第四十四話 自己同一性
「インフィニティメモリー、マジカルレイン!」
相手はマジックポイントを無限に持つ。だから、私も条件を揃えるために、シュワイヒナの固有スキル「マジカルレイン」を発動させた。普通の相手に使うには若干弱点が目立つ能力だが、相手が闇覚醒しているのならば、こちらにのみ得がある。
「悪魔の記憶、レプロダクション」
そう言った途端、「私」は二人に分裂した。
戦争前、リーベルテの王宮で戦ったシュワナ王国の刺客アルズの使用した固有スキルだ。
「それならこっちは……。インフィニティメモリー、水魔法奥義、水龍の咆哮」
出現した巨大な水の奔流。進む先全てを破壊しながら、突き進む魔法の極地。それを、「私」はどのように受けるか――。
「水龍の咆哮」
合わせてきた。同威力の魔法は相殺され、二人の「私」は一気に距離を詰めてくる。
「ちっ、インフィニティメモリー、レプロダクション」
こちらも分身を作り、攻撃に備える。
「悪魔の記憶、召喚、勝利の剣」
「インフィニティメモリー、召喚、勝利の剣」
相手を確実に斬ることができる力を持つ剣を私と「私」は同時に出現させ、攻撃を受けた。
「インフィニティメモリー、拡張!」
私の脳みその機能を拡張する。純粋に処理速度を上げて、私と私の分身が同時に最善の行動を打てるようにした。さらに身体能力も拡張。
斬撃は――
「インフィニティメモリー、創造、剣」
勝利の剣と勝利の剣がぶつかり、お互いにその特殊効果を発動させた結果、同時に折れた。
だが、これは想像の範疇。即座に、固有スキル「創造」を発動させ、さらに剣を左手に出現させ、相手に斬りかかる。
確かな感覚。「私」の腹を切り裂く。
が、相手は闇覚醒――否、魔王。即座に再生し、逆に足を上げ、私の顔面を蹴る。
「今だ!」
それすらも、私の読みのうちに入っている。
私は私の分身に攻撃させた。受けれるはずが――
「ねえ、佐倉凛」
「私」は「私」の分身を肉壁に使用した。「私」の分身がダメージに耐えきれずに消滅した直後、「私」は私の分身に致命傷を与える。
これで相殺。
「あなたは私。私はあなた。あなたの考えることなんて全て、筒抜けだし、私の考えることだって、あなたは手に取るようにわかるでしょ?」
「…………」
「わからないのだとしたら、それは傲慢。あなたは自分の汚さを見えていない。もっと、感じろ。もっと、考えろ。私の中の私。あなたの中のあなた」
私の中の私……?
意味が分からない。
無視だ。
とりあえず、わかったのは「レプロダクション」はあまりいい効果を発揮できないということだ。普通に、自分一人で集中して固有スキルを組み合わせて攻撃したほうが効果はあると思う。
頭がうまく働かないし。
「悪魔の記憶、風魔法奥義風神」
「インフィニティメモリー、ヘイトマジック」
カリアの固有スキル、自身への魔法や固有スキルを無効化する。この力で正面から放たれた高火力魔法を打ち消し、
「炎魔法奥義、プロミネンス!」
逆に高火力魔法を放つ。対し、「私」は
「悪魔の記憶、ヘイトマジック」
無効化。だが、それは読めている。
肉体強化。
身体能力を大幅に引き上げ、そこからの追撃を狙う。
無効化不能な純粋なる腕力。
固有スキル。それが持つ大きな弱点を突く。
「ふーん」
渾身の一撃を、
「私ってそんなに力あったんだね。驚きだよ」
特に苦もせず、受け止められた。
「わかるよ、わかる。先にヘイトマジックを見せることで、私のヘイトマジック発動を誘発。そして、固有スキルの使用の際にはその名前を詠唱しなければならないという弱点に目をつけて、近距離攻撃を仕掛けた。どんなに強い固有スキルでも発動しなくちゃ意味はない。しかも、私が受けに回っているときは当然、攻撃の手は緩くなるし、魔法特化の受けをすれば、それだけ物理方面の受けは緩くなる。ねえ、馬鹿なの?」
「……何が」
「さっき言ったじゃん。私、全部行動は読めてるんだって」
「そんなことわかってる」
「魔法の受けから物理方面の受けに切り替えるだけ。それのどこに難しい要素があるの?」
「……まさか、本当に普通に受けただけ? 能力も使わずに」
「そう」
そんなわけがない。私は拡張+肉体強化で大幅に身体能力を引き上げているのだ。それに対し、いくら闇覚醒しているからといって向こうは私の使っている力の両方を用いていない。ゆえに、まともには受けられないはず。
それとも能力を使っているのか。
「インフィニティメモリー。見透かす目」
「そんな暇あるの?」
「ッ!」
真意を探ろうとした途端、猛スピードで相手は動いた。とんでもない速度で繰り出される殴打。受けられないわけじゃない。ただ、意識をこちらに十分、割いていないと受けれなくなってしまう。実質的に意識をここに固定されてしまっているのだ。
「逃がさないから」
後ろに下がっても、追撃は止まらない。こんな時間がいつまで続くっていうのだろうか。
そう思い始めた時だった。
「なっ……!」
目の前で、うめき声を上げながら、「私」が吹き飛んだ。
「凛さん。一人になんて、もうさせませんから」
「シュワイヒナ!」
「私も、佐倉凛なんだけど」
不意打ちが効いている――いや、衝撃を殺せる態勢ではなかっただけか。
「私も、やりますから」
さっきのケモ耳の少女テールイも参戦の意を固めているようだった。
「あなた、死にかけてたじゃないですか。下がってください。私と凛さんで十分です」
「人は多い方が心強いでしょ!」
シュワイヒナとテールイは仲が悪いのか? それともぴりついているだけか。
「人はまあ多い方がいいけど……これは、私の問題だし」
「何言っているんですか! 凛さんの問題は私の問題でもありますよ」
「そして、シュワイヒナさんの問題は私の問題でもあると」
「……そう、そうだよね」
何を今更。
私には私に手を貸してくれる仲間がいるじゃないか。
「行こうか。三人で」
「はい!」
その様子を見ていた「私」は
「私のシュワイヒナを取らないでよ!」
だいぶ怒っていた。
「あんたのじゃないから」
私はもう一度「私」の前に立ちはだかる。
「奪うことしかできないあなたでも、私から大切なものは奪えないよ」
「違う」
が、私の発言を「私」はばっさりと切り捨てる。
「私が私になるだけ、だよ。私」
「は?」
「私はあなた。あなたは私」
そう言って、ゆらりゆらりと歩く。前へ、少しずつ、私たちの方へ。
「やっぱり、拡張、使ってるんじゃん」
「そうだよ。私は私という概念すらも――」
「私」は目を大きく開くと、いきなり、速度を上げ、攻撃を開始した。
「拡張する!」
「来ます!」
シュワイヒナとテールイが私の前に出て、同時に攻撃を受け止めようとする。が、
「悪魔の記憶! ワープ」
消えた。
違う。
気づけば、私の周りは「闇」に囲まれていた。そして、その何も見えない暗黒の世界で「私」が語り掛けてくる。
「私は私。ねえ、私。もっと、本気で来なよ」
「……本気?」
「そう。今の私は昔の私じゃない。今の私は力がある。絶対的な力、最強の固有スキルが! 今なら、全部叶えられる。全知全能の力なんだから。どんな欲望だって叶えられる。どんなに薄汚れていても、あなたが思うことが正義そのものになるんだよ」
「正義そのもの? 悪いけど、私は自分の欲望のために人を犠牲にしたりしない」
「人じゃないって、分かってるのに?」
「私は、それを人だって認めたんだよ! インフィニティメモリー、チェイスアロー!」
出現した弓と矢。これを構え、うち放つ。
見えなくても、固有スキルの効果で必中。
「悪魔の記憶、拡張、創造。負の矢を創造」
――消された。正の物質に負の物質をぶつけられて相殺されたのだ。
「ね、欲望を解放しろ!」
気づけば、闇は消え失せていた。そして――
「シュワイヒナ!」
シュワイヒナはもう一人の「私」に抱きしめられていた。
「もーらい。ほら、シュワイヒナ。本物の、佐倉凛だよ」
「お前なんか……!」
「悪魔の記憶、エンドレスナイト」
シュワイヒナの動きが無理矢理止められる。
「ほら、私。シュワイヒナの唇、奪っちゃうよ?」
「外道!」
「させません!」
私とテールイが同時に飛び出した。テールイの身体能力は常軌を逸している。その証拠に、散々底上げした私の身体能力すら大幅に超えて、「私」に接近する。
にもかかわらず、さっき、シュワイヒナはテールイが「私」に殺されかけたと言っていた。それすなわち、彼女の身体能力ですら敵わないことを意味するのではないだろうか。
ならば、もう一度、悲劇を起こさないために。
「インフィニティメモリー、拡張、ヘイトマジックの対象拡張」
固有スキルを無効化する光線を放つ。あれで、一瞬だけでも「エンドレスナイト」は無効化され、シュワイヒナが解き放たれるはず。
そして、その隙にテールイが攻撃――
「やっぱり、君、速いだけじゃん」
「私」はいともたやすく、テールイの攻撃を受け止める。
「同じ手は食わない!」
が、テールイとて、それは読めていた。ご自慢の速度で繰り出される蹴り。容赦なく、「私」の顔面を蹴り上げ、「私」が反撃に出ようとした瞬間、
「インフィニティメモリー、召喚、勝利の剣」
私は、「私」を真っ二つに切り裂いた。
要するに、テールイの攻撃速度は「私」の意識をそれのみに固定するくらいには速かったのだ。だから、「私」は私の攻撃に対応できなかった。
が、それも、一時の安らぎ。
目の前に「私」が血みどろの真っ二つの死体になって倒れている。こんな光景、そう見たいものじゃないが、どうもありがたいことに、なくなってくれるようだ。
もう一度繋がることによって。
「よくもまあ、やってくれるね。私のくせに」
「まあね。で、欲望を解放しろだっけ」
「そうだよ。私とつながる気になった?」
「なんでさ」
「私とあなたの思考が完全に一致すれば、私とあなたは一つになれるから」
「は?」
最初からそれが狙いだったのか。
私と、こいつが一致するってのはつまり、世界の滅亡が再開されるということ。
それだけは絶対に避けなくちゃいけないし、
「それなら、お前が、私と同じ思考になればいい」
私は未だ、倒れている「私」に覆いかぶさり、その顔を持ち上げる。
「憎しみに支配された力、それが闇覚醒なんでしょ。そんなの、寂しい。こっちに来れば、そんなことない。私の欲望はたった一つ。この世界が平和になること。誰も苦しまなくてよくなること。誰かを苦しめて、自分だけが快楽を貪って、それで何が楽しいっていうの」
私は世界のために力を行使する。それが、強者の役目。
「私」はこの言葉を聞いて、少し、俯いて、それから、もう一度、私の顔を見た――いや、睨みつけた。
「きれいごとか! もっと正直になれ。シュワイヒナを抱きたいんだろ! 金が欲しいだろ! 何もかもぶっ壊してしまいたいだろ! それがお前の欲望だよ、それが、私の欲望だよ! 何もせずにただただ快楽ばかり貪るには、それだけ他人を犠牲にしなくちゃならない。けれど、私はそれができる。なぜか! わかるだろ。強者だからだ! 私は強い。圧倒的に強い。この全知全能の固有スキルがあれば、世界中を支配できる。誰も、お前に、私に、逆らえないんだよ!」
私は叫ぶ。逆に、私の顔を掴み、私の顔を睨みつけた。
顔の皮膚をぐいぐい引っ張られてるみたいで、すごく痛かった。
そして、心も痛かった。
「お前は、自分に嘘をついているだけ。私は、そんなにできた人間じゃない」
吐き捨てるように。
けれど、私は。
「ごめんね」
私は私を抱きしめた。
「ごめん」
「……なんで」
そういうことだったのか。
私と向き合え。私が今まで犠牲にしてきた私に向き合え。
「大丈夫だよ、大丈夫」
「……なんで」
「もう、私は無茶しないから。もう、命を捨てようだなんてしないから。もう、一人にはならないから」
ぐちゃぐちゃにされた私の心。それを無視して、突き進んできたその歪みが、この世界に形となって顕現したもの。
それが、「私」。
「もう、大丈夫だから」
普通の女子高生になるはずだった。どこかで、道を踏み外した。――いいや、私は人間ですらないただの人工知能。
それでも、幸せをつかむために、最後に笑っていられるように。
私は一人じゃないから。
涙を流した「私」は、私だったのか。
「そんなに泣きはらして――、もう」
私は私を忘れない。
そうやって、私はここに私を確立する。
私のアイデンティティが確立される。
「大好きだよ、私」
私は私に口づけをした。
 




