最終話 ささやかなる幸せを
祐樹は死んだ。革命が終わったとは思えないほど、静かな王宮で、アリシアの泣く声だけが響く。本当に、アリシアは祐樹のことが好きだったんだなって。
「インフィニティメモリー、創造」
破壊された場所を修復し、
「シュワイヒナ。外に出ようか」
「はい」
私たちは二人で、外に出た。よく晴れた日だ。日差しは強く、夏を感じさせる。
私は、大きく、息を吸って、吐いた。
それからは怒涛の毎日が過ぎていった。王が突如として倒れ、代わりに、正当な血筋を持つシュワイヒナ・シュワナが王位につくという知らせは半月でシュワナ王国中を駆け回った。
それから、私たちは改革を進めていった。そのために、国中のありとあらゆる場所に頭を下げに行って、リーベルテやリンバルト王国とも何度も、協力し、国を変えていった。
四か月もすれば、混乱も収まりを見せ、ありとあらゆる問題に解決の糸口が見え始めた。
そして、それくらいの時を見計らって、私とシュワイヒナは結婚式を挙げることにした。
女王が女と結婚する――そんなニュースはゴシップ的な意味でも国中を駆け回り、挙式当日には国中から人が集まった。
一月二十一日。それが、シュワイヒナの指定した挙式の日だった。
シュワイヒナが二十歳の誕生日を迎える日。そういう節目の日が、いいっていうたっての希望だった。
というわけで、
「……シュワイヒナ、やっぱこれ、私には似合わないって」
「何言っているんですか! めちゃくちゃかわいいですよ!」
まあどちらも新婦なんて、私とシュワイヒナは両方、同じ純白のウエディングドレスに身を包んでいるわけなんだけれども、こういう格好をするのはやっぱり落ち着かない。
「愛しい嫁のお願いですよー。少しくらい聞いてください。最悪国王命令使いますよ」
「聞くよ、聞くけどさ」
なんて、話をしていたら、
「全く、何を悩んでいるんだか。仮にも、シュワナ王国宰相でしょ?」
桜さんが、私たちのところに来ていた。
「……それとこれとは関係ないじゃないですか」
「ていうか何しに来たんですか」
私と、シュワイヒナがそれぞれ口にする。
「いや、まあ、結婚式前に、二人がどんなふうにしているか見たくて」
「ええー」
桜さんはふふっと笑う。
「ほら、ちゃんとぴしゃっとしないと、恥ずかしいわよ。たくさん、来賓来てるんだから」
「……そりゃあ、そうですけど」
そうそう。
来賓はいろんな国から大勢来ている。リーベルテからはラインさん、アンさん、ネルべ、ランリス。リンバルト王国からは佐藤さん夫妻。ヴァルキリアや、他の国からも国王などがシュワナ王国にやってきていた。それに、王宮前広場には信じられない数の国民が集っている。
ただの結婚式になんで、こんなに人が来ているのかと言ったら、戴冠式も兼ねているのだ。シュワイヒナが国王に就任してから、もう半年が経とうとしているのだけれども、なかなか忙しく、そんな余裕はなかった。
「緊張してきた……」
「何を今更、言ってるんですか」
シュワイヒナが私の背中をさする。
と、
「あ、シュワイヒナ、かわいい!」
「……なんで、呼び捨てになっているんですかね」
やってきたのはテールイだった。
桜さんに何を言われたかは知らないけれど、テールイは私たちの関係については完全に認め、諦めた。といっても、やっぱり、シュワイヒナと一緒にいたいらしく、今はシュワナ王国立の学校に通っている。そして、こうして頻繁に遊びに来るのだ。
王宮に遊びに来れる一般人なんて、テールイしかいない。そう言う意味では一般人ではないのかもしれないけれど。
「いやあ、私のためのウエディングドレスじゃないのはちょっとやーだけど、こんなに白が似合うのはやっぱりシュワイヒナしかいないね」
本当に諦めたのか? ちょっと心配になる。
「まあ……何があっても、私は凛さんを一番愛していますから」
「やっぱ、シュワイヒナしか勝たん!」
「少なくとも、凛さんはそういうキャラじゃないですよね!」
ちょっとふざけてみただけなのに。
「というか、そろそろ時間じゃないの?」
桜さんが言う。
「ああ……そうですね。じゃあ、シュワイヒナ、行こうか」
「あれれ、おかしいですね。さっきまで、私が凛さんに行こう、行こうって言ってたはずなんですけど、おっかしいですね」
「何もおかしくないよ」
「それ、凛さんのセリフじゃないですから」
笑いあいながら、私たちは式場へと向かった。
私とシュワイヒナは手をつないで、式場へと入っていく。どうも、人が多い。やっぱり、恥ずかしくなってくる。
けれど、堂々としとかないといけない。
と、信じられないものを見た。
「いえーい!」
ピースをこちらに向けてくる六人組。
レイン、メイ、ファイン、ラングス、アドニス、アネモネ。そして、その後ろにはドライさんがいた。
ていうか、五人はまだしも、メイってピースとかするキャラだっけ。
いやいや、それより先に、なんでいるんだ。レベリアとエゴエスアからも人が来てるってことか。
「凛さん、どうしたんですか」
「いや、別になんでも――うわあ」
もっと見たくないものを見た。楽山玲子さんだ。私を殺しかけた女。あの時を思い出して、全身がぶるっと震えた。
「何を――うわあ」
シュワイヒナも同じような声を上げる。シュワイヒナも会ったことがあるんだっけ。
それにしても、本当にいろいろな人が来ている。来すぎだ。
けれど、不思議と悪い思いはしなかったし、なんだか緊張もほどけてきた。それから、今までの日々を思い出す。
自分の身を削って戦い続けた三年間。本当に苦しかった。けれど、それらのおかげで、今があるんだと思うと、少しだけ良い気分になれる。
シュワイヒナの手を握る力を強めると、シュワイヒナもまた握る力を強めてくれた。
ああ、幸せだなって、心の底からそう思えたのだ。
結婚式は滞りなく進んでいった。
そして。
「――それでは、永遠の愛を誓いますか」
「はい」
「では、指輪を交換してください」
二人で買ってきた指輪。まずは、私がシュワイヒナの左手をもって、薬指に指輪をはめた。次に、私が左手の薬指に指輪をはめられる。
「誓いのキスを」
シュワイヒナが私のベールに手をかける。それから、私がシュワイヒナのベールを上げた。
「……凛さん」
「……うん」
どちらかともなく、顔を近づけ、私たちは誓いのキスを交わした。
結婚式が終わると、次は戴冠式に移っていった。既に準備の済んでいる王宮の大広間に場所を移し、式を進めていった。
シュワイヒナが王冠をかぶり、席に着く。
二十歳の女王が今、この瞬間、正式に誕生した。今度は、私は少しだけ離れた場所で彼女の姿を見つめる。
多くの人に取り囲まれる女王シュワイヒナは輝いていた。やっぱり、王家の血が流れてるんだろうなって思わせるほど自然で、感動して少しだけ涙が出てくる。
そのあとは、披露宴だ。スピーチしたり、ケーキ入刀したり。ケーキ入刀は私が一番やりたかったことなので、とても嬉しい。
「やあ、隊長」
と、例の七人が話しかけてきた。
「げ、この人たちって……」
シュワイヒナが言うので、
「え、会ったことあるの?」
と聞くと、
「いやあ……。はっはっは。この世界線では会ったことないですよ?」
「この世界線?」
「私の話です。忘れてください」
「そ、そう?」
「何の話だ?」
ラングスが突っ込んでくる。
「この人か、シュワイヒナ・シュワナ」
メイが興味深そうに、シュワイヒナの顔を覗き込んだ。
「……なんですか。あなた」
「凛さんの元カノ」
「はあ、凛さん!」
「違うからね!」
メイの爆弾発言。なんで、空気を凍らせようとしてくるんだか。
「いやあ、しっかしあの隊長が結婚なんて信じらんねえな」
「どういう意味だよ、ラングス」
こいつはこいつで。
「でも……全部、うまく言ったんですね」
レインが言う。
「まあ、そうかな」
私は少しはみかみながら言った。うまくいかなかったこともあったけれど、こうして幸せにしていられるだけ成功なんだろうと私は思う。
と、
「ふん、随分楽しそうじゃない」
げ。玲子さんじゃん。
「……あら、そんなに怯えなくても何もしないわ。にしても、随分と幸せそうで、羨ましいわね」
「あ……ありがとうございます」
「べー、だ」
「シュワイヒナ!」
シュワイヒナは舌を突き出した。玲子さんはちょっとイラっとしたようで、
「なによ、あんた」
「そんなに怒らないでくださいよ。それに、こっちには凛さんがいるんですから」
「私に振らないで!?」
「えっ、いやでした?」
「普通に嫌だわ」
「イチャイチャすんな」
玲子さんの上からの冷え切った声に心も冷え切りそうだ。
「玲子。久しぶりね」
「あら、桜さん」
大人な二人でどっかに行った。なんだか話し込みそうだ。もしかしたら、桜さんが気を遣ってくれたのかもしれない。
「凛さん。ちょっと抜け出しません?」
「えー、私たちのお祝いなんだよ」
「新婦のお願い聞いてください」
「私も新婦なんだけど」
「いいですからー」
「はいはい」
根負けして(最初っから、勝つ気はない)、私はシュワイヒナとともに、外に出た。
外も随分と騒がしい。王宮の上の方に上がっていって、広場の方を見た。私たちの結婚式と戴冠式を見に来た国民もそれぞれの暮らしに戻っていったようだ。ここから見ると、その広場だけじゃなくて、向こうの街の様子も見える。
「こんな風にみんなが幸せに暮らせてるのも、凛さんのおかげなんですよ」
「……まあ、私だけじゃないけどね」
「でも、凛さんがいなかったら、こんな風にはならなかったのも、事実ですよ」
「……そうだね」
「凛さん、ちょっと疲れてますか?」
「まあ、少しは」
「今夜はゆっくり休みましょうね」
「寝かしてくれないくせに」
「凛さんが望むなら、私のあふれ出る母性で寝かしつけてあげますよ」
「その体で言われてもなあ」
「もう!」
本当に、かわいいなあ。本当に、幸せだなあって。
「ねえ、シュワイヒナ」
「なんですか」
「ちょっと、話し聞いてくれる?」
「もちろんですよ」
肘置きに置いた私の手にシュワイヒナが手を重ねる。
「私さ、本当は、誰にも後ろ指指されずに、幸せな生活を送りたかっただけかもしれないんだ」
「後ろ指、ですか」
「うん。だから、みんながいなくなっちゃって、私とシュワイヒナだけの幸せもありだったかもしれないなって」
「……そうですか」
私がシュワイヒナの体に少しだけ体を傾けると、彼女は黙って、受け入れてくれた。
「でも、今、こういう幸せを手に入れて、それでよかったなって」
真っ黒なドレスに身を包んでいた「私」も幸せだったのだろう。
けれど、純白のドレスも悪くない。いや、それのほうが良い。
「私にとって、最初はここは異世界だったけれど、今は違う。今は、私たちの世界だからさ」
「はい」
「シュワイヒナ。ありがとう。私のこと好きになってくれて。シュワイヒナがいなきゃ、こうはならなかったよ」
私の心的な意味でも。そして、この世界のイレギュラーとなり、定められた物語を捻じ曲げたキーとしても。
「私も、凛さんが私のこと好きになってくれて、本当によかったって思ってますよ。だって、凛さんがいなかったら、私はいつまでも、喪失感に包まれて、やさぐれたままだったんですから」
「……ありがとう」
私たちは二人であって、一人になることはない。けれど、私たちは限りなく一つに近い。こんなにも心を通じ合わせてるんだから。
「凛さん」
私の声を呼ぶあなたを。
「シュワイヒナ」
あなたの声を呼ぶ私はあなたのことを。
「愛してます」
「愛してるよ」
心の底から。
誰も見ていない、私たちだけの世界で、私たちは、もう一度キスを交わした。