第三十話 戦争へ
遂に始まってしまう。それは人類史の過ちか、それとも人類の技術的、政治的な進歩に欠かせない知力の場か。しかし、今これらのことはたいして関係のあるものではないのだろう。もう引き返せない。祐樹の性格からして、今更戦争の停止を申請したとしても意味のない行為に終わるであろう。避けられないのだ。戦いは。ならば、戦死者を減らし、それでいて勝利する。これが私たちの目的。そんなことはただの妄想に過ぎないかもしれないが、この世界には「固有スキル」たる特殊能力が存在する。魔法もある。私たちのできることはこれだけで広がっているのだ。戦いが本質的には変わらないとしても、変えられることもある。その一筋の光を広げることができれば、私たちは目的を達成することができる。
「私たちの目的を達成するための戦略を練りたい。基本的なプランは前回話した通りなのだが、さすがにあれだけだということにはしないつもりだ。だが、かくいう私も戦争の指揮を執ったことはない。そこでだ、アン。君は唯一の戦争経験者だろう。だから、君に戦争の指揮を執ってほしい。その補佐官に佐倉凛をおく。君は祐樹の性格をよく理解しているのだろう。だから、どういう戦略をとってくるか対応することができるだろうし、もし予想外の戦略をとってくれば柔軟な対応もできるだろう。いいかな?」
「私は構わん」
「私も大丈夫です……」
アンさんはわかっていたかのように――実際わかっていたのだろう――少しも動揺することもなく肯定した。でも、私はわかっていたにも関わらず、少し動揺してしまった。ここが経験の差なのか、年の差なのか。
「そのどっちもだな」
「あ……そうですか……」
心の中の自問自答に反応しなくていいのに……
「そうか、それは悪かったな」
「いえいえ」
「まあ、心配はいらないと思うが、仲良くやってくれ。それでだが、もう時間がない。作戦をこの場で考えるとする。桜、向こうの戦力はどうなっている?」
「えっと……全兵力ざっと二千くらいでしたね。向こうの人口が二十万人くらいなのでそれくらいが妥当でしょう」
「湊さん、リーベルテの兵力と総人口はどんな感じなんですか?」
「総人口百万、全兵力は一万に相当する。森の中の総人口が二万程度と聞いているから、それを合わせると百二万ということになるな」
「お互い人口の一パーセントなんですね……」
「ただ、祐樹は動員数を増やすつもりだという話を聞いたわ。先の魔王軍との戦いで逃げ遅れた老人とかはほとんどが亡くなられたそうだし、そもそも平均寿命が日本と違って随分と短いからな」
「そうですねえ。その日本とかいう国聞いてる限りはかなり寿命長そうでしたしね。でも、シュワナもまあまあ長かったんですよ! 五十から六十あたりを彷徨ってましたけど」
「あの、シュワイヒナ。日本の平均寿命は約八十だったのよ」
「へ? 八十とかそんなに長生きしてる人とか、大賢者くらいですよ」
「大賢者?」
「なんだそれは?」
と私と湊さんが反応した。すると、アンさんが
「大賢者――海の向こうの大陸にいるといわれている噂ではもう齢百を超えるともいう男のことだ。所詮噂に過ぎないし、私は信じてはいないのだが、この世のすべてを知っていうという。しかもレベル九百九十九らしい。さらには強力な固有スキル使いだという話だ。」
「そんなのが本当にいるのか!?」
「いるんですか!?」
食いついてしまった。いや、すべてを知っているとか言われたら、この世界の真実も元の世界に帰る方法もわかるかもしれない。シュワイヒナがいる以上、正直帰ろうというつもりもないのだが、聞いておいて損はないだろう。
「だから、言っただろう。私は信じていないと」
「私は信じてますけどねえ。そんな夢みたいな話も合ったほうがいいですし。うちの資料集の中にはなかったと思いますけど、大陸からうちに通商に来た人が言っていましたよ。ていうか大陸にはまだまだこの島にない生き物とかいろいろいるらしいですし」
「そりゃいそうだね。この島にない生き物かどんなんなんだろう」
「なんか猫耳が生えてる人とか、すごく大きい熊とか、ドラゴンとか! そんなんに会ってみたいですね。あ、凛さん、一緒に行きますか?」
「そうだね。行ってみたいよ」
「私も行きたいな。桜と一緒にな。私たちがいなくなったらアン頼むぞ」
「ふっ、任された」
アンさんは少しだけ笑って見せた。
「じゃあ、それならまず問題を解決しないといけないでしょ」
「はっは、そうだったな」
「はい!」
「では、話を戻そうか。だいぶ逸れてしまったからな。話の重量がだいぶ変わってしまうが、桜、シュワナ軍はいくつの部隊に分かれている?」
「確か、全七部隊だったと思います。現在シュワナが保有している固有スキル使い一人一人に一つ部隊が与えられて、祐樹が最後の大部隊を指揮しているとか。その部隊は確か、一軍あたり八百だったと」
「これはまだ凛に軍の人数を教えていなかったのが功を奏したな。向こうはこちらの軍勢の数があまりわかっていないのだろう。そうなると数的には圧倒的有利を保有しているのは我々だ。それに例のリブルの毒の作戦を使えば、相手の軍勢はぐっと減る。それこそ一桁台にすら入るかもしれない。勝ち目は大きい。どうだ? 凛、祐樹はどれほど軍を増やすと思う?」
「まあ、かなりの数は増やすでしょうが、所詮は寄せ集めに過ぎないでしょうね。祐樹がしたいのは多数の配下をつけることであって、最終的には自分でどうにかしようと思うタイプの人間のあの人はそもそも配下に期待すらしてないでしょう。だから、軍が増えてもそれは大きな問題ではないと思います。軍が増えた場合に加味するべき問題は毒をどう回すかだけでしょう」
「そうか。リブル。実際君の作ってる毒の効果範囲はどれくらいなんだ?」
「えっ……えっと……空中散布なら……」
と、リブルさんは上を見つめて、何やらせっせと手を動かした。そして、
「今のリーベルテの技術なら……二百人規模の軍隊が限界……」
「なら、これ以上増えられると困るな、それの空中散布法についてはなにか案はできたか?」
「あ……えっと……袋詰めした……粉状の毒を……蒔けば、集中しているところには……」
「なるほど。大体わかった。やはりその任務に就くのは桜じゃないほうが……」
「だから……いつまで心配してるの? 危険なのは他も一緒よ。それに私はどちらにしろ行かなきゃ作戦は成功しないんだから。数が多かったときは、私と凛の二人がかりでやるわ」
なんだか桜さんがフラグをたててるように思える。妊娠しているし、こんなセリフ吐いちゃって、本当に怖くなってきた。
「それもそうなのだが……くそっ、反論できない自分が情けない」
「あなたの優しさは十分なほどに受け取ってるわ。だから大丈夫」
私が頑張らなきゃ、桜さんを殺させるわけにはいかない。
「凛さんが行くなら、私も行きます! っていうか私がするべきでしょ!」
とシュワイヒナが声を張り上げる。
「あ……あの……」
とリブルが手を申し訳なさそうに小さくあげた。
「どうした? リブル?」
湊さんが聞く。
「肉体強化を使わないなら……いいですよ……」
「使わなければそれでいいのか?」
湊さんの問いかけにリブルさんはこれまた小さくうなずいた。
「分かった。シュワイヒナも行ってもらうことにしよう。だが、凛にも行ってもらう」
「えっ……なんでですか?」
「だから、君たち二人で相手の固有スキルを探ってほしいのだ。相手の固有スキルの本質をつくことに関してはアンには及ばないが、高く評価している。敵固有スキルを知れば、それだけで戦局は変わる。それとも、それまでシュワイヒナができるというのかね?」
「う……こんなことなら固有スキルくらい聞いとけばよかった……」
「だが、シュワイヒナは逆に固有スキル使いの顔や名前はわかるのだろう?」
「あ……それはまあそうですけど」
「それなら凛とうまく連携をとってくれれば役に立つだろう。よろしく頼むぞ」
「……分かりました」
「よし、それで決まりだ。さて、戦争の流れを決めておきたいのだが」
「それなら短期決戦でしょうね」
「ほう、凛、なぜ、そう思う?」
「どう考えてもお互いの軍の保有している火力は通常のこのレベルの文明――つまり世界大戦よりもずっと前の銃や弓矢、剣が主流の戦争と体系的には同じであるにも関わらず、それらと比べて激しく上昇しています。レベルが上がると人の防御力もあがるようですが、それらは微々たるもの。そのなかで長期化はまず起こらないでしょう。だとするならば、先に火力を集中させるのが妥当かと」
「それに固有スキル使いたちはレベルがかなり高いです」
とシュワイヒナ。
「シトリア、アリシア、カリアとかという面子は魔王軍との戦いを経験してるからかレベルが七十を超えていました。本人らが本当のことを言ったかどうかはわかりませんが、早い段階から戦争を計画していたようですし、レベルはおそらく低く私に教えています。そうなると毒攻撃も逃げられる可能性が高い――つまり固有スキル使いとは直接、剣を交える可能性は高いでしょうね。リブル、毒はどれだけ使えるんですか?」
「えっ……あっ……そもそもあの毒の材料は少ないから……八回分ほど……です」
「なら、固有スキル使いとの戦いは避けられないでしょうね。それにこちらの固有スキル使いをぶつけて、固有スキル使いを持たないものは戦いに参加しないほうがいいでしょう。もちろん、作戦が失敗したように兵を置くのは当然ですが」
「そうだな……単騎戦になるのか……その辺は私もある程度は考えてはいたが……」
「それなら、尚のこと相手の固有スキルを知る必要はあるだろうな」
とアンさんが口を開いた。
「毒の作戦は私も同行しよう。こちらの能力がばれている分、可能性は低いと思うが、ゼロではないであろう」
「そうだな。桜頼めるか?」
「人が増えるのはいいけど、マジックポイントのこともあるし、時間はかかるよ」
「森はかなり広いからな。時間がかかるのは構わない。砦はかなりこちら側に作らせているしな」
「まあ難しい話じゃないだろうな。では、凛、シュワイヒナ。固有スキル使いの情報を教えてもらおうか」
アンさんにはすべてバレているようだ。まあ私とて、喋らないとは思っていなかったから、話を振ってもらえるのは素直にありがたい。
「私が知ってるのは一人だけです。ミルア――私よりも一個下の少女でした。見た目は年相応で、私ほど、身長が高いわけでもなく、シュワイヒナほど低いわけでもありません。百五十後半から、百六十前半くらいでしょうね。髪の毛は天然物のピンクで、頭に花柄の小さい髪留めをつけてました。魔王軍との戦いのなかで十分な食事を得られていなかったからか、かなりやせ細っていました。非常にかわいらしい少女で、愛嬌も兼ね備えてます。固有スキルは『キュートブレス』。催眠効果のあるガスを放出します」
「その催眠効果というのはどういう効果なんだ?」
「あ……それは……」
「人の色欲を刺激し、強制的に恋に落とさせます」
シュワイヒナが答えた。
「かなり屈強な精神力を持っていたら耐えられるかもしれませんが、ほとんどは無理でしょう」
「女の子も効くの?」
桜さんが尋ねる。
「もちろんです」
さも当たり前のように首を縦に振ったシュワイヒナだったが、それはあなただからじゃないのと、桜さんの目が訴えかけていた。
「そんな疑うなら自分からかかってみたらどうですか。おっぱい星人」
悪口のレベルが低すぎる。ていうかシュワイヒナ、本当に迷惑そうな顔してる。それもまたなんだかゾクッとして……って考えない、考えない。
「また、そんなこと言って……まあ私が悪かったわ」
と早々に桜さんは諦めたようだった。まあ、不毛な争いですしね。
「シュワイヒナ。ほかにも知ってるだろう。話せ」
とアンさんが指示する。
「やっぱりあなたに隠し通せませんね。ただ、これについては私も確信はしてないので、言うかどうか迷ってただけですから」
彼女はため息をついた。
「しょうがないですね。私の知ってるもう一人の固有スキル使いはビラス・アイス。固有スキル名は『アイス・ダンス』。リーベルテ軍第三番隊隊長アスバ・アイスの父親ですね」
次回更新は十月十九日です
 




