第二十五話 バービル・エゴエスア
「よく、俺の名前を知ってんなあ、下民」
「下民だ? 悪事に手、染めてやがるてめえのほうが下だよ」
「言ってくれるじゃねえか。俺様と戦えるとでも?」
バービルは不敵に笑う。
ラングスは考える。こいつの能力は未来視。おそらく、こっちの行動を先読みできるとか、そういう類なのだろうと思うが、それはすなわち、こっちの思惑がすべてバレてしまうことを意味する。
ならば。
「ファイン。お前は、雑魚なら複数人相手、できるか?」
「余裕」
「オーケー。俺がこいつの相手する。お前は雑魚どもを頼む」
「いっくぜえ、ファイヤー!」
ファインは自分たちを取り囲む盗賊たちへ一気に距離を詰める。そして、目にもとまらぬ速度で攻撃を仕掛けていく。
「さて、バービル。てめえの相手は俺だ」
「ほう。俺の相手をすると。随分と自信にあふれてんなあ。てめえがどんなふうに命乞いするか楽しみだぜ」
「奇遇だな。俺もてめえの顔がどんなふうに恐怖に歪むがはやく見てみてえな」
ラングスは走る。
奇襲は不要。すべて読まれている。ならば、最初から全力で、相手がどうあがいても対応できないほどの力で、速さで、攻撃すればいいだけの話。
「土魔法奥義! ゴーレム!」
地面に手をつけ、叫ぶ。ラングスの作り出した魔法。強制的に二対一の状況を作り出す。
未来を見ていたとしても、対応不能。
轟音とともに飛び出した土人形ゴーレムは動き始める。その全長はおおよそ二メートル。大した速さは出せないが、その分一撃は重い。
ゆえにバービルにはゴーレムの攻撃だけは避けなければならないと集中力を割かせることができる。その隙をラングスは狙う。
「おらあ!」
短剣が牙を剥く。
「俺にはてめえの未来が見える。わかるか? てめえとゴーレム二人の攻撃。そのすべてを一度に見切るのは普通の人間なら、未来を見ていたとしても不可能だろう。だが」
事前動作。あまりにも完成されたその動きはごくごく自然にラングスとゴーレムの攻撃を避けきる。
「俺ほどの武道の達人ならばな、素人の攻撃なんて余裕なんだよ」
「なっ……!」
ラングスはバービルの次の一手が完全に読めていた。自分の未来を見たうえで、相手がどういう行動をとってくるのか、それまでも思考の中に組み入れて、ラングスは行動していたのに、それにもかかわらず、ラングスはバービルの攻撃に対応できない。
「おらっ!」
ただの蹴り。それなのに避けきれない。受ける姿勢すら取れない。バービルの蹴りがラングスのみぞに入り、ラングスはうろたえる。
「そもそも、お前と俺じゃあな!」
ラングスはわかっている。バービルの拳に集められた膨大なマジックポイント。次に来る一撃はそれこそ命すら奪ってしまえるほどの一撃。全てわかる。けれど、それ以上に何もかもをわかりきっているバービルには追い付けない。
仮に、バービルに固有スキルがなかったとしても、俺は勝てない。
そういう思い込み。
「なあ、バービル。てめえ、俺を舐めたな?」
ラングスは絶望的状況に陥ってなお、不敵に笑う。
絶望的状況はいとも簡単にひっくり返る。ほんの数秒前、ラングスの一撃が避けられたその瞬間に、彼が最も注視していたのはバービルの目。彼の目が赤く光っていない時点で、彼は勝ちを確信した。
手は既に打っている。
「ゴーレム。変形」
土人形は一瞬のうちに鋭い剣へと変形し、飛び出した。
「何?」
バービルの拳がラングスにぶつかるまでのコンマ一秒のうちに、鋭い剣はバービルに狙いを定めていた。
「ちっ……ビジョン!」
バービルの目が赤く光った。そして、すぐに彼は攻撃をやめ、後ろに引く。
「使ったな、てめえの固有スキル」
土で出来た剣はラングスの手元で止まる。それから、態勢を立て直した。
「なんだ? 後ろに引いたってことは、俺への攻撃手段を失ったってことだよな」
挑発しながら、ラングスは考える。
バービルの身体能力は高い。よほど才能があるのか、肉体強化を全身に使えているように見える。こちらを舐めていたところをついて、一瞬だけ優勢に持ち込めたものの、普通に戦えば間違いなく自分はバービルに敗北する。
周りを見渡す。ファインは依然戦闘中。だが、彼の強さならばあと三分もあれば片が付く。ファインも加えて、二対一になれば、こちらに軍配は上がるだろう。
それまで耐えるだけ。だから、お喋りを長く続ける。
「お前の固有スキルは八秒先の未来を見ることなんだろ? だから、俺の次の行動をある意味、未来視している俺のほうが能力を使っていないお前よりも優位に立てる。てめえは俺がてめえよりも弱いという風に思いこんじまったから、こうやってあと一歩で死んじまうところまで行ってしまったわけだ」
「……ああ、よくわかったぜ。お前が固有スキルなしに勝てる相手じゃないってことはよ。だがな、それはお前の手を知らなかったからだ。お前の魔法、随分と特異だな。そんなのが土属性の魔法使い全員にできるとは思えねえ。お前の固有スキルか?」
「俺の固有スキルかもしれねえな。土人形に意思を与え、攻撃させる。名づけるなら、人工知能って感じか?」
嘘だ。そもそも意思を与えてなどいない。ラングスの指令通りに動く、というより一度触れたことで土を操り、形を保ったまま、高度なマジックポイント操作で動かしているだけ。相当の神経を使うことになるが、ラングスは幼いころからこういう操作に長けていた。特に頭の中で計算をしているわけでもなく、動かせる。天性の才能だ。
だから、今みたいに剣の形に変形して攻撃に使うこともできる。
もちろん、デメリットもある。それは圧倒的な量のマジックポイントの消費。一つの形を保つために、それとほとんど同じ大きさの生物が持っているのと同じくらいのマジックポイントが必要になる。本来は離れていくはずの物体を一つに引きつけておくというのはそれだけで大変な作業なのだ。他の魔法属性ならまずできないが、土魔法使いに与えられた魔法構造の特質ともいえる。
「ま、たとえ固有スキルだとしても、俺の今なら関係ないけどな」
バービルの目が赤く光る。ラングスは自分の剣を握る手が汗でにじんでいるのに気が付いた。
怯えている。今、目の前にいる今までの人生でも最高クラスの強敵を前に、死への恐怖に震えているのだ。
王族らしい傲慢な性格をついて倒す。その手段しかない。けれど、
「関係ない? それは勝ってから言ってもらおうか」
作戦を考えるより先に、ラングスは戦う姿勢をとる。身体能力で負けている相手。しかも、能力のせいでそれをひっくり返す作戦を考えたとしても、通じない。
「だったら、正々堂々ぶっ飛ばしてやる!」
八秒では手が打てないほどの攻撃をお見舞いしてやるのみ。
この八秒に全てを賭ける。もうファインのことなど待てないほどに、ラングスはキレていた。目の前の傲慢な才能のかたまりに。そして、そんな相手を前に怯えている自分に。
だから、その怯えをぶっ飛ばすためにラングスは敵を倒す。
ラングスは地を蹴った。
残りのマジックポイント量ならばゴーレムは一体しか作れない。けれど、
「これならどうだ!」
ラングスのレベルは高い。彼をそうした戦闘経験はただレベルを上げるのみではなく、多くの手を与えてくれた。
その一つ。
ラングスは駆けながら、地面に手をついた。
相手の固有スキルの効果でこの攻撃は見えている。けれど、
「たった八秒じゃあ避けきれねえよなあ!」
出てきたのはラングスの身長よりも圧倒的に大きい土の塊だった。それをバービルのほうへ飛ばす。
避けるならば、横。縦にはその高さから不可能だ。そして、ここで二択が生じる。右に避けるか、左に避けるか。
その二択はバービルの能力があればいとも簡単だろう。未来を見て、ラングスの来ないほうに行けばいいだけの話。
誰だってそうするだろう。だから、逆にラングスからもその行動は読めているのだ。それゆえに、ラングスは次の一手を確信を元に打てる。
傲慢なお前が、自分を見下しているお前が自分の行動を短絡的に捉えると確信して。
「――ッ!」
未来を見たバービルはその状況に驚く。見ていない状況が目の前で発生している現実に驚く。
だって、そうだろう。見ようとしなかったのだから。
「簡単な話さ。俺を見下していたお前は自分を見下しているだろうと俺に見下されていたんだ。だから、てめえは視界を失った先、未来を見て、俺のいないほうが答えだと考えて、行動していたんだ。ちゃんと見たか? てめえが見た未来とやらで、俺が剣を持っていないことに」
ラングスは右側に走っていきながら、手に持っていた短剣を反対側に投げていた。相手が飛び出してくるであろうのとほぼ同じ絶妙なタイミング。
「俺がたった八秒じゃ避けきれねえよなあって叫んだ瞬間、お前は俺がこの一撃で勝てるもんだと確信していると確信していた。だから、避けたほうに敵がいるって考えただけ偉いもんだぜ。その先の深読みまではできなかったようだがな」
投げた短剣はバービルの脇腹に突き刺さっていた。バービルは倒れたまま、ラングスを睨みつけていた。
「あり得ねえ。てめえなんかに俺が負けるなんて! こんな未来は!」
「未来を見ながら、現実を見るだなんて難しいよな。時間を止める能力でもねえ限り、お前は現実を見ながら、未来も見て行動しなくちゃいけねえわけだ。だから、常時発動なんてできるわけねえ。できるだけ使いたくないはずだ。使う度、現実を見る目はなくなるんだからなあ。目を失うのは怖えよな」
傲慢ゆえに能力を使う回数を制限してしまう。
「さっきも経験したはずなのによお。成長しねえな」
ラングスは短剣を引き抜いた。それとともに、バービルの脇からどっと血が溢れだす。
「さあ、お前を殺すわけにはいかねえからよお。しばらく寝ててくれ」
そう言って、ラングスが屈み、彼の首に手を伸ばした途端、
「ビジョン」
バービルの目が赤く光った。
「あ?」
土壇場で未来を見て可能性に賭けようとでも思ったのか?
そう考えるが、バービルの次の発言によって、それが間違いだと気づく。
「お前、忘れてねえか? 固有スキル使いは二人いるってよお」
寒気がした。ハッとして、上を見上げる。
「こんにちは」
笑顔を浮かべる男。
いつから、お前はここにいたんだ?
考えるよりも前に激痛が走る。顎を蹴り上げられたのだ。
「がっ……あ」
ふらついた。ラングスは抵抗すら叶わず、地面に倒れてしまう。
「なっ……なんだ?」
二人目の固有スキル使い。何の情報もない敵。
「こんにちは」
仰向けに倒れたラングスを見下し、その男はまた同じように笑みを浮かべながら、そう言う。
「…………」
黙ったままのラングスに
「挨拶できないんですか?」
男はそう言うと、ラングスの腹を踏みつけた。
「挨拶もできない? 教育がなっていませんねえ」
吸い込まれそうなほど真っ黒な目。
こいつはまずい。バービルとは比べ物にならないほど、強い。格が違う。
何も考えられないほどの圧倒的恐怖がラングスに襲い掛かった。
「ラングス!」
ようやく、ファインが彼の下へ駆けつける。ラングスの見越しよりも一分遅れていた。
「ファイン――」
逃げろ。そう言うよりも早く、ファインは動き始めていた。
「ラングスに何してくれてやがんだよ!」
男に殴りかかる。その手には炎を纏っていた。あれで殴られれば、間違いなくやけどする。
が、次の瞬間、ファインは吹き飛ばされていた。それが分かった後に、ファインが男により蹴り飛ばされたのだと理解する。
「挨拶もしないで、殴りかかるなんてよくありませんよ」
地面に倒れたままのラングスを足蹴にして男は歩を進める。
「あれ、もう動けないんですか? やわですね」
男は家の壁にぶつかり、倒れたファインを見下ろす。ファインは動かない。動けない。口から血を吐き、焦点も合わない。
ファインはわからない。自分が何をされたのか、自分がどうしてこうやって追い詰められているのか。
ただの一撃なのに。
ただ一つ分かるのは、自分が死の危機に瀕しているということだけだった。まだ十四年しか生きていないのに、こんなにも呆気なく、死を迎えるのか?
「ふ……ざ……」
呂律が回らない。沸々とこみ上げる怒りをぶつけられない。
死ぬ。
「おい」
声がした。ゆっくり顔を動かす。
「うちの仲間に何してくれてんだ?」
ああ。助かったと、ファインは確信する。だって、そこには隊長と隊最強、リクとメイがいたのだから。




