第四十話 リンバルト騒乱
メイたちと別れて、一年以上が経過していた。ドラゴン山脈を超え、私はひたすら東に向かっていて、ついにリンバルト王国へと入った。
この一年でもいろいろな戦いを経験した。対魔獣はもちろん、対人間もそこそこあった。私の戦闘技術も、そして、レベルもかなり上がってきて、もう少しで、レベル百。固有スキルの解放である。神は固有スキルを解放したくらいじゃ、祐樹には対抗できないと言ったけれど、私は必ずしもそうではないと思う。すべては、固有スキルがなんなのかわかってからだ。
この地域は特に「サクラ・リン」が世界を滅ぼすという神話が根付いている。だからと言ってもなんだけど、リクという偽名にはお世話になりっぱなしだ。自分の名前を明かすのはリスクが高すぎる。
もうすぐ私も十九歳。元の世界にいれば大学生だ。私は多分、性格的に受験勉強はかなり頑張っただろうと思うので、実際、いい大学には行けていたのだろうが、それも今となっては考えるだけ無駄。もう、この年齢で元の世界に戻ったら、かなり困るだろう。
それだけ、この世界での暮らしに慣れすぎた。大陸にやってきて、二年。いろいろ経験したし、何度も何度も苦しんだけれど、最近は私もかなり強くなってきたからか、苦戦することもなくなっていた。対魔獣もさして苦しまないし、風魔法奥義風神もかなりの練度を保てている。もちろん、依然、マジックポイント消費量が大きすぎるし、威力も過剰で、街での戦闘とかでは不向きだけれども。それに、環境破壊が過ぎる。
話を戻そう。
リンバルト王国首都は、なんだか雰囲気が重苦しく感じた。何か、不吉なことが起きるような、そんな予感がしてたまらない。連れのオオカミに尋ねてみれば、
「まあいろいろあるのだよ」
と適当に誤魔化された。何かを知っているのだろうか。あんまり派手に活動してしまうと、正体がばれてしまう危険性があるので、行動はできないが、多くの人が苦しむような結果が待ち受けているのならば、動かねばならない。
そう思っていたが、よくよく考えたら、この国の王は転移者。名を佐藤昭と言うらしい。そして、その妻が佐藤麗奈。両方、良い政治をして、国民からの評判は良かった。ただ祐樹が現在統治しているシュワナ王国との国交が始まって以降、副将軍のラバージェなる人物が向こうに行って、少し状況が悪くなっているらしい。それも、大きな問題が起こっているというわけではないので、別に国民も気にしていないという風だった。
そして、七月二日。私の誕生日、事件は起きた。
出発予定日。今日から、港町へと向かい、シュワナ王国へと向かおうと思っていた矢先、早朝、クーデターが起こった。
朝起きれば、外がひどく騒がしかったので、外に出てみれば、王宮の方で火の手が上がっていた。即座に何か大変なことが起きているんじゃないかと思った。そうともなると、いてもたってもいられず、私は王宮へと向かった。
王宮に近づいてみれば、そこには人の気配がなかった。王宮を守っているはずの傭兵すらいない。異常事態が起こっているのは間違いなく、私は無断でずかずかと中に入っていった。
あちらこちらで火の手が上がっていて、それは明らかに人為的なものだった。だから、どこかに人はいるはず。その人と、王たちはどこにいるのか、それを突き止めねばなるまい。そう思いながら、王宮の中を探索していると、
「あら。久しぶりね」
そう声をかけられ、振り向くと――
「――ッ!」
向けられた剣先を咄嗟によけ、私は大きく後ろに引く。
「こんなところで、ね、シトリア」
固有スキル「コネクトハート」は相手の五感を支配する。
「で、佐倉凛。なんで、あなたがここにいるのかしら?」
「それは私の質問」
「別に、ただの慈善活動よ」
「嘘」
「嘘じゃないわ」
そう言ってシトリアは
「まあ、いいわ。目的達成。あなたにはとっておきを当ててあげる。じゃあね」
そそくさとその場を後にしようとする。
「待て!」
そう叫ぶが、
「お前の相手はこの僕だ」
私の目の前に、男が現れ、行く手を遮った。
見た目は、まだまだ少年と言った感じだ。そんな少年が鋭い剣を握って、こうして私の前に立つ。その違和感。
「コネクトハートか……」
シトリアの固有スキルは洗脳もできる。それを実行したのだ。こんな少年に……。
「違うよ。僕はシトリアに洗脳されたんじゃない」
だが、私のつぶやきを拾って、少年はそう返す。
「ただ、この国を乗っ取ってやろう、そう思っただけさ」
「君みたいな少年が、ね」
「僕はこう見えて三十を超えている」
「は?」
こんな三十代いるわけないだろ。中学生って言われても、納得するぞ。
「とりあえず、邪魔をするつもりなら、死んでもらおうか」
「死ぬ気はないね」
斬りかかった男の攻撃を軽くいなし、剣のグリップで腹を殴る。
明らかに私のほうが一枚上手。この戦闘も苦戦はしない。
「ちっ……やるじゃん。じゃあさ、こんなのはどう?」
私の追撃に特に反応することもなく、そう私を見つめながら、言った男は言葉を続ける。
「ミリタリーオブデッド」
瞬間、目の前に文字通り軍隊が出現した。王宮の廊下に所狭しと現れた軍隊は私をその体で、止めようとしてくる。しかも、それらは
「……死体?」
明らかに生きていない。ゾンビかあるいはロボットか。だが、そうは思っても見た目は人間。攻撃ができない。
私は一旦、後ろに下がり、状況を整理する。
この能力、聞き覚えがある。いつの日か、アンさんが私たちに語ってくれた過去。その中で、登場したリンバルト王国の強力な固有スキル使い。その強力さを自負し、名乗らなかったというから、名までは知らない。
情報は十分。あとは、自分を鼓舞するだけだ。
敵は人間じゃない。殺せ。殺せる。私なら。
「どうだい、僕の軍隊は。美しいだろう。最高効率で動く最高の集団さ! さあ、どうする。君は圧倒的数の有利をどう覆す?」
「数の有利を消して、覆す」
一気にぶっ飛ばせ。私にはこれがあるのだ。
「風魔法奥義風神!」
突き出した私の右手から放出された風の奔流はその行く手に阻まる全ての物を次々となぎ倒していく。圧倒的数の集団など、全てを吹き飛ばす風神の前には無力。しかも、それらの数の有利をイーブンにしてしまうだけではない。これは、向こうに構えた固有スキル使いすらも吹き飛ばす。
風は王宮の壁を突き破り、大きな穴をあけた。瞬間、風が一気に吹き込んできて、目の前がさっぱりきれいになっていたので、私も少し清々しい気分だ。
少々、やりすぎかもしれないが、あの攻撃じゃ、あれほどの固有スキル使いは死なない。だが、しばらくは動けないだろう。
そう思いながら、先に進もうとしたその時、
「えっ?」
「眠れ」
目の前にはさっきとは違う男がいて、私にそう囁いた。瞬間、激しい眠気が襲い掛かり、私の意識は遥か虚空へと飛んで行ってしまいそうになる。
「起きろ!」
と、私の背中を強く誰かに蹴られた。
オオカミだ。
「時が迫っている。早く、ここを切り抜けねばなるまい」
「……なぜ、眠らない」
オオカミとほとんど同時に、男がそう驚きを口にする。
「さあ?」
「貴様、レベルいくつだ?」
「九十九……」
「なっ……くそっ!」
男はそう言いながら、斬りかかってくる。当然、受け、押し返した。その一撃で、相手はよろけ、倒れる。倒れた男に剣先を向けながら、私は尋ねた。
「で、あなたは誰?」
「……リンバルト王国副将軍ラバージェだ」
「ってことはさっきのやつが、将軍ケダブ?」
「……ああ、そうだ」
「あなたたちが王宮をこんなにしたの?」
「……ああ」
「この国の王はどこ?」
「今は眠らせている」
ってことは無事なんだ。良かった。
「くくく、今に見てろ。この国はもう我々が乗っ取った。軍事政権がこの国を牛耳るのだよ」
「この状況でそんなことよく言えるね」
と外を見ると――
「…………」
目下に広がる、昨日まではあんなに栄えていた街で暴動が起こっていた。
「この国の中心であり、絶対的な象徴がこうして燃やされているのだ! こうなるのも至極当然のことだろう?」
「…………」
剣先を突き付けられているにも関わらず、満足そうな笑みを浮かべる男、ラバージェに対していら立ちが募ってきた。
「てめえ、いい加減にしろ――」
その時だった。
「がっ――!」
背中に激痛が走り、悶える。そして、後ろを振り返ると、
「まず、一匹」
一瞬、すべてが止まって見えた。私の脳がその状態に対して処理が追い付いていなかったのだ。
そこにはさっき吹き飛ばしたはずのケダブがいた。そして、そのケダブが握る剣先にはオオカミの死体が刺さっていた。
「仲間か? 獣を飼っているなんてな」
いともたやすく、あのオオカミが殺されるなんて予想外すぎるし、ケダブが戻ってきているのも予想外。
「ね――」
「うるさい!」
私は後ろにいるラバージェを蹴飛ばし、ケダブのほうへ向かう。
ラバージェの固有スキルはおそらく、「眠れ」という言葉とともに相手を眠らせるというものだ。相手のレベルが高ければ高いほど効果が薄くなるのだろう。だから、私には効果が薄かった。
だが、十分脅威。実際、私は意識を持ってかれかけたのだ。
一つ救いがあるとするならば、ラバージェの戦闘能力が著しく低いことだ。彼は後回しでもいい。今は、なぜか戻ってきたケダブなる男をどうにかしなければならない。
「ミリタリーオブデッド」
「風魔法奥義風神!」
即座に魔法を発動させ、もう一度、超高火力魔法を放つ。が、
「はっはっはっは! なめるなよ! 二度同じ手は食わんぞ!」
避けられた。近くで見れば、ケダブの体はぼろぼろだった。
そして、気づく。
なんの手品もない。ただただ、ケダブは私に吹き飛ばされたあと、自力で戻ってきただけなのだ。ラバージェがぺちゃくちゃ喋ったのは、それまでの時間稼ぎのため。
私の手札を見た後なら、私には負けないと思ったのだろうか。
「ハッ!」
「――ッ!」
悔しいことにその考えは正しい。もう、風神は残り一発しか打てない。そして、風神なしではケダブの能力ミリタリーオブデッドには抗えない。圧倒的数の暴力でやられてしまう。
「その前に、なんとか」
今は接近戦。ケダブの軍隊はケダブ自身を攻撃しないように作られているのか、私が彼に肉薄している間は、攻撃してこない。だが、それは逆に彼の下から離れた途端に、攻撃されるというのを意味している。つまり、私は彼との近接戦闘において絶対に勝利を収めなければならないのだ。
が、
「ねむ――」
「うるさいって!」
「よそ見している暇などない!」
ラバージェのせいで、まともに集中できない。大体二人とも、もうぼろぼろだっていうのに、タフすぎる。ケダブなんか、どうしてこんな風に激しく立ち回れるんだ。
剣が激しくぶつかり、弾ける。
押し負けた。
私の剣は宙を舞い、私の身体への攻撃を防ぐものはなくなってしまう。
――まずい!
「死ね!」
ケダブの剣が私の腹を切り裂いた。
そのまま私の体は衝撃で吹き飛ばされ、後ろの壁にぶつかる。
「チッ……」
血があふれ出る腹を抑えながら回復を待つ。
「……君、さては佐倉凛か」
「…………」
「新しい国へのアピールにぴったりだな。世界を滅ぼす悪魔たる佐倉凛を殺せた」
「……私はまだ死んでない」
「もうじき死ぬさ」
「死なないって言ってるだろ!」
私は立ちあがる。こちらは素手。相手は二人の固有スキル使い。
だが、こちらには死なない体というアドバンテージがある。
「知ってるさ。回復するんだろ。だが、君は僕たちに勝てない」
大量の軍隊が私に向かって、行進を始める。まるで、私を死へといざなうための行進だ。
どうする。こちらの魔法ぶっぱという手はもう見切られているし、近接戦闘では剣を吹き飛ばされた私じゃ勝ち目はない。
詰んでる。
あの二人なら、私をいわゆる「処理落ち」の状態にしてしまえば、殺しきれるということもすぐにわかるだろう。そうなれば、いよいよ、私は死んでしまう。
今日、私、誕生日なのに。
こんな誕生日は――
「あれ?」
ふと気づく。そして、私が勝つための方法が見える。
行ける。
この軍隊、倒せば倒すほど経験値を獲得できる。そして、私がレベルを上げるのに必要な残り経験値は、この目の前にいる軍隊全てを倒せば手に入る。
ならば、やるしかない。ここまできて、正体の分からない私の固有スキル頼りかよって感じだが、藁をもつかみたい今のこの状況、もうこの一手しかない。
「どうした? 何とかする方法でも思いついたのか?」
「思いついた」
そう私は宣言し、手を前に突き出した。
「風魔法奥義風神!」
 




