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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第三章 少女達の英雄譚
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第三十四話 覚悟

 暗いあたりの風景に今の雰囲気は本当にお似合いだ。誰も何も言葉を発さない。沈黙に耐えられない人は寝たふりをしたり、何も見えない馬車の外を眺めたり。

 そんな状態が一週間は続いた。

 やがて、光のない山、モルト山脈を抜け、少しだけ馬車の雰囲気は明るくなった。

「お姉さん、大丈夫?」

「……うん」

 泊まった宿で、メイと二人きりの時、彼女はそう聞いてきた。

「お姉さん、最近やつれてる」

「まあ……そりゃあ少しは、そうかもしれないけど」

 と、扉をたたく音がした。

「はーい」

 返事をして、開ける。

「隊長、夜分遅くにすみません。少し、お話がしたくて」

 レインだった。

「ああ、うん、いいよ。中入って」

 中に招き入れる。女三人。水はいる。

「……もう、隊長が女の子だったなんて驚きましたよ」

「それは……ごめん」

 レインの発言になんともなしに謝る。

「いや、別に謝ってほしいわけじゃないですよ。ただ、確認したいことがあって」

「確認したいこと?」

「はい。闇覚醒です」

 ドキッとした。いきなり急所を刺してくるなんて、少しも遠慮というのが存在しない。

「隊長、闇覚醒、しているんですか?」

「……厳密に言えば、今はしていない」

 正直に答えた。嘘をついたって仕方がない。今の私に必要なのは信頼回復だし。

「どういうことですか?」

「話すと長くなるけど……いいの?」

「はい。教えてください。私は隊長のこと信じたいので」

 そのまなざしは真剣だった。同時に、まるで、私の心のうちまで見透かしているようにも、あなたは逃がさないと言っているようにも見えた。

「わかった」


 私がいずれ世界を滅ぼすかもしれないこと。そして、そんな私を生き残らせるための力が闇覚醒にある無限のマジックポイントを保有する魔法構造の解放だったということ。私の人格をコピーして作られたと言われた別の意識が私の体を乗っ取りきったとき、世界の滅亡が始まること。そして、それを止めるために私の彼女が大賢者様のところに向かったらしいということ。

「えっ、じゃあ、その彼女さんとはずっと離れ離れなんですか!」

「……うん」

「ええ……私、恋したことないんで、言うのも失礼かもしれないんですけど、辛くないんですか?」

「……なにを今更」

「あっ」

「私が元いた、世界の私が住んでいた国は争いなんてほとんどない平和な世界だった。それがこの世界にやってきて、向こうの世界じゃ絶対にありえないような苦しいことばかりやらされて、この世界に来て、唯一良かったと思っているシュワイヒナとの出会いも、彼女との日々も奪われて、辛くないわけない。……けど、辛いなんて言ってられない」

「…………」

「私が世界を滅ぼすなんてそんなのあってはならない。異世界から来た人間が世界を滅ぶすだなんて、そんなことあったら、この世界の人がかわいそうすぎるし、私もそんなことしたくない。だから、今はまだ我慢してなきゃ」

「……異世界、かあ。親とか、どうしたんですか?」

「……親、ねえ」

 最後に会ったのはもういつのことになるだろうか――そう思ったが、言うほどだった。一年と十か月。もうじき、二年になる。行方不明になった娘がこんなところでこんな目にあっているだなんて知ったら、さすがに心配するんだろうな。

 けれど、親にもう一度会いたいとはあまり思わない。実際、もう会えないんだろうけれど。

 少し淡白かもしれないけれど、そんなもんじゃないだろうか。だって、いくら血が繋がっているとはいえ、他人なんだし。

「隊長さん。これだけは聞いてもらってもいいですか」

 レインはかしこまった様子で言う。

「私は、隊長なら大丈夫だと思いますよ。きっとなんとかなりますって」

 そうかもしれないと思わされた。いや、逆だ。きっとなんとかなる。そう思っているから、こうやって行動しているんだ。

 だから、私も覚悟を決めなくてはならない。

「ねえ、レイン、メイ。私、一つ決めたことがあるんだけど、聞いてもらってもいいかな?」

「いいですよ」

「はい」

 すぐに返事が返ってきたのに甘えて私はすぐに話始めた。

「――こうしようと思うんだけど」

 それに、レインさんは

「いいんじゃないんですか。それが隊長の選んだ道なら」

 そう言ってくれた。そして、メイは

「……本当?」

「うん」

「……なんで」

「いずれこの時が来るってわかってたでしょ、メイ」

「……わかってる。わかってるけど……。お姉さん。明日は私が馬、引きますから。その間にその話してくださいね」

 そう言って、メイは部屋を出てった。

 ショックだったのだろう。

 メイはきっと今までずっと寂しかったのだろう。最近になってわかってきた。だから、私に心を開けたのは彼女にとって救いだったんだ。そう思うと、途端に申し訳なくなってきた。

「メイってあんな風に喋れるんですね」

「……まあ」

「隊長のこと、本当に好きなんですね」

「……知ってたの?」

「まあ。メイと隊長さんについては結構、いろいろ噂あったんですよ。隊長がメイに手出してるとか」

「出してないから」

 出されかけたことはあるけど。

「まあ、それはそうと。その話するなら、アドニスがかわいそうですね」

「えっ?」

「今、私が話すのもちょっと申し訳ない気もしますけど。とにかく、話しますね」

「うん」

「アドニス、隊長のこと好きなんですよ」

「……本当に?」

「はい」

 私、もしかしてモテる? 今頃になってモテ期到来か。

「それで、頑張って実を結ぶために、性別偽装しているんですよ」

「うん?」

「だから、アドニスは女じゃありません。男です」

「……本当に?」

 いや、そうは見えない。全く見えない。

 けれど、いろいろ噛み合った。特にアドニスが言っていた恋愛観について。

「そこまでして思いを寄せているのに、隊長が女だと聞いてショックだったでしょうね」

「……そうかもね」

 性別関係あるのか? いや、あるか。私が女しか好きになれないみたいに、アドニスも男しか好きになれないタイプの人かもしれない。そうだとすると、確かにとても申し訳ない気がしてきた。

「アドニスと話をする」

「えっ、いきなり!」

「明日、例の話をする前に言っておいた方がいいんじゃないかな」

「まあ、それはそうかもしれませんけど」

「そうと決まれば」

 私は自分の部屋を出て、アドニスの部屋に向かった。


「アドニス、入るよ」

 カギが開いていたので扉を開けると、アドニスはベッドに突っ伏していた。枕元に顔を埋めて、その枕の様子を見るによほど泣きはらしたのだろう。

「先輩、ひどいですよ」

 本当に女の子みたいな声だ。

「先輩が女だって知ってたら、私は先輩のこと好きになりませんでした。こんな風に泣くことだってなかったんですよ!」

 そう叫んだかと思うと、がばっと起き上がって、私の顔に枕を投げつけた。

 敢えて、私はそれを避けない。

「……わかってますよ。変な話ですよね。あんなに昂っていた思いも、性別が分かった途端に、なくなっちゃうんですから」

「……ごめん」

「別に先輩が謝ることじゃないですよ。私が勝手にそう思っていただけなんですから」

「いいや、アドニス。アドニスは何も悪くない。悪いのは私の方だよ」

「……違います! 悪いのは私の方なんです!」

「いや、私が悪い」

「……なんでですか」

「私が最初から正直に全部話していれば、アドニスが悲しむことなんてなかったからだ」

 私のエゴだった。

 もともと、男の格好をしていたのだって、女だからという理由で舐められるのが怖かったからだ。けれど、今になって思えば、それは自分に向き合っていなかっただけかもしれないだなんて思い始めた。

 それに、私が佐倉凛という名だと明かさなかったのだって、リンバルト王国の神話でサクラ・リンという名が世界を滅ぼすものとして登場するというのを玲子さんから聞いたからだ。私は不用意に名前を話してはいけないとあのとき、一種のトラウマとして植え付けられた。私を圧倒的格上が殺そうとしていたのだ。今でもあの時の思いは忘れられない。

 そういう様々なエゴが、仲間たちを悲しませた。信用を失った。

 その事実をもっと重く受け止めねばならないのかもしれない。

「アドニスが誰のことを好きになろうと、それはアドニス自身の、本当だから。けど、私のは嘘だった。本当じゃなかった。私は私を拒絶されるのが怖かった。それだけだから」

「…………」

 アドニスは何も言えなくなったみたいだ。そして、ぽつりとつぶやいた。

「いつでも人のせいにできたら、苦労しませんよ」

 それは……そうかもしれないなって思った。何も言えなくなった私は黙って部屋を出た。

 不甲斐ない。心の底からそう思った。


「私から皆さんにお話があります。少々お時間を頂きます」

 翌朝、馬車の中で私は手綱を引いているメイを除いた全員にそう言った。

「ドラゴン討伐が終わったら、私はこの隊を離れます」

 少しの沈黙が流れた後に、ドライさんが口を開いた。

「逃げるのか?」

 その言葉はあまり予期していなかった。けれど、すぐに答えを出せる。

「違います。前進です」

 そう言うと、ドライさんはほう、と顎を撫でて、先の話を促した。

「私は東へ向かいます。その中で力を貯えて、リデビュ島へ向かわなければなりません」

 大陸東にあるリンバルト王国。そこはシュワナ王国との国交があるはずだ。そこから出ている船に乗って、リデビュ島、シュワナ王国へと戻ろうと考えている。

「私のわがままを許してください」

 私は頭を下げた。

 馬車のごとごとという音と、時折起こる木々のざわめき、朝を感じる鳥のさえずりがいつもより大きく聞こえた。

 そして、だんだん、それがうるさく感じられ始めたとき、ラングスが口を開いた。

「頭上げろよ、隊長さん」

 ゆっくり頭を上げると、

「いっ……」

 いきなり平手打ちをされた。しかも結構容赦なかった。

「これで俺はスッキリだ。隊長、ドラゴン退治まで一緒に頑張ろうな」

 そう言って、ラングスは手を差し出す。

 いや、勝手に平手打ちして、それで勝手に満足したとか言われたら、私の頭にはクエスチョンマークが多数浮かぶ。

 けど、まあいい。

「ありがとう」

 そう言って、握手を交わした。

 人のこと全然信用していないくせに、こういう時だけ一番に言ってくれる。案外、良い奴なのかもしれない。多少、やり方が強引な気はするが。

「俺は最初から気にしてないっすよ、隊長」

 ファインが元気よく言う。

「俺もっすよ、先輩! だけど……」

 アネモネはそう言った後、アドニスのほうを見た。

「…………」

 アドニスは私の顔をじーっと眺める。それから、言う。

「やっぱり先輩が悪いですよ。全部。だから――」

 少しうつむきがちになってから、言葉を続けた。

「ちゃんとドラゴン退治まできっちり私たちと戦いましょうね」

「ありがとう」

 昨日、あの後、私がいっぱい考えたようにアドニスもいっぱい考えたのだろう。そのうえで、こういう結論を出してくれた。私はそれにしっかりと答えなくてはならない。

「では、ドライさん。どう思いますか」

 最後の一人。

「……メイ。馬車を止めてくれ。佐倉凛。手合わせをしよう」


 いつかみたいに、レインさんが審判を務め、私もドライさんも木刀を握った。他の五人が勝負の行方を見守る。

「木刀だが、命を狙う気で来い。お前の本気を見せてもらおう」

「……わかりました」

 ドライさんが一歩踏み込む。対して、私はその剣筋を受け、隙を探そうとした。

「はっ!」

 一撃は重い。けれど、私が受けられないほどではない。そりゃそうだ。だって、ドライさんは吸収魔法を発動させながら、剣を打ち合って、相手を徐々に弱体化させていく戦法を取る。それに対して、私は無限大のマジックポイントを有する魔法構造があるために、吸収する対象が自動的にそちらを選択し、私は肉体強化を安定して発動させ続けられる。

 そう思っていた。

「……えっ」

 違和感。それを悟った瞬間、私は地面を強く蹴った。

「どうした。何か変か?」

「…………」

 おかしい。いつもよりも明らかに力が入らなくなっている。前に打ち合った時の比じゃない。たった一撃でここまで剣が重く感じるほど、力を吸われたというのか。

 無限大のマジックポイントは肉体強化に回せない。すなわち、今、私が吸われたのは間違いなく普通の魔法構造から発せられるマジックポイント。

「さあ、続けようか」

 ドライさんは笑った。勝ちを確信している笑みだった。

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