第二十八話 進展
「だから、何?」
「私」の発言に私はイライラしながらも、答える。
「はっきりわかった。あんたは私とは違う。別人だよ。私のこと何もかもわかったみたいな口利かないで。いや、利くな」
私はそう吐き捨てて、ベッドに寝転がった。
大体、私は性欲はないほうだし、誰から構わず好きになるような軽い女でもない。
「くそ……」
今日のメイの行動を思い出していた。自身を最強と呼称しているメイだが、その固有スキルには確かに制限が存在していた。それが限界拡張領域だが、限界と言っても、あそこまで身体能力を拡張できたとは。この間見せていたのは少しも限界なんかじゃなかった。
大体、どうやってバグダーの固有スキルがx軸とy軸に虚数値を取り、z軸に実数値を取る空間とこちらを行き来できる能力だと把握できたのだろうか。おそらく、認識拡張を自らに施したのだろうが、それにしてもすぐにそれが理解できるなんてどんな脳をしているのだろう。いくらなんでも頭が良すぎはしないか。虚数値を取るx軸ってなんだ? 掛けたらマイナス一になる数字だってことくらいさすがに私も知っているけれど、それは存在しない数だろう。存在しないから、普通の現実世界でありえない空間として向こうに存在していると考えることもできなくはないけれど。
「考えるだけ無駄か」
どうせバグダーにしか制御できない空間だ。今、把握すべきなのはバグダーは空間の裂け目から突如として出現すること。そして、向こうの空間に逃げ込めること。これさえわかっていれば問題はない。それに、バービルの能力、未来視。これも逃げには特化しているかもしれないが、後でラングスに聞いた話によると、未来を見ながら、現実も見なきゃいけないらしい。その不便さを考えると、そこまで恐れる力でもない。
それこそ、殺害が許されているのならば、メイの力で瞬殺だ。殺さず捕らえるのが難しいわけで。
しばらく心労が尽きそうにない。
翌朝、一人で盗賊のしらみつぶしに行こうとしたら、ラングスとファインが出てきて、
「俺たちも行きます」
そう言ってきた。
「……疲れてるだろ。休息も大事だ。来なくていい」
「いいや、一晩寝れば大丈夫だ。それに隊長だけなら心細いだろ」
「…………」
「隊長に聞きたいこともあるしな」
「僕にか?」
「ああ」
しょうがないから、承諾した。しなくてもついてくるだろうと思ったからだ。
馬に乗って、少し行ってから、ラングスが喋り始める。
「隊長、メイについてどう思ってる」
「どうって……めんどうくさいなって」
「はっは、案外、正直だな。おらあ、隊長は堅物だと思っていたんだが」
「そう」
そんなに私、堅物に見えるか? まあそうかもしれないけど。
「俺ら、隊長はなんだかんだ言って信じてますからね」
ファインが横から言ってくる。
「……それは嬉しい」
「感情表現がへっただなあ。ま、隊長がへんにメイに肩入れしているとかそんなんじゃなければいいんだ。なあ、踏み込むけどよお。メイがてめえの部屋に行くとき、なにしてる?」
「……別に何もしていない」
「そうかあ、やけにお盛んに喋りなさっているようだがよお」
ラングスは私とメイの関係を疑っている。
何が信じているだ。ちっとも信用なんかしていないじゃないか。
「僕はメイに手出したりなんかしてないから」
「あ、そう。まああんな幼女に手出せば犯罪だからな」
「ラングス、なんか感じ悪い」
ファインがラングスの舐めるような口調にぼそっと呟いた。
「ああ、別にただただ疑っちまうってだけだ。俺は昔から人を信用するってのは大の苦手でよお。俺だって、隊長や王様もメイのことだって信じたいんだぜ。でも、どうも不思議に写っちまうんだ。てめえらの言動の一つ一つがよ。なあ、隊長、俺はもう一つの可能性も考えている」
「……なに?」
「メイに何か弱み握られてねえか? どうも隊長さんよお、随分と裏というか、人に話せない秘密がありそうに見えるからなあ」
「…………」
良い勘してるなあ。メイは私の今までの全てを見てきたのだから、弱みを握られているというのは少しも間違っちゃいない。それが強い武器になるかと言われたら別の話ではあるし、メイがそう言う手に打って出るとはあまり思えないから、ここでいう良い勘というのは、私が人に話せない秘密があるという点の方だ。
ちょっと心当たりが多すぎる。
「ふーん、あるんだな。まあいいけどよお。メイの暴走だけは止めなくちゃなんねえ。昨日も言ったばかりだが、あの馬鹿野郎はいつか死ぬぞ。それだけじゃねえ。あいつは俺たちまでも巻き添えにしてしまう可能性がある。強い分、余計にな」
「……それはもちろんわかっている。だが……」
「強すぎるから困ってんだろ。気持ちはよくわかる」
まあそんな風に同情されても、とは思うけれど。
「メイは隊長である僕よりも強い。いいや、隊長であると言っても、僕の強さは君たちに劣る」
「イーリアの英雄がか?」
「それは……」
私の風魔法奥義風神は確かに強力な技だし、あれはあれでかなり大きな価値がある。けれど、私がイーリアの英雄と言われるのに、幾分かズルをしている。処理落ちを起こさない限り死なない力というのはチート能力と言われても言い逃れできない。その分、頭がおかしくなりそうなくらいの苦痛に襲われて、まともに思考できないほど――考えれば、精神がいかれてしまっているのかもしれないが――追い詰められるという欠点もあるのだが、そんなの知らない他人からすれば、死んでも死なない私の姿は異様なものに映るだろう。
「僕の力はそうおいそれと使うわけにはいかないんだ。わかってくれ」
「ふーん」
実際、ありえない肉体回復に帳尻を合わせるために、数日間意識を失うわけだし。
「ま、その力をメイを抑えるために使うわけにはいかないってわけだな」
「……そういうことだ」
ラングスが良い感じに理解してくれて非常にありがたい。
「ほんと、どうすればいいんだろうな」
ラングスがこぼした言葉に私は何も言えなかった。
結局、その日は収穫も何もないまま、私たちは帰宅した。その次の日、思っていたよりも早く、ドライさんたちが帰ってきて、ずっと部屋で寝ていたらしいメイを無理矢理起こし、私は情報共有の場を作った。
「で、そのバービルの兄――ユフライが居場所を教えてくれる代わりに、私たちに配下になれと」
「ああ、リク。どうする?」
「うーん……」
まず一つ。なんで、居場所を知っているんだ?
二つ。なぜ、私たちに配下になれと?
だが、これは明らかに好機だ。これを逃す手はない。
「とりあえず承諾しよう。もしまずい状況になれば後から手を打てばいい。とりあえず、今は目の前にある問題を片付けるのが先決だ」
そう言った私に対し、アネモネが発言する。
「先輩! 質問でーす。そもそもこれ、そんなに急ぐことっすか?」
「というと?」
「そんなリスク犯さなくても、騎士団と協力しながら、盗賊の居場所を探していけばいいんじゃないんすかね」
「ああー、アネモネ。君は聞いてないのか」
ドライさんが私に代わって、話し始める。
「騎士団が襲撃され、捕虜となった盗賊たちが多数死亡した。今度は騎士団の命を奪われる可能性もある。彼らの命と、私たちがユフライの配下になるリスク。それらを天秤にかけたとき、どちらが重いかなんて言うまでもないだろう」
「それは俺だって聞いてるっすよ。だけど、相手だって騎士団を襲うなんてマネはできないっすよね。襲っても価値がねえんすもん」
「それは……確かにそうだな」
私が返事をする。
つい二日前に会敵したばかりだから、必要以上に焦っている節もあるような気がする。こっちはメイ一人いれば勝てる。加えて、ラングスもバービルとのタイマンには勝利しているわけだし、私たち全員が一人でも彼らの片方だけなら勝てるポテンシャルがあるのだ。それを向こうだってわかっているはずだから、私たちと戦うなんてことはできるだけ避けたいはず。
「そしたら、なおのこと困るではないか。向こうはしばらく鳴りをひそめてしまう。そうなれば、見つけるのに途方もない時間がかかってしまう」
ドライさんがそこまで読んで発言した。それに対して、
「どうせ、盗賊はみんな倒したほうがいいんだし、気長にやってもいいとは思いますけどね……。急いては事を仕損じるって言いますし」
レインさんが言った。
「……ああ、さっきも言ったはずだが、私もそんな簡単に承諾して良いとは思っていない。……ただ、途方もなく時間がかかるのもまた避けたいと思っただけだ」
ドライさんが少し嫌そうに言う。
「メイ、てめえの力でなんとかなんねえのかよ」
ラングスは随分と苛立っているようで、その声には棘があった。そんなラングスをメイは一瞥して、
「無理」
そう短く言い切った。
「ああ? なんでだよ。前回の盗賊の居場所はすぐにわかったんだろ」
「……」
嫌そうにラングスの顔を見ると、メイは
「探さないといけない場所が広範囲に広がっているから、限界拡張領域に引っかかってる」
と信じられないくらいの早口で言った。
「あ? 固有スキルの限界ってことか」
ラングスとてその発言にケチをつけるようなことはしない。できないのをやれっていうのは時間の無駄だ。その辺は彼も十分わきまえている。
「ていうか、彼らは何をしたいんでしょう」
ここでアドニスが口を開いた。
「盗賊にお金を流して、なにかいいことでもあるのでしょうか」
「……さあ。わりい奴らのことなんてわかんねえよ」
ラングスの発言にアドニスは
「こういう可能性はないでしょうか」
と無視して、話しを続ける。スルーされたラングスは怒るというより心底驚いたような表情をしていたが、まあそこはどうでもいい。
「王族の人と政治やってる人間ですよね。でも、トップにはなれない。実権を握れない次男坊。欲しくなるでしょう。権力が」
「……すると、アドニス。君が言いたいのは彼ら二人が国家転覆を企んでいるとでも?」
「はい」
「だが、そのために盗賊を使うか?」
「それは……」
確かに国家転覆を企んでいるというのはあり得る気はする。けれど、ドライさんの指摘した通り、盗賊を使うというのは解せない。国家転覆を望むのなら、もっと権力者に取り入ろうとする気がするし、実際、盗賊の戦力は騎士団以下。人数を相当数集められたとしても、勝てなくなるのがオチだろう。
「向こうの目的次第では時間をかけるほどの余裕がないかもしれない。確かにそれを危惧する必要性はあると思う」
私の言葉に賛成しているといった空気が流れた。
「問題は、その目的をどうやって知るか、だよな」
「同じく、僕たちは例のバービルの兄――ユフライがなぜ、バービルとバグダーの居場所を知っているのかについても考えなくちゃいけない」
「向こうが情報を無条件で提示してこないってことは、そんなに急ぐほどの案件じゃないってことなんじゃないっすかね」
「……確かにその可能性もあり得る」
けれど、あくまで可能性。もし、ユフライが情報を知っているのが、既にバービルとつながっているからなのであれば、ユフライも加担している可能性がある。その場合、ユフライから見れば、そのバービルの目的が達成された時も得だろうし、私たちがバービルとバグダーを捕えたとしても、得だ。となると、今、最も有利な位置にいるのはユフライということになる。
「ユフライと直接話そう。交渉してこちら側有利に傾けるのが一番の理想形だ」
私がそう言うと、ラングスは
「てめえにそれだけの話術はあるのか?」
と言ってくる。なかなか痛いところを突いてくるなあとは思う。返す言葉がない。
「メイ、手伝ってくれるか?」
メイのほうを見ると、彼女はゆっくりとほほ笑んで、言った。
「もちろんです」
メイに直接喋らせるのはどう考えてもまずいが、メイの能力で手に入れた情報を随時、私に話してもらいながら、交渉すれば、こちら側有利に働ける。
たった一つ、問題を挙げるとするならば、メイが果たして真実を伝えるのかということだけれど。
「じゃあ、明日には王都に向けて出発する。全員でだ。場合によってはそのまま、バービルとバグダーのいる場所に襲撃するから、戦闘用意も済ませておくように」
その言葉で会議は終了した。
 




