第三十一話 王流剣術
その言葉に空気が凍り付いた。
「アスバはそれを知っているのだろうか」
と最初に口を開いたのは湊さんだ。
「それはわかりませんが……可能性はゼロとは言い切れないですよね」
「父親が敵か。あいつはどう思うんだろうな」
「そうですね……」
アスバさんは興味のあることが少なさそうな人だったけれども、さすがに自分の親に無関心というわけにはいかないだろう。
もしかしたら、二人が戦わなければならなくなるかもしれない。そうなったとき、私たちはどうすればいいのだろうか?
「できれば鉢合わせはさせたくないのだが……彼ももしかしたらそれを知っているかもしれない」
「ああ、知ってる」
「えっ、アン、知ってたのか?」
「彼は元々シュワナ出身だ。シュワナでは大変だったのだろうな。具体的になにがあったか、などということは私の語るべきところじゃない。だが、彼が関心の寄せるものがほとんどなくなったのも、それで絶望を味わったからであるのに加え、血が怖くなったのもそれが原因だ。トラウマが呼び起こされるのだろう。そして、彼は父親のことを恨んでいる。自分の手で決着をつけたいとも思っている。ここは彼の意思を尊重するべきかもしれない」
「だとしても親だぞ? 情があるに決まってる。そんな状況で任せられない」
「それもそうだが……」
自分の親を恨んでるって言ったって、死ぬ恐れもあるような戦いができるのだろうか? 少なくとも私はできない。私も親のことが嫌いだった時もあるけど、だからと言って殺したいだなんて思っていなかった。
「とりあえず……あと一人残ってる固有スキル使いは誰かわからないんだな」
「はい……レルズも口を割らなかったですしね」
「確かに彼は心の奥底でも無心でいた」
「だとするとやはりその人物に最大限の注意を払わなければいけないな。ではこれで作戦は終わりだ。一週間後には私たちも出発する。留守の間は第二部隊と第四部隊でよろしく頼む」
「ああ、ネルべにも伝えておく。私も行くとなれば彼に頼むしかないからな」
「そういえばそうだな……ラインに戻ってきてもらうか」
「それがいいだろうな」
と、そこでふと思った。ネルべさんがこの部屋にいない。大事な話し合いだったし、彼も必要な気がしたんだが……
「彼は昨日、何もできなかったことが悔しかったらしく、部屋に閉じこもってしまった。ああいうタイプはプライド傷つけられるとなかなか立ち直りづらいからな。まあまた、私がなんとかするさ」
「……やっぱりアンさん何でも知ってるんですね」
「何でもは間違いだぞ。心が読めるだけだ」
だけじゃない気もするけど。
そう思った私のほうをアンさんは一瞬ちらっと見たが、それ以上は何も言わなかった。
「じゃあこれで終わりだな。凛たちも準備しておけよ」
そういって湊さんは部屋から出た。桜さんも後を追いかける。
「じゃあ凛、実はな私からの剣の教えは終わった。それでだ。最後に一つ教えねばいけぬことがある」
アンさんはシュワイヒナを一瞥した。シュワイヒナがうなずく。
いつの間に通じ合ったのか。
「凛さん、お楽しみですよ。まだ教えられません」
いや、どうせすぐに教えることになるんだろうが。何を言ってるんだ。
「まあお楽しみっていうのはまた違うな」
そう言いながらアンさんは部屋を出て言った。
「じゃあ凛さん、ちょっと早いですけど昼食をとっておきましょ。それ取ったらすぐに行きますよ」
「あ……うん、わかった」
言われるがまま、昼食をとった。しかも強制的にエネルギーの高そうな物ばかり食べさせられた。こんなに食べさせてなにがしたい。
「さあ、食べましたね。行きましょ。行きましょう!」
一度部屋に戻って剣を取ってから、私はシュワイヒナに腕を引っ張られいつもの広間に来た。
広間にはすでにアンさんが剣を二本持って、端のほうで座っていた。
「早かったな。もう少し時間が経ってからでもよかったのだが」
「いやいやこれ習得するには時間がかなりいりますから。いくら凛さんが容量良いっつったって、一時間とか二時間で身に着けるのは無理ですよ」
「そうか、君がそういうならそうなのだろうな」
「いや、私抜きで何を話してんですか」
「気にすることはない。ほら、シュワイヒナ」
「ありがとうございます」
アンさんがシュワイヒナに剣を手渡した。
「凛さん、今まで秘密にしててごめんなさい。別に秘密にしてたわけじゃなくてそれを発揮する場がなかっただけなんですけど。私はシュワナ国の王女だったってのは凛さんも知ってる話ですよね。私は王家の一人娘です。つまり魔王が現れるまでは王位継承順は私は一位でした。私の母も、父も死んでしまった今、この世で私のみ知ることがあるんです。それを凛さんに教えようと思います」
「そんな大事なものをどうして……」
「凛、君の戦力はある程度の剣の基本を心得た今でも足りなさすぎる。だから、これは私の考えた最後の強化手段だ」
「そんなのシュワイヒナはいいの……?」
「いいに決まってるじゃないですか。私とあなたが結婚すれば王位継承順第二位になるんですよ。そしたら、もう王族じゃないですかあ」
うーん、と頬を赤らめて言った。相変わらず発言がぶっ飛んでる。ただ、それを言われたほうも少し体温が上がったのはご愛敬ってことで。
「じゃあ教えますよ。見ててください」
アンさんが何やら木に鎧を着せたようなものを持ってきた。
シュワイヒナは剣先をまっすぐ前に向け、態勢を低くした。剣が顔のすぐ前に来、それは光を浴びて煌めいた。
右足を前に出し、つま先をそれに向けてまっすぐ向けた。
「じゃあ行きますよ」
シュワイヒナの足に力がこもっていく。肉体強化を使ってもいないのに土がえぐれていく。
バンッっという破裂音のようなものが響いた。それと同時に衝撃波のようなものが発生し、私は体が吹き飛ばされないようにぐっとこらえる。
「なっ……!」
そして、次の瞬間、鎧を纏った木は鎧ごと、真っ二つになり、さらに上半分は吹き飛んだ。
シュワイヒナはその真っ二つになった木の傍を通って、また体を前にぐるっと回転させ、地面に足をつき、勢いのまましばらく地面を滑ってから止まった。
ふうと一息ついて、ちゃんと立ち上がる。
「これが王流剣術大壱法超加速です。激しく加速し、そのエネルギーだけで相手を鎧ごと断ち切る剣術になります。部分的な肉体強化とまた剣を相手の鎧にあてる時に剣を直角に当てる必要があります。この二つを同時にするのはかなり難しいことですが、特に後者ができないと剣が折れますよ」
笑顔でとんでもないこと言いやがった。
「多分、今の凛さんなら部分的な肉体強化はできますよ。やってみましょう」
「ええー。いやあ、どうだろう」
「つべこべ言わず、やれ」
はい、すいません。ただ、かくいうアンさんは肉体強化はできるのだろうか。
「まあ部分的にはな。ただ全身できるやつは今までシュワイヒナしか見たことない」
「だって私には王家の血が流れてるんですよ。お父さんもできてましたし。それにお母さんの固有スキルを受け継いだおかげで私ほど肉体強化を持続できる人もいませんよ」
「やっぱシュワイヒナすごいよ」
「えへへへ」
かわいい。単純にかわいい。
「ていうか、とりあえずやりますよ!」
「うん、やってみる」
イメージするのは体に流れているマジックポイントだ。それはシトリアとの一件があってから簡単にわかるようになった。
目を瞑る。そして、イメージした流れを足元へ集めていく。体が熱を出した時のように熱くなってきた。
目を開けた。景色がぼやけている。しかし、ここでやめるわけにはいかなかった。必ず成功させなければいけない。私が成長するために――人の役に立つために。
「ふう……ふう……ふう」
息が荒くなってきた。いける。力がみなぎっていくのを感じる。
そして、視界がはっきりとしはじめた。
「凛さん、跳んでみてください!」
言われた通り、私は少しかがんで、足をばねのように使い、上へ地面を蹴った。激しい破裂音が響いた。どんどん上がっていく。異常な加速が始まっている。
気づけば私は庭を見下ろすところまで来ていた。
まるで空を飛んでいるかのようだった。確かに「空を飛ぶ」という表現を使うには高さが足りなさすぎる気もしたが、私にとってはまさに空を飛んでいる気分だったのだ。
ただ、それもつかの間、すぐに下へ下がり始める。
体が前へ傾き始める。
まずいんじゃないかな、これ。体が前に傾き続けるとそれ頭から落ちるじゃん。
「突風!」
風を吹かせ、態勢が変わった瞬間に、地面についた。
「いててて……」
「凛さん! 大丈夫ですか!」
「あ……うん。大丈夫だよ」」
「それならいいんですけど。跳んでみてって言った私が悪かったです……」
「いや、おかげで良い経験ができたよ。ありがとう」
「そうですか……」
「まあ部分的な肉体強化はできたみたいだな」
「はい!」
「じゃあやってみるか」
そういってアンさんは鎧を拾って、適当な木を切ってあっというまにさっきのと同じような奴を作って見せた。
私は剣を持って、それに向けて構える。
「あ、言っておくが。折るなよ。その剣」
「え……」
なんでプレッシャーかけてくるかな! 体がぶるぶると震えてきた。
でもやらなきゃ。強くならなきゃいけないんだ。
さっきのとおんなじ感覚。足に力を込めていく。
「ふう……ふう……ふう」
呼吸は大事だ。体の震えが収まってきた。緊張をほぐしていける。あの木の傍に来た瞬間に、剣を振るえばいい。そのためには腕を早く動かすのではなく、せっかく速く動いている体のエネルギーを剣から鎧に伝えていくんだ。
地面を蹴った。目標に向かって、そのまま突っ込んでいく感じ。いかにも固そうな鎧が目前に迫る。
剣を振るった。当たった瞬間に剣を押し込む。
まるで紙を切っているかのような感覚だった。そのくらいにすぱっとキレイに切れたのだ。
でも、勢いをうまく殺すことができず、私は地面に突っ込んでいった。
「凛さん! すごいですよ! 一発で成功するなんて!」
「まさか行けるとはな」
「そ、そうですか……」
ちょっと嬉しい。いや、かなり嬉しい。褒められるのはなんだかこそばゆくて苦手だが、幸せな感覚を消すことはできない。
「よし、じゃあ次行きましょう!」
「次……?」
「はい、王流剣術第弐法開花静寂です」
「開花静寂……意味わからない」
「でしょうね。でもこれはこの攻撃の様子を表してるんですよ」
「はあ」
「まあ簡単に言うとこの攻撃は相手の体中の動脈を攻撃するものなので、この攻撃を受けた相手は全身から血が噴き出すんです。それが花びらのようになるから、開花なんですけど。動脈のみを攻撃し、また、その際の動きが極めて繊細かつ静かなので静寂とつけられ、開花静寂なんです」
「なるほど……」
ネーミングセンスがよくわかんないけど。
「これを極めれば、相手の目隠しに加えてこちらの動きが静かなためのいつやられるかわからない恐怖心が相手の軍全体に広がります。相手の数が多いときにも使えますね」
「で、どうやんの?」
「まあ見ててください。アンさん犠牲者役できますか?」
「やれるわけないだろ、何言ってんだ」
割とノリ突っ込み風だった。こういうとノリ突っ込みガチ勢に怒られそうだけど。
「ですよねえ。じゃあさっきのレルズの死体ってどこあるか、分かりますか?」
「いや、待って凛。私そういう技は必要としてないよ」
「あ、そうですか。じゃあどんな技欲しいですか」
「人殺さないやつとかないの?」
「あー分かりました。それはですね。王流剣術第陸法活人殺法ですね」
「いや、殺すか生かすかはっきりしろよ」
「まあまあ、そんな言わないでくださいよ。これは相手の命は奪いません。その代わりに来ているものをすべて切り刻みます。だから社会的に殺すのです」
「いや、それだめなやつ」
「そうですかあ。じゃあ王流剣術第参法温情がありますね」
「温情とは……またそのまんまだね」
「そうですね。じゃあそれ教えましょうか。死なないから今度こそアンさん、受けてみてもいいんじゃないんですか?」
「いや、君私に恨みでもあるのか?」
「別にありませんよお」
そういってシュワイヒナはとてもニコニコしていたが、目が笑っていなかった。
確実に何か恨みがありそうだった。
「で、温情ってどんなんなの?」
「そうですね。まあ相手を気絶させるものになりますね。ではアンさん、そこに立ってください。まあ安心してくださいよ。すぐに回復魔法かけますから」
「いや、回復魔法じゃ気絶治らないだろ」
「え、ばれました? えへへ」
なんだこのニコニコ具合。もう意味わかんねえな。
そして、シュワイヒナは構えた。
次回投稿は十月二十日です




