第十八話 疑い
「そう言えば、ランちゃんのことなんだけど、ランの父親って確かリーベルテに住んでるはずなんですよ」
とシュワイヒナが突然そんな衝撃的なことを言ってきた。
「え!? そうなの?」
と私は体をふきながら答える。と答えるが、なんだろう、変な趣味と言うか私がそんなこと思ってはいけないのかもしれないが、シュワイヒナのタオルで体を拭く姿がこう、なんというか、私に興奮を与えているかのように感じる。簡単に言えば、エロい。透き通った肌に健康的な肉体を保有するシュワイヒナは幼い体だし、健康的と言っても、見た目に沿った見た目をしているというものであるのだから、そういうエロさというのとは無縁のようにも感じるが、やはり、タオルの存在が大きいのだろう。やはり、全裸よりも一部隠れている方がいいのだ。
いや、落ち着け。私が今までこんなふうに思ったことはあるか? 確かにエロいと思ってはいたが、今日はなんだか目が離せない。
「はい、そうですよ。だから、あの子はその人に預ければいいんじゃないですかねえ。って……」
と、一回区切って、シュワイヒナは私の方を見た。運が悪かった。そんなに長い時間見つめてない。それなのに、彼女は早くこちらを向いてきた。そして、ニヤッと笑った。
「凛さあん。なんか変な視線、感じると思ったら、そんなにエッローい目で私のこと見ちゃってえ、変態ですかあ」
と言ってきた。私は思わず、頬を染め、
「いや、そんなことないよお……」
と言葉を濁す。そんな私を見て、シュワイヒナはさらに笑みを深めて、
「いいんですよお。凛さん。私の体をエロい目で見たってえ。だってえ、私も凛さんにそういう目で見られるの好きなんですよお」
と言ってくる。それが本気なのかは分からないが、それは蠱惑的な声で私の興奮を掻き立てた。
我慢が難しかった。ああ、触れたい。この美しい肌に。この綺麗な体に。
体の疼きが止まらない。手を伸ばす。シュワイヒナは心底嬉しそうな笑みを浮かべた。頬は今まで見たことのないくらい赤くなっていた。そして――
「何してるの?」
声がした方を振り向くと、桜さんが立っていた。
「「あ……」」
シュワイヒナは急いでタオルを体に巻きつけて、体を隠した。恥ずかしそうだった。私も衣服を身に着け始める。
「いや……仲がいいことはそんなに悪いことじゃないと思うよ。うん、良いことだよ」
そんなフォローめいたことを桜さんは口にするが、そんな言葉で羞恥心が削減されるわけない。
「じゃ、私たちもう、出ますんで……」
そう言って、私とシュワイヒナは更衣室から出ようとした。すると、桜さんが
「そう言えば、君たちに聞きたいことがあったんだけど」
と言ってきた。
「なんですか?」
とシュワイヒナが尋ねると、
「ファイルスがね、ランとルンが自分が何番隊隊長か知ってたって言うんだよ。なんでだと思う?」
「え……なんでって、有名なだけではないんですか?」
「じゃあさ、シュワイヒナはそれを知ってたの?」
「あ……知らなかったです」
「でしょ、考えすぎかもしれないけど、私は誰かが情報を流してると思うの」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですかあ」
とシュワイヒナは言うものの、何だか変だ。具体的に何が変かと言われると、それはそれで困るのだが、嘘をついている気はしないのに、嘘であるかのような、そんなふうに思えた。
「本当に?」
そんな状態のシュワイヒナに桜さんが気づかないわけもなく、そう尋ねた。
「本当ですよ」
シュワイヒナの声は冷たかった。
「そうでないといけないんですよ。桜さん。どうせ、私たちのことを疑ってるんでしょう? もし、私たちが本当に情報を流してるとしたら、どうします?」
「処置はまた考えるよ。まあ、ここにいれるということはないだろうね。命も考えないとね。さて、そんなことを聞いてくるってことは心当たりでもあるのかな?」
「そんなものないですよ。私たちは何も知りません。そうあるべきなんですよ」
「そうあるべき? 世の中には君の思い描くあるべき姿ではないものもあるんだよ。そんなことも分からないのかな? それにそうあるべきだなんて言い方、ますます、疑いは強くなっていくな」
「うるさい」
その場が一瞬静まり返る。シュワイヒナの声はいつもよりもずっと低かった。彼女がそんな言葉を使うのなんて滅多にない。何か、並々ならぬものを感じる。
「ちょ、待ってよ。シュワイヒナ。そんな、怒らなくても……桜さんだって、シュワイヒナは違うって言ってるんだから、もういいじゃないですか」
「凛、あなた、自分が当事者であることを分かって――」
「黙れ」
シュワイヒナの言葉使いが乱暴になっていく。彼女は鬼気迫る表情をしていた。
「黙れって……そんな言葉私に向かって、使っていいと思ってんの? 私はあなたよりも、年上だし、仕事で言えば上司でもあるのよ」
「うるせえんだよ、てめえは!」
シュワイヒナの髪が浮き上がっていく。肉体強化を無意識のうちに使っているのだろうか。それとも――
「シュワイヒナ、落ちついて!」
私はシュワイヒナの肩をつかんで、目を見つめて、言う。
「凛さん、あなたはなにもしなくていいし、何も知らなくていいんですよ。ただ、あなたはあなたであれば、それでいいんですよ。だから、安心してください。私は落ち着いてますよ」
「何もって……っていうか落ち着いてるなら、肉体強化をやめて」
「あ……分かりました」
美しい銀髪はふわっと下がっていった。
「凛の言うことは聞くのね。あなたは」
桜さんが皮肉っぽく言った。それに対して、
「そりゃそうですよ。私の中での優先順位はあなたと凛さんでは全然違うんですよ。おっぱいでかいだけの人が調子乗らないでください」
「いや、おっぱいは関係ないでしょ」
それには私も同意見だ。
「ま、いいんですよ。行きましょ、凛さん」
「う、うん」
「シュワイヒナ、あなたいつか自分の首絞めるわよ」
そう言われた、シュワイヒナはにやっと笑った。そして、
「その時は、諦めて死にますよ」
そう言った。
「あなた……」
桜さんはシュワイヒナを睨み付けたが、シュワイヒナはそんなこと意にも介さず、私の手を引っ張って更衣室を出て行った。
「凛さん、ごめんなさい。私も調子乗ってました」
更衣室を出て、すぐ、シュワイヒナはそう言った。
「いや、ま、そんなに嫌なことだったの?」
「え、嫌じゃないですよ。むしろどんどんしてください」
「どんどんって……それはダメでしょ」
「ええー。あれは一時の気の迷いだって言うんですかあ」
「気の迷い……ごめん、何の話?」
そう尋ねると、シュワイヒナは顔を真っ赤にして、
「え、私に言わせるって言うんですか。あのことを……いやー、凛さん、もしかしてSですか?」
「いや、だから、何の話してるの?」
「え、何のって……もしかして、凛さん、さっきの桜さんのこと言ってるんですか?」
「そうだけど」
「あ、そうだったんだ。私はその前のことだと思ってたんですけど……」
「え?」「はい」
その前のこと……あ。思い出すと、何だか顔が熱くなってくる。
「いや、シュワイヒナ。ご、ごめんね。私もちょっとなんかおかしかったっていうか……その……」
「いや、いいんですよ。凛さん」
「そ、そう……ん? さっき、むしろどんどんしてって……」
「あ……そ、それは忘れてください!」
むしろ、どんどんしてくださいってそれ、え、シュワイヒナってそういう趣味だったの?
シュワイヒナの方を見ると、真っ赤な顔をしている。その可能性はなくもない。え、でも桜さんが来たとき、慌てて隠してたし……
「それにしても凛さんの手あったかいですねえ」
「それを言うなら、シュワイヒナのだって……」
シュワイヒナの手もそれなりにはあったかい。というか小さくて、何だか頬が緩んでしまう。
「いや、私は幸せ者ですよお」
シュワイヒナはうーんと可愛い声をたてた。小動物か。なんだこの可愛い生物は。私、今こんな可愛い生き物と手をつないでるのか。
「幸せなのは私の方だよ」
自然と笑みがこぼれた。彼女は私の顔を見て、満面の笑みを見せた。
そのあと、ご飯を食べて(本当にシュワイヒナはかつ丼を食べた)、部屋に戻った。そして、ベッドの上に横たわる。私がシュワイヒナの裸体に興奮したのは紛れもない事実だったのだなあと今更ながら思う。前からシュワイヒナのことはかわいいと思っていたのだが、それは小動物をかわいがるときのものであるはずだったのだが、私はそれとは違う感情を抱いているのかもしれない。というか、シュワイヒナもだいぶ私に依存しているような気がする。
また、それとは別――いや、一概に別とは言えないかもしれないが、なんだか激しく嫌な予感がする。
「ねえ、りーんさん」
とシュワイヒナが私の顔を覗き込んできた。
「どうしたの?」
「いや、どうもしてませんけど」
そう言いながら、シュワイヒナは私のベッドの中に入ってきた。
「凛さん、さっきの続き……したいですか?」
「さっきって……」
「とぼけないでくださいよ。凛さんだって分かってるでしょ」
その言葉にドキッとしてしまう。そう、私だって分かってる。シュワイヒナがあんなにニヤニヤしてるだなんて、もうあれしか想像できない。
「あ、あれは私も変な気分だったっていうか……」
「でも興奮してたんでしょ」
「それは……」
「分かりますよ、私は凛さんのことならなんでも分かります」
「本当に? じゃあ、身長いくつか分かる?」
「百六十五センチでしょ。それは見たら分かるじゃないですか」
確かに見たら大体分かるな。じゃあ、見ても分からないもの――
「私の好きな食べ物は?」
「スイーツ系好きですよね。っていうか今朝ソフトクリーム好きって言ってたじゃないですか。まさか忘れたんですか?」
「あ……そうだったね。じゃあ、私の好きな……そうだなあ、生き物!」
「生き物ですかあ。可愛い系の好きでしょ。案外かっこいい系とかそんなに興味ないんですよね。凛さん」
「うーん。じゃあ、これは分からないでしょ。私の好きなタイプの人は?」
「分からないわけないじゃないですか」
シュワイヒナはまた最高の笑みを見せてくれた。そして、自信たっぷりにこう言った。
「私でしょ」
「え……あ……そ……その……」
「凛さんったら可愛いんですから。言ったじゃないですか。私は凛さんのことなら何でも分かるんですよ。私に向けてる感情なんて、簡単に分かるんですよ」
「え……私が言った好きなタイプの人っていうのは恋愛的な意味じゃなくて友達的な意味で……」
「知ってますよ」
「私、女だし……シュワイヒナも女の子じゃん……」
「そうですよ」
「だからさ、それはちょっと違うって言うか……確かに私はシュワイヒナのこと最高の友達だと思ってるけど……そういうんじゃ……」
「嘘つかないでください」
「嘘じゃ……」
「凛さん、自分の気持ちに正直になってください……」
「そんなこと言われたって……」
私はベッドから降りた。
「私、アンさんのところ行ってくるから」
「え……凛さん。今日はもうないはずですよ。今日はもう疲れたでしょ」
「いや、でもそれはこっちの都合だし」
「私をおいて、他の人のところに行っちゃうんですか。昨日はあんな目に合ってたくせに」
「いや……なによ。その言い方」
「行っちゃうんですかあ。私心配なのでついていきたいです」
「そんな声させないでよ。とにかく、私は行くからね。それについてこないで!」
そう言って、私は部屋を飛び出した。
アンさんのところに行くと言ったが、それはこじつけで、あの部屋にあれ以上いられなかったからだ。
体が熱い。それになんだかすごく恥ずかしい。私もこんな感情を抱くのだと、今日初めて知った。私は気づいてしまった。それにどんな壁があっても、もう止められない。
いつもの所に行くと、アンさんは既にそこに立っていた。
「凛、今日は来ないと思っていたが、来るんだな――ん?」
アンさんは私の目をじーっと見つめた。
「そうか、そういうことか。私の特訓をそんなふうに使われるのはなんだかあれだが、まあいいだろう」
アンさんは私に剣を渡した。
「今日からそれは君のものにすればいい。部屋にでもおいておきなさい」
「え!? いいんですか?」
「ああ、ランだったかな、その少女の話は聞いた。これからはその剣が必要になることもあるだろう。君には剣の才能がある。何も教えていないのに、姿勢、打ち方、扱い方、そのほとんどを完璧にマスターしつつある。それは君の身を守る最大の武器になるだろう。持っておきなさい」
「はい!」
それは純粋に嬉しかった。それに褒めてもらえたことも嬉しかった。そして、また修業が始まる。
次回更新は十月七日です




