第四十話 ビラス・アイス
そりゃあそうだ。考えてみれば、すぐにわかること。いや、考えなくても分かるかもしれない。ミルアがこちらの兵をほぼすべて倒してしまえば、何の危険を負うこともなく、邪魔されることもなく、砦の破壊に手をつけることができる。だが、ビラスの固有スキル「アイス・ダンス」がこれほど強力なものとは思わなかった。アスバさんの「アイス・ダンス」を見た感じ、これほどの火力を持つものだとは思えないのだ。彼の能力でも精々できたのは、剣を作り出すとか、氷を飛ばすとか、または雪崩を作って、攻撃するとかである。それだけじゃ、あの砦を破壊できるわけがないのだ。
「よう、こんにちは」
真っ青な髪を持つ青年のような出で立ちだった。とてもアスバさんのような年の子供がいるようには見えない。とは言ったものの、アスバさんは今十八歳。もし十八で結婚して、子を儲けていたとするならば、今三十六だ。そう考えると、案外見た目はあり得そうな気もするし、シュワナ王国の結婚可能年齢は確か十六だったと思うから、それよりも若い可能性は十分にあり得る。
「へっへ、そんな顔すんなよ。かわいそうだなあ」
「そんな顔――か。それを作り出したのは自分たちであるという自覚すらないようだな」
湊さんはすこしイライラしているようではあった。状況が悪すぎる。敵に逃げられ、その上に新しい敵まで登場し、砦も破壊された。相手の作戦がハマってるのだ。
これについては私は多大なる責任を感じている。むしろ、私が全部悪い。桜さんから距離を聞いた時点で、分かっておくべきだった。まさか祐樹が宣戦布告もせずに攻め始めるとは思っていなかったのだ――これは言い訳にしかならないけれども。
「いーや、死ぬときに笑っていないとかわいそうだろ?」
「そうか、お前は私たちを殺せると思ってるのか。だとするならば、すぐにその認識を改めるべきだな」
湊さんが言い返す。だが、その言葉に対してもビラスは笑うだけだった。
「もうしょうがないなあ。じゃあ殺しちゃおう」
アラサーもしくはアラフォーでこのノリは正直あまり好きじゃない。見た目が若いからと言って許されるべき行為ではないと思う。だが、そんなことは私の感情の問題だ。それよりも、大事なのは、こちらに息子がいるにも拘わらず、ビラスはこちらを殺そうとしていること。
「じゃあ、バイバイ。アイス・ダンス」
彼は右足を軸にして、跳んだ。そして、スケートのジャンプのようにくるりと回転して見せる。そして、こちらを向いた時、氷が突如として出現し、私たちのほうに飛んできた。
どこかのタイミングでしてくるだろうとは思っていた。それに来るならば、回転し、こちらを向いた時になるだろうとも思っていた。だが、その量が予想をはるかに超えている。具体的な量としては、サッカーボールのような大きさのが十個ほど。構えるが、どこに逃げればよけきれるかわからない。
「アイス・ダンス」
私の動く必要などなかった。なぜなら、目の前の氷はまた、別の氷により、消滅したから。
「お父さん、僕の仲間には指一本触れさせないよ」
彼はいつになく決意のこもった目で、そう言った。
「はっは、アスバじゃないか。大きくなったなあ」
感心したかのようにビラスはうんうんと頷く。そして、ニヤッと笑って見せた。
「さあて、アスバ、俺を倒せる?」
「倒せるに決まってるさ。お前は僕がここで食い止める」
何やら、並々ならない因縁があるようだった。
ビラスは傍にいるミルアの頭を撫でる。彼女は嬉しそうに彼に、まるで小動物のように頭をこすりつけた。それにビラスは満足そうな笑みを浮かべる。
「じゃあ、みんな行ってきて!」
その一声とともに後ろの兵士たちは走り出した。だが、すでに手は打ってある。
私たちは一斉に後ろへ走り始めた。そして、兵士たちは続々と砦の中に入ってくる。それらを私たちはどんどん引き付けていく。
「ビラス! 罠よ!」
ミルアはそう叫んだが、遅かった。先んじて、リブルさんは木の上に忍び込んでいたのだ。そして、上から毒の入った瓶を投げつける。
「なんだ!?」
驚きの声が兵士たちの中から上がった。突然の事態に頭が追い付いていないようでもあった。だが、その対策決定の遅さが戦局を決定づけていく。
中心の方で、人が倒れ始めた。それに困惑した兵士たちはそこから逃げ出そうとするが、すでに毒は回っている。吸った時点で運命は決していたのだ。
そして、そこから離れていた兵士たちもリブルの吸収魔法「エナジードレイン」により
「何が起きてるんだ!」
そうビラスは叫び、横でミルアが何やら説明しているようだ。
これは明らかにミルアが悪い。こちらの作戦を既に見ているならば、対策くらいは練るべきだろう。しかし、彼女はそれをしなかった。それがこの事態を招いているのだ。満身の結果だろうか。そういえば、先ほども慢心が原因だったようにも思える。私を操れないとは微塵も思っていなかったのだろう。実際、私の体はかなりやられていた。でも、シュワイヒナの姿を見ると、そんな思いは消え去ったのだ。
「さて、これで数は私たちのほうが有利をとってるわね」
桜さんはその状況に満足しているようだ。ミルアは依然圧倒的強さを誇っているため、不意打ち以外で倒すのは困難かもしれない。それにビラスの「アイス・ダンス」のレベルはアスバのそれよりもずっと上だった。苦しい戦いを強いられることには変わらないが、状況打破にはある程度成功している。そして、ミルアの能力の対抗法もある程度はわかった。自らの体を傷つけるというのは幾分か気が引けるが、それでなんとかなるなら、まだ安い。
「毒か……考えたな。しかし、これほどの毒を作る技術があるとは……欲しいな」
ビラスはリブルさんを見て、ニヤッと笑った。これだけの状況に簡単に追い込まれてしまったのに、未だに余裕があるようだ。どこからその自信が溢れているのだろうか。
リブルさんはビラスに、優しいのに、どこか獣のような要素を持っている視線で見つめられ、ビクッと体を震わせた。
「ミルア。狙いはあいつだ」
「わかったの。頑張るの」
「全く、お前はえらいな~」
ビラスはまたもやミルアの頭を撫でた。ビラスの仲間が大量に倒れている中の出来事なので、はたから見れば、違和感を感じる。仲間を仲間だと思っていないのか? そういえば、シトリアも仲間を平然と操り人形にして使っていた。シュワナ軍の中では、もはや遊びかゲームかなんかとしか思っていないように思えてくる。これでは使い捨ててるようなものではないか。兵士たちもどこかやる気のないような感じでもあったし。
「さて、ミルア行っておいで」
なんだか娘とお父さんのような関係にも見えてくる。アスバさんのほうを見ると、彼は自分の父親を憎らし気に見ていた。まるで父親のあんな姿を初めて見たかのように。
ミルアは少しずつこちらへ近づいてくる。あの力で攻められていくのはいくら状況が変わったと言っても攻撃を受けきれる気がしない。さらにシュワイヒナも私もマジックポイントはほぼ全てをミルアに奪われた。だから、肉体強化を使えなければ、魔法も使うこともできない。しかもマジックポイントの回復もできない。
「君たちは下がっていろ」
アンさんがそう言ってきてくれた。確かに私たちは役に立てないのならば、後ろにいたほうがいい。それで私とシュワイヒナは後ろに下がる。
「さて、小娘。お前らも頑張ったからな」
ファイルスさんはそう言いながら、自らの腕に剣を突き付けた。
固有スキル「ペイン」
痛みを感じることにより、肉体を強化し、さらには肉体の損傷までも回復することができる能力。さっきまでは操られているアスバさんやリブルさんを取り押さえるためにその力を発揮できていなかった。だから、今度はその力の真価を見れる。
「桜も下がっていてくれ。私が行く」
湊さんも前に出ていく。
そして、すでにアスバさんはビラスのほうへ向かっていた。
リブルさんは上からミルアを見つめている。ミルアもリブルさんを見つめている。
「おらあ! よそ見してんじゃねえよ!」
ファイルスさんが一気に殴りかかった。速い。気づけば、すでに間の距離一メートル。
「肉体強化なの」
その一言でミルアのピンクの髪の毛は浮き上がり、狂気の色を浮かばせていく。
彼女はファイルスさんから目を逸らし、リブルさんのほうへ手を伸ばす。
「ポイズンボディ!」
自らの危機的状況を感じたのか、彼は固有スキルを使用した。肉体が毒々しい紫色に変わっていく。
それはさすがに触れるとまずいと思ったのか、ミルアはそこに立ち止まる。
と、その毒になっている部分を氷が目にもとまらぬ速さで氷が貫いていった。毒がばっと散らばり、地面を変色させた。あの、人を眠らせる毒と同種のようで、茶色に草が染まっていく。
氷の飛んできた方向を見ると、アスバさんとビラスさんの間で激しい戦闘が行われていた。地面は真っ白に染め上げられ、その上を滑りながら、氷でできた剣を交わらせる。
アスバさんが押されているような印象を受ける。彼のことを助けに行きたい気持ちはあるが、体は動かないし、何よりも、アスバさんがそんなことは認めないだろう。
湊さんとアンさん、そしてファイルスさん。彼らが同時に攻撃をしかけた。それをミルアはいともたやすく避けていく。
力になれないことが悔しかった。せめて、突破口だけでも思いつくことができれば、役にたてるというのに。ミルアとの距離が一メートル離れると、まず避けられる。動きのスピードだけなら、ここにいる誰よりも早いだろう。ネルべさんの「エレキチェンジ」があれば、比較的楽に倒すこともできるだろうが、生憎彼はここにはいない。
湊さんが顔面を蹴られた。歯がおられたのか、血を吹く。
「湊!」
桜さんが近づいていく。それに対し、湊さんは、
「来るな!」
そう叫んだ。
「私がやらなければいけないんだ。これ以上桜に迷惑かけるわけにはいかないんだよ!」
湊さんは立ち上がっていく。
「ワープ!」
桜さんが叫んだ。瞬く間に、そこから消え、現れたのはミルアのすぐ後ろ。
攻撃が当たった。桜さんの渾身の蹴りはミルアのバランスを大きく崩す。
「勝負ありだ!」
ファイルスさんの「ペイン」により強化された打撃がミルアの脇腹に――通らなかった。
拳はミルアの手にがっしりと掴まれてしまっている。
「舐めんな、なの」
ミルアはファイルスさんの目を睨みつけた。
だが、そこはさすがファイルスさんだ。手を掴まれたままで、体を捻らせて、ミルアの体を持ち上げる。
「エナジードレイン」
ファイルスさんの体からミルアの体へエネルギーとマジックポイントが流れていく。
「ぐあっ……」
味わったことのないであろう感覚にファイルスさんは悶えるが、逆に今度はミルアの手を離さない。
ここで私はファイルスさんのこの行為の真意に近づいた。宙に浮かせたまま、固定すれば、それだけ地に降りるのに時間がかかる。その間に、隙は必ずできる。
手を掴まれた時点で、吸収魔法を使われることを、ファイルスさんは察していたのだろう。そして、彼女の力は肉体強化により、その年頃の女の子が使えるような力をはるかに超えていた。それに手を刺したくらいの痛みで発動した「ペイン」では対応できなかったのだろう。だから、可能性を仲間にかけた。
ファイルスさんは最後の力を絞って、上へミルアを投げようとした。しかし、ミルアもそれを察したのか、なかなか離れない。だが、それもまたファイルスさんの作戦のうちだった。
湊さんがミルアの体を掴んだ。そして、
「レベリングコントロール」
固有スキルを使用した。ミルアの体が淡く発光する。
ミルアの手が離れた。それとともに、ファイルスさんにより空中へ投げ飛ばされる。
彼女は地面に落下し、痛みに悶えた。それから、ゆっくりと起き上がり、叫ぶ。
「何をしたの!」
「君のレベルはもう残り一だ。君はもう戦えない」
湊さんの優しい声がミルアの心、プライドを切り裂いていく。
「まだ、マジックポイントもある、能力は使えるの! まだ戦えるの!」
ミルアはそう叫んでから、走りだした。だが、その速度は遅い。そして、後ろにはリブルさんがいた。
「エナジードレイン」
ミルアは全てを悟ったようだった。それに、彼女は全てを奪われたことを知った。
次回投稿は十月二十九日です




