第四十七話 決戦前
「……凛さん、本当ですか」
「うん」
戻ってすぐシュワイヒナに明日、祐樹を倒しに行くと伝えた。
「私も一緒に行きます」
「そう、だね」
元シュワナ王国王女。祐樹が国王の座を退いた際には王位継承権第一位は必然的にシュワイヒナとなる。この世界に生きる唯一の王の血を引くものだからだ。
そんな彼女だから、来なければならないのも当然だろう。
「ようやく、戻ってくるんですね」
「うん」
私の力があれば、勝つのは問題ない。あとは、どうしたら諦めてくれるかだけだけど。
「……なんか、恥ずかしいんだけどさ」
「ん? どうしました?」
「いや、今日はその……ちょっと激しめにしてほしいなって」
「それまたどうしてですか?」
「気合入れ……かな」
「かわいいですね」
シュワイヒナは私をベッドに寝かせて、ゆっくり服をはぎ取っていく。
「じゃあ……激しめって言われたので、今日は焦らしましょうかね」
「焦らっ……、意地悪しないでよ」
「ええー、でも、あんまり激しくすると結構大きい声で喘ぐじゃないですか」
「いっ……それは……」
こうやって、面と向かって言われるのはとても恥ずかしい。
けれど、同時に体の奥の熱が強くなる。
「確か、テールイは隣の部屋でしたよね。聞こえちゃいますよ。ここ壁、そんなに厚くありませんし」
「……それは……」
「テールイのジェラシーがたまっていきますよ。いいんですか」
今日のシュワイヒナ、すごい顔してる。私を上から見下しているのが心の底から楽しそうで――そして、私はそういう目に晒されて、喜んでる。
「私、たぶん、テールイと戦ったら負けるんで、できれば、穏便にすましたいんですけど」
「…………」
けど、けど。
ああ、私はこういう時、どうしたらいいかわかってしまったんだよな。
「シュワイヒナ」
私の喉から出ているとは思えないほど、甘い声で息を混ぜながら、囁く。
「お願い……滅茶苦茶にして」
「ちょっ、凛さん?」
「ね、お願い」
私、こういう上目遣いできたんだ……初めて知った。
「もう、凛さん……本当に」
「ね」
シュワイヒナはためいきをついた。
知ってるよ。シュワイヒナ。そういう顔するときは、すごーく我慢してる時なんだよね。あと一押し。もう少しで一番いいのしてくれる。
「今なら、なんだって受け入れられるのに」
ちょっと俯いて、ためいきを吐きながら言った。
限界だったようだ。
「凛さん」
強めに押し倒された挙句、しっかり、腕をホールドされた状態で、上から言葉をかけられる。
「大体、さっき、私、焦らしますねって言ったじゃないですか。聞いてなかったんですか。それなのに、エッチに誘ってくるなんて、どんだけ、私に犯されたいんですか。そんなに滅茶苦茶にされたいんですか」
荒い息を吐きながら、まくしたてるシュワイヒナ。
やっぱ、そうこなくっちゃなあ。
「ダメ?」
「……凛さん。文句、言わないでくださいね」
口づけをする。獣みたいなシュワイヒナの目に見惚れて、目を閉じれなかった。
次の日の朝は、想像以上に疲れてた。昨日の行動を少しだけ反省したが、だからといって、悪かったとは思ってない。
短い余生なんだから満喫したって構わないでしょ?
「さて……」
これから、私が起こすのは革命か、テロか。
誰も死なせはしない。血を流さずに、シュワナ王国を解放する。
重装備にはしない。私には固有スキルがあればいい。この力があれば、負けない。
絶対に。
「おはようございます……早いですね」
「まあね」
「昨日、けっこう激しかったのに」
「体力の回復速度は私の取り柄だから」
「ま、凛さん、今やできることが多すぎて、できないことの方が少ないとは思いますけどね。もう、行くんですか」
「シュワイヒナの用意が出来たらね」
祐樹にシュワナ王国を追い出されて以降、そういえば、私は一度もあそこに足を踏み入れてなかった。だから、今日が、初めて、あの言いつけを破る日なのだ。
「とりあえず、朝ごはん、食べようか」
「そうですね」
二人で、朝ごはんを食べて、王宮の最上階から、リーベルテ首都を見渡した。
まだまだ、社会の仕組みは変わりきらない。新しい国として、リーベルテとして戻ってくるのにはもう少し時間がかかるだろう。
それを少しだけでも早めるために、私は戦いに行かなくちゃ。
「……凛」
「アンさん……なんですか」
アンさんが来ていた。
「いや……激励でもしようと思ったからな」
「ありがとうございます」
「凛、本当に、勝てるんだよな」
「はい」
アンさんはしばし、口を閉じて、また何かを言おうと口を開いたが、少しとどまって、
「私は未だに信じられていない。ああ、実際、この国の何割の人間が、自分たちが暴虐の王から解放されたと信じているだろうか。きっと、ほとんどが信じていない。それは、ラインや、ネルべや、ランリスだって同じだろう。あの、櫻井祐樹、あの、最強と謳われた男だ。それなのに、たった数分で、リーベルテを解放し、決戦とでも呼ぶべき、戦いに出向こうとして、なお、君は落ち着き払っている。佐倉凛、君は大陸で何を見たんだ。何を知ったんだ。そして、その力は何なんだ?」
「その答えは――、あなたの能力ならわかるんじゃないんですか」
「わからない。君が前しか、見ていないから」
「……そうですか。アンさん、久しぶりに、剣を交えませんか」
「剣……か?」
「はい」
「私が――いや、いい。やろうか」
ほとんどなんとなくで提案したことだけれど、シュワイヒナ審判で木刀により決闘が行われる運びとなった。
「アンさん、来ていいですよ」
木刀を強くは握らない。あえて、軽く構え、アンさんの剣先、その一点だけを見据える。
「……うむ、わかった」
アンさんが飛び出す。その初速は速い。肉体強化を使っているのだろうか。
けれど、警戒する必要はない。
明らかに、私の身体能力はその何倍も上をいっているから。
だから、私はあえて、剣術で受ける。
「ふん……!」
強く払われた剣先は、私の木刀の表面を滑って、軌道を逸らされる。
ただ、それだけで決着はついた。
「……何が起こっているんだ?」
「戦場では、立ち止まる余裕なんて、ありませんでした。あのとき、アンさんが言ってくれたように、私は何度も、何度も、何度も、戦いました。身も切れるような思いで――いいえ、本当に体を吹き飛ばされたこともありました。頭を叩きつけられて、脳みそをぐちゃぐちゃにかき回されたこともありました。そんな、戦いが私を無理矢理にでも成長させたんです」
私はありとあらゆる地獄を潜り抜けて、今に至る。
だから、
「私はさらに大きな代償も背負って、ここにいます。その代わりの力なんです。それだけの、代償があってなお、この力はもう今日以降、あまり使わなくなるでしょう。私は――それだけ、今日のために生きてきたのです」
全てが偽物の世界を本物だと肯定するために。
「櫻井祐樹を救いに行きます。救わせてください。これが、私の人生です」
たった十九年しか生きていないけれど。
それでも、私は日本の少女が背負っているものよりも何倍も大きなものを背負って生きている。何年分もの苦しみを経験している。
それが、私の誇りだ。
私が、私たる証明だ。
「アンさん。今まで、ありがとうございました」
私は深く、頭を下げた。
それから、階を降りると、今度は桜さんが待っていた。ぐっすり眠った赤ん坊を抱えている。
「……即断即決ね。あの櫻井祐樹との最終決戦に臨むというのに、辛くないの? 仮にも、昔は一緒にいたんでしょ」
「……一緒にはいましたよ。けれど、ただの友達です。それに、彼は力を失えば、きっと普通の人になってくれますよ。あの三人とは結婚したんでしょうかね」
「もう、子供もいるそうよ」
「そうですか……。それなら、子供に背中を見せれるような親になってほしいですよね」
そう言うと、桜さんはため息をついた。
「……私の子には、父親がいないのだけれど、私一人でも背中を見せれるような親になれるかしら」
「桜さん……」
葦塚湊の命は祐樹の手によって失われた。それゆえに、目の前に小さな子供は父親を知らずに生きていかねばならない。
「桜さんなら、大丈夫だと思いますよ」
我ながら無責任な発言ではあると思う。けれど、私は、実際、そう信じている。だって、桜さんには覚悟があるもの。
「あなたに行ってもらえると少し心強いわね。年下なのに」
「……そう言われると、私も嬉しいです」
頭を下げて、今度こそ、向かおうと思った矢先、声が飛びこんできた。
「シュワイヒナさん!」
「あっ……まずい」
ずいぶんとご立腹なテールイがそこにいたのだ。
「なんで、今日、いなくなるって言ってくれなかったんですか!」
「……だって、テールイ、絶対ついていくっていうじゃないですか」
「そう言いに来たんです!」
シュワイヒナが押されてる。
「信じられません! 私とずっと一緒にいてくれるって言いましたよね!」
「……そんなこと、言いましたっけ?」
「自分の発言には責任を持ってください」
確かに、シュワイヒナ、そういうとこあるからなあ。
「テールイが、勝手に脳内で私の言葉を変換しているだけですよ。さあ、こんなやつ無視していきましょう。凛さん」
「いや……さすがに話付けたら?」
「ええー! 凛さんからも言ってくださいよ。私たちは相思相愛ですって」
シュワイヒナの頼みならしょうがないな。
「シュワイヒナの物なのは私だけだよ」
「そっち!?」
あれ、違ったかな?
「シュワイヒナ王女に忠誠を誓おう」
跪いて、左手を差し出す。
「……ちょっとキュンとした私が情けないです……。凛さん、おふざけが過ぎません?」
「ごめんごめん」
「私の目の前でいちゃつくなー!」
兎にも角にも。
「ほら、シュワイヒナ、ちゃんと責任もって」
「うう……。わかりましたよ。テールイ。私はあなたとは一緒になれません。私には愛している人がいるんです」
「……でも……」
どうも、話しがつかなさそうだ。
完璧に困っていると、さっきまで、黙って私たちの様子を見ていた桜さんが、
「この子に関しては、私が話をしといてあげるから」
「えっ、いいんですか!」
シュワイヒナが喜んだ。お前は、もう少し、頑張れよと言いたくなるが、それはぐっと抑えて、
「じゃあ、行こうか!」
「待ってくださいよ!」
叫ぶテールイを桜さんが抱き留めた。
「まあ、祐樹倒したあとも、まだまだあっちとこっちを頻繁に行き来するから、永遠の別れじゃないよ。とりあえず、今日はちょっと行ってくるだけ」
私は、一応、そうなだめておいて、
「インフィニティメモリー、ワープ」
固有スキルを使用した。
ついたのはシュワナ王国宮殿前。ここからは街の様子を一望できる。
「……うーん、なるほど」
そこそこ栄えていた。人はかなり多い。
けれど、この街をぐるっと囲んでいる防壁はそれはそれは高く、外の様子は見えない。だから、ここより外の様子はわからない。
それに、栄えていると言っても、それは表面上だけ。路地裏の様子とかはここからは見えないけれど、
「インフィニティメモリー、拡張、五感強化」
みすぼらしい服装をした子供も中にはいるようだ。正直、こういう街ではよくある話なんだろうけど。
「行こうか、シュワイヒナ」
宮殿の入り口、門番らしき人間に話しかける。
「こんにちは」
「……? 王に呼ばれている者か?」
「いえ。けれど、この門を開けていただきたいんですけど」
ぶっ壊したら目立つし。
「それは――」
否定的なことを言いそうだ。
「インフィニティメモリー、コネクトハート」
「はい。わかりました。開けます」
「うわあ、凛さんえぐいことしますね」
「まあまあ」
固有スキルで、言うことを聞かせた。まあ、別にいいだろう。
楽々内部に侵入する。
というのもいきなり中に入るよりかは、正面から入ったほうが、侵入者扱いを受けずに、騒ぎを起こされないまま、祐樹のところまでたどり着けるだろうと思ったからだ。
さて。
王宮に入ると、カリアに出くわした。
「あ、カリア」
「……なぜ、貴様らがここにいる!」
カリアは臨戦態勢。といっても、何も攻撃手段はないだろうに。
「祐樹に用があって、来た」
「なんだと」
「邪魔をするなら、眠っててもらうけど?」
「なめるなよ!」
先制攻撃を仕掛けようとするカリア。
悪いけど、相手にならない。
「ヘイトマジックくらいじゃあね」
純粋な身体能力は私が何倍も上回っている。
気絶させて、私たちは先に向かった。
とんとん拍子で進んで、ちょっと怖くなってきたが、まあそんなもんだろう。
王の部屋へ到着。
ドアを思いっきり、開いた。
「……嘘でしょ?」
呆気に暮れるアリシアと惚けた顔をした祐樹がいた。
そんな彼らに私はゆっくりと口を開く。
「祐樹、ただいま」




