第二十九話 教会
旅路は短く、次の日には私たちは王都にたどり着いた。八人全員で、ユフライと対面する。
「君が、隊長か」
「リクと言います」
「これからは俺の下で働いてくれるんだな、よろしく」
そう言って、ユフライは手を差し伸べてきた。
「まだそんなこと言っていません」
そう言った私に彼はむっと眉を上げ、
「ほう。俺の下にはつかないと」
「そうとも言っていません」
「何が言いたい?」
「決断のためにあなた様にいくつか質問をさせていただきます」
「……なるほど。信用のおけない相手を上司にするわけにはいかないということだな。いいだろう。なんでも聞くがよい」
思っていたよりも、心は広いように見える。
「あと、先に言っておきますが、こちらには嘘をついているのかわかる能力があります。では、質問に行きましょう」
嘘だ。メイの固有スキル「拡張」の効果で相手の考えていることを読むには相手に触れる必要がある。だから、今の状態では相手が嘘をついているかどうかなんてわからない。しかし、こちらの能力を完全には把握できていないであろう相手がその嘘を見破るのは不可能だ。
それに、もしもの時のための奥の手が私たちにはあるのだから。
「一つ目。あなたはバービルとバグダーの目的を知っていますか?」
はいかいいえで答えるタイプの質問。これならば、嘘はつけまい。
「ああ、知っている」
この答えは信じてもいいだろう。なぜって、その先の質問が相手からも予測できるからだ。
「じゃあ、その目的はなんですか?」
「それは……君たちが俺の配下につくことを約束すれば教えてやろう」
「…………」
舌打ちしそうになったのを抑える。なぜ隠す。何を恐れているんだ。
「じゃあ、次の質問に行きましょうか。僕たちを配下におく目的はなんですか」
「俺の軍が欲しいからだ。皇太子なのになんの力もないのは寂しいだろう?」
「軍をもって何がしたいんですか?」
「なにかがしたいのではなく、ただ持っていたいだけだ」
「わかりませんね。ならば、配下にはなりましょう。けれど、仮に国家反逆などの行為に出た場合には僕たちがあなたを潰します」
「……言い切るな」
「当然でしょう。僕たちはあなたの配下になろうと、レベリアとエゴエスアの王の組織なのですから」
「……わかった。契約成立だな」
潰します。そう言い切ったとき、とてつもなく緊張した。一歩間違えれば、殺されてもおかしくない状況だった。けれど、とりあえずは暴力的な手段に訴えずに済んでよかったと思っている。
私たちが考えていた最悪の事態に打つ手はユフライを襲い、メイの能力で知ること全てを吐き出させることだった。まあ本当の最終手段だ。それを使わなかっただけで私たちの勝ち。いいように使われるのも阻止できたし、この契約はこちらに圧倒的に有利にできている。完全勝利だ。
「では、彼らの目的を教えてください」
「国家を乗っ取ることだ」
即、言い切った。
「なぜ、そう言えるのですか?」
「俺が直接、聞いていたからだ」
「直接?」
「ああ、そうだ。俺は最初は我が親愛なる弟に手を貸すつもりでいた。けれど、気が変わった。というのも、彼らが盗賊に手を出し始めたからだ。けれど、この件について親父に言うわけにはいかないだろう? だから、君たちに手を貸そうと思ったわけだ」
「……なるほど」
理解はできるし、むしろとても納得できる内容の主張だ。それに、今は実質的に嘘をつくなよと脅している状態なのだから、本当なのだろう。
「では、彼らの居場所はどこですか?」
「奴らの根城はエゴエスア第二の都市バイアリー外れにある教会だ。イラクサ教も味方につけているらしい。確か、彼らは反政府団体じゃなかったかな。この国は独裁的方式はとっていないから、表立ってつぶしにはいけないが、盗賊に手を貸しているとなれば、乗り込みには行けるだろうな」
そう言ってから、ユフライは続ける。
「大体、理由なんて後で作ればいいんだ。あとで俺がなんとかしてやる。行ってこい」
やけに応援してくれるユフライだった。その態度に違和感を覚えるが、これだけの待遇を受けている以上、何かを言うのも気が引ける。しょうがないから、結局、そこで話を切って、私たちは王宮を出た。
「嘘が見抜けるだなんていうのは、はったりだろう? その嘘が見抜かれてたという可能性はないのか?」
王都に宿をとっていて、そこの大広間に八人で集まって話をしていた。
ドライさんが言う。
「……わかりません」
もし、見抜かれていたならば――そう思うとぞっとする。実際、彼の態度にはどこか違和感があった。けれど、約束が無効化される理由はないのだから、大丈夫だろうとは思う。
「まあいい。十分だ。そうだろ?」
ドライさんの問いかけに、私の仲間たちは頷いてくれた。それをありがたく思いつつ、私は話を切り出した。
「これから、対バグダー、バービルについての作戦を僕から提案させてもらいます。バグダーにはメイとドライさんが当たってください。逃げる能力がありますので、ドライさんの吸収魔法で封じます。それ以外はバービル、もしくはその仲間たちと戦闘してください。必ず、無理はしないように。これで、どう?」
「どう? と言われてもな。まあ、軽く言ってくれるが、私がメイと共闘しろと」
「はい」
「メイはどうなんだ?」
「……隊長の言うことなら従います」
「必ず、ドライとの協力を忘れないでね」
「……わかってる」
「本当にわかってんのかあ」
ラングスが文句を言うが、
「そんなこと言ったって、意味ないですよ。いい加減、やめてください」
レインがなだめた。それに対して、ラングスは
「わかってなかったら、死人が出るかもしれねえんだ。念を押したって、問題はないだろうがよ」
「それはそうだけど」
沈黙が流れた。突入前にこれで大丈夫なのか?
「ちょっと、明るい話をしよう」
「空気分かってんのか、隊長」
せっかくの提案をラングスの正論で却下されたので、もう私はだんまりを決め込んだ。
「せんぱーい、その二人よりも、俺、イラクサ教のこと心配すべきだと思うんですけど」
アネモネが手を挙げて発言した。
「イラクサ教? ああ、さっき言ってた」
「先輩、イラクサ教知らないんですか?」
アドニスも言ってくる。そんなに有名な奴なのか?
「イラクサ教っていうのはエゴエスア最大の宗教団体ですよ。巷で猛威を振るって、信仰者拡大中のやべえやつです。どうもサクラ・リン――」
「えっ?」
「えっ?」
驚きに声を上げたら、むしろ驚かれた。
だって、いきなり私の本名が出てきたのだから。
「ま、まあいいよ。アドニス、続けて」
「そのサクラ・リンなる人物が現れたら世界が滅びに向かい始めるっていう神話があるらしくって、そのサクラ・リンが今、この世界にいるっていう話なんですよ。私は、まあ神話なんて信じない性質なので馬鹿らしいなとは思うんですけど、どうも本気にしている人たちがいるみたくて。それで今、急激に信者を増やしているんですよ」
「そいつら、刺激しちゃあろくな事ないってことだな」
ラングスがぱっとまとめてくれた。
「けれど、バービルとバグダーはそこにいる」
あと、個人的な理由でその宗教団体、潰せるものなら潰したい。私がいるから滅ぶなんてこと絶対に起こさせないのだから、その予言は悪いが間違っている。
「ユフライの発言を信じるなら、後で手を打ってくれるんだ。心配はいらない。そういう約束だから」
「信じられるか? 俺は自分たちでなんとかするのが最善主だと思うね」
ラングスがそう言う。
「それが一番いいのは当たり前だ。もしもの話だよ、もしも」
私がラングスにそう言うと、ふんと、ラングスは鼻を鳴らし、言った。
「俺だって、みんなのこと仲間だと思ってるからさ。全力は尽くすぜ」
少し恥ずかしそうに彼はそう言った。
大きな教会だ。私は西洋建築に詳しくないから、元の世界の何に似ているかなんて言うのは表現できないけれど、その私の拙い知識で述べるならば、正面入り口は巨大なアーチ状になっていて、上を見れば、この世界の建物の中では群を抜いて高い塔のような作りになっている。装飾も豪華で全体的に金色が目立つ。よほど建造にお金が使われているのだろう。それこそ、西ヨーロッパに見られるような聖堂に似ている。
また、隣には大きな川が流れていて、水車も作られていた。すぐ近くに農地があるから、それのために作られているのだろう。
「で、隊長。正面突破か?」
「それなら、俺もやってやるぜ!」
ラングスとファインがそう言った。
実際、これだけ大きな教会なのだから、たぶん、戦闘はしやすいだろうけど、高価なものを傷つけたりするのはちょっと問題があるように思われる。だから、
「一旦は交渉だ。匿っているバービルとバグダーの拘束。それが最優先事項だろう」
「抵抗してきた場合はどうするんだ?」
「抵抗した場合は攻撃手段を用いる。そう宣言する」
「OK」
普通に納得してくれた。他のメンバーも納得してくれているよう。心強い。
「じゃあ、行こうか」
満を持して扉を押し込んで、開けた。そこは――
「……誰も居ねえじゃねえか」
人っ子一人いない。
幻想的な風景だった。少し暗めの美しく、そして静かで優しいイメージを抱かせる室内に上から、そして正面から光が差しこんでぼんやりと私たちは照らされていた。
「部屋はここだけか?」
「わからない。とりあえず、中を見て回ろうか」
こう言った時、正直、私の中にはこの美しい場所をもう少し見学しておきたいという思いがあった。そして、一歩、足を踏み出した時、異変が起きた。
「えっ?」
全員が、その時起きた異常事態を直感で察知し、後ろを振り向いた。
私たちは以下のような順番で入っていた。
私、ラングス、ファイン、ドライ、メイ、レイン、アドニス、アネモネ。
そして、アネモネがいなくなっていたのだ。
「アドニス! ほぼ隣にいた――」
ドライさんが叫びはかき消された。まるで、落ちていくかのようにドライさんの体が消えて行ったのだ。
「認識拡張」
この場の誰よりも落ち着いていたのはメイだった。冷静に己の能力を使い、状況を解析する。そして、彼女が目を開いた時、
「ま――お姉さん!」
私はメイを見上げていた。
地面に穴が開き、私は重力に従い、落下していった。メイの周りで次々と人が落下していく。そういう状況に落とし込んだバグダーとバービルの目的を理解したが、もう遅い。私は何も言うこともできず、私の足元に空いた穴は塞がれた。
「いたっ……」
地下室のような場所だ。周りに人はいない。嫌に静かな場所だ。気分が悪くなりそうに感じる。
目の前にあるのは一つの扉。とりあえず、破壊以外の手段で脱出するならそこ以外はなさそうだ。
そう思い、立ち上がり、その扉に向かって行くと
「――おっと」
扉は開かれ、出てきた男はそんな声を漏らした。
「弱そうじゃねえか」
失礼な。
そう言った男は無精ひげをたくわえ、筋骨隆々の大柄の男だった。私の頭の中のイメージでは古代中国にいる武将って感じ。あんまりこの辺りの世界観にあってないから、少し浮いて見える。
「あなたは時間稼ぎでも頼まれたんですか?」
「おー、正解だ」
やっぱりそうらしい。
彼らの狙いは私たちを分散させて、メイを孤立させてから、バービルとバグダーの連携で彼女を倒し、その後、残りのメンバーを順に潰していくというものだろう。
ただ、この作戦には疑問点が一つある。
「あらかじめ、彼らは私たちがここに来るのを知っていたと」
おかしな話だ。まさか――
「おいおい。無視してもらっちゃあ困るなあ。てめえが男だか、女だかわかんねえけど、俺はどっちでもいける。さあ、遊ぼうぜ」
男はそう言って、舌なめずりをした。
汚い、目だ。こんなのに付き合ってられない。
「戦うんですね」
剣を抜く――必要もないか。
構えた。
「おらあ!」
男は走り出した。
そのフォームは強引。感情に身を任せてと言うべきか、何も考えていないと言うべきか。
私の相手じゃない。そう思い、相手の動きを予測し、相手のがら空きになっている腹部に拳を打ち込んだ。
「がっ……!」
クリーンヒット。男はよろめき、倒れた。
「僕も弱いけど、あんたはもっと弱い。仕事を受ける時はもっと深くまで聞いておくことだね」
一般人とさして変わらない。それなのに、こんな仕事に駆り出されて……。そもそも、バービルとバグダーは私たちのことをちょっとばかし、なめすぎているのではないだろうか。
そう思いながら、私は扉を開けた。
 




