第四十五話 終わりへ
気づけば、「私」は消えていた。
「もう、終わったんですね」
「うん、今度こそ。終わりだよ」
もう、この世界を滅ぼす脅威は消え失せた。
「それでも、こんなんじゃあね」
王宮があった場所は更地になってしまっていた。街で起こっていた混乱も一応はなくなったみたいだけれども、リンバルト王都は深く傷ついていた。
私の、せいだ。
「インフィニティメモリー、創造」
王宮を作り直していく。さすがに時間はかかるものの、下からどんどん出現していく様子はキラキラしていて、見てて、きれいだった。
まあ、直せばいいってもんじゃないけど。
「それじゃあ、あとは……」
「リデビュ島。行こうか。シュワイヒナ」
「私も行きますけど」
「テールイが来て、どうするんですか」
「行くところがないんです」
「まあ、それはそうでしょうけど」
「いいじゃん、シュワイヒナ」
「凛さんが良いっていうなら、まあいいですよ」
行く前に、私は佐藤さん夫妻のところへ向かった。
「……昭さんは、大丈夫ですか」
「ええ、なんとかなりそうではあるわ」
「……この度は本当にすみませんでした」
「世界のため……だったんでしょ」
「はい」
「なら、いいわ。私だって、そんなひどい人間じゃない」
「……ありがとうございます」
「リデビュを、元通りにするんでしょ」
「はい」
「頑張りなさいね。凛」
「佐藤さんも……」
「言われなくても、昭と私なら大丈夫よ」
「私も、わかってます」
話を終えて、私はシュワイヒナとテールイのところに戻った。
思えば、長い戦いだった。もう昼を過ぎている。
「じゃあ、行こうか。リデビュ島に」
私はテールイとシュワイヒナの手を握った。
「インフィニティメモリー、ワープ」
空間が歪み、私たちはその場を離れた。
リデビュ島。戦争に敗北し、追われる身となった私の仲間たちがいる場所に私たちはワープしてきた。
「えっ?」
そこには確かにあの時の面々がいた。
アン・インカ―ベルト。ネルべ・セイアリアス。ライン・アズベルト。ランリス。葦塚桜。その他兵士の方々。また、おそらく桜さんの子供とおぼわしき赤ん坊もいた。
そして、そのうちのネルべに開口一番、驚いたようにこう言われたのだ。なんと返していいかもわからないので、私は桜さんに挨拶をした。
「佐倉凛。ただいま、戻りました」
「……本当に、力を身に着けたの?」
「はい」
「固有スキル?」
「インフィニティメモリー。私の知る全ての固有スキルを使用できます」
桜さんだけじゃなく、他の面々もかなり驚いているようで、続く言葉に困っていた。
「……とりあえず、これで祐樹に対抗する力を身に着けた、ってことか」
「はい。今の私なら、いいえ、私たちなら確実に祐樹に勝てます」
強く言い切る。
「行きましょう。まずは、リーベルテを取り戻すために」
七月二日。午後三時。
私たちはリーベルテ首都に向かった。即、王宮に侵入。
「侵入者だ!」
「追い払え!」
叫ぶ兵士たちは
「邪魔」
当然、相手にならない。
「耳、塞いどいてください」
私の仲間たちにそう指示して、私は固有スキルを発動した。
「インフィニティメモリー、創造、拡声器、眠れ」
ラバージェの使用してきた固有スキルを、昭さんの固有スキル「創造」で拡声器を作り出し、大規模な範囲で放つ。それだけで、大量の兵士たちを無力化した。
「……すごいな」
感嘆の声を漏らしたアンさんに、シュワイヒナは言う。
「まだまだ、こんなもんじゃないですよ」
どこか自慢げだった。ただ、シュワイヒナがそういう風に彼女面しているのは、私個人の感想として、とても、気持ちがいい。
「とりあえず、王宮、入りましょうか」
眠れ。その一言だけで、全ての敵を無力化し、私たちは王宮最深部、王の構える場所にたどり着いた。もともとは、今は亡き葦塚湊さんの居場所だったところだ。
そこに、ミルアがいた。
「佐倉凛?」
王座に座り、ひじをついて、私たちを見下すその姿勢は、まだまだ余裕にあふれていた。
「ミルア……君みたいな、子供に任せるほど、リーベルテは価値を甘く見られてるの?」
とりあえず、煽りたくなったので、煽った。
「はあ? 違う違う。私が完璧にかわいくて、最強だからだよ」
「まあ、少なくとも祐樹の強さくらいは知ってるあんたが、自分のことを最強って呼ぶって、恥ずかしくないの?」
「は? 佐倉凛、てめえ、そんなかわいくもない見た目してるくせに」
「凛さんはかわいいですよ!」
シュワイヒナが横から口を挟む。
「はあ、シュワイヒナ、落ちぶれた王女は黙っとけ!」
「何言って――」
「ミルア」
シュワイヒナを制止して、私はもう一度、彼女に尋ねる。
「今すぐ、ぼこられるのと、大人しく降参するの、どっちがいい?」
「そんなの決まってるでしょ」
「一応、言っとくけど、ミルア、あなたじゃ、私には勝てない」
「その口で、私の靴をなめてもらおうかしら。キュート――」
「インフィニティメモリー、吸収魔法」
一気に接近し、吸収魔法を発動し、彼女の全てのマジックポイントを吸い取る。
「はい、チェックメイト」
普通に考えて、最初のお喋りいらなかったな。
「はっ? えっ、何?」
「語るの面倒。それより、あなたには仕事があるからさ。こんなところでへばってもらったら困るんだよ」
「いや、えっ?」
「まだ、現実を受け止められないの? マジックポイント全部吸収したから、あなたは固有スキルはおろか、魔法も発動できない。身体能力で私に勝てないのなんて、目に見えてるでしょ」
「…………」
「じゃあ、とりあえず、役に立ってもらおうか」
こうして、私たちはリーベルテ王宮を制圧。その日のうちに、リーベルテの国民へ演説をした。
「こんにちは。佐倉凛と言います。今日、この日より、この国を祐樹の手より奪還したことを宣言いたします」
国民は――呆気に取られていた。演説広場に集まった数は千そこらと言った感じだったが、私の発言を冗談半分にしかとらえていないようだった。というか、みんな疲弊している感じだ。
というわけで、
「ミルア。出てきて」
両手を縄でしばったミルアを連れてきた。
「じゃあ、ミルア、昨日言った通りのことを言ってごらん?」
「……私を辱めて、何がしたいの?」
「言え」
「……はい」
ミルアに拡声器を渡した。ぼそぼそ声でしゃべるのを許さないためだ。
「……私、ミルアは佐倉凛に敗北し、この国の統治権限を佐倉凛に譲渡いたします」
広場はざわめき始めた。何かの冗談か、あるいは。
「私、佐倉凛は、一人の死者も出さずにこの国を解放することをここに宣言いたします」
「待て!」
言い切った私に、広場から――いや、広場の外から叫び声が聞こえた。
「何をしている!」
兵士か?
私は彼らの元へ歩く。
「櫻井祐樹直属兵隊第一番隊隊長クリーア様だ! 勝手なことは許さねえ!」
「誰?」
知らない人なんだけど。
「俺は固有スキル使い、しかも、祐樹の次だ。お前、佐倉凛だな。祐樹様が嘆いているぞ、てめえのせいで、何もかもがうまくいかないってな?」
「何もかもって何?」
「てめえには教えねえよ! ワイルド――」
「インフィニティメモリー、既に決着はついている」
相手の固有スキル発動に吸収魔法が間に合いそうじゃなかったので、とりあえず、時間を止めた。ゆっくり歩いて、
「吸収魔法」
マジックポイントをすべて抜き取る。そして、時間を元に戻した。
「で、何? ミルアじゃ確かに弱すぎると思ったけど、あなたが影の実力者的な立ち位置だったの?」
「……は、お前、いつの間に?」
「いつの間にって、いつの間にだと思う?」
「俺の、俺の固有スキルは」
「マジックポイント、全部吸い取ったから、もう何もできないね」
「まだだ!」
往生際の悪い奴だ。
「大人しくして」
持っていた剣を粉々にした。
「……は?」
「あなたよりカリアとかのほうが強いと思うんだけど」
尻もちをついて、今にも泣き出しそうな顔で見上げられても困る。
そいつの、腕を持ち上げて、
「みなさん、これが皆さんを支配してた人の姿ですか?」
しばらく、しーんとしていたが、やがて、沈黙が破られた。
「湊さんは……葦塚湊様は戻ってくるんですか」
「……いえ」
そうだろう。
彼らが望んでいるのは、新しい支配者じゃない。葦塚湊の再来だ。
けれど、彼はもういない。失われた命は、取り戻せない。
だから。
「湊は戻ってきません」
桜さんは言い切る。
「湊は――私は、私の夫を失いました。だから、これからは、私が湊の代わりになります。湊の残したものを私が引き継ぎます」
拡声器を使わず、そう言った。けれど、その声は確かに広場に響いていた。
そして、歓声が上がった。
「これから、よろしくお願いします」
深々とお辞儀をした彼女の姿を悪く言う人間なんて、この場にはいなかった。
それだけ、湊さんは国民に愛されていた。
それだけ、国民は櫻井祐樹からの解放を望んでいたのだ。
この時になって、私はようやく、自分のしようとしていることの「大義」がはっきりとわかってきた。死んだ目をした国民にもう一度、輝きを取り戻してもらうために。支配された人たちを救い出すために。
私は、シュワイヒナとともに一足早く、その場を離れた。
「さて、話しを聞かせてもらおうか」
とらえた先ほどの男、クリーアに尋ねる。
「何もかもが、うまくいかないって、何?」
「……放せ」
「喋る気ないなら、別にいいけど」
面倒だっただけだし。
「インフィニティメモリー、メモリーアイ」
佐藤麗奈さんの固有スキル。相手の記憶を読むという効果を持つ。
「なるほど……。ヴァルキリアのイーリア侵攻に祐樹も一枚かんでたってわけか。で、まあ、祐樹も祐樹なりに頑張ってんのか。でも、全部裏目に出てると」
為政者としては最悪かもしれないが、最悪になろうと思ってやってるわけでもなさそうだ。
にしても、道を踏み外しすぎている。何かを変えるために、支配先を増やそうとしているのか。
いや、それは体のいい言い訳だ。
実際のところ、彼は世界の全てを手中に収めたいに過ぎない。己の欲望のために、他の人たちを犠牲にしている。
一番悪いのは、おそらく、彼がそれが国家の財政が悪化の一途をたどり続けていることの原因になっているというのに気が付いていないことだ。
だったら、気づかせるしかない。
もう、道は踏み外させない。
「祐樹も、助けなくちゃ」
あの日、目の前で、何人もの仲間を彼に殺された。
けれど、まだ、やり直せる。きっと、いつか、普通の「友達」に戻れたらいいなって思うのだ。憎しみあう関係じゃなくて。
「じゃあ、もう君、いいよ」
「……へっ?」
クリーアと名乗った男は、何がなんだかわからないといった顔をした。
「だから、もういいって」
「……死刑にならないんですか」
いつの間にか、敬体になってるし。
「ならないよ、そんなの。それとも、死にたいの?」
「えっ、いや、あの……」
「じゃあ、今度からは新政府体制の元、頑張ってよ」
「……起用してくださるんですか」
「桜さんが決めると思うけどね。実力があれば、大丈夫」
「……あなたは、祐樹様に勝てるんですか」
「えっ? ああ、うん、勝てるよ、たぶん」
「……ここで、お、俺が祐樹様から離反したら、俺はきっと、殺されちまうと思います。だから、お願いします。ちゃんと、勝ってください」
「ああ、わかったって」
「……あと、とても言いづらいんですけど、縄、ほどいてくれませんか」
「あっ」
縄をほどいて、クリーアはどこかへと行ってしまった。王宮の外では、随分と賑やかな声が聞こえる。これも、私が、祐樹の説得に失敗したらなくなるのかと思うと――。
「凛さん、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと考え事」
シュワイヒナがごくごく自然に、指を絡ませてくる。
暖かい。なんだか……安心する。
「こうしてると、何考えてたか、忘れちゃったな」
「あ、そうですか。ま、それで凛さんがいいなら、私も嬉しいです」
「ありがと」
強い視線を感じた。
「私の前でイチャイチャしないでください」
「じゃあ、私から離れてください」
テールイの言葉にシュワイヒナが真っ当な反論をする。
え、真っ当かどうか微妙だって? 私にとっては真っ当なんだよ。
「とりあえず、凛さん、久しぶりに、あそこ行きませんか?」
「あそこ?」
「ほら、行きますよ」




