第三十四話 やっと
ただのキスだけでこの時の私の激しい情欲が収まるはずもなかった。むしろ、広がっていく。
私は息をするのも忘れて彼女の唇を貪った。そのまま、舌をねじ込む。半ば強制的にねじ込んだ割には彼女はそれをまるでわかっていたかのように受け入れた。それに安心して、舌を絡ませていく。
温かい。彼女の体温も、それにこの行為だけで心すらも温かくなっていく。
唾液が垂れてきた。それをシュワイヒナが吸って、飲み込んだ。
心地よい。幸せというものがどういうものなのかを心の底から噛み締めることができる。この時間が永遠に続けばいいのにそう思ってしまうほどに。
「う……ふっ……はあ……」
彼女の吐息が漏れた。それが実に艶めかしい。
忘れていたことだが、ここは一応公共の場所である庭のど真ん中だ。かなり大事なことなので本来は忘れてはいけないことなのだが、そんなことはどうでもいいことだった。
昔、私はドラマだとか、夜の街だとかで思いっきり人の前でキスをしている人を見るたびに、常識がないとか、同じ日本国民として恥じだ、なんて思いながら、心の中で罵倒していたものだが、彼ら彼女らはこういう気持ちだったのかと気づいた。いくら心の中って言ったって罵倒しまくってすいません。少し反省しています。
それはまた後で思ったことであり、この時はただいつまでもこれを味わっていたいだけだった。
艶めかしい吐息はこの顔の、この体型の少女が吐いているものと思うと犯罪的な匂いがした。だが、逆にそれが背徳感を掻き立て、さらに私の勢いを加速させていく。
と、そこで私の顔を掴まれ、唇が離された。咄嗟のことで戸惑う上に強大なフラストレーションが襲ってきて、少しイラっとしてしまった。
だが、その手はシュワイヒナの手だった。
「凛さん……がっつきすぎですよ」
「あ……ごめん」
「いいんですよ、ここじゃ誰かに見られるかもしれないから部屋に戻ってしましょう」
「うん……その前にお風呂入らない?」
「いいですね、そうしましょう」
そう言って彼女は眩い笑顔で笑った。
お風呂に入ると、人はまだ誰もいなかった。
「まだ、誰もいないから、ここならどれだけイチャイチャしても怒られませんよ。それによく声響きそうなんで、凛さんの声、聞かせてくださいね」
「ええ……恥ずかしいよ……」
「どうせ、誰もいないんですよ、いっそやっちゃいましょうよ」
誰もいないならって……でも、やっぱりそんな声出すのは恥ずかしいし……いや、でもそれはシュワイヒナが欲しがっているんだし、声出したい気もあるし……もうわかんなくなってきた。頭がパンクしそうだ。しかもなんだか熱がありそうな気分で、なんだか意識が朦朧として、まともな思考ができなくなってきている。
前を見ると、すでに彼女は一糸纏わぬ姿になっていた。
やばい。既にこれだけ頭がぼやけているのに、ここでこんなに刺激的なものを見せつけられるとさらに思考能力が低下してしまう。とりあえず語彙力は失ったと思う。
私は気づけば、手を伸ばしていた。その柔らかな肢体を味わいたい。その感情が私の脳みそを支配し始めていた。
「待ってください」
と彼女が私の手を押さえた。
「凛さんも脱がないと不公平ですよ」
そんな理由で焦らされた。暴発しそうな感情を何とか抑えて、私は服を脱いで、その貧相な体を晒した。
「いい感じに引き締まってますね」
と彼女は私の腹に触れた。冷たい手で少し刺激されて、ちょっと気持ちよかった。
「女としては良い体じゃないし……」
「それ言ったら私とかどうなるんですか! いつまで経っても体が成長しないんですよ!」
「それは……うん、体質だよ」
「もう……凛さん、こんなんですけど、好きですか?」
「もちろん、むしろそっちのほうがいい」
「本当ですか? ロリコン……?」
「べ、別にそんなんじゃないから!」
「そうですか……凛さんはロリコンと」
「違うって!」
「いや、別にそうでもいいですよ。私はそれで少し安心できますから」
「なんで、安心してくださいみたいになってんの。私はロリコン扱い嫌だからねっ!」
「まあまあ、恥ずかしいこともないですよ。私だけの秘密にしときますから」
「それは既に破られているけどな」
「えっ……桜さん」
声がしたほうを向くと、桜さんが壁にもたれかかって立っていた。
空気が凍る感覚というのが分かるだろうか? シュワイヒナが桜さんのことが嫌いなのも少しわかったような気がした。
「あのさあ、あなたたち、どっちも変態なの?」
うわーきっもみたいな顔をされた。めっちゃ嫌悪感示された。やめろ。
「人型種はみんな変態ですよ」
とシュワイヒナが言い出した。
「いや、変態じゃないから」
「変態でしょ! あれとかあれとか子供作るためじゃなくて、快楽のためにやってるんですよ! それが変態じゃんなくてなんだと言うんですか!」
「いや、人じゃなくても快楽のためにする生物もいるでしょ……ていうかなんて話をしてんの! やっぱあなた変態じゃん!」
「いいじゃないですか! 変態だって!」
「開き直った!」
「私が変態だからって凛さん、私のこと嫌いにならないですよね!」
「う、うん。嫌いにならないよ、安心して」
「ったく……最後はそっちに逃げるのか。君は凛に好きになられればそれだけでいいの?」
「はい」
即答かよ。いや、嬉しい。そんなに私のこと思ってくれるなんて、人に好かれるのがこんなにも嬉しいことだなんて。
「おい、凛。顔緩んでるぞ」
「はっ! お恥ずかしい限りです」
「全く……」
「で、なんで桜さんがいるんですか。出てってください」
「自己中極まりないな。私だってお風呂に入りたいときもあるだろう。まあそれが本題なわけじゃないんだがな。君たち、うるさいぞ。外に丸聞こえだ」
「えっ……」
これにはさすがのシュワイヒナも動揺したようだ。途端に顔が真っ赤になり、俯いた。そして一言も発さない。
それは彼女だけということがあるはずもなかった。
私も恥ずかしさで死にそうだった。あのまま続けていたらと思うと、社会的に死んでいた。それを救ってくれた桜さんには感謝すべきか。
「もういいわ。好きにすればいいと思うわよ。どうせやめろって言ったってやめないだろうしね。でもさ、せめて人の見えない場所でやりなよ。さっき庭で寝ている様子を兵士たちが見て、なんだか困惑してたよ。そりゃあ彼らも庭の真ん中で抱き合って寝てる女の子たちを見つけたらびっくりするわよ」
「はい、おっしゃるとおりです。とても反省してます」
「シュワイヒナは?」
「……ごめんなさい」
案外素直に謝った。基本的に桜さんにはつっかるのにこれには反論のしようがないということか。
「さて、いつまでも裸で突っ立ってたら、風邪ひくわよ。はやく、お風呂入りましょ」
「「はい」」
結局、何事もなく、ただお風呂に入っただけだった。なんだか焦らされたような感じだ。というかさっきから焦らされてばかりじゃないか。微妙にいらいらしてきた。
だからか、夜ご飯はたらふく食べてしまった。こんなに食べていいものかと思ったが、シュワイヒナもこんくらい食べるし、別にいいかなと。というかシュワイヒナはどこでそんなにエネルギーを消費してんだ。
「いや、まあまあ消費しますよ。さて、部屋戻りましょうか」
「うん」
今日も一日いろいろあったな。戦争が近づいてくるというのは怖い話だ。ん? それで生存本能が高まってエッチな気持ちになっちゃったのかな? それはそれでまあ納得できる話ではあるよね。うん。で、そのあと、アンさんに修行しないといけないって言われて、それで……
「あっ!」
女子寮に入ってすぐのところで素っ頓狂な声を出してしまった。お陰で入ってすぐの受付で寝ていたおばさんを起こしてしまった。すいませんと一応謝っておく。その人は少し私の目を見た後、立ち上がって、どこかに行ってしまった。今更だが、あの人、仕事ほとんどないよね。人が入ってない部屋の掃除とかが、あの人の仕事なのかな?
「どうしたんですか、凛さん?」
とシュワイヒナが尋ねてきた。
「なんかさ、修行つけるって流れになって、で、王流剣術一つ教えてもらって、なんか口だけでもう一つ説明されて、それで終わってんじゃん」
「ああ、そうですね」
「そうですねじゃないよ! なんのための修行だったの!」
「なんのためって言われましても……凛さんの修行ですよ」
「いや……」
「それに肉体強化できるようになったから、いいじゃないですか」
ポンと私の肩に手を置いた。そしてニコッとほほ笑んだ。
「いや、流されないからね。笑えばいいと思ってない?」
「流されてくださいよ」
「お願いか!」
「流されろ」
「命令形かよ! 口調変わってんじゃん!」
「ちっ」
「そんなにごまかしたかったのかよ!」
「だって、しょうがないじゃないですかあ。なんか流されてしまいましたし……」
と彼女は急にしょぼんとした。その仕草がなんだか庇護欲を煽ってくる。
「ま、まあ。ね、私も責めてるわけじゃないから、元気出して」
と慰めると、
「凛さんがそういうなら元気出しますよ!」
すぐに元気になった。ん?
「ねえ、さっきのさては演技でしょ」
「ぎくっ! そんなことないですよ……」
「いや、今ぎくっって言ったよね。聞き逃してないからね」
「そうですよ! 演技ですよ! 悪いですか!」
「いや、悪くないから。どうどう」
「本当に凛さん優しいですよね。それに時々勘がめっちゃいいとき、ありますよね」
「いや、でも今は普通にシュワイヒナあざとかったからね」
「どうもあざとかわいい系ロりっ子のシュワイヒナ・シュワナです」
「なんかノリおかしくない……?」
「さあ、ちょっと酔っちゃったんじゃないんですかね……」
「なに、お酒でも飲んだの?」
「いや、飲んでませんけどお……嬉しいこと多かったですから……」
そう言いながら、彼女は私の腕に抱き着いてきた。こういうのもう何回も繰り返したような気がするんだけど、やっぱり慣れない。簡単にドキッとしちゃう。チョロインじゃん。
「ほら、もう部屋ですよ」
やっぱり流されているような気がするけど、もういいや。
手に持っていたカギでドアを開けた。ぎーっと音を立てて、そのドアは開く。
心臓がバクバクと高鳴っていた。これから何をするか。言葉では交わさなかったけれども、お互いわかっていた。シュワイヒナが少し汗を流しているのを感じた。それに彼女の胸が私の腕に押し付けられて、鼓動も聞こえてくる。
学生時代はモテなかったわけでもなかった。高校時代は前述したとおり、きつい目の所為でなんだか遠ざけられていて、モテなかった。おそらく祐樹は気があったのだろうと思うのだが、彼は新しいハーレムメンバー――異世界の住人達に好かれて、それだけで私のことはいらなくなったのだろう。そして、中学時代。告白を受けたことはある。でも、それは男たちばかりで正直に言うと、何も思わなかった。彼らのことを好きになれるとは思わなかった。どこか違う。そんな違和感だけを抱えて、全部断ってきた。気持ちがぐらつきすらしなかった。その中には少しだけいい感じの友達関係になっていた人もいたのだけれども、それはただの友達であって、恋の、愛情の対象ではなかった。その友達になってた人も私にフラれるとすぐに離れていったが。だが、それも中学生のよくある出来事の一つであり、特になんとも思っていなかった。
というわけで私は恋愛経験皆無の処女だ。それを恥じたことはない。気にしたこともない。
だが、今これから私は処女を捨てるのだと思うと、それはまた違う感覚が押し寄せてくる。今まで興味なかったはずなのに、大好きな人との行為がこれほどまでの緊張と好奇心をもたらすとは思っていなかった。まあ女の子同士で処女膜が破れるようなことをするわけでもないのだから、処女を喪失するのかどうかはわからない。ただ、それがどうこうはあまり関係があるものでもない。やはり、破れるわけでもないと言ったって、緊張はするし、特別なものとなりえるのだ。
ドアの取っ手をシュワイヒナは一気に引っ張った。それでバタンと音を立てて、ドアは閉まる。
すでに暴発寸前だった愛欲は即座に放たれた。
次回投稿は十月二十三日です




