第二十一話 拡張
私の思考を読み取ったのか、メイは私から体を離して、
「凛さん」
そう、はっきりと口に出して言った。その声は私の記憶の中のシュワイヒナの声そのものだ。
「……自らの出せる声を『拡張』で広げた、そうでしょ」
イライラした。シュワイヒナはシュワイヒナであってそれ以外の何物でもない。それ以外の何かが代用できるわけがない。この世にシュワイヒナという人間は一人しかいないのだ。
だから、目の前のシュワイヒナ・シュワナという人間を知らない馬鹿に彼女を真似されたのが許せなかった。
しかし、怒鳴りつけようとした私を制止したのはこの屋根の下にいるのは私とメイだけではないという事実だった。だから、私はすんでのところで抑え、話し始めた。
「私が大事なのはシュワイヒナ・シュワナただ一人。他の誰かが変われるものじゃない。私はシュワイヒナの見た目だけが好きなんじゃない。私はシュワイヒナの声だけが好きなんじゃない。私はシュワイヒナ・シュワナの全てが好きなの。何かが欠けるのは許されない。わかって」
私はそう言い、メイにこの部屋から出るように促した。しかし、彼女はそれに応えようとはしない。私の発言にちょっとふてくされてほっぺを膨らませたが、すぐに笑顔を取り戻し、
「ねえ、お姉さん。私、お姉さんのこと心配で心配でたまらないんだよ。だって、お姉さん、それは一人で抱え込むには大きすぎるよ」
「…………」
この子は昨日、私の思考を、記憶を固有スキルを用いて読み取っている。だから、彼女は知っているのだ。
私の目下最大の問題。
魔王化。
「私には話してもいいんだよ。私なら話せるでしょ。私は誰かに口外したりはしない。私はお姉さんに寄り添ってあげられる」
「…………」
自分の価値を必死にアピールして就職面接のつもりか?
「私はメイのことも大事にしようとは思っている。けれど、それは仲間としてだから。恋人としてじゃない。それに、私には自分の悩みを人に話す必要はない」
「何人殺したか聞かれただけで顔、真っ青になるのに?」
なかなか痛いところを突いてくる。
けれど、それは殺人が御法度の世界から、生きるために必要になる世界に来たというギャップを感じさせられたからだ。十五年と、二年ではその濃さこそ違えど、長さが全然違う。
「フェアじゃないか。じゃあ、私のことも話してあげる。それから、もう一回考えてよ。私、かわいそうな人だから」
自分で自分をかわいそうだと口に出して言うもんじゃないと思うが。
それより、人の話を聞くと言っておきながら、本当は自分について吐露したいだけじゃないか。
「私さ、家族がいないの。みんな殺されちゃった。知ってる? 中心都市はけっこう、治安良いけど、地方になると一気に悪くなる。悪い人たちが跋扈する地獄。そんな場所で私は私に与えられた力の核心を掴んだ」
家族が殺された人なんていっぱい見てきた。そして、それから強くなった人も。シュワイヒナもそうであったから。
「私は私の固有スキル『拡張』を拡張した。概念に干渉する最強の固有スキルへと昇華させた。私の両親は成し遂げられなかった大技。自慢に聞こえるでしょ? 逆だよ。こう覚醒しなければならぬほど追い詰められてたんだよ」
「だから、何?」
「ずーっと、ずーっと、ずーっと一人ぼっち。私はずっとずっと孤独だった。私は強くなりすぎた。この力を求める人間は汚い。私はこの国の誇る最終兵器となった。私なら全てを一人で解決できるから。けど、そんなのは私に寄り添う何かじゃない」
満面の笑みは決して崩さない。本当に、心から幸せそうに私を見つめた。
「別に、私は誰かに寄り添って欲しいわけじゃない。私はまだこの世界に絶望したくないの。私の『拡張』で知覚領域を広げれば、きっと私はこの世界の真実を、この世界の成り立ちを、私の運命を知れる。けれど、それはしない。私は知り過ぎたくはない。私はまだ長く生きていたい!」
声が段々大きくなる。強く興奮しているようだった。これ以上大きな声でしゃべられると、外に聞こえてしまう。
「私は本当に好きな人と一緒にいたい。私はこの世界に彩がほしい。だから、お姉さん。私と一緒にいて。私の世界を明るくして」
「……私は、何をすればいいの」
「私と添い遂げて」
「無理」
私は人を救いたい。それでも譲れないものはある。だから、妥協案を提示することとした。
「いつか別れが訪れる。ただ――」
その時だった。私の部屋の扉が叩かれた。
「入るぞ、リク」
「待――」
ドライさんは問答無用で私の部屋の扉を開いた。当然、メイの姿が映るわけだが、それに対し、ドライさんは少しだけ目を細めただけで、すぐに本題に入った。
「盗賊の襲撃だ。助けに行くぞ」
「わ……わかった」
私は少し言葉に詰まりながらも、答える。そして、ドライさんはすぐに扉を閉めた。
「メイも行くよ」
「……はい。私が最強だって証拠見せてあげる」
メイはにやりと笑った。
目的地までは一キロと少ししかなかった。近いから呼ばれたのだろう。馬で移動している。メイはレインさんが一緒に乗せていた。
「ああ……リク。一つ言っておく」
ドライさんが途中話しかけてきた。
「子供と恋愛関係になるのはよせ。これは人生の先輩からのアドバイスだ」
「別になってません」
「メイと仲良くなるのは私たちにとって重要なことではあるが、そこまでのものは求められていない」
「だから、違いますって」
「……それならいいが」
ドライさんがため息をついた。絶対に信用されてない。
「聞こえてますよ」
メイが背伸びして、私の近くで囁いた。私も小さな声で、
「他の人と話す気はないの?」
と尋ねるが、答えずじまい。何がしたいのか。
そうこうしているうちに、目的地にたどり着いた。
既に盗賊はいない。話を聞くと、殺された人はいないらしいが、最近採れたばかりの農作物をだいぶ持っていかれたらしい。食料にでもするつもりなのだろう。
「どっちに行きましたか?」
と尋ねると、割と深めの森のほうを指さしたので、私たちはそっちに向かうこととしようとしたが、
「面倒」
メイが初めて口を開いたかと思ったら、そんな言葉だった。
「面倒って、お前、ここで盗賊潰しとかなきゃ、またいつ被害が出るかわかんねんだぞ」
ラングスが言う。けれど、メイは彼の言葉は完全に無視して、私のすぐ傍へ近寄った。
「隊長、私ならすぐに盗賊のアジトわかるけど」
あくまでかわいらしくほほ笑む。何が言いたい。
「私のお願い、一つ聞いてね」
「…………」
そのお願いなんて大体予想がつく。さっき、言ってきた内容とほとんど一緒だろう。私はシュワイヒナを裏切りたくはない。浮気なんてしょうもないことはしたくない。肉体関係なんてなおさらだ。
「仲間でしょ。情報提供くらい無償でやってくれないと」
「でも、私がいなきゃ困るんでしょ」
「……それはそうだけど」
「じゃあ、お願いするしかないよね」
仲間たちの視線が集まる。みんな、私にお願いを聞いて欲しそうだった。
後で、なんか適当にはぐらかそう。
「わかった」
「やったー! じゃあ、早速アジト、探し始めようか。拡張」
そう言って、彼女は目を閉じる。
「視覚、聴覚、嗅覚の拡張」
目を開いた。それから、ニヤリと笑った。
「固有スキル解除。わかったよ。盗賊のアジト。ここから三キロメートル離れた廃村。まだ盗賊たちは移動中。数は百程度。余裕でつぶせる。ついてきて」
そう言って、彼女は走り出した。
「足、速すぎね?」
「もしかしたら馬よりも速い」
ラングスとファインが後ろでぐちぐち言っている。が、私もドライさんもメイを見失わないようにするので精いっぱいだった。
まあ確かにいくらなんでも速すぎる。固有スキル『拡張』で身体能力までも拡張しているのだろう。シュワイヒナの超加速の時程ではないが、人外じみている。
「待ってくださーい」
足が遅い方のレインなんてもう遥か後方だ。彼女の魔法の実力は確かに一級品だろうが、身体能力はそこまでではない。
すぐに見えてきた。十分くらいでついた。確かに村にガラの悪そうな人たちがたくさんいる。
「遅い」
私に対してメイが文句を言ってきた。
「で、これ全部殺して良いの?」
無邪気な笑顔でとんでもなく物騒なことを言う。
「ダメ。更生させて、社会復帰の機会を与えないといけないから」
「つまらないね。じゃあ、何、死なない程度に?」
「まあ、待って」
私たちに気づいたようだ。たくさんの男たちが私たちのほうへ近づいてくる。
「おい、来客者の話なんざ聞いてないが。誰だ、お前ら」
「国の者です。あなたたちが即座に降伏し、真っ当な人生を送るよう生まれ変わるというのなら、何の危害も加えません。しかし、あなたたちがそれを受け入れないのであれば、力ずくでも受け入れてもらいます」
私の発言に男たちは眉をひそめ、リーダー格と思われる男が前に出て言う。
「なあ、少年よ。てめえ、誰に喧嘩売ってると思ってんだ?」
「……それも理解してないと思いますか?」
「やる気だな」
「当然」
「おい、てめえら! 行くぞ!」
雄たけびを上げ、男たちは手に武器を取り、走り始めた。
「ねえ、隊長。殺さなければいいんだよね」
「……何をする気?」
「下がってて」
ようやく、私たちの下へたどり着いたレインさんが
「ひええ!」
と声を上げた直後、レインさんは同じ言葉をもう一度発した。
「拡張炎魔法」
メイはそう確かに声に出した。
瞬間、私たちは、メイを除くその場にいた全ての人間は信じられないものを見た。
炎は走っていた男たちの身体から噴き出した。当然、全身にやけどを負い、彼らはその痛みにもがき苦しむ。地面に倒れ、私たちへ攻撃しようとしていた意欲など完全に消え去って、今はただこの苦しみから逃れたいという風でもあった。
おかしい。
魔法は本来、発動者を中心に放たれるものだ。任意の人間の身体から噴き出すなどありえない。
それを可能にしたのがメイの固有スキル「拡張」ということか。何をどう拡張したらこうなるのかは私にはさっぱりわからないが、最初から、おそらくメイは用意していたのだろう。彼女の「拡張」の力はおそらく永続的なもので、何かを拡張した際、それを意識して解除しない限り、戻ることはないのだろう。
「火力抑えたから、たぶん生きてるよ」
それでも瀕死なのは間違いないだろう。
これ以上火力を上げれば、おそらく魔獣すらも一撃で焼き殺せる炎になり得る。
回避不可能かつ食らえば即死。
いくらなんでも理不尽が過ぎないか?
「レイン、消火して!」
「わ、わかりました!」
彼女の水魔法がなければ、本当に男たちは全員死んでいた。私の闇覚醒時に発動する回復魔法は他者に使えないので、回復魔法使いはこの場にいない。だから、しばらくはこの傷のまま我慢してもらうことになる。
圧倒的強さを見せたメイに怯えたのか、村の別の場所にいた人たちも投降し、私たちは最初の仕事を終えた。
それから、一つ、盗賊から話を聞いた。
「あの……あなたたちに、こんなこと言うのは、あの……話が違うかもしれませんが、えっ……俺たちに更生してほしいのなら、上をどうにかしてくれませんかね」
「……上?」
「お、俺にもそれが誰かはわからねえ。だが、固有スキル使いが二人、いるらしいんです。そいつらが、俺たちに金をくれてまして……」
「…………」
固有スキル――私たちは対固有スキル使い用少人数制特殊部隊。まさか、王はここらにいる盗賊の裏に固有スキル使いがいるのだと知っていて、これを組織したのではないだろうか。
しかし、盗賊を潰すくらい王直下の騎士団を使えばなんてことはないだろう。それならば、何を……。表向きにはできない、何かをつかんだというのか? だからこその少人数制という可能性もあるような気はする。
考えなくちゃいけないことが多すぎて頭がパンクしそうだ。
とりあえず、みんなに協力してもらいながら、盗賊たちの身柄を後から来た騎士団に渡して(この時点で、さっきの私の考えは意味を為していないのかもしれないが)、私たちは帰路につく。
「しっかし、メイちゃんすげえな」
ラングスの発言を無視。
「ほんっと、メイちゃんすごいっすよ」
ファインの発言も無視。
「ね、すごいよ、メイちゃん!」
レインの発言すら無視。
やはり、この性格は変わりそうもないようだ。前途多難。
私は小さくため息をついた。




