第二十五話 襲来
それから三日が過ぎた。この三日間はリブルさんと湊さんと桜さんと一緒にどのような毒を使うのかということやどうやって毒を浴びせるのかということを話し合った。どのような毒を使うかについてはリブルさんが三日間眠り続けさせられるという毒を知っているというのでそれを使うことにした。果たしてそれが人体にどのような影響を及ぼすのか予想がつかないが、リブルさんの話を信じると大丈夫そうだ。どうやって毒を浴びせるかについては空中散布式が最も良いだろうという結論だ。それ以外にはあまり思いつかなかったし、爆弾式や地雷式とかも考えはしたのだけれども、地雷にすると敵兵団が通る場所をちゃんとわかっていないといけないし、爆弾式だと仕組みが難しいうえに威力の調節も難しく、場合によってはかなりの怪我を負わせてしまうかもしれないと思った。
「僕……は近くの山……で……材料……とって……きます」
とリブルさんは途切れ途切れに言った。目を隠しているため、目が合わせられない。どうやら彼は人と話すのは苦手らしい。学校時代にもこんなに人と話せない人はいなかったと思うのだが、まあそれは人それぞれの個性なのでしょうがないとは思う。ただ、私は少しせっかちなところがあるので、少しは腹が立つ。ただ、そんなことは些細なことで、気にするべきことでもなかった。
で、その日はいつも通り、アンさんと一緒にいつもの剣の練習に励んで――最近はちゃんと体の使い方とかを教えてくれるようになった――、シュワイヒナとともにお風呂で互いの体を洗いっこして、夕食をとって、部屋に戻った。
「ねえ、シュワイヒナ。私も肉体強化使えないかな?」
「え? なんでですか?」
「いや、私もいくら剣の腕を磨いたとしても体が弱かったらあれだし……そりゃ毎日筋トレだってしてるけど使えれば、それのほうが強いんだし」
「やめたほうがいいですよ。私は回復魔法があるからなんとかなってるんですし、それに凛さんはそんなに戦わなくていいですよ。凛さんが戦わないといけなくなったときってそれもう一巻の終わりですよ」
「でも、シュワイヒナばっかりに任せるのもあれだし……」
「そうですか……気持ちはうれしいですよ」
そういって、シュワイヒナはにっこりと笑う。
「私が倒れたら使ってもいいですよ。言いますね。体に流れているマジックポイントを外部に押し出していくイメージです。これ以上は詳しくはわかりません。でも、凛さん。いくら鍛えているといったって骨とかは耐えられないし、肉離れとかもよく起こします。相手を倒せても、あなたも立ち上がれなくなりますよ」
「そんなことはわかってるけどさ……ていうかそれ言ったらシュワイヒナもじゃん」
「まあそれはそうですね。でも私は回復魔法がありますから痛みしかないですよ」
「だから、なんでそんなに痛みを耐えられるの?」
「なれたんですよ。言ったじゃないですか」
「そんなのだめだって」
「少しの痛みに耐えれば、またこうやって幸せを手に入れられるんです。安いもんじゃないですか」
「そんな……」
かわいそうだ。でも私にはどうすることもできない。やるなと言っても彼女ならやるだろう。私がやるように。だから止められない。
「まあいいじゃないですか」
そういいながら、シュワイヒナは私の顔へ手を伸ばしてくる。
「ほら、チュ~」
とキスをねだってくる。
あ、無理。我慢できない。いや、逆に考えるんだ。なぜ我慢する必要がある。両想いで、しかもこの部屋には私たち以外誰もいない。どこにもしてはならない理由はない。
私は即座に顔を近づけた。柔らかい唇の感触が伝わってくる。心地いい。
だが、その感触を長く味わう間もなく、シュワイヒナは唇を離した。
「ふふふ、もっと欲しそうな顔してますね」
「う……なぜバレた」
「続きはベッドの上ですよ」
そういって、彼女は私をベッドに一気に押し倒した。
「今、一瞬肉体強化使ったでしょ」
「え……ちょっとなにを言ってるかわかんないですねえ」
「そんなことに使うな」
ぺしっと頭をポンと叩いた。
「えへへへ、いや早くしたくて」
なんだか頭を叩かれて嬉しそうだった。そっち方面の才能もあるのか? 今まで彼女のことはSだと思っていたが、もしかしたらMかもしれない。
「まあいいです」
シュワイヒナは私の手に指を絡ませた。私の指と指の間に彼女の指が入ってくる。そして、もう片方の手は私の腰に回される。私もそれに合わせて彼女の腰に手をまわした。
「いいってことですね。何されても、今更文句なんて言わせませんよお」
シュワイヒナが実に楽しそうな笑みを浮かべた。かくいう私もさっきから口角が下がらないのだが。
彼女はとてもいいにおいがする。今は額に水滴が浮かんでいるのだが、それでも花のようないい匂いがする。変な香水とかよりもずっといい。それに繋げている手から上がっている体温を感じる。また、彼女の体が全体的に赤くなっているのもどこか扇情的で私の興奮も冷めやらない。
私の手をベッドに押し付ける。逃げられないようにしている。まあ逃げるつもりなどさらさらないのだが。
そして、彼女はもう一度口づけをした。今度は舌が私の口の中に入ってくる。私も考えることもなく舌を絡ませた。
舌は少し硬かったが、そんなこと少しも気にならない。夢中で舌を絡ませるだけだ。
全身が熱を帯びている。気づけば彼女を抱きしめる手を強くしていた。だが、それもお互い様だ。
「ぷはっ!」
彼女が口を離した。
「もういいですよね」
そう甘い声で囁いてくる。頷く以外の選択肢が思いつかない。
「じゃあいいですね」
彼女は手を私の首筋においた。そして、ゆっくりと下へ下げていく。声が漏れそうだった。
「声出していいんですよ」
彼女が顔をぎゅっと近づけて耳元でそう囁く。それで理性が消えていきそうだった。
でも、そんな時間が終わるのは突然だった。
大きな音がして、思わず、そちらのほうを見ると、扉は開けられ、外から桜さんが顔をのぞかせていた。
「あ……」
一瞬気まずい雰囲気が流れる。
「ご、ごめんね。え、えっと……あ、そう敵襲よ!」
衝撃的な発言だった。明らかにみられてはいけないことを見られてしまったという事実から起こる羞恥心をかき消してしまうくらいインパクトのある発言だった。
「はやく準備して!」
「あ……はい!」
「……はい……」
私は飛び起きて、剣を取る。その時に、シュワイヒナの顔をみると、だいぶ怒っているようだった。
「いらぬ邪魔が……」
「ま、まあ。また今度しよう。ね」
と慰めの言葉をかけると、彼女は
「いや……ま、はい。そうしましょう」
明らかに拳を握り締める力が強くなっていた。
部屋をでて、宮殿玄関前の大きな庭にはすでにネルべさん、アンさん、湊さん、桜さんと兵士が二人、そしてランリスが集まっていた。
「これで全員なんですか?」
「ええ、今はこれが全員よ」
案外、宮殿にいる人は少ないようだ。
「もうそろそろじゃないか」
アンさんがそう言った時だった。ガッと石を蹴る音が響いたと思うと、庭に誰かが着地したのが聞こえた。人影が――三つ。
「おっとそれで全員か。わざわざお出迎えしてくれてありがとうな」
「さて、早く終わらせよう。面倒だ」
「……」
姿がはっきりと見えたとき、私は自分の胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
あの黙っているのはエリバだった。戦わされているのだろう。それに表情がなかった。
救わなきゃ。ランやルンのようなことがないように。そう思った。
ただ、あとの二人は知らない。片方は場にそぐわない黒いタキシードを纏っており、もう片方はなんだかおっさんっぽい。腰に剣を指しているようだ。
「凛さん。あの無精ひげを生やしているのがアルズで、タキシードとか着ちゃってるのがレルズだったはずです」
「あ、そうなの」
と、それを聞いていた湊さんが、
「アルズ、レルズ、それと……」
「エリバです」
と私が助言をして、
「エリバか。今帰れば見逃してやろう」
と言った。すると、アルズが
「舐めてるな。俺たちの強さをわかっていない」
と自信たっぷりに言った。
「舐めてるのは君たちのほうだ。僕たちのことをなんだと思ってる?」
「敵だ。お前らだってそうだろう」
「そうだな」
はあと湊さんはため息をついた。そして、構える。
「戦わなければいけないようだな」
そう言って、湊さんは飛び出した。それに合わせて、ネルべさん、アンさんも飛び出し、アルズ、エリバも動き始める。また、レルズは黒い手袋を脱ぎ捨て、その場にとどまっていた。
「レプロダクション」
アルズがそう言った。と、突然アルズが二人に増える。
何が起きたんだ? 固有スキルか?
と疑問が沸き上がる。新たに増えたそれはもとのアルズと全く同じ動きをしているわけではなかった。まったく別の動きをしていると言っても過言ではない。
「チェンジ」
今度はエリバが口を開いた。アルズのすぐそばで、アルズとネルべさんの距離が三メートルを切った時だった。アンさんのいた場所とエリバのいた場所が入れ替わった。
「な……!」
これにはさすがにネルべさん、アンさん、湊さんも反応する。動揺が隠しきれていない。
そして、アルズは剣を引き抜いた。それでアンさんに切りかかる。だが、そこはさすがの第二番隊隊長だ。アンさんもきちんとそれに対応して剣でアルズの攻撃を防ぐ。
そして、もう一人のアルズはこちらへ向かってくる。
「凛さん、下がっててください」
「え……でも……」
「安心してください。私なら大丈夫ですよ」
そういってシュワイヒナは私を後ろへ押し込む。
「マジカルレイン、肉体強化」
彼女の髪が膨大なエネルギーを受けて、浮き上がり始める。
「私も行かなきゃだね」
「そうね。私も」
桜さん、ランリスも動き始める。そして、三人の兵士は既にレルズのほうへ向かっていた。
「「「おりゃあああああああ!」」」
息をぴったり合わせて、レルズに襲い掛かった。手には私のと同じ剣を持っている。三方向から同時攻撃だ。かなりのスピードを出しているところを見るとレベルもかなり高いのだろう。予想だが、私と同じくらいの強さだろうか。
レルズは彼らをちらっと横目で見た。そして、下を向いた。どうやら足でトントンとリズムをとっているようだ。
「とった!」
兵士のうちの一人が叫んだ。だが、それは正しくは「とられた」であった。
「えっ……!」
レルズにもっとも近づいていた兵士が突然倒れた。一瞬レルズの唇が動いたかのように見えたから、おそらく固有スキルを使ったのだろう。その特殊効果を受けたのだろうか。だとするならば一体どんな能力なんだ?
とりあえずレルズのすぐそばにいる兵士二人が危険だ。突然倒れたというのは死んでしまったのかそれとも単に気を失っているだけなのかはわからないのだが、どちらにしろ危険であることには変わりない。
動こうとした。しかし、明らかに遅かった。兵士二人は連続して倒れた。
繰り返しになるが、彼らはかなりの手練れだったはずだ。それがものの数秒で倒されてしまうだなんて思いもしなかった。惨敗も惨敗だ。
「なっ!」
その様子が目に入ったのかシュワイヒナが信じられないというような表情をする。
それが隙だった。
アルズの剣が振るわれる。その剣先は後ろに退こうと、地面を蹴った。シュワイヒナの腹をとらえた。服がざっくり切れて、出血を起こす。
だが、彼女は態勢を変えずに、私のすぐそばまで戻ってきた。そして、すぐに自分の腹を手で押さえる。
「シュワイヒナ!」
大事な人が目の前で切られて、動揺しない人がいるのだろうか。
「大丈夫ですよ」
そう言った彼女の腹の傷は既にふさがっていた。
「なんのための回復魔法だと思ってるんですか。それよりあれなんですか? あんな一瞬で勝負がつくことありますか?」
「わかんないよ……ごめん」
「いや、凛さんが謝る必要はないですって。それよりどうにかしないと」
レルズがこちらへ向かい始めている。エリバと戦っていたが、なかなか攻撃を当てることができず、地団駄を踏んでいた湊さんとネルべさんが先ほどの光景を見て、レルズのほうへ行く。だが、どんな能力を持っているかを確認できない以上、うかつに近づくことができない。
「ネルべ。もしもの時は頼む」
湊さんはそう言った。
「え……それってどういう……」
とネルべさんは明らかに動揺する。それに湊さんは優しくほほ笑むと、レルズのほうへ一気に駆け出した。もとからそんなに離れていない距離。もちろんすぐに詰まっていく。
「ポ――ズ――ドル」
途切れ途切れに言葉が聞こえた。そして、次の瞬間、湊さんは前へと突っ伏した。
桜さんの叫びが静かな夜の街にこだました。
夜はまだ始まったばかりだ。
次回投稿は十月十四日です




