第二十八話 一面
それから部屋に戻って、寝た。結局、今晩はキスしただけだった。まあ疲れていたし仕方がないのだろう。
夢は見なかった。それだけ熟睡していたのだろう。時間はまだ五時を少し回ったくらい。
だが、早く目が覚めてしまった。
隣にいるシュワイヒナはまだ寝息を立てている。
二段ベッドなんだから上で寝ればいいのに、彼女が隣で寝てしまうとただでさえ狭いベッドがさらに狭くなってしまう。……まあ、かわいいからむしろ来てくださいって感じなんだけど。
とりあえずはまた寝れるような感じはなかったので、少し外でランニングをしようと思った。
女子寮を出ると、朝日が昇っているのが見えた。橙色の光が少しずつ暗い街や宮殿の壁を照らしていく。
庭に出た。すると、昨日よりもはっきりと血が芝生についている様子が見える。まるで殺人現場のようだった。その認識はさして間違っていないということが受け入れたくない。
それに壁に背中を預けているレルズとエリバはいびきをかいているようでぐっすり眠っているようだった。とりあえず、意地でも救わないといけないエリバを救うことはできたけれども、それはただ単に私の運が良かっただけで、私のおかげというわけではない。正直、あの状況だったら、アルズさえどうにかすればあとはリブルさんの到着を待てばよかっただけだった。リブルさんの固有スキルがどんな特殊効果を持っているのかまだ詳しくは分かっていないが、おそらく毒を受けると、それに対する耐性を体内に作り、またその耐性を人に与えることもできるという能力なのだろう。
つまり、毒を針により、相手の体内に入れるのを主な戦法としているレルズは絶対にリブルさんに勝つことができないということになる。こんなにも固有スキルの相性は戦いを左右してしまうものなのだろうか。思えば、ランの時だって似たようなものだ。ネルべさんの固有スキルがなければ、ランを殺める以外に方法はなかった。まるでゲームのようにバランスが設定されている世界だ。
そんなことを考えながら、また、目の前の血とかをどうにかしたいという気持ちとともにやっぱりしたくない気持ちの両方に襲われて、庭で立ち尽くしていた。
どうすれば血なんかとれるんだ? 草抜いちゃえばいいのかな? でもそんなこと勝手にやったら怒られちゃいそうだなとか思ったりしていた。
「あ、早起きだねえ」
とランリスさんが後ろから話しかけてきた。
「そういうランリスも早起きじゃん」
「まあね。私はしたいことがあったから」
「へえ、そうなの?」
「うん」
そう言って、ランリスは血が付いた草を抜き始めた。
「やっぱ血で汚れている庭で生活なんかしたくないでしょ」
「うん……そんなの勝手にしちゃっていいの?」
「しないよりはましだよ。そりゃあそうじゃん。これしか方法ないんだし。ま、私の少ない脳細胞でそれだけしか思いつかないってだけかもしれないけど」
はっはと軽快に笑った。
すごくいい人だ。なんだかんだ人のこと考えて動いてる。昨日は迷惑な人たちだったとか言ってたけど、やっぱり人のこと考えて動けるんじゃん。こういう人に私もなりたかった。何も考えずに動けるような人に。
私も居ても立っても居られなくなって、ランリスを手伝い始めた。
「手伝ってくれるんだあ、ありがとう!」
私なんかよりもランリスのほうがずっといい人なんだけどな。シュワイヒナは何を見てきたんだろう。
なんだか複雑な気分になってきた。
考えるのはやめだ。ただ今ある幸せを享受すればいいんだし。
「ていうか凛ちゃん、そっちとはびっくりだねえ」
「そっち? ってあ……」
「いや、別にそれがどうこうとは言わないんだけどね。まあ言われてみればって感じだね。あ、この間の私よりも? っていうのは私はそういう意味で言ったんじゃないからね」
「どういう意味だよ……」
「え? 凛ちゃん、失礼なこと聞いてもいい?」
「え……いいけど……」
「女の子の友達いた?」
「い、いたよ。……一年前までは」
「どれくらい?」
「二、三人」
「それでか。凛ちゃん、なんだか会話慣れしてないんだよね」
「それは……自分でもわかってますとも」
「本当に?」
「本当です!」
「ならいいけど、私も凛ちゃんと仲良くしたいからさ」
「それは……ありがとう」
そうこうしているうちに血が付いた草は大体抜き終わった。それを遠くから眺めてみるとところどころ禿げているようであんまり景色がよろしくない。
「じゃあ草、植えますか」
「え、そんな植える草とかあるの?」
「うん。ついてきて」
それから二人で十分ほど走った。ランリスが向かった先は宮殿の裏のほうだった。
「この辺りはあんまり人目につかないからね。多分草は自由に取ってもいいよ」
そう言って、草を根のほうからきれいに土ごと取っていく。それの真似をして、私もするが、それがかなり難しい。ただ、土が固まっていたおかげでなんとかできた。それをランリスはそばにあったかごのようなものに入れていく。そして、さっき抜いた草をその辺に捨てた。
「こんくらいでいっか。ほら早く戻るよ。じゃないとみんな目覚めちゃうから」
そういわれ、ランリスの後を走った。もう六時くらいだった。
そして、さっき抜いたところの土を少し掘って、さっきの土を入れていく。非常に手際が良かった。随分と慣れているようだ。
全てを終えて、庭を見渡すと戦いが起こる前と遜色なかった。
「すごい……」
「ま、こういうのも私の仕事だしね。私、戦闘では基本的に役に立たないからさ」
こういう方法もあるのか。人のためにできることは意外とどこにでも転がってるものだ。
私はランリスに別れを告げ、女子寮に戻った。そして、扉を開けると、
「いてっ、あ! 凛さん! どこ行ってたんですか!」
とシュワイヒナにぶつかった。
「いや、早く起きすぎたからちょっと走ろうと思って」
「そうだったんですか……もう、起きたら凛さん隣にいなくてびっくりしたんですよ!」
「ごめん、ごめん。今何時?」
「七時です。ごはん食べに行きましょ」
それからシュワイヒナとご飯を食べに行った。今日は一般的な和食のメニュー。鮭もとれちゃうんだなあと。海でとれるんだっけ。ほかにも味噌汁にはシイタケや豆腐も入っていた。どうやらこの国には普通に鍋も流通しているようであった。鍋が元の世界でどれだけの時期から流通していたか知らないから、それがどれだけのものかはわからないから何とも言えないが、この間のボブラさんの家にも鍋はあった。
調理器具とかもちゃんと流通しているようだったので生活レベルはかなり高いのかもしれない。
そういえば、シュワナで料理は洋食がよくあった。……やっぱりよくわからない。
食べ終わった後は、シュワイヒナと一緒に街に出た。既に市場は盛況の兆しを見せ始めていた。
「結構、復興進んでるんですね」
見ると、枠組みはある程度、出来上がっていて、レンガを積み始めていた。兵士が先導して行っている。そういえば、湊さんが兵士にレンガ積みの家の作り方を教えて、それを聞いた兵士が先導しているって話は聞いた。湊さん、やっぱり何でも知ってるんだなと思った――まあシュワナではほとんどの家がレンガ積みだったわけだが。
その先にブティックがあった。中に入ると、いつかの女の人がいた。
「あ、あの時の軍のお方じゃないですか」
「どうも。元気そうでなによりです」
「いえいえ。私はあなた方に命を救われたようなものですよ。あの時、あなた方が走るのを見て、私も外に出て、逃げることができたんですから」
「そうだったんですか……」
「服は全部焼けちゃいましたけど、ほかの方々から古いのをもらって、なんとか再開できたんです。今回は調査かなんかですか?」
「いえ。服を買わせていただこうと思いまして」
「それでしたら、これとかどうでしょうか」
そういって渡されたのに着替える。すると、
「凛さん! めっちゃいいです! かっこいいですよ!」
とシュワイヒナに言われた。お世辞じゃないのかなあとか思って、鏡を見ると、
――ドキッとした。
下は灰色っぽいズボン。ジーンズっぽいズボン。それに加えて、上は白いシャツの上に短い袖の黒いものを羽織っている。まだ五月なのでこれくらいの服装が心地よい。軍服も色調は暗いのだが、こちらは少し明るいところもあって、印象は悪くない。それに腰には剣をさせる場所もあるので、今後いろんな場面で使えそうだ。
「お気に入りになれましたか?」
「はい。とっても」
「それはよかった。こちら合計で金貨一枚になります」
「じゃあ、これで」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそ」
買ってしまった。いまだにこの国のレートをわかっていないのだが、大丈夫だろうかと一瞬不安になったのだが、あんまり街に出ることはなさそうだし、それは大丈夫だろう。
シュワイヒナも大体服装を見た後、
「なんだか私買っても着ない気がするんで、いいです」
と言って、何も買わなかった。
そういえば、王宮には結構な量の服がそろっていたので、それだけで満足しきってあんまり興味ないのかな?
「私もう二着買おうかな。着替え用に」
「凛さん、同じ服好きですよねえ」
「それ言ったら軍服しかないシュワイヒナもでしょ」
「私はまた全部落ち着いたら買います。着る時がなかったら服がかわいそうじゃないですか」
「ああ、確かにそうかも」
とか言っていたけれども、やっぱりもう二着買った。
店を出ると、結構自然にシュワイヒナが腕を絡ませてきた。筋肉がまあまあついているはずなのに柔らかい体がすごく気持ちいい。
彼女のほうを見ると、彼女は私の目を見て、きれいで真っ白な歯を惜しむことなく見せた。
かわいい。頭くしゃくしゃってしたくなってしまう。
通りかかる人々が温かい目を向けてくれていた。おそらく仲のいい姉妹とでも思っているんでしょう。そう思ってくれているならとてもありがたいのだが。
結局、二人で冗談を言い合ったりもしながらも、八時三十分には宮殿に戻ってきた。それほど時間が経っていないのが驚きだ。まだレルズとエリバは目を覚ましていなかった。
その後、適当に時間をつぶした(筋トレ)あと、会議に行った。湊さんがレルズとエリバを連れてくる。リブルさんが吸収魔法を使って、彼らのマジックポイントをすべて吸い尽くした。
それから、二人が目を覚ますのを待った。さほど時間はかからなかった。
「安心しろ、歯に布を張っておいた。自殺はできない」
「な……!」
すごく喋りずらそうだった。
「何を……したいんだ!」
「質問だ。どうすれば君たちは我が国に危害を及ぼさなくなるのかな?」
「う……」
「そうはならない!」
エリバは恐怖に顔をひきつらせていた。対して、レルズは反抗の意思が残っていた。
「牢獄しか手段はなさそうだな。殺すわけにはいかないしな」
牢獄か……この国ではどんな罰則が加えられるのだろうか。想像もつかない。
「湊さん……エリバと話をさせてください」
「そうか……だが、エリバの能力に攻撃性がないにしろ、使われるとかなり厄介だからな。牢獄でマジックポイントを吸収させておくのがいいのではないのか?」
「マジックポイントを吸収?」
「君にはまだ説明していなかったな。この国で魔法による犯罪を起こしたものは基本的に死刑か、牢獄でマジックポイントを吸収させられ続ける。リブルの魔法を応用したものだな。まあ、それもだいぶ面倒だから、大体は死刑になるのだが……」
「そうなんですか……」
確かにそうかもしれない。この国の一個人の持つ破壊能力は底知れない。国家が転覆することも考えられる。そのための死刑の一般化なのだろう。固有スキルを保有している隊長たちの戦闘能力も非常に高いものになっているし、それも大きな事件が起こらない要因なのかもしれない。
「それでも私の蒔いた種ですから」
「そうか……もしもの時があったら、その時は必ず、言え。死刑もしくは投獄する」
「はい、わかりました」
自分で起こしてしまったことくらい自分で解決しないと大人にはなれない。私はエリバの手を引いて、部屋の外に出た。
次回更新は十月十七日です




