第二十四話 会議
幸せという感情はこういうものなんだなと心の底から理解した。頭がぼーっとして蕩けそうな気分だった。
もっとこの気分を味わっていたかったが、シュワイヒナのほうから唇が離された。目を開けると、紅潮した彼女の顔を見ることができる。きっと私も今はこういう顔をしているんだろうと思った。
「凛さん……」
彼女は泣きながら私に抱き着いた。私も彼女を抱きしめる。暖かい。体だけでなく心もそうだ。私たちはしばらくそうしていた。
「ねえ、シュワイヒナ。私こんなんだけどいいの?」
「こんなんだけどって……私は凛さんがそんな人だからいいんですよ。優しくて、意外と脆くて、いつも強くなろうとしている。そんな凛さんだから私は好きなんですよ。そんなに卑下にならないでください」
「そうかな……」
私って優しいのかな……? 今までそう思ったことなんてなかった。あんなに冷たい目をしていて、優しいだなんて。それに私は親に当たってたこともあったし。だから、私はそんなに優しくないと思うんだ。まあ、確かに人を見捨てることなんてできないけど……
「そうですよ。まあ、凛さんは自分で自分のことわかってない節ありますからね」
シュワイヒナが私の体から離れた。
「じゃあ、凛さん。ごはん食べに行きますか」
「うん、そうだね」
私は彼女の手に自分の指を絡ませた。柔らかい指は触れるだけで人を安心させるようなものだった。
「凛さん、なんですか? 吹っ切れたんですか?」
くすくすと笑いながら、シュワイヒナが尋ねる。
「聞かないでよ」
と返すと、彼女は
「じゃあ聞かないでおきます。離されたらいやなので」
と言ってくれた。それがなんでか嬉しかった。ぎゅっと手を握り締める力を強くして、私たちは部屋を出た。
とかなんとか言っているけれどもやっぱり少し恥ずかしい。あんまり人にこういうの見られたくない。やっぱりまだ女の子が好きだってことを認めたくないということもある。もう認めるしかないのだろうか? アブノーマルというのはやっぱり怖い。
「凛さん。怖いんですか?」
「え……なんでわかるの?」
「私は凛さんの世界で一番の理解者ですから」
自称してしまうのか……嬉しいからいいけど。
「まあ、みんなそんなことで差別するようなタイプの人じゃないですよ。そんなこと、凛さんだってわかってるはずですよ」
女子寮を出る。
「……心読めるの?」
「読めませんよお。わかることだけです」
「……アンさん、涙目だよ」
「誰が涙目だって?」
唐突にそんな声したからびっくりした。驚いて、後ろを振り向く。
「その程度のことならまあシュワイヒナならよくわかるだろうな。まあいい。良かったな。凛」
「あ……ありがとうございます。で、なんでここにいるんですか?」
「そろそろ出てきそうだったから、伝えないといけないことがあったから来たのだ」
「へえ。なんですか?」
「一時からいつもの場所で会議を始める。どちらも来るように」
「はい」「はーい!」
シュワイヒナが元気な返事をする。私たちは二人でその場を後にした。
「アンさんったら本当によくわかってますよ」
「そうなの?」
「え……何も思わなかったんですか?」
「ああ……うん……」
「凛さん。もしかしたら大体のこと聞き流してるでしょ」
「うっ……いや……ソンナコトナイヨ」
「あるじゃないですか……もう! 少し怒りましたよ!」
「え……ごめん」
「まあいいです。……これからもいっぱい愛してくれるなら許してあげますよ」
ドキッとした。その時のシュワイヒナの表情と言ったら! この世の何にも勝る。正直この顔があったら戦争止めれるんじゃないのかなあ。まあ祐樹は自分のものにならないのは嫌いらしいけど。とにかく、その時の、少し頬が紅潮して、恥ずかしそうに少しうつむいてから上目遣いでそんなセリフを吐いてくる。それが世界最高のものでないとするならば、一体なにが世界最高なんだろうか? 私にはわからない。私の価値観からするとそれが間違いなく世界で一番かわいらしい。つまりそんな至高のものをみれた私は間違いなく、今、この世界で一番幸せだ。
ああどう返せばいいのだろうか。もちろんというべきか、それとも少し意地悪するべきか。
彼女の赤くなった顔を見つめていると、私までなんだか暑くなってきた。
やばい。さっきキスしたばっかなのにもうキスしたい。口づけをかわしたい。逆にこんなの見てて我慢できるわけがあるだろうか。いや、ない!
私は我慢ができず、シュワイヒナの頬をつかんだ。
「えっ! あ……」
それだけで彼女は私が何をしたいか察したようだった。それで目を閉じる。受け入れられた。そのことに安心しつつ、私は顔を近づけた。
鼻が当たりそうだったが、無事、唇を重ねることができた。相変わらず蕩けそうな唇だった。そのまま後ろからシュワイヒナの頭を押さえて、さらに唇を押し付ける。単純に気持ちがよかった。
「えええええええええええええええええええええええ!」
随分と長い叫び声が聞こえた。思わず、びくっとして顔を離して、声のしたほうを見る。
「ちよ、えっ、は、えっと、その……うん、ごめん!」
ランリスだった。走って食堂のほうに向かっていった。
見られた。
「ああっ!」
思わず、顔を塞いで、その場にしゃがみこんでしまう。
「凛さん、恥ずかしいのは私もですよ」
そういう声がしたので、シュワイヒナのほうを見ると、ニコッと笑いかけてくれた。その様子を見ていると、なんだか笑えてきて、二人で顔を見合わせて笑った。
結局、手を離してから私たちは昼ご飯を食べた。いつもと変わらない昼食だった。けど、少しだけおいしく感じたのは多分、気のせいだろう。
その後、二人でいつもの部屋に向かった。その部屋に入るとすでに隊長たちはみんな集まっていた。
「凛、終わったのか?」
と湊さんが尋ねてきたので、
「はい。無事済みました」
と答えると、湊さんはそうか、と安心したかのような表情を見せて、
「そこに座れ。会議を始めるぞ」
といった。その指示に従って、私たちは用意されていた椅子に座る。
「さて、今日は君たちに我が国の戦争での作戦を伝えようと思う」
部屋に一瞬にして緊張が走った。ついに戦争が始まる。その宣伝であったからだ。
「まず第一番隊、第四番隊、第五番隊、君たちには森に向かってほしい。森に砦を作ってほしいんだ。作ってほしい場所を示した地図はここにある。これをライン君が持っていてほしい。既に作成は半分ほど終わっているそうだから、そんなに時間はかからないだろう。よろしく頼むぞ」
「おう!」
とラインさんがいい返事をする。アスバさん、ファイルスさんもうなずいた。
「次に第二番隊、第三番隊、国の復興作業とまた、治安維持、それに加えていつか来ると思われている六人のシュワナからの使者への対抗手段となってくれ」
「ええ」「わかった!」
とアンさん、ネルべさんも納得したようだ。
「最後に僕たちは犠牲者をできるだけ少なくすることを目標としている。可能ならばゼロにしたい。それでだ。リブル、兵団を襲って兵士を眠らせようと思うのだが、広範囲に及ぶ催眠薬を複数作れないか?」
「え……えっと……はい……分かりました……」
突然、指名されて少し驚いたようだったが、意外とあっさり承諾した。
これが私とシュワイヒナと湊さんで話し合って、作った最初の作戦。犠牲者を減らすのならば、まずそもそも戦う人を少なくすればいいのではないのだろうか。催眠薬で兵士を眠らせて、あとは祐樹さえどうにかすることができれば、犠牲者をゼロにすることができる。そう考えたのだ。
「そして、その作戦が成功したのちに、僕のレベリングコントロールで祐樹のレベルを下げ、あきらめてもらう。これについて何か質問とか、これ以上の案を思いついたという人がいるならば挙手をお願いしたい」
「そうだな……その催眠薬を相手の兵団に落とす役割はどこが負うんだ?」
とラインさんが尋ねる。
「それは特殊部隊が担う」
と湊さん。
「その時点で反撃を食らったらどうするんだ? 相手の戦死者をゼロにして、俺たちから戦死者が出たら、本末転倒じゃねえか」
「確かにそうだな……それについての解決策はだれか思いつかないか?」
「俺が行けばいいんじゃねえかな!」
とネルべさんが言う。なんだか自分が活躍したそうだった。
「君がどうするというんだ?」
と湊さんが尋ねると、
「俺が体を電気に変化させれば、猛スピードで終わらせれるぜ!」
「いや、どうやって催眠薬を運ぶんだ?」
「あ……」
ネルべさんが顔をひきつらせた。何も考えていなかったようだ。
「というか仮にできたとしてだ、君のまき散らす衝撃波がどれほどのものか考えたことはあるのか?」
「あ……」
問題点がたくさんあった。
「私がワープで行ってワープで帰ってくればいいんだろ」
と桜さんが口を挟んだ。確かにそれならすぐにできそうだが。
「君を危険な目に合わせるわけにはいかない」
「大丈夫よ。私をなんだと思ってるの?」
「いや、いつもの君なら任せられたさ。だがな、今の君はだめだろう」
「別にまだ初期だし、全然大丈夫よ」
「くっ……」
なんだか部屋の温度が下がったような気がする。
「わかった。桜、お願いする」
「うん、さて、凛、シュワイヒナ。君たちも行くんだよ。私ひとりじゃ巨大な兵団は手に負えないからね」
「え……あ……はい。わかりました」
やっぱり私たちも行かなきゃいけないか……確かに作戦の立案者だししょうがないかあ。
「さて、アン、例の六人の動向はつかめたか?」
「やはり、私の能力を知られているというのは少し痛いが……奴らも私の効果範囲までは知らなかったようだ。六人のうち、三人はこの国から出た。どうやら祐樹から戻って来いと思われたようだ。だから三人がこの国にいる。男が三人だ。名はわからない。そもそも悪意が二つしか感知できないし、もう一人はなんとなくだからな、もしかしたら違うかもしれないがとりあえず私は三人がこの国にいると思う。彼らはここに集合する予定らしい」
「ほう……わざわざここに来るとかいい度胸じゃねえか」
とラインさんが顎鬚をなでながら言った。
「舐められてる。やはりまだ幼い少女二人に私たちがここまで追い詰められたことを知られているからだろう」
とアンさんが言う。
ここで私はある疑念が浮かんだ。今のアンさんの話からするとアンさんの固有スキル「見透かす目」の効果範囲はこの国内ということになっているようだが、それならばなぜランとルンの事件を早く感知することができなかった? それにその前の日の大男の事件も感知できたはずだ。どちらも犠牲者が出たのに。
「とにかくそれについては来た時にいるメンバーで当たるとしよう」
と湊さんがまとめた。なんだか雑な感じもするが。今の間は確かにそれしかすることはないのかもしれない。
「じゃあ、ほかに何かある人は?」
湊さんが周りを見渡す。誰も何も言わない。
「それじゃ、解散」
それからみんな部屋を出て行った。私たちも部屋に戻る。それから壁に立てかけておいた剣を持つ。
「シュワイヒナ、私はアンさんのところ行ってくるから」
「そうですか……頑張ってきてください」
「うん」
私だって、もっとシュワイヒナと一緒にいたいけれども確かめるべきことがあるため、行かなければいけなかった。
いつもの広間につくと、アンさんはすでにそこにいた。
「さてはじめ――」
「ちょっと待ってください」
「ん? なんだ?」
「アンさんの固有スキル範囲は国内すべてなんですか?」
「いや、そうではないが、大体そんな感じだ」
「じゃあなんで、この間の大男の事件も、ランたちのこともわからなかったんですか?」
「なんで……それはどういう質問かね?」
「どういうもなにも、おかしくないですか? アンさんのその能力があるなら死者を出さずに済んだんじゃないんですか?」
「それは……確かにそうかもしれないが。君はまだそんなことを気にしていたのか」
「そんなことって……」
「私の能力は遠くになるにつれ、精度が下がる。だからすべてを知ることはできない。それにこの国にいくつの悪意があると思っているんだ? 大男の事件は本来ならばその場にいた兵士が対応するべき問題だったし、ランのほうは壊そうと思った瞬間はあの火炎旋風を起こした時がはじめてだ」
「そうなんですか……なんかごめんなさい」
「いや、いい。君も真実を知ったばかりでそういう感情になるのも無理はない。ただ、君は固有スキルへの期待が大きすぎる。固有スキルがなんでもできると思うな。そのことは覚えておいて損はないはずだ。さあ始めるぞ。君も守らなきゃいけないっていう決意が強まったんだろ」
次回更新は十月十三日です
 




