第二十二話 シュワナ再び
私にはシトリアの所有している感覚を共有しているのだが、私が彼女の体を動かすことはできないようだ。そして私はすっかり聞くのを忘れていたのだが、私はどうすればシトリアとの繋がりを切ることができるかわからない。まあとりあえず湊さんが私に意識を飛ばしてほしいと思ったのは一つはつながりを切って情報がこれ以上は漏れないようにするためだと思うけど、もう一つはシュワナの情報を盗んで来いと言うことでもあると思う。だから、今はそれを先に考えて、どこかでつながりを切る方法を考えようと思った。
「まあ、シトリア。君一人じゃ向こうの固有スキル使いには適わないだろうかなそんなに悲しまなくていいんだよ。君の力が先頭向きでないことは最初から分かっているだろ? だからどうだっていいんだ。シトリアは向こうの情報をたくさん手に入れてくれたし、それで俺たちも有利だ。まあ、どうせ俺一人でも勝てるんだろうが、俺が出てしまうと戦いが面白くなくなってしまうしなあ」
そういって祐樹はさらに口角をあげた。自分の力に酔ってるようだった。
戦いが面白くなくなってしまうだと? 私たちからしたら最初から面白くない。これはゲームじゃないんだ。人の命をなんだと思ってるんだ?
と、私が静かに怒りを感じていると、シトリアが、
「さすがです。祐樹様」
と妙に色っぽい声で言った。それがうれしかったのか祐樹は一瞬さらにその口角を上げかけていたが、すぐに我を取り戻したようで、
「いや、俺だってまだまだだよ」
と心にも思っていなさそうなことを言った。やれやれといった感じで首を振った。お前がまだまだなら私たちはなんなんだよ。
「それにしてもシトリア失態だねえ。向こうのえーっと特殊部隊隊長さんと副隊長さんに一瞬でやられちゃうなんて。弱すぎじゃん」
きゃはははとアリシアが笑った。心底馬鹿にしてるようだった。
「あなたに言われたくないわよ。まだそんな年のくせに」
「ええー。でもあなた『そんな年』の私よりも弱いんだよ。本当に笑える話だわー」
アリシアは笑い続ける。腹を抱えて笑い続ける。
「なんなのあなた? 私はあなたよりも年上なんだよっ!」
がんっと机に拳を叩きつけた。私は勝手にシトリアに対しておしとやかな印象を持っていたのだが、どうやらそれは間違いのようだった。それを見たアリシアは一瞬びくっとしたが、
「ええー。そんないらいらしちゃってえ。もしかしてあなた、生理?」
とまたにやけながら挑発を続けた。
「生理じゃないです! ちょっとなんだか体が重いってのはあるけど……とにかく生理じゃないから!」
「えっ! 生理じゃないんだあ。でもさあ、それじゃおかしいよねえ。あんた最後に生理来たのいつ?」
祐樹がいるっていうのにこいつらとんでもない話をおっぱじめやがった。
「えっと……確か……ひと月と半月前くらいじゃなかったかしらね」
「へえ、じゃあそれだけの間生理が来てないってことじゃん」
「えっ! そんなに来てないの? 妊娠したんじゃない?」
とカリアが口を挟む。アリシアはそれにうんうんと満足げにうなずき、
「そうなんでしょ? シトリア?」
といった。
「……たぶん」
とシトリアが返すと、
「な……それは本当か!?」
と祐樹が口を挟んできた。
「俺は……そんなの責任持てねえよ……」
と弱気なことを言い出した。いや、あんたが孕ませたんだったらあんたが責任持つべきだろと私は思った。それともこの考えはもう古いのだろうか。考えてみれば孕ませたにも拘わらず、責任を取らない人ってそれなりにいるらしいということをいつか保健体育の授業で聞いたような気がする。
「いや……でもよくよく考えてみれば、俺の今の地位は王様じゃないか」
祐樹はこんな感じのやけに大きな独り言を言った。それを聞いてシトリアは
「そう、だから私は祐樹様の子供を産むことができるのよ。これで誰が正妻かはっきりしたわね」
と得意げに言った。嬉しそうだった。いまいち私にはそれの何がうれしいのか理解できない。私に人生経験がないのか、彼女の頭がおかしいだけなのか。
まあ人間の種の本能として子孫を残そうとするからうれしいのだろうと私は思った。ただ、彼女についてはそれとはまた別のことでうれしがっているように思えた。さっき誰が正妻かはっきりしたといっていたが、それがおそらく彼女らの争点なんだろう。誰が最初に祐樹の子をその腹に宿すかということにおいて争っていたのだろう。そう考えると、私はなぜだか吐き気がした。
「ええー。そんなの許しませんよ」
とアリシアが駄々をこねるように言う。あんたが孕んだらいろいろ問題だろうがと言いたくなったのだが、あいにく現在私の体はシュワナにあって、私の意識だけがシトリアの体内に存在しているというだけなので、言えなかったし、突っ込めなかった。まだ小さいんだからその考えを正してあげたかったのだが、しょうがないと割り切るしかなさそうだ。
「シトリアだけずるいじゃないか。まったく私はなぜ孕まないのだ……」
とカリアがよくわからないことを言った。これはひどい。発言からするとおそらくカリアもシトリアも祐樹と関係を結んでいるのだろう。まさかアリシアも……? 犯罪じゃないか。
「まあそこまでにしろ。俺の前で争うな」
と祐樹が言うと、周りは奴隷のようにそれに従う。まるでそれが当たり前であるかのような動きだ。
「さて、今後のことについて話そうか。現在、国民からは課税の負担について不満が爆発しそうな状況だ。そこでだ。農民の生産効率を上げることによって課税の負担を感覚だけでも少なくしたい」
「さすが、祐樹様。国民のこともよく考えてらっしゃるんですね」
とシトリア。
「それで俺からの提案なんだが。現在開拓されていないところ――魔王によって破壊された村などを農地として利用し、そこでの農作業を現在不満を持っている農民たちに早い者勝ちでやらせればいいと思う」
と祐樹は手に持っている紙を読みながら言った。
ん? 私は妙な違和感を覚えた。どこかで聞いたことがあるような……私は自分の記憶を遡っていく。
「異論はあるか?」
と祐樹。それにアリシア、シトリア、カリアは次々と首を横に振る。
思い出した。この案は私が追い出される三日前に今後の方針として挙げるために、試算を始めていたやつだ。祐樹が持っている紙を目を凝らしてみてみると、それは明らかに私の字だった。
私はまだ試算を終えていなかった。それが本当に国に、国民に利益をもたらすのかどうか確認が済んでいなかったからだ。たぶん、祐樹は私が置いていったものを整理したときにそれを見つけたのだろう。別にそれを使うのは勝手にすればいいと思うのだが、何分、さっき述べたように利益をもたらすのか確認が済んでいないのだから本当にそれが成功するかわかっていないから、何も考えずに使ってほしくはない。
シュワナや祐樹の心配をしていた。ただ、それもしょうがないだろう。もともと私が半分以上動かしていた国だし。
「ではそれの実行をシトリア頼む」
祐樹がシトリアにそう言った。シトリアは頷く。
「さて、今日の会議は終了だ。部屋に戻ってもいいぞ」
と祐樹が言うので、シトリアも席を立った。その時に時間が見えたのだが、まだ十時だった。
シトリアが部屋に戻った。部屋は豪華な内装で彩られていた。全体的にキラキラしている。そういえば、王宮の中も前より豪華になっていたような気がする。そんなに富があるのだろうか。
シトリアがベッドの上に寝転がった。そして、おなかを擦っている。何を考えながら、擦っているのだろうか。できた子供に思いをはせているのだろうか。
すると、突然シトリアが口を開いた。
「コネクトハート」
そういった瞬間、頭に妙な違和感が走った。
「凛、あなたでしょ」
シトリアは天井を見つめながら、そう言う。どう返せばいいものか。そもそも今の状況があまりに異常なため、何が起こっているのかすらわからないし、どうすれば意思を伝えられるかすらわからない。口を動かせるわけでもないし。
そう考えていると、視界がぐにゃりと曲がり始めた。ぐるぐると回っていき、酔いそうになる。そして、目の前に広がっていた景色は暗黒の空間へと変わっていた。
目の前にシトリアが立っている。
「驚いたでしょ」
そうシトリアが笑う。
「ええ、驚いたわ。ここはなんなの?」
「あなたの五感に支配をかけて、便宜上の私とあなたのコミュニケーションの場を作ったのよ」
「……そう。で、何のためにそんな空間を?」
そう私が言うと、シトリアはふっと笑って、自分の頭をとんとんと叩いた。すると、そこから光の線が伸びて私の頭へつながった。
「これがマジックポイントのつながりよ。これを切ったらどうなると思う?」
「どうなるって……私とあなたのつながりが切れる?」
「そうよ。あなたはそのために来たんでしょ。切ってみなよ」
そうシトリアに言われ、私はその通り、それに触れた。
「きゃっ!」
触れた瞬間、私の手に電流のようなものが走り、手は弾き飛ばされる。
「ふふふふふふふはははははははははは!」
シトリアは腹を抱えて笑った。
「馬鹿ね。あなたがそれを切れるわけないじゃないの。これは私がつなげたものなの。だから、私しか切ることはできないの」
「そんな……」
じゃあどうすればいい。私に打つ手はないのか?
「私もマジックポイントを奪われて固有スキルを解除されたことは初めてだったからね。どうなるかはわかっていなかったの。まさかまだつながりがあったとはね。まあいい機会だわ。あなた私の傀儡になりなさい。意思のないお人形さんにね」
「そんなものに、私はならない! 人をなんだと思ってるの!」
「抵抗なんて無駄よ。あなたはこの会話の記憶もなくし、脳の機能全てを私に奪われるの。それがあなたの末路よ」
シトリアと私をつなぐ光の線が太くなっていく。きっとマジックポイントを流し込まれているのだ。マジックポイントを流し込まれるとシトリアが言ったような傀儡になってしまうのだろう。そんなのは絶対に嫌だ。でも、意識は朦朧とし始める。抵抗の手が思いつかない。
その時だった。シュワイヒナの言葉を思い出した。つながりがあるということは凛さんからも向こうに意識を飛ばせる――それはマジックポイントを私もシトリアのほうへ送ることができるということだ。ならば、それをやってみるしかない。
私は目をつぶって体に流れるマジックポイントを意識する。それを頭のほうへ送っていく。
「目つぶっちゃって、あきらめたの」
とシトリアが言ってくる。それで集中力がそがれるが、すぐに元に戻す。
「はああああああああああああ!」
私は叫んで、目を開いた。光の線はさらに太くなっていき――流れが変わった。
「シトリア。私とあなたじゃマジックポイントの保有数が違うのよ。それを考えなかったあなたの負けだ」
マジックポイントは猛スピードでシトリアの頭に流れ込んでいく。そして、シトリアの感情が手に取るようにわかり始める。不安、焦り、恐怖。
「こんなわけ! ありえない、ありえないわ!」
シトリアはその場に倒れた。
「シトリア、あなただって、傀儡にはなりたくないでしょう。だったらあなたのするべきことは一つでしょ」
シトリアはすぐにそれがつながりを切ることだと気づいたようだ。
「そんな……私はまだ負けてないわ!」
マジックポイントをシトリアは押し返そうとするが、勢いは止まらない。
「シトリア、あなたの負けよ。いい加減認めたらどう?」
シトリアは唇を噛んだ。そして、
「いいわ。切ってあげる。でも私の負けじゃないわ。私がこれを切ったらすぐにあなたの記憶はもとに戻る。あなたはそれに耐えられるかしら」
そういって、シトリアはニヤッと笑った。シュワイヒナの言葉を思い出す。きっと凛さんつらいものを見てしまいますよ――私の消えた記憶は一体どれだけのことを――
私とシトリアとの間の光の線が千切れた。私は得体のしれない浮遊感と体が後ろのほうへ行くのを感じた。それはどんどん加速していく。
気づけば、私はベッドの上にいた。
「凛さん!」
シュワイヒナの声が聞こえる。その刹那、私の頭に記憶が流れ込んでいく。
知ってはいけない、悪魔の記憶が。
次回更新は十月十一日になります。




