第二十話 メイ
初めて声を聞いた。思ったより低いが、幼い声だ。けれど、どこかに狂気のようなものも感じる。しかも、こんな完璧な男の格好をしているというのに、一発で性別を見抜かれた。
本当にいったい何者なのか。
そう思っていると、
「部屋入るね」
と言われ、当たり前のように私の部屋に入り込んできた。それから、私の手を払い、ドアを閉める。
「良い部屋だね。おねえちゃんに似合ってる」
「あ、ありがとう?」
「なんで、クエスチョンマーク? まあいいや」
そう言って、私のベッドの上に腰かけ、
「こっち来て」
そう言って、彼女はベッドの隣をパンパンと叩く。正直、私のベッドに他の人に座られるのがとてもとても嫌なのだが、それはまあいいとして、というか考えないこととして私は彼女の隣に座った。
彼女は私の太ももに手を置き、話し始める。
「お話ししようよ。あの男二人、つまんなかったからさあ、リクおねえちゃんと話したい」
「僕のところに来なくたって、レインのところに行けばよかったのでは」
「ぶー。いじわる。そういうこというんだ」
「あ……ごめん」
「わかればよろしい。とりあえず、なんで男の格好しているのか教えて。あと本名も」
得体の知れない恐怖を感じる。一体、このメイとかいう少女は何までわかっていて、発現しているのか。一体、何を考えているのか、私に何を求めているのか。
「男の格好しているのは……男のほうがいろいろ楽だから。ほら、女だと何かとなめられがちっていうか、それが嫌で……。で、本名は……言えない。先に、あなたの目的を教えて」
「……目的? お姉さんと仲良くなりたいってことかな」
真面目に答える気はないのか。
「お姉さんも、私と仲良くなれば得はあると思うよ。私、最強だから」
「えっ?」
「お姉さんが私にお願いすれば、いつでも助けてあげる。他の誰も知らない。エゴエスアの馬鹿王様も知らないよ。私が最強ってこと」
そう言って、彼女はぐいっと体を私へ近づけ、下から見上げる形で、私を見つめた。
「せっかく、好意を持ってくれている相手がいるんだから、素直に受け取っておくのが得なんじゃない?」
「…………」
やはり怖い。腹の奥に何かどす黒いものを隠しているような気がする。
「……せめて、固有スキルを教えて」
「やだ」
「……ま、別に仲良くなるだけならいいけど。……仲良くなるってどうすればいいの」
「お姉さん、女の子が好きでしょ?」
「は?」
上目づかいで見つめられながら、そんなことを言われるんだから、本当にびっくりした。
「わかるよ。私にはわかる」
「なんでわかるの」
「女の勘」
「…………」
「まだ、幼いくせにって思ったでしょ。あのねえ、女の勘っていうのは小さいころからあるもんだよ」
真意が見えない。こんなにも人間の奥底というのは見えないものか。
「とりあえずさあ、私を恋……、あ、お姉さん。好きな人いるんだ」
「…………」
「いるんだ。めんど。ねえ、どんな人なの? かわいい子?」
「…………」
「かわいい子かあ」
「ねえ、なんでそんなに私のこと知った風な口きくの」
「私、わかっちゃうんだ。相手が何を考えているのかくらい」
「……固有スキル?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない」
……イライラしてきた。なんなんだ。本当に、私の思考がわかるのか。
「お姉さん、今イライラしてるね。私の言ったことが本当に正しいのか、わからなくなっている」
「…………」
「お姉さんの、好きな子の名前、当てようか?」
「…………」
「シュワイヒナ・シュワナ。銀髪の美少女。ふーん、結構かわいいじゃん。私ほどじゃないけど」
私は太ももに置かれていた彼女の手を取っ払い、距離を取った。
「やだなー、そんな怖がらなくていいじゃん。もうちょっとお話ししようよ」
「私はあなたが理解できない」
「だから、仲良くなりたいだけだって」
たかが仲良くなりたいだけで普通ここまでするか? 大体、人の心が読めるならわざわざ私を怖がらせるようなことをするか?
ただ一つ、教えていないのにシュワイヒナの名を言えたことなど、彼女には心、または記憶を読む力があるのは間違いない。固有スキルの効果だと思う。だが、心を読む力ならアンさんの固有スキル「見透かす目」とかぶる。血統が違うだろうに、固有スキルは一緒なんてあり得るのか?
それに、失礼だが、あの固有スキルだけで自分が最強だと言う理由にはならないはずだ。
こいつの、固有スキルはなんだ?
「私はお姉さんと戦いたいわけじゃないよ」
「仲良くなりたいっていうなら、腹を割って話しなさい」
「……ぶー。めんど。まあいいや。どうせわからないだろうから、教えてあげる。私の固有スキルは『拡張』。この世の概念や物などを拡張する能力だよ。私は今、私とお姉さんの意識を拡張させて、混同させた。だから、私がお姉さんに触れている間だけ、お姉さんの何もかもがわかるの。どう、理解できる?」
「……まあまあ」
ただの「拡張」なら、物体を大きくしたりと言った感じだろうか。だが、それが概念にまで適用されるとなると、話しは全く違ってくる。そもそも概念に干渉する能力というのがかなりやばい。
自分を最強という所以もわかる。しかし、一口に概念と言い切ったが、それがどの範囲まで適用されるのか。もし、なんにでも適用できるなら、一人で世界を滅ぼせるほどだ。
「だから、私はこうやって手を取るだけで、お姉さんの考えていること全てがわかる。ね、お姉さん。私はあなたの全てがわかるんだよ。全てを理解して寄り添えるんだよ。どうして、こんな存在である私を拒むの」
いつの間にか、距離を詰めて、私の手を取っていたメイが妖しくほほ笑む。
「まだ、嫌なんだ。あのさあ、この説明を聞けばわかったかもしれないけど、私の能力を使えば、お姉さんを強引にかわいい奴隷にしちゃうこともできるの。そんな強引な手を取らないってことはそれだけ私がお姉さんと清く、真実の愛情を育みたいと思っているからだよ。さあ、受け取ってよ。私の想い」
ダメだ。否定だけじゃ話が進まない。それに、この少女に抗うのはあまりに危険すぎる。私の意識を、奪われる可能性まである。
「……わかった」
「……怯えてる。ひどいなあ。まあ、いいよ。精いっぱい、私の方振り向かせてあげるから」
扉がゆっくりと閉まる。完全に閉まりきる寸前、彼女は暗く俯いた。けれど、少しだけ垣間見えた彼女の顔は確かに笑っていた。
結局、その夜はあまり眠れなかった。
翌朝、私が朝ごはんの担当だったので、割と早起きして、思ったよりも何も入っていない冷蔵庫に愚痴りながら、ちゃちい目玉焼きを作りつつ、パンを炎魔法のファイン君に焼いてもらっていると、
「リクさんって、女の子っぽいっすよね」
と彼が話しかけてきた。
「へっ?」
「なんとなくっすよ。はい、焼けました」
「あ、ありがとう」
魔法は便利だ。特に炎魔法は本当に家事に役立つ。
「リクさん、任務、なにすりゃあいいんですか?」
「まあ……なんにしろ人助けでしょ。魔獣討伐も固有スキル使いの犯罪防止も」
「そりゃあそうっすね。俺、人助け好きですよ!」
「ならよかった。ま、じゃあ僕たちの仕事は人を助けるために強くなることだから、筋トレやらなんやら、ちゃんとやっといてね」
「ええー、どうせだから、ぱあっと華々しく活躍したいんですけどね」
「活躍の裏には努力があるから。ほら、できた」
喋っている間に時間は過ぎ、料理は完成していた。
「おい、隊長、これじゃ足んねえよ!」
「じゃあ自分でなんとかしろ。ラングス、今日買い出しだろ」
「えっ、じゃあ、俺の好きなもん買ってきていいんすか!」
ファインが横から食いつくように話に入ってくる。
ラングスとファインはまだまだ子供っぽい。
「もう、男の子ったら、ご飯くらい黙って食べてくださいよ」
怒るレインもちょっと子供っぽく見えた。言い出しちゃキリないけど。
反面、ドライさんは物静かで大人っぽい。挙動の一つ一つが様になっているんだから、すごいと思う。
まあ、全部「っぽい」で何も真実ではないんだけど。
さて、例のメイは私の作った目玉焼きを嘗め回すように見て、皿を持ち上げてから、飲むように食べた。そして、にーっと私の方を見てほほ笑んだ。
「ねえ、メイちゃん、そろそろ喋ってくんね?」
ファインが話しかけるも、メイは知らんぷり。
「別に私たち怖い人じゃないですよ」
そう言って、レインが手を伸ばすと、メイは彼女の手を叩いた。
「ちょっ、痛いじゃないですか!」
レインが文句を言うと、メイはぷいとそっぽを向いてしまった。
「メイ、人を叩かない」
私が注意すると、メイは私の方を見つめた。そして、席を立ちあがる。
「ちょっ、ご飯中に席を立つな」
無視して、彼女は私の方へ歩を進める。半ば本能的に私は椅子に座ったまま、後ろの方へ下がっていくが、たいして下がれるわけもなく、メイはもう、私の真ん前に立っていた。
「何をする気だ、メイ!」
呆気に取られている私含め、四名に代わり、ドライさんが初めて声を上げる。しかし、そんな声も無視して、メイは私の肩に手を置いた。そのまま、一気に顔を私の耳元へ近づけ、
「今まで、何人殺した?」
彼女はそう囁いた。
あろうことか、私はその言葉をまっすぐ受け入れてしまった。聴いてしまった。そして、その言葉は私の後悔の念を引き起こすのに、いや、後悔とは少し種類が違う。この今、一瞬の平和は仮初の平和であると、私は今、あの本当の意味で平和だった日本での生活とはまるで違う地獄にいるのだと、思い起こさせるのには十分だった。
ご飯を食べたばかりだったか、食道を逆流するものがあったが、すんでのところで飲み込み、私はメイを私の傍から引き離す。その刹那、彼女はもう一言、言葉を発した。
「私なら、その地獄からお姉さんを救ってあげられるのに」
彼女は何事もなかったかのように、自分の席に戻り、パンを一口で平らげると、部屋に戻っていった。
「隊長、大丈夫っすか!」
しばらく惚けていた私にファイン君が肩を揺らして正気に戻してくれた。
「あっ、うん大丈夫」
「……メイはどうにかしなければいけないな。全く、エゴエスアの王は何を考えているのか。ラングス、何か知らないのか?」
「俺たちもなーんも知らねえ。どんだけ話しかけても答えてくんねえんだもん。ちょっとでも体に触れりゃあ攻撃してくる。コミュニケーションの取り方を知らねえのか」
「……難しい」
一体全体どうしたらいいというのだ。
あまりに強すぎる固有スキルに他者との関係を完全に閉ざしてしまった性格。いや、逆にあまりに強すぎる固有スキルがゆえに他者との関係を閉ざしてしまったのかもしれない。
それにしても、なぜ私にだけ。
その理由をメイは明白に話してくれたというのに、私にはどうしてもそれを信じることはできなかった。
部屋に戻ると、
「おかえりなさい。お姉さん」
メイがいた。驚きはない。特に理由もなしに、私は部屋にはメイがいるだろうと予期していた。けれど、一種の常套句というか、ごく自然に驚いていたかのように振る舞いつつ、
「なんでここにいるの?」
そう尋ねた。
「なんでここにいるの、か。お姉さん、意外とかわいいね」
「…………」
「ちょっと照れてる?」
「んなわけないでしょ」
何が言いたいのかわからないだけだ。
「とりあえず、私の質問に答えなさい」
「そんなにころころ一人称変えたら、いつかあの人たちの前でも間違えちゃうかもよ」
「なんで、あなたに心配されなきゃいけないんだか」
まあ口調を変えるのは結構、得意になってきているものの、危なっかしいと言えば危なっかしい。それに、自分の素が一体どちらなのか、時々わからなくなる。
「さて、本題に入ろう」
メイは立ち上がって、くるっと一回転した。長く白い髪が一緒になって回る。
「抱いて、お姉さん」
「は?」
メイは一気に距離を詰め、私をきつく抱きしめた。
「私、お姉さんのことが好きで好きでたまらないの。一目見たときから、運命を感じたの。私、お姉さんに初めてを捧げたい。私、お姉さんになら、全てを見せられる。お姉さんのためなら、世界だって敵に回せる。ね、私と添い遂げて」
「…………」
率直に言おう。何もかもを包み隠さずに、この時の私の本音を言おう。
面倒だ。そう思った。
 




