第三十五話 けじめ
吸収対象の意思による選択!
こんなの私対策以外のなにものでもないじゃないか。
相手の攻撃を受ければ敗北必死。されど、躱すのは難しい。いや、難しいっつったって、それしか道がないのだから、是が非でもやるしかない。
「どうした。どうした。そんなに避けて。反撃はしないのか」
「……」
さっきの吸収分がだいぶ聞いている。これじゃあ風魔法奥義風神すら発動できないし、肉体強化に回せる分のマジックポイントもすぐに底をついてしまう。そうなれば、どう足掻いたって、勝てっこない。
負けるか。
それは嫌だ。私のプライドが敗北を許さない。悪魔の力なんて使わずに勝って、私を認めさせる。
目にもとまらぬ速さの斬撃。それをすんでのところで、躱し、逆にできた隙を狙う。
「遅い!」
「……ッ!」
それすら、簡単に受けられ、木刀同士が接触し、自動的に吸収魔法が発動する。攻撃がうまくいかなかったのを見た瞬間、距離を取ったが、その間だけでも、かなりのマジックポイントを吸われた。
無限にあるほうからどれだけの量を吸い取ったというのだ。ドライさんの戦闘能力は明らかにいつもの数倍近く向上している。どう足掻いたって、詰められない「差」がそこにはできてしまっている。
「避けてみろ!」
「いっ……!」
いつかテレビで見たみたいな上半身を後ろに大きく反らした格好をして、首筋を狙ってきた斬撃を避けるが、当然その状態では追撃を免れない。
ならば、こちらが攻撃をして、相殺するしかない。
右足を大きく伸ばして、滑りながら、風魔法を少しだけ発動させて、前進。そのまま、ドライさんの腹部に差し込むように木刀を叩きつけようとした。
が。
いとも簡単に左手で私の手を抑えられ、攻撃は不発に終わった。しかも、掴まれている間も吸収魔法が発動し続ける。
そこで思考を逆手に取る。
ドライさんが吸収対象を選択できるようになったことに私が気づいているということはドライさんもわかっているはずだ。それゆえ、私のとる行動はできるだけ相手との接触を避けながら、隙を作ることだと相手もわかるはずだ。吸収魔法の性質上、時間が経てば経つほど、保有するマジックポイント量は元の量に収束していく。だから、私の有効な手はそう言った行動をとりながら、時間を稼いでいくことだが、そう予想しているはずのドライさんの思考の逆を行く。
今のこの状況、間違いなくドライさんは私の次の行動をこの状態からの脱出だと読むはずだ。ともなれば、
「はっ!」
足払い。相手の足を蹴って、相手の姿勢を崩す。その間もドライさんは私の手を掴んだまま。当然、ドライさんはこの足払いを私の逃げの一手だと読むはず。
だから。
思いっきり地面を蹴り上げた。私の体は浮遊し、支えは唯一ドライさんが掴む私の手だけになる。したがって、私の全体重がドライさんの手にかかるのだ。
それでもなおドライさんは私の目的が逃げにあることを疑わない!
それゆえにドライさんは正しい判断を下せない。勝ちは目前。それゆえに、その先にある敗北の可能性を無視してしまう。
「ふん!」
掴まれた手を逆に握り返し、引っ張る。回転しながら行われるその行動にドライさんの体はただでさえ、足が一本浮いているために、確実に前へと倒れこむ。
これは攻撃の一手。否、決着をつけるための一手。
倒れこんだドライさんの体に私の体が上から覆いかぶさる。それでも、ドライさんは私の手を放さない。だから、追撃を食らう。
無理矢理背中方面に手を引っ張る。かなり不格好だが、警察が犯人を取り押さえる時のような格好だ。だが、思うようにいかない。もう力が入らなくなっている。
右手を放し、左手だけでドライさんの手をつかんだまま、私はドライさんの右手のほうを見た。立ち上がりながら、左手を引っ張りつつ、右手首を踏んで、無理矢理剣を掴む手を放させる。そして、その木刀を掴み、ドライさんの顔のすぐ横に突き立てた。
「これで私の勝ちです」
宣言し、左手を放した。
ドライさんは、仰向けにひっくり返った。草に顔をこすりつけられ、少し緑色のエキスがそこにこびりついている。
「私が手を掴んだままであるという前提のまま、攻撃を進めた。途中で、手を放すのではないかとは思わなかったのか?」
「相手が逃げるとわかっていたら、その手筋を防ぎたくなるのが普通です。もし放されたら、普通に距離を置くことを考えればいいだけですし」
「……確かにそうだな。しかし、随分と無茶をするものだ。あんなアクロバティックな動き思いついてもやろうとはしない」
「まあ、それはそうかもしれませんけど。多少、無茶しなきゃ戦況はひっくり返せないと思ったので」
「ふん。そうか。そうか」
ドライさんはすっと立ち上がると、馬車の方へ歩き始めた。
「佐倉凛。君がそういう人間で本当に良かった」
「……ありがとうございます」
私の方に顔は見せなかったけど、その言葉は素直に嬉しかった。
旅は進んでいく。少しは空気も良くなって、私もドラゴン討伐戦が終われば、ここから離れるんだと思うと、自分で言ったことだが、寂しくなってきた。けれど、しょうがないことだと割り切るほかない。
そして。
「ここが最初の被害地か」
一か月が経過した五月三日。アイタリアに既に入国が完了し、私たちは被害地を訪れていた。思ったより、被害は深刻ではなさそうだ。家が数軒、倒壊しているくらいで死者はゼロ名。どうやら、ドラゴンが飛翔した際の風による被害だったそうだ。
で、なんでそんな場所に私たちが来ているかというと、一つは手がかりを探すため。もう一つは、
「やあ、こんにちは」
「こんにちは」
そこで待っていたのは四人の男女。
「僕の名前は天上翔真。こっちは天上美月」
「俺の名前は瀬戸雄介」
「うちは相良絵里。よろしく」
全員黒い目に黒い髪。転移者だ。天上翔真と美月はクラスのカップルにいそうな感じの見た目。天上翔真の方は所謂爽やかイケメンってやつで、天上美月は所謂清楚系美少女ってやつだ。ただ天上翔真の方はどうも黒いものがありそうに見えるのが、少し嫌な気がする。
瀬戸雄介。多分、運動部だったんだろう。間違いない。すごく良い感じに日焼けしているし、正直な話、天上翔真よりは雰囲気が良い。対して、相良絵里は大人びているが、喋り方のせいで頭の中のイメージはギャルに固定された。別に見た目はそんなんじゃないのに。
「で、君、佐倉凛だろ」
天上翔真は開口一番、私に尋ねてくる。
「はい」
ここは臆せず答えるのが吉と見た私はすぐにそう言った。
「そんなオオカミ連れてるもんなあ」
「……だからなんですか」
やっぱり、天上翔真は気に食わない。こいつとは馬が合わないような気がする。第一に馴れ馴れしい。第二に自分はモテると思い込んでいる。多分、このファンタジー世界に来て「得」をしている側の人間なんだろう。図に乗った祐樹と同じ匂いがする。
「ちょっと、君にとっては嫌な話かもしれないけど、いいかな?」
天上翔真は尋ねてきた。おそらく、こうやって一応は譲歩の姿勢を見せて、自分は優しいのだと演出したいのだろう。張り付けたような笑顔を見せながら言ってくるんだし。
ダメって言ってやろうかと思ったけれど、なんだか大人げない気がしてやめた。
「いいですよ」
「確か、大賢者様は君のために死んだんだろう。それで大賢者様の飼っていたドラゴンが世に解き放たれ、暴虐の限りを尽くしている。これは間接的に君が人々を苦しめていると言ったって、いいんじゃないかな?」
との発言に私が反応するよりも先に、
「おい、天上翔真。やめろよ。佐倉さんだって、そんなの望んでいたわけじゃないだろうし」
「まあ、それはそうかもしれないが」
「わりいな。俺の連れが」
「いえ、良いですよ」
瀬戸雄介が天上翔真をなだめた。それを見た天上美月がなんだか不機嫌そうな顔をしたが、無視しよう。恋は盲目だ。
「それよりもまずは皆さんの固有スキルを教えてください」
そう私が尋ねると、何も遠慮することなく教えてくれたので、その結果を以下に列挙する。
天上翔真。
固有スキル「既に決着はついている」。効果は時間の停止。
シンプルでわかりやすい能力だが、強力すぎると言っても過言ではない。
天上美月。
固有スキル「アブゾーブユー」。効果は吸収。
吸収魔法と違うのは物質を吸収できること。掃除機みたいな感じでぐいぐい吸収して対象にもよるが、存在をこの世から消滅させたりすることさえできるらしい。さらに、相手に触れずして吸収魔法の効果を発揮できるという効果もある。
瀬戸雄介。
固有スキル「召喚」。効果は特殊効果のある武器の召喚。
攻撃を百パーセント無効化できる「絶対不可侵の盾」、相手にぶつかった途端に爆発する「爆ぜる槍」、相手に触れた途端、致死量の電気を流す「即死の矢」、相手を確実に切り裂く「勝利の剣」。
以上の四つの武器を召喚できるらしい。どう考えてもチート能力だ。即死効果のある武器が多すぎる。ただ、それぞれの特殊能力は自分よりもレベルの低い相手にしか発動しないという制限がある。
最後に相原絵里。
固有スキル「エンドレスナイト」。効果は触れている相手の強制停止。
心停止までは至らないものの、行動を無理矢理止めることができる。「相手に触れる」という条件こそついているものの、逆に言えば触れれば勝ち。
やはり、四人とも転移者らしいチート能力を兼ね備えている。葦塚桜さんの「ワープ」、葦塚湊さんの「レベリングコントロール」も大概だったが、それらと比べても遜色ないだろう。
ここで湧いてくるのは当然、この疑問。
「ドラゴンとは会敵したんですか?」
「ああ」
天上美月さん以外の全員が頷いた。ということは、すなわち、これらの能力をもってして、討伐に至らなかったということ。
「俺たちの能力は対ドラゴンには不向きなんだ」
言われてみればそうだ。どれも決定打にはなりえない。
逆に考えれば。
「高火力魔法を有する私たちなら決定打を生み出せる可能性がある」
私の風魔法奥義風神。ファインの炎魔法極み。レインの水魔法極み水龍の咆哮。ファインのは知らないから、何とも言えないけれど、私の力や、それよりもさらに高火力の水龍の咆哮ならば、ドラゴンを倒す一撃を生み出せるかもしれない。
「次、ドラゴンが出没する地域は予測できますか?」
「わかりっこねえだろ。そんなの」
天上翔真が愚痴るように言う。まあ確かにそうだ。予測出来たら苦労はしない。
「とりあえず、この十二人の手札をうまく組み合わせて、作戦を練りましょう」
「ま、そんなもんだろうな」
やっぱり天上翔真さん、鼻につくんだけど、殴っていいかな?
とりあえず、皆でアイタリアの中心都市に向かい、ドラゴンの情報を手分けして仕入れることになった。一日やってみて、わかったことは二つ。
現状、二つの街がドラゴンの襲撃で壊滅。一つは人的被害はあまり出ていないが、もう一つの方、転移者四人がドラゴンと戦闘を起こした時はその街に絶大なる被害が出て、四人は敗走。けれど、向こうもかなり手傷は負ったみたいで、それ以降はあまり見ていないということだった。
大事なのはこの情報を私は四人たちから聞いたのではなく、街の人々から聞いたということだ。彼らだって秘密にしておきたいとは思っていないにしろ、あまり言いたくなかったのだろう。自分たちのせいで大きな被害が出たなど、精神的ダメージが大きい。
それゆえ、アイタリア・テラムスアはレベリアに支援をするよう頼んだのか。
その会敵からもう二か月以上経過している。ドラゴンも体を癒したころだろうか。そもそも、ドラゴンの目的はなんなんだろうか。フレイムの例を見るに、意思はあるように思うが。
さらに一日、一日と経過していき、気づけば八日が経過していた。私がちょうど一人で街を歩いていた最中、私は視線に気づいた。
戦争が終わり、復興へと向かう街中で、行きかう人々の中、止まった黒い服を着て、黒いフードをかぶった男が一人。私の真正面に立って、私を見つめていた。
あまりにも強大なオーラ。それなのに、私以外の全ての人々が彼のことを気にも留めず、歩き続ける。
フレイムと同じ、か。
私は彼に向かって、歩き始めた。同時に、彼も私に向かって歩き始める。ほとんどすれ違いそうな距離になった瞬間、彼は私の肩に手を置いて、言った。
「場所を移そうか」
 




