第三十話 罠
レインです。なんか、暗い空間に汚い感じの男と二人っきり。とても、とても嫌な状況です。
「うっひょー、こんなかわいこちゃんが戦わせてるなんてかわいそうだなあ。憎むなら、さあ、君んとこの上司を憎むんだな、王様を憎むんだな。いずれサクラ・リンに滅ぼされる愚かなお前らよ」
「…………」
「お嬢ちゃん。さあ、早く、服を脱げ」
「…………」
「自分の立場、わかってんのか?」
「…………」
「なるほど、なるほど脱がされる方がいいのか?」
ふと、頭の中に浮かんだ疑問があったので、直接聞いてみましょう。
「殺してもいいんですか?」
「は?」
なんだか、わけがわからないという感じの反応をされました。
「私、手加減苦手なんです。けれど、話し合いで解決しそうな雰囲気ありませんし……。そしたら、もう殺すしかないんですよね」
「てめえ、何を言ってんだ?」
「私は神さまではありません。私は正義そのものではありません。けれど、あなたが生きていたら、多くの人間に迷惑をかけるであろうことはわかります。今後、被害にあうかもしれない多くの人たちのために殺しておくのも悪くはないと思うのですが、しかし、私だって殺人なんかしたくありません。穏便に済ませられるのならば、それがいいんですけど」
「…………」
「先ほどの発言は全て忘れて差し上げます。そこをどいてください。それと、今後、誰にも迷惑をかけないと神に誓ってください。ここは教会ですよね?」
「てめえ、何を勘違いしているのかしれねえが、お前は弱者だ。俺は強者だ。お前に選択の権利はない」
「……私と戦うのはやめておいたほうが良いですよ」
「試してみるか?」
「殺して良いんですね?」
「やってみろ」
ああ、海の神よ。私をお許しください。しかし、私はこの多くの人生を不幸に導きかねない人間を排除せずにはいられないのです。それが私の正義ですし、なにより、この方は私が再三忠告したにも関わらず、自らが大きな間違いを犯しているのに気づきませんでした。
もうしょうがありません。
「水魔法極みトライデント」
私は手の平を男へ向け、そう呟きました。瞬間、飛び出した三本の水の光線は敵の頭、首、心臓を貫き、後ろの扉さえも突き破りました。
「やっぱり、失敗」
威力を抑えることができませんでした。しかし、仕方がありません。私は男の遺体に手を合わせて、扉を開きました。
メイ以外の七人が既にその場には揃っていた、やはり、全員に対して敵が用意されていたようだが、全く相手じゃない。
「さて、行こうか」
全員いるのを確認し、廊下を進んでいく。汚い場所だ。よく部屋なんて用意されていたなと思う。と、すぐに上へ登る階段を発見した。向こうには光も見える。
「急ごう」
そう言って、走り出した途端、
「先輩、まずいっす!」
アネモネが叫んだ。その言葉に咄嗟に反応したが、遅い。
いや、反応していても、していなくても私たちには既に避ける道はなかった。
なぜ、あれほど弱い敵が配備されていたのか。なぜ、私たちは地下に落とされたのか。その二つに対して合点のいく答えが導き出される。
「……嘘」
つぶやくしかなかった。
目の前から、多量の水が流れ込んできたのだ。最初から、バグダーとバービルは私たちを隣を流れている川から汲み入れた水により殺そうと企んでいたのだと気づいた。けれど、気づいたところで何になる?
彼らが弱い敵を配備していたのもそのためであった。一緒に殺してもいい人間。私たちを油断させるための作戦。
飲み込まれる。そう思った時、レインが言葉を発した。
「水魔法極み。海神の咆哮!」
掌を向けたのは階段の方ではない。真上の方であった。
とてつもない勢いで放たれた渦は瞬く間に全てを破壊していく。そして、あらかた破壊しきった後、私たちの下へと戻り、その瞬間、私たちを飲み込んだ水と合流した。
そうしてから、初めてレインの考えた脱出方法を理解する。
流れ込んだ水により水位が上がり、私たちの体は浮いていく。天井が破壊されているために、流れ込んでいけば流れ込んでいくほど、私たちは上の方へと到達していけるのだ。そして、その先には――
「おいおい、マジかよ」
びしょ濡れになりながら、なんとか上がりきった私たちの前にはバグダーとバービルの両方がいた。そして、メイは
「…………」
メイの腹部は鋭い銀色の剣により貫かれていた。ぐったりした幼い体はその周りにいる大勢の人間によって抱えられている。
「だが、もう遅い。サクラ・リンは今しがた処刑した」
バービルは私たちに向かって、そう言う。
「世界を滅ぼすサクラ・リンは今しがた処刑された。これで、この世界が滅びに向かう心配は無くなるのだ!」
メイを抱えている大勢の人間の中から、歓声が上がった。
あの、メイがやられた?
見るにバグダーとバービルに攻撃された跡はない。となると、メイが無抵抗で。そんなの、ありえない。
「……メイがサクラ・リンであると嘘を言って、教徒をだましたのか」
「だました? 違うね。真実を述べただけだ」
「真実なんかじゃない」
本当に、本当に頭に来た。
「ラングス、レイン、ファイン、アドニス、アネモネ、ドライ。行くぞ」
全員が全員同じ思いだ。
このくそ野郎をぶっ潰す。
「君たち、善良なる一般市民よ。こやつらは世界の破滅を助長する悪魔だ! 今、ここで排除せねばならぬ!」
バービルは叫ぶ。
佐倉凛は、ここにいるのに。
「ぜってえ、ぶっ潰してやるよ!」
「おう!」
ラングスとファインが走る。
「ビジョン」
「マイナススペース」
対し、バービルとバグダーはそれぞれ固有スキルを発動した。が、
「逃がさない」
ドライさんは既にバグダーに肉薄していた。
ドライさんは吸収魔法。それを剣に付加させ、触れた相手のマジックポイントを奪い取る。初見で対応するのは不可能。近接戦闘においては長引けば長引くほど、ドライさん優位になっていく。
それを知らないバグダーは剣を抜き、斬りかかってきたドライさんに対応した。
が、
「バグダー様から手を放せ!」
ドライさんに教徒たちが複数つかみかかってくる。中には剣を構えている者や、鎌を構えている者がいた。
「……パワードレイン」
私たちに比べるとドライさんは彼らに対して幾分か対応が楽だろう。その吸収魔法は相手を無力化させるにはかなりの効力を発揮する。
しかし、そのドライさんですら対処できないほどの、人数。
「アネモネとアドニスはメイを助けて! レインと僕はドライさんの援護だ!」
乱暴に教徒たちを跳ねのけながら、できるだけドライさんが戦いやすいように仕向ける。
「風魔法、暴風!」
風神で一気に吹き飛ばしてしまいたいが、そうなれば死者が出かねない。暴風くらいならちょうどいいはず。
紙切れみたいに吹き飛んでいく教徒たち。あんなにも美しかった教会の中は今では混戦の中、多くの物が破壊されている。
この事態を一気に片付ける方法。それを考えつつ、教徒たちをはねのけていく。
「こっちも、応援頼む!」
ファインの声が聞こえた。見ると、ファインとラングス対バービルの戦闘でも教徒たちの邪魔が入って、ファインらは劣勢に追い込まれていた。
かといって、応援を送るわけにもいかない。人数には限りがある。どこもかしこも手一杯だ。
「今、ここでこいつらを片付けて世界を救うんだ!」
バービルはなおも教徒たちを扇動する。それを哀れにも信じてしまう教徒たち。ここに本物の佐倉凛がいるだけに、何も言い出せない。
その時だった。
「黙れ!」
叫んだのは
「……なんで、まだ生きているんだ?」
メイだった。体を剣で貫かれていたはずの彼女がその傷を完璧に完治させ、しっかり、そこに立っている。その様子にバグダーは驚いた。
いや、バグダーだけではない。その場にいた全員が一時的に戦闘をやめ、彼女のほうに目を向けた。
最初はアネモネの回復魔法かと思った。けれど、アネモネはたくさんいる教徒に邪魔され、メイの下へたどり着けていなかったようだ。
じゃあなぜ。
その疑問は解決されぬまま、メイは叫ぶ。
「佐倉凛は、この世界を滅ぼす人じゃない。私なんか、私なんかが、佐倉凛になんてなれない!」
「言葉に耳を貸すな! ああやって、体が元に戻っているのがあいつが、悪魔である何よりの証拠だろ! 殺せ!」
バグダーの発言に教徒たちは飛びかかる。
が、
「風魔法、暴風」
発動したのはメイだった。その精密動作性は私のそれを遥かに上回る。風はまるで生きているかのように吹き荒れ、次々と人々をなぎ倒していった。
「…………」
バグダーは言葉を失う。さらに、風は他の教徒も吹き飛ばしていった。
「佐倉凛はあなたたちが忌み嫌うような人間じゃない。クズはあんたらだ。これ以上、佐倉凛の悪口を言うな。抑えきれなくなる。殺したくなる」
そう言った途端、メイはバービルに近接していた。
「ふん、読めてるぜ!」
直後、バービルの拳がメイの腹部に激突する。
「バグダーんとこ行くと見せかけて、俺を急襲する。その作戦はいいかもな。俺の能力を考えなければ」
「ちゃんと、考えてるんだけど」
メイはにやりと笑う。
「は――ビジョン」
バービルの目が赤く光った。そして、次の瞬間、その顔は真っ青になった。
「見えてる? 逃げ道がないってこと」
「敵はメイだけじゃないってことだ」
バービルは後ろを振り向いた。
「もう一度、俺にボコられるなんて思わなかっただろうな!」
ラングスが殴る。殴る。もうそれは見ていられないほど徹底的に。
「あ゛――」
バービルは倒れた。
そして、
「私の勝ちだな」
バグダー対ドライさんも決着がついていた。あらかたエネルギーを吸い取られたのか、バグダーは倒れ、ぐったりとしている。
「まさか、メイが俺に合図を出してくるとは思わなかったな」
ラングスが笑いながら、言う。それに対して、メイは何かを口に出すことはなかったが、柔らかくほほ笑んだ。
「ドライさん、二人とも、もう魔法は使えませんか?」
「ああ、錠に吸収魔法をかけておいたから、捕えているうちは使えない」
便利すぎないか、吸収魔法。
とりあえず、まあこれで一件落着。あとは捕虜となったバービルとバグダーを王宮へ連れ帰って、尋問があるだろう。
戦闘の終わった辺りを見ると、それはもう最初あったような神秘的な雰囲気は消え去り、あちらこちらがメイが吹かせた強風により、壊滅し、吹き飛ばされた教徒たちが未だなお、立ち上がろうとしていた。
「メイは佐倉凛ではありません。おそらく、バービルとバグダーがあなたたちを自分の手下として使うための嘘でしょう。大丈夫です。佐倉凛がこの世界を滅ぼすなんていうことはあり得ませんから」
「……私は聞いたんだ!」
教徒の一人である中年の女性が叫ぶ。
「プリンシア様が佐倉凛はこの世界に存在すると、そうおっしゃっていたんだ!」
「……プリンシア?」
あの王女のことか。なぜ。
「……まあいい。どの道、聞きたいこともあるし」
教徒たちを置いて、私たちは出発した。
帰りの道中、宿にて、縛られたバービルとバグダーに質問をする。
「なんで、僕たちが来るとわかっていた?」
「…………」
バグダーは青い顔のまま、何も言わない。対照的にバービルはやけに興奮した様子で、
「兄さんさ、そう兄さんだよ!」
そう言った。バグダーは少し驚いたような表情でバービルを見た後、一層、顔が青ざめた。
「兄さんは俺たちに協力してくれるって言ったんだ! だから、兄さんはいつお前らが来るかなんて言うのも詳細に教えてくれたし、それでお前らを皆殺しにするはずだったんだ! お前らを皆殺しにすれば俺は王になれるんだよ!」
バービルは続ける。
「どうせ、俺たちはここから逃げられないんだろ。だがな、罰するなら、ユフライもだ。あいつは俺たちの協力者だ。証人なら俺がなってやる」
 




