第二十一話 本当のことを
目が覚めると、私はベッドの上に横たわっていた。時計は八時を指していた。であるのだが、部屋には朝日が差し込んでいた。朝の八時のようだった。ということは十九時間ほど寝てたことになる。
「大丈夫ですか?」
声がしたほうを見ると、シュワイヒナが私のほうを見つめていた。
「うん、大丈夫だよ」
頭痛はすっかり消えていた。それとなんだか体が軽くなったようにも感じる。
「そうですか……じゃあ聞きますよ。いいですか?」
「いいけど……なにを?」
「それはこれから言います。できれば聞きたくなかったですし、嫌なことなんですけど……私がしないといけないことなので」
そういってシュワイヒナは深呼吸をした。
「凛さん、今年の一月から三月にかけて何があったのか、何をしたのか覚えてませんか?」
「え……今年の一月から三月、えっと……何があったっけ……」
私は記憶を遡っていく。
「確か、三月に祐樹が反逆法を作って……それぐらいしか特別なことはなかったことない?」
「あ……そうですか、その様子なら覚えてないようですね」
「覚えてないって……何を?」
「凛さん、あなたにはシトリアの固有スキルがかけられています」
「えっ……どういうこと?」
質問したのに全然違うことを言われたのに加えて、変なことを言われて、動揺を隠せない。
「シトリアの固有スキルは人と脳の働きを共有することです」
「はぁ?」
意味が分からない。
「正確にはちょっと違うんですけど……シトリアの固有スキルによってあなたの目から、耳から、皮膚から、リーベルテの情報が盗まれていたんですよ」
「えっ……いや、ちょっと何言ってるかよくわかんないんだけど」
そりゃそうだろう。突然そんなこと言われて、はい分かりました、そういうことだったんですね、だなんて言える人のほうがどうかしてる。
「凛さん、あなたがリーベルテの情報を間接的に無意識に漏らしていたんですよ」
「えっ……そんな……いや、私シトリアにそんなことされた覚えないよ」
「そこなんですよ。シトリアの固有スキルは人と脳の働きを共有し、細工を加えることができるんですよ。彼女はあなたの記憶を消しているんです。それにあなたはシトリアに……」
そこでシュワイヒナは口をつぐみはじめる。
「ちょ……なんで止まったの? 最後まで言ってよ」
と私が急かすが、彼女は
「いえ……知らなくていいことだってあるんです。それにいずれ知ることになりますから。私の口からそれを伝えるのはあまりにつらすぎます」
「そう……」
一体なんなんだ? なんかすっきりしない。と、そこで別のことが引っかかる。
「え……待って。私にそんなこと言っちゃっていいの? 私の五感をシトリアが共有しているのなら、このことを私が知ってしまうのはまずいんじゃ……だって私が知ったら向こうにも伝わるんでしょ。そしたらこっちにこのことが知られたとなると向こうは困るわけで、そうなると別の作戦を考えざるを得なくなってしまうから、このまま泳がせといたほうがいいんじゃないの?」
「いえ……凛さん。すでにあなたの五感はシトリアと共有されてないです」
「えっ……なんで?」
「昨日、リブルさんと桜さんがシュワナに向かってシトリアを襲って、固有スキルを解除させました。解除させたはずなんです」
「え……そうなんだ……ってそれが向こうにばれたらやばいんじゃ……」
「はい。おそらく本格的に戦争に突入していくでしょう。お互いがお互いへの攻撃を始めているのですから、向こうが兵を送ってくるのも時間の問題です」
「それにあと六人、固有スキル使いがいる」
「はい。そうなんですよ。状況は昨日の間に一気に進んでしまいました。それと、もう一つ。固有スキルは解除されたはずなんですけど、凛さん、記憶戻ってないんですよね」
「うん、そうだけど……」
「記憶が戻っていないってことはまだ固有スキルの力がかかってるんですよ」
「ん? ちょっとどういうことかよくわかんないんだけど。固有スキル解除したのに固有スキルの力がかかってるってそんなことあるの?」
「さあ……これはあくまで推論なんですけど彼女の固有スキルの効果発動方法を考えるとまだ、凛さんとシトリアの脳みそをつなぐマジックポイントがいまだ存在しているってことなんだと思います」
「ええ……それどうしたらいいの?」
「そこで凛さんにお願いがあるんですよ」
「お願い……?」
「脳みそをつなぐマジックポイントが存在しているということは凛さん側から向こうに意識を飛ばすことができるはずなんです。だからそれをやってほしいんですよと湊さんが」
「意識を飛ばす……? そんなことができるの?」
「はい、彼女は実際にそれをやっていたんですから。それに凛さん、昨日廊下で倒れたとき、何が起こってたんですか?」
「え……廊下で倒れたとき……あ……向こうの景色が見えた」
「そうでしょう。それはリブルさんが固有スキルを解除させた、というよりマジックポイントを吸収したことによって凛さん側に来ていたシトリアのマジックポイントが戻ろうとして、その結果凛さんのマジックポイントがあなたの意識を連れて、向こうに行ってしまったから、あなた向こうの景色を見たことができたんでしょう。それであなたの脳みそは同時に二つの情報を処理しないといけなくなり、それが追い付かなくなったことにより、頭が痛んだんだと私は思います」
「なるほど……マジックポイントってそんなことまで起こすんだ。本当になんでもありなんだね……ん? 今の話の流れ的にシュワイヒナは私が向こうの景色を見たことを知ってたってことになるよね? なんで知ってるの?」
「ああ……凛さんが倒れたから、助けに行ったら、凛さんシトリアの名前をつぶやいていたので。それに私もリブルさんと桜さんが行ったのはさっき初めて知ったんですよ。やっぱりアンさんが私の心を読んでそれからシトリアの情報をつかんでいかせたんでしょうね。あの人は本当に便利な能力をしてますよ」
「うん。それはわかる。本当に便利だよね」
「まあ、それはそれでつらいんでしょうね。人の心が読めちゃうと周りの人の自分への評価も見えちゃうんだから。いつか戦争中のことの話をしてましたけど、あの時も周りは口ではお前が悪いとか言わなかったけど、心の中ではそれも思ってたりしてたはずだから、つらいものがあったと思いますよ」
「そうなんだよね。アンさんは苦労してるよ」
「この話も向こうに把握されてたりするんじゃないんですか?」
「は、確かにそうかも」
と私たちは顔を見合わせて笑った。
「それよりですよ。結局やってくれるんですか? いやならやらなくてもいいと思いますけど……私としてはやってほしくないです」
「え、なんで?」
「いや、それは……きっと凛さんつらいものを見てしまいますよ」
「え……なんでそんなことわかるの?」
「あ……それは……詳しくは言えません」
「そう……でも私やるよ。それにシトリアとのつながりを切っとかないとまたいつ情報が洩れるかわかんないでしょ」
「確かにそうですが……私にとっちゃあ、そんなことよりも……いや……いいです。凛さんがやるっていうなら私は止めはしません。私にそんな権利ないですから」
「うん。私がやらなきゃいけないんだもんね」
なんか燃えてきた。私がやらなきゃいけないと思うと物語の主人公みたいで少し浮足立つ。
と、そこで私のおなかが空腹を知らせる音を立てた。
「あ……凛さん。とりあえずは腹ごしらえですね」
そういって、シュワイヒナはふふふとほほ笑んだ。その様子は見た目相応の少女のそれではあったが、どこか大人びているような優しいものだった。
ということで私と彼女は朝食をとりに行った。私自身、そんなに朝食べるほうじゃないのだが、何分昨日の昼も夜もご飯を食べていないので、おなかがすいていたから、かなり食べてしまった。女の子なのにそんなに朝から食べるんだという視線が痛かった。ただ、その半分以上はシュワイヒナに向けられたものであった。いや、中身が少し違うのだが、シュワイヒナは朝からけっこうがっつり肉を食べる。結構こっちでもそんな人は少ないようで、奇異の視線で見られていた。まあいつものことだが。
その後、私はシュワイヒナに言われるまま、お風呂に入り、トイレも済ませた。シュワイヒナ曰く、もしかしたら長くなるかもしれないから、そういうことは早めに済ませておかないと、ここに取り残された体が大変なことになるらしい。
そして、私はベッドに寝転んだ。
「目をつぶって、体に流れているマジックポイントのエネルギーをイメージしてください。するとイメージできたマジックポイントの流れがどこか空中に向かっているのを感じると思います。そのマジックポイントの流れを追っていくとシトリアのことが脳内で勝手にイメージされると思います。そのときはすでに意識はこちらにないと思うので、そこに飛び込んでください」
とシュワイヒナがアドバイスをくれた。だが、正直、イメージが多すぎてどうすればいいのか具体的にはよくわからない。そういう旨を彼女に伝えると、
「そうですねえ……でも私もイメージでマジックポイント周りの特殊技能やっちゃいましたからね」
…………天才なのかな? 正直信じられないわ。そんな感じで肉体強化も身に着けちゃったんだろうなあ。正直、私はマジックポイントの流れすらよくわかっていないし、基礎マジックポイントの存在なんて、レベル上がったらなんか強くなってるなあとしかとらえてない。
「まあ……でも、とりあえず、やってみるよ」
「……本当にやるんですね」
「うん、やるよ。私がしなきゃいけないことだから」
「わかりました。戻ってくるまで待ちますよ」
そう言って、ニッコリほほ笑んだシュワイヒナの顔をみて、少し癒されて、私は瞼を閉じた。
言われた通り、体に流れるマジックポイントの流れをイメージする。これはすぐにすることができた。また、それがどこか空中に向かっているような感覚もある。次はそれの流れを追っていけばいいとシュワイヒナは話していた。その流れを意識だけで追っていく。それと同時に皮膚の感覚が消え始める。さらに――
「あ……ああああああああああ!」
強烈な痛みが私の頭を襲った。耐えきれない強烈なものだった。それで私の声とは思えないほど甲高い叫び声をあげる。心配したようなシュワイヒナの声が聞こえてくるが、それは叫び声とともに遠くなっていった。
気づけば声を出すこともできなくなっていた。それに私の体が空中に浮かんでいるような感覚を覚えた。気持ちの悪い浮遊感に少し吐き気がする。それから十秒もしないうちに痛みも消えてしまった。
目を開けた。
そこには真っ暗な空間が広がっていた。だが、はるか遠くに白い光が見える。
シトリアの感覚だった。私は彼女についてどこか妖艶な雰囲気をもつ女性だと表現したが、そこはまさにそのような場所だった。これは感覚的なもので、言葉で表現するのは難しいし、人によって感じ方も違うと思う。だが、私にはそう感じたのだ。
私はそこをまっすぐ進んでいった。そちらのほうへ向かうことを考えるだけで動くことができた。
不思議な世界だった。私の知らない夢のような世界だった――まあ夢なんてものはもうしばらくみていないのだが。この世界に来てから、まったく夢らしい夢というものを見てないので、――私には、この世界そのものが夢のようにも感じられるのだが――そこは私にとってはとても珍しい世界だったのだから、私の胸は高鳴っていた。だが、ここに来た理由を忘れてはいけない。私は私自身の手でリーベルテの脅威を取り除かないといけないのだ。しかし、また私はこのこと自体にも期待を抱き、胸を高鳴らせていた。
光の中に体が入っていく。目の前の世界が一気にまぶしくなった。
そして、次の瞬間、私の体に一気に感覚が戻ってきた。
私はふかふかのソファーのようなものに座っていた。だが、そんなことを考えたのは感覚が戻ったずっとあとのことだ。この時、私は予想していたことではあるにも関わらず、あまりの驚きに言葉を失っていた。
私の目の前には緑の髪をしたまだ幼いと思われる少女アリシア、今は鎧を身にまとっていないが、確か銃剣を使う女騎士だったと私の記憶に残っている長く赤い髪をした女カリア、そして――
怒っているようではあるのに微笑を浮かべている黒髪黒目の日本人、祐樹がそこにはいた。
次回更新は十月十日です




