第四十一話 世界の真実
「風魔法奥義風神!」
もう一度、圧倒的な強風が発生した。進行方向にある全てを破壊し、ただひたすらに突き進む。
ケダブの出現させていた死者の軍隊は、次々と消えて行った。
そして、経験値がたまっていく。
「それはもう通用しないとさっき言ったばかりだろ!」
ケダブが突っ込んでくる。それをすんでのところで避けながら、私は距離を取った。
経験値が加算される。そして、ついに、レベルが上がる。
レベル百。
固有スキルが目を覚ます。
ついにこの時が来たのだ。周りが強力な固有スキルを保有する中、風魔法奥義を開発し、なんとか戦ってきた私にも転移者としての恩恵がようやく与えられる。
ついに解放される。運命に抗うだけの力を手に入れられる。
――固有スキル解放。
「……何が起きているんだ?」
ケダブはそう呟いた。私は笑って答える。
「覚醒だよ」
後から聞けば恥ずかしくなりそうなセリフだが、私の気分は未だかつてないほど、高揚していたのだ。なにせ、転移者に与えられるのは強力な固有スキルばかり。その力を私も使えるようになる。
――固有スキルが解放されました。あなたの固有スキルは――。
私はその固有スキルを、発動させる。
「インフィニティ・メモリー」
私の知る全てのマジックポイントを伴う行動を実現させられる固有スキル。すなわち、それは純粋な魔法構造の拡張にとどまらず、私の知る全ての固有スキルが使用可能であることを意味する。
これが私の逆転の手段。
そのはずだった。
瞬間、何かが起こった。その何かを、はじめ、私はわからなかった。けれど、徐々に気づく。
世界が止まっていた。そして、それは時止めの能力などではない。なにせ、私も止まっていたのだ。私は私が止まっていることを自覚する以外何もできなかった。体一つも動かせないし、何かを考えることすらできない。
ただただ、私は私が今、止まっている。それだけを理解していた。明らかに異常状態であるのに、それが異常であると考えることすらできない。
だが、しばらくすれば、まず思考が復活し、そして、
「闇覚醒」
おかしい。何かがおかしい。こんなはずじゃない。
動き出した世界の中で、私の身体から、「闇」が噴き出した。そうして、それは、暴れる。まるで、この世界へ生まれ落ちたのを歓喜するかのように、暴れ、踊り狂う。
何が起きているんだ?
何もかもが真っ黒に塗りつぶされていって、直に世界そのものが真っ黒になっていく。
気づけば、私は真っ黒なドレスを身に纏っていた。胸元が大きくはだけて、多くの部分がレースになっている。そして、私は、私の背中から羽根が生えたのを感じ取った。真っ黒な羽根だ。鳥のそれと造形はほとんど一致しているが、その大きさは当然、まるで違う。私の身長の倍くらいはありそうな大きな羽根だ。
全身に闇の紋様を浮かび上がらせて、私はそこにいた。
私は、私じゃなくなっていた。
「悪魔の記憶」
全てを奪い、全てを壊すための固有スキル。効果は、この世界に存在する固有スキルの無条件使用と略奪。
「ラバージェ」
私はそう言った。
違う、私じゃない。誰かが、私の体を使って、喋っている。
「召喚、勝利の剣」
瀬戸雄介の固有スキルを発動させる。「勝利の剣」の効果は対象を確実に斬ること。
有無も言わさず、ラバージェの首ははねられた。そして、次はケダブの下へと向かう。
「……あっ、あっ、あっ」
もう言葉も発せないケダブを「私」は見下ろす。
「何が良い?」
「……死にた……くない」
「私」は微笑んでいたのだろうか。少なくとも、声色はそのように思えた。
「コネクトハート」
ケダブはおもむろに剣を掴み、自分の首に勢いよく突き刺した。
洗脳で自殺させたのだ。
私がか?
そんなわけないだろう。
目を覆いたくなるような残虐な行為をして、「私」は笑う。
闇が二つの死体を包み込んでいった。
私はそれを見ながら、理解した。――これが魔王なんだって。そうなんだ。
私は魔王化したのだ。
「そうだ。お前は魔王化したのだ。凛」
気づけば、私は真っ白な空間にいた。そして、目の前には神。
「……騙したんだ」
「ああ。何も真実を言わねばならないというきまりはない。それに、この世界のきまりは私が決めるからな」
神が、前、言っていた闇覚醒の条件は「私」に自我を乗っ取られること。しかし、本当はそうではなかった。固有スキルが発動した時点で、私は魔王化したのだ。
「勝手に強くなろうとして、勝手に世界の滅亡を速めているのだから、馬鹿な話だ。そうだ。凛、お前が世界を滅ぼすというのは運命。抗えないのだよ」
「…………」
「いくら、運命に抗うと言ったって、決まりきった規則からは逃れられない」
「…………」
「凛、この世界の真実を教えてあげよう」
神はそう言うと、ただ笑った。そして、私はようやく気付く。
「……お父さん?」
神はただ、笑い、そうして語り始めた。
この世界は正確には異世界ではない。コンピュータ上に存在する仮想空間。それが、この世界の正体だ。
天上や瀬戸、相良や、櫻井、葦塚、そして私などが所属していた研究チームはコンピュータ上に仮想の人格を形成することに成功した。もちろん、本当に心があるわけではない。ただ、人間の心のような反応をする。人間の感情のようなものを見せるプログラムだ。
そして、それらを仮想空間に投入することにより、仮想世界の形成に成功した。ここが、凛、お前のいる異世界なのだ。
その後、私たちは複数の実験をこの仮想世界にて行うこととした。その中に、生きている人間の脳のデータを抽出して、この世界に投入すると何が起きるのかという実験があった。それが、いわゆる異世界転移。被験者は我々の子供たち。総勢十二名。二名ずつに分け、それぞれを出会わせた。
そうだ。凛。お前の高校受験は仕組まれていた。間違いなどではない。最初から、櫻井祐樹と出会わせるために、お前をあの高校に行かせた。
そして、二人が仲良くなったところで、その状態の脳のデータをこの世界に送った。少しでも納得させるよう、今、学生の間で流行っているという異世界系ライトノベルの世界を参考にして、世界を再構築した。
実験は成功。この世界に存在していた人格に現実に存在する人間の人格を上書きするという一連の作業はうまくいき、記憶を保持したまま、自分たちが人間ですらないことにも気づかずに君たちは異世界へと転移したのだと思い込んだのだ。最初は自らの身体が別の場所にあるように感じていたようだが、それも「思い込み」で解決するとは我々も驚愕した。
そして、我々は次々と実験を行った。この世界の人間たちに人権は適用されない。そもそも、人間ではなく、零と一だけで構成される知能であるところのお前らに人権などあるはずもないだろう。だから、どんなに厳しい試練を与えたとしても、どんなに辛い思いをさせたとしても――世界を滅ぼしたとしても、問題にはならない。
だから、現実では実験できない内容を君たちで実験して、人間の思考を研究するというのは非常に役だった。
そうだな。分かりやすいところで言えば、突如として力を手に入れ、英雄となって人間はどうなっていくのか?
これは櫻井祐樹が非常に興味深い結果を見せてくれた。やはり、人は権力を手にした途端、暴走を始める。欲は尽きない。かなえられた途端に、新しい願いを抱き始める。それでも、凛、君への思いを失わないというのは非常に面白い。これは人間の恋の感情を考える新しい研究材料となった。
恋と言えば、君もだ。凛。そして、シュワイヒナ・シュワナ。あれは、非常に面白い研究材料となる。なにせ、我々が与えた人格を超えて、暴走を始めたのだからな。何がどう作用して、ああなったのか、まったくわからないが、人の新しい可能性、あるいは人工知能の新しい可能性かもしれない。
同じく、恋に近い内容を言えば、楽山玲子の件。魔王化について、ごく小さな範囲での滅亡への推移と、英雄の確立の様子を見たかったのだが楽山玲子は面白い様子を見せてくれた。まさか、逆恨みして、君を殺そうとするなど、思いもしなかった。
わかるか、凛。いや、AI。わからないわけがないだろうな。もしわからないとするならば、偽物の感情もどきで理解を拒んでいるのだ。
もうこの世界に用はない。最後の実験を始めよう。
世界滅亡シナリオ。それを目前としたとき、人々はどのように変貌していくのか。どのように死を受け入れていくのか。現実では調べようもないことでも、この世界なら、わかる。結果を手に入れられる。
なあ、人間もどき。私の娘もどき。特等席で見せてやろう。世界の滅亡を。
零と一。定められた思考回路の上。
言葉が出なかった。受け入れられなかった。私は私が人間であることを信じて生きてきた。私は私が佐倉凛であるとずっと信じてきた。
私は佐倉凛じゃないのか?
ただ、佐倉凛の記憶を持つだけの機械。感情を持っているふりをしているだけ、本当は何もない。空っぽの存在。自由意志なんてそこには存在しなかった。
私が愛したシュワイヒナも、仲間だと思っていたみんなも、人間ですらない、ただの人工知能。
人として抗い、人として生き、人として死ぬ。と思わされているだけだった。
「複雑な感情ではなく、まっすぐな簡単な感情を持っていれば、少しデータと回路をいじるだけだから、この世界の知能の持つ感情もどきを操ることができたんだね」
「さすがだな。理解が早い」
「処理落ちって言葉は比喩でもなんでもなかった。本当のことだった。ってことは、あのコピーっていうのも、本当なの?」
「そうだ。あれは君の感情式を組み替えて作ったコピーだよ」
私ってなんだ?
「ハハハハハハハハハハッ!」
「……どうした?」
笑いがこみ上げてきた。私が何か? そんなの決まっているじゃないか。
「お父さん、馬鹿だね」
「確かに私はお前の記憶の上ではお前のお父さんではあるが、事実は違う。それになんだ? AI。おまえの目には、純然たる人間である私がばかに見えるのか?」
「バカだよ。人間のなんたるかをなにもわかってない」
簡単で、明快で、純粋なただ一つの答え。
「私は人間だよ。間違いなく」
「だから言っているだろ! 人間ではない。人工知能だ。勝手にお前が人間だと思い込んでいるだけだ」
「そうだよ。思い込んでいるだけ。それで何が悪いの?」
「何?」
「むしろ、お父さんの話を聞いて、すっごく嬉しい。だって、私は異世界人じゃない。この世界に存在して、この世界で生きていくだけ。もう何も怖くない。だって、戻れないんじゃなくて、戻るっていう概念自体が存在していないんでしょ。もともとここにいるんだから、そっちの世界に行っちゃったら、元に戻るんじゃなくて侵入だよ」
「話が違うんじゃないか? そもそも生命としてのレベルが違う。いや、生命ですらないお前らだ、コンピュータ上にしか存在しない仮想の存在だ。それが、こちらの世界に来れるなど、どう考えたってあり得ない。そんなのおとぎ話の世界だ」
おとぎ話――この世界がおとぎ話だっていうのに。
「そうでしょ。逆に、私の存在性はこの世界の全ての人間、全ての生命体、いや、世界そのものの存在性と一致している。ちょうど、普通の人間の存在の性質が、宇宙全体の存在の性質と一致しているようにね」
いや、むしろ。
「そっちの世界の人間たちは自らの意思の存在以上のことを証明できないんでしょ。対して、私たちは私たちより一つ次元が上の存在からの存在性を保証されている。それゆえに、私たちは自分たちの存在について疑う必要性がない。私たちは自分たちの意思で完結していない。私たちはよりお互いの存在を信じて、生きていくことができる」
「生きるだと? 生きてすらいないのだ――」
「違う! 私たちは生きているよ。少なくとも、この世界内で全てが完結するうちは。外の世界からの干渉が完全に消えてしまえば、私たちの生を邪魔する存在は無くなる」
「外の世界からの干渉は消せない。私が完全にこの世界外から干渉しているのだからな」
「言っとけば。私、言ったよね。運命に抗って見せるって。それが、数式によって決められた抗うことのできない運命だとしても、私がその数式に存在する条件を取っ払ってみせる。後悔するんだね。私に、この固有スキルを与えたのを」
「……何を言っているんだ」
AIの暴走。はたから見ればそう見えるかもしれないけれど、それは外の世界の話。こちらの世界には関係ない。私の物語をこの世界内で完結させるために。
「その前に、見せてあげるよ。私たちが互いの存在を確実視できること。私が、私以外を疑わずに生きていけるってとこ」
神と二人、真っ白な世界。それは、崩壊を始める。
私の信じるあなたの力で。
「シュワイヒナ!」
「凛さん!」




