第二十四話 行動開始
「誰かが殺したってことか?」
「そうだろうな。例の固有スキル使いというのが大方の予想だそうだ。そして、調査が打ち切られた理由だが、なんでもこれ以上、騎士団が調査を進めると、彼らの中から死者が出るかもしれないというのを危惧した結果らしい」
「しらじらしいな。王がやったんだろ」
ラングスは確信を抱いたようだ。そのように写ってしまうのもしょうがないとは思うが。
「そこでだ。これ以上の被害を増やさないために王は私たちに対応を求めた。この件に関わる固有スキル使いの討伐。これが私たちの最初の任務になるな。まあ初めから動いてはいるから、何も変わらないが」
「王が仕事してる感を出したいだけだろ」
「そうかもしれないが」
ただ、王が私たちに対応を求めるというのは利点がないこともない。いくら相手が王という立場に置かれている人間だとしても、対応を求める側となれば、それ相応の報酬、見返りがいるだろうし、協力もしなければならない。そうすれば多少無理なお願いでも通るはずだ。
今、王に何かをしてもらって状況が解決するとは思えないが。
「死んだ盗賊たちの死因はなんだ?」
私がドライさんに尋ねる。
「刺殺、撲殺。他にもあるが、大体はそんな感じだな。総じて何か武器でやられたようだ。けれど、そこに何か人が入った様子はなかったようだから、やはり固有スキル使いによる攻撃と思っていいと思う」
「……ありがとう」
武器で攻撃しているにもかかわらず、入った痕跡がない?
固有スキルのレパートリーは多いから、実際にこの目で見るまでは決定できないが、よっぽど厄介な能力を持っているというところだけわかる。
「私がエゴエスア王に文書を送る。それで固有スキル使いの情報を尋ねてみよう」
そう私が発言した。
「ああ助かる」
「どうせ大した答えは返ってこないだろうよ」
四日後、ラングスの予想は大きく外れることとなった。
依然として情報に欠けていた私たちの下に届いた王からの手紙は予想とは全く違い、固有スキル使いの情報について綿密に書かれていた。
名前はバービル・エゴエスア。十八歳。エゴエスア第二皇子であり、固有スキルは王と同じで、相手の八秒先の未来を見れる目を保有する能力だそうだ。マジックポイントをほとんど必要とせず、常時発動している可能性も高い。
外見はブロンズの髪に、青い目。能力発動中は赤に変色するから、目を注視していれば対策の打ちようはありそうな気はする。
そして、王からの手紙にはどうして、TSTを編成するにあたったのかが記載されていた。
曰く、自分の息子が悪事に手を染めているというのを知っていて、それを牽制するための私たちだったらしい。明らかに自分を討伐するための隊を結成したと知れば、息子も諦めて、悪事をやめてくれると思ったのだ。けれど、実際にはそうはならなかった。息子が出てくることもなければ、ついには大量殺人。これ以上、王とて何も手を打たぬわけにはいかない。
ということで、私たちに与えられた使命はバービル・エゴエスアの生け捕り。
「肝心の場所がわからねえじゃねえか」
ラングスの意見は至極真っ当だ。かくして、エゴエスア王への疑惑は晴れたものの、事態が大きく前に進んだわけではない。自分の息子の居場所くらいわかっとけよ、親だろだなんて思うものだが、私の親も知らないだろうから、そんなことは口が裂けても言えなかった。
「それに固有スキル使いは二人という話だった。もう一人の情報が少しも書かれていない」
ドライさんの指摘に、
「王もわかってないんじゃないんですか」
とレイン。
「それもそうだが」
「とりあえず、少しだけ進展と言うことで満足しましょう」
「で、この手紙最大のポイントは……」
私たちは一斉に玄関の方へ視線を向けた。
そこには二人。手紙の最後に書かれていた二人だ。
王が寄越した新しい仲間。
一人は比較的身長の小さい、顔から見るに女の子のようだった。髪は緑色のショートカット。目は紫で、活発そうな少女だ。
もう一人は活発そうな少年。赤い髪の毛を持っている。目は黄色で、身長はファインと同じくらいだ。正直、彼とキャラがかぶってそうにも見える。
「こんにちは、先輩!」
「よろしくっす、先輩方!」
たった一週間で何が先輩なのか知らないが、随分と素直で良い子そうだ。好感が持てる。
「とりあえず、二人には自己紹介をしてもらおうか」
「はい! 先輩!」
どうやら、先輩呼びが好きらしい。嬉しそうに声を上げるもんだから、なんだか不思議な気持ちになる。
「私の名前はアドニス。風魔法使いです。よろしくお願いします」
その声色にも彼女の元気さが溢れていた。本当にかわいらしい少女だ。悪など知らない純真な心を持っているのだろう。
「俺の名前はアネモネ。回復魔法使いだ! よろしく!」
ニコリと笑う。その回復魔法のレベルがどれほどかはわからないが、このメンバーに欠けていたものであるために、それだけで価値がある。私たちとしては嬉しい限りだ。非常にありがたい。
「隊長、リクだ。よろしく」
「レインです」
「ファインだ!」
「ラングス」
「ドライだ」
「…………」
「こっちは、メイ」
各々自己紹介をして(一人は私が代わりにしたのだが)、空いている部屋はまだまだいっぱいあるので、好きなところに住んでと伝えた。
「で、先輩。今、一番でけえ問題がその固有スキル使いの居場所ってわけっすか」
アネモネの発言に頷く。
「なんだ? 心あたりでもあるっつうのか?」
ラングスが突っかかったが、それに対し、アネモネは
「別にあるってわけでもないっすけど、その固有スキル使いたちは金を流してたんすよね。で、王様の息子ってことはその金って絶対、王から出てる金っすよね。そこを辿ればいいんじゃないんですか?」
「……確かに」
それを考えればもちろん逆もありうる。
「金を流したってことは絶対、金を受け取ったやつらがいるはずだ。盗賊のどこかにな。それなら、全ての盗賊を潰すがてら、盗賊の上を見つける。元締めが必ずいるはずだ」
私の発言にドライさんは
「それを騎士団が探していた。だが、見つからなかった」
「盗賊も死んだのは半数だ。生き残りがいる。それにメイの拡張を使う」
「……彼女の能力が役に立つのか?」
「ああ」
「……わかった」
「じゃあ、三つにに分かれよう。僕とメイは騎士団のところに。アネモネとドライさん、アドニス、レインで王家のところへ、ラングスとファインは盗賊を潰して回ってくれ。四日後、情報共有しよう。では、よろしく頼む」
ということで、私とメイは騎士団のところへ向かった。一日で行って帰ってこれる距離だからまあ楽だ。終わったら、ラングスとファインの手伝いにでも行こうかと思いつつ、馬で移動していた
「私の『拡張』で盗賊たちの記憶をのぞき見して、上にいる奴らを探すってわけね」
「そう」
「お姉さん、今、私の『拡張』について話しておこうか」
「ようやく話す気になったんだ」
「私の能力分かってた方がいいでしょ」
「そりゃあそうだけど」
「私だって、何もしてない無能みたいに思われるの嫌なの」
「意外」
「なんかその反応も嫌。あのあと、私、急に恥ずかしくなっちゃって……ね」
やけにしおらしいメイ。私を意地でも思い通りにしてやるだなんて息巻いていたくせに。あのあと、というのは数日前の私を襲ってきたときのことだろう。
「私の能力は触れている対象を拡張する、というのが原義。それを限界拡張領域まで拡張して完全にそれを認識できる対象を拡張するという風にした。結局、この世界に存在している物質に対しては触れるしかないんだけど、完全に認識できるという点で、概念に触れて拡張する、というのができるようになったの。だから、私は完全に理解している概念なら拡張できる。けれど、限界拡張領域が存在するから、全部を広げられるわけじゃない。ただ……」
そこまで一気に喋って、メイは息を吸った。それから、私の目を見て、言う。
「私が最強であるのに変わりはないから」
嘘を言っている目には見えなかった。
それから、私たちは騎士団のところへたどり着いた。
「対固有スキル使い用少人数制特殊部隊隊長リクです。この度は件の盗賊の件について調査をしたく参上いたしました。彼らの身元を一時、お借りしてもよろしいでしょうか」
「……王が動かしたっていう例の……。ああ、俺たちの許可なんて借りなくてもいい」
「ありがとうございます」
メイの手を取って、中に入っていく。
中は鉄特有の匂いがした。無機質な匂いだ。そう、鉄の匂いは血の匂いに似ている。考えてみれば、昨日の事件でここもかなりの血が流れたはずだ。けれど、そんな凄惨な感じがしないのは視覚情報にある大量の鉄と、血の匂いが違和感なく合致して、簡単に受け入れられてしまうからだろう。
入ってすぐに牢獄の中、わなわなと震える一人の男の姿が目に入った。ほぼ間違いなく盗賊の生き残りだろう。
扉を開け、中に入る。
「なっ……なんだ、お、お前ら」
「僕たちは敵じゃありません」
「あっ、あっ、そ、そんな、そんな嘘、騙されないぞ。き、昨日だって! お、俺は死にたくない! 許して、許してくれ!」
ひどく怯えている。よほど凄惨な光景を見たのだろう。
「落ち着いて」
私は男の両肩をつかんだ。
「ひっ!」
「メイ、今のうち」
暴れないよう抑えつけたうえで、メイが彼の体に触れる。
「拡張」
「終わったら言って」
「終わった」
はやっ。
私は手を離し、もう一度彼に向きなおす。
「ご協力ありがとうございます。失礼しました」
依然、体が震えている男を後に、私はその牢獄から出ていった。
「メイ、今ので情報は十分なの?」
「十分」
「じゃあ、何を見たか教えてくれる?」
メイは素直に事細かく語ってくれた。その内容を要約するとこうなる。
昨日の惨劇は二人の固有スキル使いに関する情報を持っている人間を始末するために行われた。彼らはその相手を詳細に覚えていなかったために、うろ覚えで引っかかってそうな人間を殺して回ったのだ。
だから、私たちは彼らの居場所についての情報を引き出せない。
けれど、収穫もある。それはもう一人の固有スキル使いについて。
「男。黒髪で高身長。細身。普通にしていれば優しそうな顔立ちだけど、偽りめいた笑顔で私は嫌い。実際、殺しまくってるし。何もないところから、彼とバービルと思われる人物が現れていたから、この男の能力はたぶん空間系。不意打ちができそう。私の相手じゃない」
「……なるほど」
それで無理矢理侵入した後がないのに、入ることができたのか。それで、多くの人間を殺して回ったと。
必ず、倒さなければならない存在だ。そうでなければ新たな犠牲者が出てしまう。
それに、能力が割り切れている相手なら、勝つのも容易い。しっかり対策を立てて、挑めばの話ではあるが、こっちにはこの国の精鋭が七人もいるのだ。うち一人は固有スキル使い。少し性格に難ありだが、その能力を明かしてくれた以上、しっかり作戦は立てられる。
あとは、見つけるだけ。
「じゃあ、私たちはラングスとファインの手伝いに行こう」
「……うん」
盗賊をしらみつぶしに回っていくというのは面倒だけど確実な方法だ。それに、こっちにはメイの「拡張」があるのだから、多少時間を節約できる。
こうして、私たちはレベリア・エゴエスア全ての盗賊の制圧に向かった。
ほぼ同時刻。ラングスとファインは騎士団、そして周辺住民提供の情報をもとに、盗賊の居場所を探索していて、次に騎士団が攻撃する予定だったという場所を早速見つけ、彼らはそこに乗り込んだ。
「よーし、とりあえず、ここくらいしかなさそうだな!」
「こいつらさっさと潰して、情報連れて帰ろうぜ、ファイン!」
「おうよ!」
意気揚々と壁を壊し、盗賊たちの住む村に入っていく。
「お前らが盗賊だな!」
そう叫んだラングスだったが、その場に人はいない。
「なんだ、これ。逃げられたのか? それとも……」
ラングスがそう言いながら、周りを見渡した時、
「ラングス、避けろ!」
ファインの叫びに応じ、ラングスは大きく飛び跳ねる。
「なんだ!?」
「敵だ!」
意気揚々と壁を壊し? それができたのは前回がたまたまだ。普通、見張りがいるんじゃないのか?
敵は自分たちを迎え撃つために村の中に誘導していった。
そう気づいた時には、もう遅い。ラングスとファインは百人ほどの盗賊たちに囲まれていた。
「やあやあ下民。俺のことかぎまわってるのはお前らか?」
一人の男がラングスとファインの目の前に現れる。
ブロンズの髪に青い目。
彼の姿を一目見るなり、その正体を悟ったラングスは叫んだ。
「バービル・エゴエスア!」




