供と言うわけでもないのだが、見た目は幼いので、そう言われた。この「見た目が幼いので」というところに彼はなんとも思わず、とりあえずは首都を目指すこととした。

 首都まではそれなりに遠かった。だが、二日もかからずに、彼は首都までたどり着く。そして、その街並みに驚愕した。今まで彼が見てきたすべての街をはるかに超える発展を遂げていて、湊の手腕をうかがわせる。

 王宮を尋ねると、湊自ら出迎えてくれた。

「君はシュワナから来たのかね」

 そう尋ねてきたので、

「……はい」

 眠気を何とかごまかしながら、彼はそう答えた。実際には眠気は隠せていなかったのだが、このことについて彼は知らないし、これから先知る由もないだろう。

「年は?」

「十七です」

「十七か……意外と大きいんだな。君は何ができる?」

「何がって……」

 自分にできることはなんだろうか。それを考えたとき、彼の頭の中には一つしかない。彼自身のアイデンティティを示すもの。しかし、それはつい四日前に打ち砕かれたものだった。それを自分のできることとしていいのだろうか。それに彼は迷った。自らの弱さをさらけ出したくなかった。

 湊の顔をみる。彼の笑みは優しい。だが、感情を感じさせない。自分の考えていることを読まれたくないのだろうか。

「僕にはこれがあります。アイス・ダンス」

 彼が右手を挙げると、そこには氷が出現する。

「なるほど、固有スキルが使えるのか。レベルはいくつだ?」

 湊はそれを見てもさして、驚かずに、そう尋ねた。やはり、自分のこれは個性になりえないのだろうかと、思いながらも、アスバは答える。

「二十三です」

「じゃあ、ちょっといいかな」

 そう言って、湊はアスバの頭に触れた。

「レベリングコントロール」

 その刹那、アスバは体中に力が沸き上がっていくのを感じた。体が熱くなっていく。目も覚める。

「どうだ、レベルは五十になったんじゃないか。さて、魔力はいくつだ」

「……三百五十です」

「三百五十!」

 こんどは湊も驚いた。アスバ自身はこの数値について何も思っていないようだが、これは本当に驚くべきことだ。例えば、現在の凛の魔力は百五十、シュワイヒナが百十、ネルべが高くても二百三十。もちろん、魔力だけが魔法の強さを左右するわけでもなく、シュワイヒナなどはマジックポイントの操作がうまいので、魔力以上の効果を発揮できるのだが、アスバの場合はこの魔力だけで、リデビュ島に存在するすべての人々の中でも、最高クラスの魔法を使える。

「君、わが軍に入るつもりはないかい?」

 湊はこのような圧倒的な強さを有する人間を欲していた。リーベルテが戦争をする必要はないと思っていたが、それでも弱い政府ならば、簡単に転覆する恐れがある。そのような場所にまだ十七の青年をおくのは、少し気が引ける行いではあるが、ネルべがすでに入っている以上、湊の心のハードルはかなり下がっていたのだ。

「軍に……でも、僕は……弱いです」

「弱い? そんなわけないな。その魔力は通常値から大きく離れているんだ」

「……知ってますか? この世には想像をはるかに超える強さを持っている奴らがいるんです」

「誰だ? それは?」

 瞼の裏に焼き付いた景色が思い起こされていく。目の前で真っ二つになった母。あふれ出し、噴き出した血が。

「話したくないのか?」

 話したくないわけじゃない。むしろ伝えなければならない。あのことを。

「魔王が出現しました。僕は彼に歯が立ちませんでした」

 アスバは湊の目を見つめて、言った。その一言に湊の表情が曇る。

「それは本当か?」

「はい。王の軍はほぼ全滅。もう、シュワナは未曽有の危機に晒されています」

「そうか……」

 湊は天を仰ぎ、目を瞑った。そして、

「そうですか……神よ」

 そう呟いて、アスバのほうへ向き直った。

「心配することはない。リーベルテは逃げてきた人々の援助をする。それだけだ。直に英雄がくる」

「英雄……誰ですか?」

「さあな。だが、神の言うことは絶対だ」

 当然、アスバは湊の言っていることが理解できなかったし、信用できなかった。しかし、湊の言葉には強い確信がこもっていて、疑うのも悪い気がする。アスバは何も言わずに、彼に従うことにした。

 

 それからは彼の能力を活かして、アイスクリームたる嗜好品を生み出したり、冷蔵装置みたいなものも作ったりと、役割をたくさん与えられ、彼も忙しく動くことで、あのことを忘れようとしていた。しかし、夜になると依然そのことを思い出し、眠れない。そのためか、寝不足の日々が続いていた。

 時がたち、本当に英雄が現れ、魔王を倒してしまったと聞いた時、彼は初めて、湊のことを信用することができ、彼に忠誠を誓った。

 それでも忘れられない。シュワナと戦争になると聞いたとき、彼は決別するために、故郷に戻り、墓を建てようと思っていた。

 だが、今。この時になって、現れた父親。しかも、のうのうと生きている。傍には幼い少女を連れて。

 信じられなかった。恨みがこみあがってきた。絶対に許さない。あの時の決意が戻ってくる。

 ビラスは仲間たちを本気で殺そうとした。

「僕の仲間には指一本触れさせないよ」

 仲間だから。ここにいるみんなは自分の一番大切なもの。だから、もう二度と奪わせやしない。もう誰も失いたくない。

 ならば、自分自身の力を、そのために使え。魔王に歯が立たなかった力でも、それでもいい。持てるすべての力を発揮し、ここであいつを倒す。悲しい過去を消すために。新しい幸せをつかむために。

 彼はそう決心し、ビラスへ、父親へその力を向けた。

次回投稿は十一月一日です

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