第十三話 ペイン
その言葉に桜さんとランリスは同時に反応した。先ほどの攻撃を見る限り、手から放出される光線が固有スキルの正体であると考えたからであろう。手を掴んで、体をひねった。そのまま手を引っ張って、地面に倒そうとする。だが、
「「バーカ」」
少女たちはにやりと笑った。
ランとルンは引っ張られた手を軸にして、下半身を前に動かして、足を振り上げた。その足の向く先には、それぞれ桜さんとランリスがいた。だが、さすがの二人だった。その行動にもすぐに反応して、体を少女たちの下側に滑り込ませた。空振りをしてしまった少女の体は力の向く方向に逆らうこともなく地面に着地しようとした。しかし、桜さん、ランリスにそれぞれ腕を引っ張られ、態勢を崩し、地面にうつぶせに倒れた。
惚れ惚れするくらい完璧な行動だった。だが、安心は出来なかった。
「だからさあ」「バーカって言ったの分からない?」
二人の少女は顔を上げて言った。
「手を離して!」
嫌な予感がして、私は叫んだ。だが、それは悪手だった。
桜さんとランリスがこちらを振り向くのと同時にランとルンはそれぞれ自分の腕をつかんでいる腕をつかんだ。そして、腕を引っ張って、もう片方の腕を桜さんと、ランリスのそれぞれに向ける。
桜さんとランリスは腕を離そうとしたが、ランとルンが見た目によらず、常人離れした握力を持っているのか、離れない。
「ザ・ストライク!」
諦めて体を傾けた桜さんには腹に、腕を蹴ったランリスには腕にそれぞれ光線が直撃した。
「あ……」
声を上げる隙もなく、桜さんは腕を離され、その場に倒れた。また、ランリスは倒れてはいないものの腕を押さえて、呻いている。
「君たちの能力は――」
「はい、余計なこと言わなーい」
ランとルンのうち片方が先ほどの光線を受けた腕を蹴った。
「ああああああああああああああああ!」
そんな叫び声を上げ、ランリスはその場に蹲った。
「へえ、まだ気を失わないんだ」「まあまあ、心強いんだね」
ランリスは二人の少女を睨み付けた。
「まあ、せっかくの可愛い顔がそんなふうにゆがんじゃって」「かわいそうに……」
二人の少女はひひひひひひ、ははははははと笑った。
「な……め……てんじゃ……ねえ……ぞ」
ランリスは少しずつ、立ち上がっていく。
「「何やってんの?」」
ランとルンは顔を蹴った。ランリスは後ろに倒れた。
「やめろおおおおおおお!」
もう、我慢ならなかった。仲間があんなふうに痛めつけられているのを見て、じっとしていられるわけがなかった。
「凛さあん、そんなふうに怒っちゃって、どうしたんですかあ?」
「どうしたもこうもないでしょうが!」
私は走り出した。怒りに身を任せて走り出した。
「凛さん! やめてください!」
シュワイヒナが私の腕を引っ張って、その場にとどめようとした。
「シュワイヒナ! あなたはいいの!? ランリスさんがあんな風に痛めつけられて!」
「それは……」
その様子を見たランとルンは満足そうな笑みを浮かべた。
「シュワイヒナにしては良い判断じゃん」「そうだよお。凛さんを傷つけたくはないもの」
ランとルンは少しずつ近づいてくる。
「ええ、いい判断かもしれないわね。でも、それは私にとってよ。あなたたちにとってじゃない。凛さん、私に任せてください」
シュワイヒナは私を抑えつけて、前に進み始める。
「いや、小娘。お前らが行く必要は……いや、行く必要はあるかもしれんが……お前らが戦う必要はない」
私の横を男が通っていた。その男はシュワイヒナの肩を掴んで、後ろに引きずり戻す。
「ちょ……なに……!」
「この俺、ファイルス・リスタに任せておけ」
ファイルスさんは指を鳴らして、構えた。
「湊に行けって言われてな。まあ借りはいつか返せよ」
私たちの方を見て、そう言った。
「ええ、あなたがファイルスさんですかあ」「五番隊隊長だっけ……」
「ん? なんでそれを知ってる?」
「質問に私たちが答える必要ありますかねえ」「ないですよねえ」
あくまで答える気がなさそうだ。ただ、確かになぜ知っているのか不思議ではある。シュワナでも名が知れてるほど、いつの間にか有名になっていたのか?
「まあいい」
そう言って、ファイルスさんは走り出した。
「どうします? お姉さま」「そうね、とりあえず、倒しますか。ラン」
どうやら姉の方がルンで、ランが妹の方のようだ。そして、右側にいるのがランで左側にいるのがルンなのだろう。
ファイルスさんが拳を握って、殴りかかる。
「「バーカ」」
おそらくランとルンからしたら格好の標的だったのだろう。それを言おうとしたのだが、遅かった。それにファイルスさんなら聞く耳を持たなかっただろう。
「「ザ・ストライク」」
ファイルスさんはそれを腹に直に受けた。そして、その場に突っ伏した。そのまま、起き上がらなかった。
「ええー。骨なさすぎでしょ」「だっさいわあ」
ランとルンは少しだけ笑った。
だが、ランリスはその様子を見て、別に心配そうではなかった。ファイルスさんはランリスにも恨みを買っていたのだろうか。それとも――
ファイルスさんの体に外傷はなかった。今思えば、桜さんにも、ランリスにも外傷はなかった。しかし、桜さんは食らった瞬間に気絶し、ファイルスさんは生死すら不明の状況だ。ランリスもかなりの痛みを味わったのだろう。
考えられる固有スキルの特殊効果は二つ。一つは相手に痛みを与える能力だということ。もう一つは相手の内部を破壊する能力だということ。残念ながら、私にはこれ以外に思いつかなかった。
ランリスの腕をよく見ると、ランリスは腕を動かせていない。それにランリスの腕は青くなっている。ただ、痛みを与えるだけの能力なら、単に桜さんの方が痛みに対する態勢が少なかっただけかもしれないが、あれだけの差が出るだろうか。桜さんやファイルスさんとランリスの違いは腹に受けたか、それか腕に受けたかということ。それを考えた時にランリスの方が受けた範囲が狭い。それにあの青くなっている理由が内出血だと仮定すれば、やはり内部破壊の能力であるという可能性が高いのではないだろうか。
「ラン、ルン。あなたたちの固有スキルの能力は内部破壊?」
そう私は尋ねた。
「「え……」」
明らかに困惑していた。おそらくどう返せばいいのかわかっていないのだろう。
「そ……そんなわけ」「な……い」
無理やり言っているような感じがする。おそらく嘘だ。ということは間違いなく、内部破壊の能力。
ランリスの方を見ると、頷いていた。ランリスは自分が食らったのだから、そうであるともう突き止めていたのだろう。
「凛さん、よく分かりましたね」「自分の記憶から引っ張りだしたんですか?」
……ん? どういうことだ? 自分の記憶から引っ張り出した……?
それを考えた途端、またさっきの強烈な頭痛が私を襲った。
「あ……」
叫びそうだった。だが、それをこらえる。私が動揺してはいけない。
「ラン、ルン」
シュワイヒナの声だった。ひどく冷たかった。仲間である私ですら恐怖を感じてしまうほどに。
「あなたたちは、どれだけ私の凛さんを傷つければ気が済むんですか?」
「私たちだって傷つけたいわけじゃないですよ」「私たちは凛さんを連れて帰りたいんですから」
ひひひひひひ、ははははははと笑った。
「「私たちにとって凛さんは恩人なんですよ」」
それを聞くと、それに反応してか、痛みが強くなっていく。
シュワイヒナが私の方を見た。おそらく察していたようだ。私は知らず知らずの内に頭を手で押さえていたのだから、それを察するのは難しい話ではなかったのだろう。
「凛さん、あなたは何もしなくていいですよ。私が全て終わらせますから」
シュワイヒナは目を瞑った。
「「ええー」」
「敵の前で」「目を瞑るなんて、どれだけ不用心なんですかあ」
また、不気味な笑い声を立てて、二人はちょっとずつ近づいてきた。
「殺されたいってことですかねえ」「さすがに狙い外さないですよお」
そうだ。内部破壊の能力ということは頭や、胸のあたりに食らうとまずい。内臓がぐっちゃぐっちゃになったところで即死するということはこの世界ではなさそうだが、さすがに心臓や、脳みそをつぶされると死んでしまうだろう。
「シュワイヒナ!」
私が呼ぶと、シュワイヒナは目をつぶったまま、
「何も心配しなくていいです」
そう答えた。
「え……でも……」
「いいですから……」
そして、シュワイヒナと双子の少女の間の距離が十メートルを切った時、シュワイヒナは目を開いた。
「肉体強化」
シュワイヒナは短く、そう言った。そして、動き始めた。
「え……なにあれ?」「分からない」
どうやらランとルンは困惑していた。
私も感じていた。シュワイヒナの力が明らかに増大している。
シュワイヒナが消えた。消えたような気がした。だが、実際は信じられないスピードで動いていただけだった。
「「な……」」
反応が出来なかったのだろう。気づけば、ランは吹き飛ばされていた。重力に逆らって、ななめ上へ進んでいく。そして、黒焦げていた原型を留めていない建物に体が突っ込んでいった。その衝撃で建物が崩れ落ちる。
「あ……」
まだ生きてはいるようですぐに立ち上がってこちらに来ようとするが、体はふらふらで足元もおぼつかないようだった。
「よくも、ランを――」
ルンは動き始めたが、その速度はどう考えてもシュワイヒナに追い付いていない。
「ザ・ストライク!」
光線はシュワイヒナに向かって行ったはずなのに、間の距離は一メートルもなかったはずなのに、簡単に避けられていた。
シュワイヒナの拳は既に、ルンの腹の前にあった。
「――!」
おそらく唐突に肉体が強化されたのは体の中に存在しているマジックポイントを肉体の強化に使ったからなのだろうが、一体全体それはどうやったら出来るのか、私には見当もつかない。
兎にも角にもシュワイヒナはルンにとどめを刺そうとしていた。
「はああああああああああ!」
ルンは叫んだ。その瞬間、シュワイヒナの足元に炎が噴き出す。シュワイヒナは炎が噴き出した瞬間に地面を蹴り、私のすぐそばに戻ってきた。
その時、シュワイヒナの体から嫌な音が響いた。具体的には何かがはじけるような音。
「う……」
シュワイヒナは足から崩れ落ちた。足が動かないようだった。
「シュワイヒナ!」
「大丈夫ですから……」
シュワイヒナは立ち上がろうとするが、立ち上がれないようだった。
先ほどの破裂音から察するにアキレス腱が切れたのだろう。無理やり肉体を強化しているのだから、体が限界を迎えたのだ。
「ふう……さすがに私の勝ちね」
ルンがこちらに向けて走り出した。
「マジカルレイン!」
シュワイヒナが叫んだ。光り輝く雨が降り出す。それに触れ、シュワイヒナは自分の足に触れ、回復魔法をかける。そして、もう一度立ち上がる。
「シュワイヒナ! もういいから!」
無理やり肉体を強化すると、体はその重圧に耐えきれないのだろう。だからこそ、これ以上シュワイヒナに無理をさせるわけにはいかなかった。
「私が食い止める」
私は立ち上がって、シュワイヒナの前に立つ。
「ルン! あなたの目的はなんなの!」
「私の目的? この街の破壊よ」
「なら、いい」
この街を破壊する相手は倒さないといけない。
私は風魔法を使い、ルンを浮かそうとする。
「あなたじゃ、無理よ」
ルンは走り出した。それで上向きの風が避けられていく。
「あなたに戦いは無理よ」
「そうでもない」
私はルンの拳を受け止めた。そして、風魔法を私の足元に吹かせて、体を後ろ向きに回転させ、ルンの顎を蹴り上げた。
「う……」
ルンは後退する。その隙をついて、私は上下が逆になっている頭をルンの方に向けて、風魔法を放つ。
ルンはそれを避けながら、ふと右下を見た。そして驚愕の表情を見せる。
私は元の姿勢に戻った。ルンは私とシュワイヒナを見て、ニヤリとした。
「シュワイヒナ、悪手だったわね。ザ・ストライク!」
光線が私たちの方へ向かってくる。間の距離は二メートルほど。避けられない。
その瞬間、私たちの体は誰かに抱きかかえられた。景色が今まで感じたことのない速度で動いた。
「待たせたな」
その声はファイルスさんだった。
「なんで……?」
ルンはまたもや驚愕の表情を浮かべた。
「ふ、これから死にゆく奴に説明するのは悪くないだろうな。俺の固有スキルは『ペイン』 痛みを受けただけ、肉体と自然治癒力が強化される。お前らの固有スキルは随分と強いもんで回復に時間がかかったが、お前じゃ勝てねえよ。さあ、死ね、小娘」
ファイルスさんは私とシュワイヒナを下して、走り出した。そして、ルンの顔を力いっぱいなぐりつけた。
次回は十月二日更新です




