第二十三話 強引な一手
「メイ。君なら確かにできるだろうな。だが、一つだけ言っておくとするならば、今の私たちの話は予測の域を出ないということだ。したがって、王に対して何かしら訴えるというのは正当性が存在しない。くれぐれも暴力的手段に出てはならない。無礼を働く行為もだ」
「でも、ドライ、だっけ。王を疑ってるんでしょ。理性よりも先に感情で」
「気になっているだけだ」
「俺は疑ってるぜ」
間に口を挟んだのはラングスだ。
「俺を王都に呼んでよ、なんか、えっとTSTか、任せる時のあいつの顔は信用できるもんじゃなかったぜ。顔見りゃあわかるぜ」
「王に対してあいつなど」
「様付けもしねえ奴に言われたかねえな」
「……なんだと」
「待って」
喧嘩になりそうな空気が流れたので止めに入る。すると、すぐに
「隊長はどう思うんだよ。あの王様は信用に値するのか」
「僕はエゴエスアの王には会ってない」
「…………」
「けれど、一つだけ言えることがあるとするならば、王を疑うなら根拠が弱い。今の僕たちが何かを変えるのは無理だ」
「なんだ、じゃあ、権力に屈しろってのか!」
「とにかく、僕たちが最初にすべきなのは盗賊に金を流していた固有スキル使いを倒すことだ。王が私たちに情報を吐き切っていないのは必ずしも王が悪事に手を染めている証拠にはならないし、裏があるのは間違いないが、それが悪だとは限らない。今、僕たちは明確に悪だとわかっているものを潰さなければならないだろ。それが国民のためだ」
「……わかったよ。だったら、早くぶっ潰そうぜ」
「せめて、固有スキルがなんなのかくらいわかっていればな」
ラングスとドライさんが口々に言った。
「問題ないよ」
それに対して、メイは、はっきりとした口調で言い切る。
「私の相手じゃない」
幼さの残る狂気じみた笑顔はそれだけで恐ろしい。けれど、
「敵の固有スキル次第では力が通用しない可能性もある」
そう私は指摘した。
女騎士カリアの使用した固有スキル「ヘイトマジック」は他者の固有スキル、そして、魔法を無効化するという効果を持っていた。例外的に上位の固有スキルである「レベリングコントロール」の効果や、櫻井祐樹の固有スキル「偉大なる男」などはその効果を無視できるが、おそらくそれは転移者に与えられた副次的な効果であって、この世界で生を受けたメイにそういう効果があるとは思えない。
ほとんどなんでもありみたいな固有スキルだから、どういう効果を発揮してきてもおかしくはないと思う。
「油断は禁物だから」
「…………」
「そもそも、メイは固有スキル使いと戦ったことはあるのか?」
「…………」
自分から話す以外には口は閉ざしたままか。お話にならない。そう思っていたら、メイは少し待ってから、口を開いた。
「二人殺した」
空気が変わった。
この中には殺人を経験していない人たちだっているだろう。いいや、こんな世界であったとしても、殺人経験者なんて少ない方だ。大体、私みたいな人生を歩んでいる人なんてそういない。
「私は絶対に負けない。最強だから」
メイは強く言い放つ。決して誰にも否定などさせないぞと主張するように。
「そうか」
ドライさんもその気迫にやられ、何も言い返せなくなってしまった。いや、ドライさんだけではない、この場にいる全員が同じ思いだった。
メイはなんとかしなければならない。シャワーを浴びながら、私は一人考えていた。あの性格は確実に破滅を招く。そうなれば、苦しむのはメイ自身だ。だから、彼女のためにも悪いことは悪いと言い聞かせなければならない。
多分、私は子守は苦手だ。けれど、レインさんやラングスにメイが心を開くとは思えないために、これは私が解決しなければならない問題でもある。
なのに、私の決意を揺らがすような発言を繰り返しやがって、腹立たしいことこの上ない。運命なんてぶっ壊してやると言い切ったのに、手を出さないのが正義だなんて認めたくないし、何もしなかったら、それはそれで悪いことが起こる予感がする。それの根拠は神の性格を予想したものによるために、妥当性なんてないのだが。
話は変わるが、短い髪、最大の利点は乾きやすく、洗いやすいことだ。時間がかからないというのはなんにしてもいいことだと思う。
そういうちょっとした利点を考えて、少しいい気分になって、気持ちを落ち着かせる。
次の瞬間、心はさらにざわついたのだが。
「なんで」
「あ、これラッキースケベってやつだ」
私が風呂から出たとき、私の目の前にはメイがいた。私は着替えをベッドの上に置いているので、全裸である。まあ当然、扉の鍵は閉めているわけで、その上、メイでもない限り、この屋根の下に人の部屋に無断に入るような人間はいないので、少しも警戒していなかった。
それゆえに度肝を抜かれた。
後から羞恥の感情が波のように押し寄せてきて、私から冷静な感情を奪い去る。
私はどうすることもできなくなって、そっとお風呂の中に戻った。そして、扉越しに話す。
「早く出てって」
叫ぶのはまずい。できるだけ小さな声だ。
「えっ、なんて?」
「聞こえてるくせに」
聴覚拡張があるのだから、聞こえないわけがないだろう。
「別に女の子に見られたっていいでしょ」
「よくない」
「私のこと、ただの子供じゃなくて性的な目で見てるから、裸を見られたら、恥ずかしいって思うんじゃないの?」
「いや、誰が相手でも恥ずかしいもんは恥ずかしいから」
「私はお姉さんに見られても恥ずかしくないけど」
「あなたの意見は聞いてない。早く出てって」
「……はいはい」
最後までしっかり音を確認して、そのあと、少しだけ風呂の扉を開けて、もう部屋にはいないのを確認してから、私は部屋を出た。そして、ベッドのところへ行き、着替えを手に取った途端、扉は勢いよく解き放たれる。びっくりして心臓止まったかと思った。いや、もしかしたら本当に止まっていたかもしれない。それに、お風呂に入ったばかりだというのにひどい寒気もした。
「チャーンス!」
抵抗むなしく、私は全裸のまま、ベッドに押し倒され、メイに馬乗りになられる。
「いっぱい、声出していいからね」
私は叫びだしそうになるのを必死で我慢して、大人としてメイをなだめようとする。
「待って」
「待たない」
「メイ、君、今何をしようとしているかわかる? レイプだよ、犯罪だよ」
「まだしてない。ほら、同意して」
「しない」
「逃げられないんだから、同意する方が得でしょ? 大丈夫、私なら今までにないくらいの天国にいざなってあげる」
「そう言う問題じゃない。私はあなたとしたくない。それだけ」
「でもー、あんな格好見せておいて、そんなのってちょっとひどいと思います―」
「あんな格好って、あんたが勝手に入ってきたんでしょうが」
「あんなの見せられたせいで、年、幾ばくも無い少女が一人むなしく、自分を慰めるって考えたら、かわいそうでしょ」
「私には関係ない」
「まあそう言わずに」
足をぐりぐりと押し当ててくる。流されるわけにはいかない。話が話だ。
「どかないと暴力に訴えるよ」
「勝てないくせに」
イラついた。裸を見られている羞恥を、この瞬間、怒りが上回った。
「いい加減にしろ」
発動させた風魔法でメイの軽い体が宙に浮かぶ。斜め上向きに吹き飛んで、壁に激突し、ずり落ちた。
「えっ?」
戸惑ったメイの顔に一発、平手打ちを食らわせてやる。
「何がえっ、だよ。なんでも自分の思い通りになると思うな」
「…………」
彼女はそう言われ、私をじっと睨みつけると、
「違うよ、お姉さんは何か勘違いしてる。なんでも、自分の思い通りになるけど、してないだけ」
「違うね。『拡張』には限界がある。いくら、自分の固有スキル自体を拡張したって、拡張の原義からは離れられない。自分でもわかってんだろ」
あくまで予想。
私は、今からメイを敵として認識する。その固有スキルの効果を暴き、精神的優位をひっくり返す。そうでもしなきゃ、彼女の暴走を止められない。
「……できるから」
そう言いながら、メイは顔を背けた。
「じゃあ、今ここで私を思い通りにしてみろよ」
そう言って、私は手を差し出した。メイの手の届く範囲。固有スキル「拡張」の発動条件はおそらく対象に触れていること。
できないのだろう。
「いいの? 昨日言ったよね、すぐにでも思い通りにはできるって」
「条件がある。そうでしょ?」
賭けだ。負ければ私は自分を失ってしまうかもしれない。けれど、固有スキルのバランスを考えれば、一人で何もかもを覆してしまえるような力を持てるはずがない。
何をどう拡張したら私の心を思い通りにできるというのだ。
メイはゆっくり手を伸ばした。そして、触れる。
さあ、何が起きる?
彼女が私の心をのぞき見できた理由。それは『拡張』で意識を混同させた――いや、違うのかもしれない。彼女は自分の知覚領域を拡張しただけではないだろうか。そう例えば私の中をのぞき見できるような。
「拡張」
そうメイは呟いた。
何かが走った。私の中を強引に引き裂き、中を、精神的内側に強引に干渉してきているような、いや、そういう感覚だった。心底気持ち悪い。
けれど、何かは私の心の奥底まで突き刺さろうとはするものの、できないようだった。私は私の核に触れられていないのだと確信できる。
そうして、気づけばその感覚から解き放たれていた。
「……さて、私はあなたの奴隷になった気はしないけど」
「…………」
黙ってしまったメイを置いて、私は服を着始める。いつまでも裸でいられるわけがない。服に袖を通したら、少しだけほっとした。
「メイ、あなたの『拡張』には限界がある。そうでしょ? それに発動条件もある。全部話してもらおうか」
「……なんで」
「私は隊長だから。チームの力を把握して、作戦を立てなくちゃいけない」
「違う」
メイははっきりと言い切る。そして、私の目を見据えた。
「お姉さんもただ、私の精神的優位に立ちたいだけ」
「だから、何?」
その指摘に、私は動じない。
「メイ、世界をなめるなよ。てめえがどうにかできる世界なら私は今頃、こんなに困っていない」
メイは私の目を見つめた。
「初めてあなたを見たとき、思った。あなたは私の思い通りにならないって。そう思ったらさ、ね」
にやりと笑う。
「意地でも思い通りにしてやりたくなる。ねえ、お姉さん。いや、佐倉凛。何もかもが信用できない佐倉凛」
メイはふらりと立ち上がった。その姿はまるで、立っているのが不自然に思えるほど力が入っていないように見えた。
「発動条件は気が向いたら、話すよ。そうやって、焦らしたほうが、いつまでもお姉さん、私のこと考えてくれるでしょ?」
そう言って、彼女はゆっくり部屋を出ていった。私も何かを言おうと思ったが、やめた。
「別に考えるくらい、いくらでもやってやる」
まあとりあえずはメイを脅威として捉えるのもやめられそうだ。依然、彼女の固有スキルがあまりにも強力すぎるのには変わりないが、彼女が私に明かしていた情報に嘘を混ぜ込んでいたのは間違いない。
「やっぱ、信用できないな」
とりあえず、目下の問題は盗賊に金を流していた固有スキル使い。それと、隊全体にある王への不信感の解決。正直、レベリア王が何かを企んでいるとは思うけれども、悪いことを考えているような人には見えなかった。エゴエスアの方は会ったこともないから、わからないけれども。
三日が経過したにも関わらず、私たちは固有スキル使いへの手がかりを掴めずにいた。
「騎士団は仕事してねえのか?」
ラングスがいらいらしているようで、悪態をついた。それに対し、レインが
「まあ騎士団も大変でしょうし」
となだめる。
騎士団は捕らえた盗賊たちの尋問をし、資金源はどこか、どれくらい大きな組織なのか、といったところを聞き出しているはずだ。そして、その情報を私たちへ流してくれるという約束を結んでいた。
けれど、三日経っても、何も出てこない。いや、私たちが焦りすぎなのかもしれない。長丁場だ。ゆっくり待つしかないのかもしれない。
だなんて思いながら、イライラを落ち着かせていると、騎士団のところに言っていたドライさんが帰ってきた。
「お、ドライ! なんか情報あったか?」
ラングスがいきなり尋ねる。その質問に、ドライさんはゆっくり頭を上げ、その場にいた全メンバーに対して発言した。
そして、その一言はその場の空気を一変させた。
「捕らえられていた盗賊たちの半分が死亡。調査は打ち切られた」
 




