第十四話 フェーズワン
力いっぱいなぐりつけられたルンは先ほど、ランが突っ込んで、壊した建物の後ろにいる建物にぶつかった。そして、その壁を、炎の被害をあまり受けていなかったその壁を貫通した。ががががががと物が壊れていく音が聞こえ、直、止まった。
「ふっ、死んだな」
人間にかけられてはいけない力がルンにかかった気がする。いくら基礎マジックポイントで強化された肉体でもさすがにあれはまずかったような気がする。本当に死んでしまったような気がするのだ。
ランはその様子を見て、この世の終末を見たかのような顔をした。
ランは風魔法を使ったのか、その場で飛んだ。そして、ふらふらしながら、建物の穴から入っていく。
私も気づいたら、体が動いていた。見よう見まねで私も風魔法を使った。すると、確かに体が浮かんでいく。だが、その浮遊感を楽しんでいる余裕はなかった。私もランのあとをつけて、建物の中に入っていった。
中は滅茶苦茶になっていた。何かの倉庫だったのだろうか、たくさんの荷物があったのだが、まっすぐな線上にあるものは全て壊れていた。そして、その線の先にはルンが倒れていた。
体のあちこちから血を流している。駆け寄って、手に触れるが、もう生気がなかった。脈もない。
「凛さん!」
シュワイヒナもどうやってかは知らないが、入ってきた。おそらく先ほどの肉体強化で跳んだのだろう。また、その後ろからファイルスさんも入ってきた。
「死んでるな」
なんとも言えない気持ちになった。たくさんの人を殺した大罪人であるはずなのに、こんな年端もいかぬ少女が死んでしまったというと、胸が締め付けられる思いだった。
「ルンはたくさんの人を殺しましたよ。だから、まだ幼いからと言って許されませんよ」
シュワイヒナはそんなことを言った。
「でも……シュワイヒナ、あなたには人の心がないの?」
「人の心位、ありますよ。でもこういう世界なんですよ。凛さん」
「うるさい!」
ランは叫んだ。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。許さない許さない許さない許さない許さない」
ランはこちらを睨み付けた。それと同時に「闇」が噴き出した。
「凛さん! 危ない!」
シュワイヒナに手を引っ張られ、外に出た。シュワイヒナは桜さんや、ランリスに回復魔法をかけた。
それは後になって知ったことだ。今の私は建物から目が離せなかった。建物は轟音を立てて、さっきの穴から上の部分が崩壊した。
「はやく、殺しとけばよかったんだがな」
ファイルスさんがそう言った。
崩壊した建物から「闇」が噴き出した。真っ黒な「闇」が。
その崩壊した建物から出てきた少女は飛び降りた。そして、地面に当たり前のように着地した。
「許さない。ゆるさなあああああああああああああああああああああい!」
少女は獣のような咆哮を上げた。
ランは顔や、足、腕に黒い文様のようなものが浮き出ていた。
「あれは、凛さんのより酷いですよ。凛さんのより黒がずっと濃い」
シュワイヒナによるとそうらしい。
ランはこちらを睨み付けていた。
「闇覚醒……」
桜さんが声を上げた。
「あそこまで真っ黒なのは初めて見たわ」
「私なんて闇覚醒自体初めて見たけど」
ランリスは初めて見たらしい。
まあ、そんなことは関係ない。確か、アンさんは気絶させれば、解除させれると言っていた。なら、そうする以外に選択肢があるというのか。
「シュワイヒナ、私はランを救う」
「そうですか。それなら私も凛さんに従いますよ」
「そうはいかねえな」
ファイルスさんは既に走り出していた。
「ファイルス! 危険よ!」
桜さんの忠告なんて、聞こえていなかったのだろう。もう間の距離はほぼなかった。
「許さない」
ランは右手をまっすぐファイルスさんに向けた。そして、全くの予備動作も、声もなしに、右手から黒い光線が発射された。
「なっ……!」
ファイルスさんはそれを見た瞬間に跳んだ。しかし、避けきれなかったようだった。その黒い光線はファイルスさんの足に当たって、消えた。
「ああああああああああ!」
ファイルスさんの足の、当たった個所は消えていた。
それにも関わらず、出血は起こっていない。足の傷口は黒く光っている。ファイルスさんは片足だけで、そこに立つが、バランスが取れないようだった。
「もう! ワープ!」
桜さんはファイルスさんの体を抱きかかえて、すぐに戻ってくる。
「ファイルスをお願い」
桜さんはファイルスを地面に寝かせた。そして、ランの方へ向かう。
「シュワイヒナはここにいて」
私はそう言って、ランの方へ向かった。
人を気絶させる方法は分からない。アンさんが私にした方法は少し強すぎるような気もする。あとは、よく漫画などでは首に手刀を食らわせると人が気絶するみたいなのがあるが、正直あれが本当に出来るとは思わない。あとは強い痛みを与えるかだが、そんなことが私にできるかは分からない。しかし、可能性があるならやってみなければ分からない。
「はああああああああ!」
ランは私とランリス、桜さんを同時に相手しているにも関わらず、全く見劣りしていなかった。およそ人間には出来ないような動きをしていた。
「これが闇覚醒……」
中二病的ネーミングではあるが、実際に相手するとバカには出来ないのがびっくりだ。もはや触れることすら敵わない。
それに右手から放たれる黒い光線はまるでマジックポイントでの制限がないかのように絶え間なく放たれる。いや、本当にマジックポイントが無限にあるのかもしれない。だとすると、本当にまずくなってきた。
桜さんの手の合図で一旦退く。
距離を置いた私たちに対して、ランは強く睨み付けると、右手を私たちの方へ向けた。
来る。さっきから黒い光線は右手からのみ発射されている。だから、これは黒い光線を発射する予備動作だ。そう思い――桜さん、ランリスも同じ思考だ――体を動かし始める。
案の定、黒い光線はさっきまで私たちがいたところに放出された。それは後ろの建物にぶつかって消える。そして、それがぶつかった建物には穴が開いた。
「な……」
穴はどんどん広がっていっていた。
「凛さん、おそらくあの黒い光線は触れたものを消滅させ、また、その一部が消滅した物体を徐々に消滅させていくというものです。だからファイルスさんには『ペイン』の自動回復能力が存在するにも関わらず、体が回復していなかったのでしょう。となるとあれを一度でも食らったらまずいですよ」
「えっ!? じゃあ固有スキルの特殊効果が変わったってこと?」
「闇覚醒すると固有スキルは変わるのよ。それにマジックポイントは無限大になる」
だから厄介なのよ――と桜さんは言った。桜さんもランリスももう疲れはじめているようだった。かくいう私ももう疲れはじめていた。正直、足はがたがたし始めたし、一発でも攻撃を食らえば命が危ういという状況が精神的にも私を追い詰めはじめていた。しかし、私たちがここで退いてしまうと、他の場所に逃げた住民の方に被害が及ぶ。それにあの黒い光線を乱発されているとさらに被害は大きくなってしまう。
逃げてしまいたい。逃げてしまえば、もう楽になれる。だが、この相手をどうにか出来る人がこの国に存在するだろうか。私と桜さんとランリスの三人で向かって行っても誰も指一本触れられない。固有スキルを乱発できるだけで脅威なのに身体能力もおそらく上昇していて、勝てる気がしない。
ランの方を見る。ランは涙を流していた。きっと苦しいのだろう。苦しくてたまらないのだろう。ランとルンの話によれば、私が二人がここに来なければいけなかったことに密接に関係しているのだろう。なら、私が救わなくてどうする。私が彼女らに戦わせることを強制させていたのならば、私が彼女らを救うのが責任をとるということなのだろう。
このことは考えるなとばかりに過去を思い出そうとするたびに、ランとルンのことに責任を感じるたび、私の頭は強く傷んだ。それでも悪いが逃げるわけにはいかない。シュワイヒナは私が過去を思い出すことを、私が責任を感じることを嫌だと思っているようだが、これは私が解決しなければいけないことなのだろう。シュワイヒナが解決することじゃない。
「シュワイヒナ、ごめんね」
私はそう言って、ランの方へ走り出した。一歩一歩踏み出すたびに足がこれ以上走るなとばかりに悲鳴を上げているような気がする。心臓はばくばく鳴って、呼吸の回数は過多とも言える。体は止まれと叫んでいた。それでも私の意思は進めと叫んでいたのだ。私は私の意思に従う。
「ラン!」
私は叫びながら、右手を伸ばした。ランの表情が一瞬変わったかのような気がした。しかし、すぐに元の怒りで歪んだ表情に戻った。
「ぐああああああああああああああああああああああ!」
野獣のような咆哮だった。苦しそうだった。悲しそうだった。
私はランがこちらに右手を向けるのを確認して、ランの右側へ、体を動かした。ランの右手から放出された黒い光線は後ろの建物に当たって、消えていく。ランの左腕へ手を伸ばした。だが、ランは地面を蹴りあげて、体をぐるっと後ろへ回転させる。足が私の右手へ蹴り出される。衝撃は強く、簡単にバランスを崩して、私は後ろへ倒れた。ランは、後ろへ回転しながら私の方へ右手を向けていた。
「はあああああああああああ!」
桜さんの声だった。桜さんは空中にあるランの体をつかんだ。そして、そのままどさっという音と共に押し倒す。黒い光線は私のすぐ隣を通り過ぎて行った。その勢いで、私の髪の毛は何本か持って行かれたかのように感じる。だが、桜さんが作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。
桜さんの方へ右手が向けられ、桜さんはすぐに離れる。そして、黒い光線は放たれ、またしても私のすぐ隣をすぎる。
普通に頭を殴ったところで気を失わせることは出来ないだろう。ならば、さっきシュワイヒナがやっていた肉体強化をするしかない。私は意識を研ぎ澄ます。体に流れている魔法の力を感じる。私のマジックポイントは現在満タンだ。だから、おそらく長い間それを使えるだろう。
いや、肉体全体を強化させればいいというわけではない。一部分だけ、手にだけでも肉体を強化させればいいのだ。だから、私は体に流れている魔法の力を手に集中させることをイメージした。しかし、手に力が集まっていく感覚がしない。なぜだか空中に流れていくような感覚だけがする。
そんなことを頭の中で早く早くと考えているうちにすぐに間の距離はほぼなくなった。たった一秒の間にこれだけのことを考えたことも原因の一つだろう。頭の痛みはさらに強くなっていった。
それでも前へ行く。まだ手に力が集まっていないが、やるしかない。
「はああああああああああああ!」
私は起き上がったばかりのランの頭を力いっぱいなぐりつけようとした。しかし、ランの動きは速かった。避けられた。拳は宙を切っただけだった。ランの体は既に小さく、私の拳の下に、ある。
「あ……」
逆に私の腹を力いっぱい殴りつけられた。信じられないほどの痛みが襲ってくる。腹筋はかなり鍛えているのだから、生半可なパンチじゃ内臓まではダメージは入らないと思っていたが、ランの力は想像をはるかに超えていた。まさか握力すらこんなにあるとは……
そんなことを考える暇もなく私の体は力のかかった向きに吹き飛んだ。他の力が微々たるものに感じる。
「がはっ……」
建物にぶつかった。建物が少しくぼんだようだった。お腹が痛い。それも経験したことのない痛みだ。生理痛だなんて比にもならない。どう考えてもまずいタイプの痛みだった。
そのまま、地面へ落下していく。地面に落ちた時の衝撃もなかなかだったが、お腹の痛みには全然届かない。
私は息を荒げながら、ゆっくり立ち上がった。
「凛さん! もうやめてください!」
シュワイヒナが叫んだ。
「もうやめてって……」
シュワイヒナが駆け寄ってくる。
「凛さんじゃ無理ですよ。ちょっと待っててくださいね」
シュワイヒナが私に回復魔法をかけた。お腹の痛みが少し取り除かれた。
「シュワイヒナ、ありがとう。でもやらなきゃ」
「いいです! 凛さんがするくらいなら私がします」
シュワイヒナはまた、目を閉じた。そして、
「肉体強化」
短くつぶやいた。シュワイヒナの長く綺麗な銀髪が浮き始める。マジックポイントのかかっている量がさっきよりも多いのだろう。そして、目に見えるわけではないが、明らかに魔法の力が荒ぶっているのが分かる。
「私が終わらせますから」
「待――」
私が声をかける間もなく、シュワイヒナは駆け出した。
次回更新は十月三日です




