第十八話 修行と試練
「げほっ」
せき込みながら、私は魔獣を睨んだ。一体は風魔法奥義風神で一撃で倒せたが、逆にそれほどの火力がなければ勝てない。敵の攻撃をかわしながら、マジックポイントの回復を待ちつつ、剣で敵の体を抉る。どうやら、魔獣は回復魔法が使用できるようで、どれだけ傷をつけても、致命傷は負わない。
「私と一緒じゃん」
笑いながら、攻撃した。
魔獣はイノシシに似ている。突進は速いし、一発受けただけで普通なら致命傷。私とて回復に時間がかかる。その間に攻撃されたら所謂「処理落ち」に陥る可能性があるので危険だ。死への危険性はできるだけ排除しなければならない。
一時間後、魔獣のマジックポイントが尽きる形で勝負はついた。
そんなこんなではや二か月と少し。毎日魔獣を狩り、獣臭くてかたい肉を焼いて食べて、筋肉をつけながらレベルを上げる。異様に強い分、経験値はおいしいが、レベル百は遠い。戦闘もかなりしんどいし、飯もまずいから、正直もうやめたいが、甘いことは言ってられない。
日付は正しければ十月二日。良い感じに暖かくなってきた。徐々に北上しながら東に向かい続けているために、この暖かさもいずれなくなって、寒くなっていくのだと思うと、季節の感覚が狂ってしまいそうではある。時差ぼけならぬ季節ぼけ。なんつって。
さて、ここからが本題。
この日、私は街の跡にたどり着いた。
奇妙。
最初、私はそう感じた。なんせ、滅んでから相当時間が経っているだろうに、妙に小ぎれいで、人がいないはずなのに、いると思わせてくるようなのだ。だから、奇妙。寒気がする。
私は初めに街と呼称したが、村と呼ぶ方が正しいかもしれない。結構広い場所ではあるが、目立った建物はない。少し前に通過した街に大きな建物などはいくつかあったから、ここは住宅と畑くらいしかないのだろう。
未来ちゃんを連れながら、なんか服とか残されてないかなーと物色していたところ、さらなる寒気を感じた。
人がいる。直感的にそう感じた。未来ちゃんも何かに怯えるみたいに私にすり寄ってくる。
魔獣。
気づけば私たちは囲まれていた。数は六体くらいだろうか。相手できない数ではない。
風魔法奥義風神は魔獣との戦いを繰り返しながら、改良を重ねてきた。マジックポイントの出力を下げ、また威力も十分な量になるように調節。それによって、風神を二回までなら連発でき、三十分間のインターバルを置けば、三発目も発動できるようになった。
六体が相手ならば、敵をある程度まとめてから、一気に片付ける。そうすれば、未来ちゃんも安全だ。問題はどうまとめるか。
「おー、気、張っちゃって怖いねえ」
「は?」
突如として聞こえてきた声に思考が止まる。さっき感じた人の気配の正体か、そう思ったが、あまりにも強大すぎるそのオーラは相手してはいけないものだと、玲子さんにも似たそれであった。
見上げれば、そこには
「大丈夫、君たちを襲ったりはしないよ、佐倉凛」
白髪の少年がいた。
身長はそれほど高くない。しかも童顔だ。けれど、口元に浮かべた笑みはそれに似つかわしくない凄惨さを持つ。
そして、圧倒的に白だった。白い服に、白い肌。白い髪。その様子は人間と呼ぶのはどこか気持ち悪くて、違う何かだと思いたくなってしまう。私の名前を、本名をいきなり呼ばれたのも気持ち悪い。
「そんなにビビらないでよ。僕傷つくなあ」
ふわりと家の上から、跳び、私の前に着地する。
「僕の名前はフレイム。よろしくね」
そう言って、彼は右手を差し出した。
「よ、よろしくお願いします」
私も怯えながら右手を差し出す。触れた掌は冷たい。けれど、握手は柔らかかった。
「なるほど。思ったよりも、いかれてない。君が殴りかかってくるような人じゃなくてよかったよ」
私をなんだと思っているのか。
「さて、話しをしようか」
手を放して彼は言う。私もそれに従うこととした。
ぼろぼろな家々の中でも比較的奇麗な家に入って、席に着く。
「まず、僕は人間じゃない」
切り出しに既にクエスチョンマーク。
「頭おかしいのかなこの人って顔してるね。わかるわかる。体が壊れてすぐに復活した僕の姿を見てシュワイヒナも驚いてたし」
「えっ?」
何もかもがわけわからん。話が突拍子もなさすぎる。
「僕はドラゴンだよ。僕がここら一帯を滅ぼした」
「何言って……」
「この世界の物語の進む方向は必ずしも一つじゃない。シュワイヒナ・シュワナか、櫻井祐樹か、天上翔真か、瀬戸雄介か。誰が君を救うかは知らないけれど、君のいた世界にあったという一般的なRPGには乗り越えるべき壁が存在するだろう。それと同じように、君を救える人材を選別するために、大賢者が君を救うために設定される壁、それがここら一帯の異様に強い魔獣地帯なんだよ」
「…………」
「信じられないって顔してるね。でも、事実だ。この世界は最初から君による滅亡、そしてそれを回避するため尽力する英雄たちの物語でできあがっている」
馬鹿げている。
そもそも、この世界はなんなんだ?
「そう。大賢者はその動きを先導している人間の一人だ。それと、この世界を操る者は一人じゃない。大賢者もそうだし、君の知らない複数の人間が関わっているという」
「…………」
「残念なことに僕はこれ以上のことは知らない。どうせ、僕もこの世界の中にいる生物の一人。下から上を完全には理解できない。けれど、君は理解できるはずだ。君は、転移者は、転生者は上の存在だからね」
「上の存在?」
「本質的には神と等しいということだよ。すなわち、神からの干渉を受けづらい。神の与えた物語に抗える」
「ということは、神の言う私の魔王化はなくなる可能性があると」
「そして、僕はそのために君がすべきことを示しに来たというわけだ」
「…………」
「と言っても、今、君がやっていることとなんら変わりはない。レベルを上げて、固有スキルを解放する。神に、何を言われたかは知らないけど、君が信念を変わらずに抱き続ければ、きっと大丈夫だよ。シュワイヒナ・シュワナか、天上翔真か、瀬戸雄介か。誰かが必ず君を救う」
「さっきから言ってる天上翔真と瀬戸雄介って誰ですか?」
「転移者――と言っても、その説明じゃ納得しないな。天上翔真は時を操る能力者。瀬戸雄介は最強の盾と矛を持つ能力者。使い物にならない櫻井祐樹の代わりだよ」
使い物にならない――リデビュ島で自らの欲を貪り続けているから?
「神がどこまで考えて行動しているのかわからないがな。とりあえず、最悪の運命を回避できれば、この世界も解放される。君が嫌悪感を示したこの世界が君と、君のために存在するであろう英雄のためにあるという事実もなくなる。僕には君に頑張れと伝えることしかできない。最後に説得性を持たせるために僕がドラゴンであるという証拠を見せようか」
そう言って、彼は席を立ち、扉の方へ向かった。私も後を追う。
「ほら、見てごらん」
外に出たとき、そこには
「これが僕の本体さ」
本当にドラゴンがいた。ゲームの世界で描かれるドラゴンそのもの。茶色の体に夥しい数の鱗。線の細い目があって、口には大きな牙が何本も生えている。口から炎でも噴き出しそうだ。
「これで信じてくれたかい。僕の本体はこっち。僕はこれのお人形でしかない。さて、最後だ。佐倉凛。絶対に道を踏み外すなよ。お前の決断に世界の存亡がかかってると思え」
「……わかりました」
そう返事すると、フレイムは満足そうにうなずいて、彼の人間体はまるで霧だったかのように消えた。
「あんなの信じるの? 馬鹿?」
「あんたよりは信用できる」
「ひど」
「私」は相も変わらず、私の心を惑わせようとしてくる。
私のために存在する英雄――そんなのは気持ち悪い。私が英雄になるんだ。私の力でリデビュを守る。リデビュを解放する。
こんな気持ち悪いことばっかり言われる世界からは早くおさらばだ。
「ま、私には無理だよ」
「黙れ」
にやつく「私」はやけに楽しそうだった。
さらに一か月が経過したころ、私は久しぶりに人間に出会った。
廃墟となった大きな街を通るように道が作られていて、そこから入っていくと、数人、柄の悪そうな男たちがいたのだ。曰く、ここは盗賊の根城だったらしく、二人の少女――片方は獣人――が、ボスを殺して壊滅させたらしい。あとから聞いた話だが、彼らは魔獣の巣食う森までレベリアの騎士団が派遣されないのを知っていて、森を抜けた先の安全地帯を襲っては逃げ帰るというのを繰り返していたらしい。
今ではもう完全に解散となって、ここに残っている人たちは盗んできた荷物を運ぶ作業をしているらしい。曰く、もう返すのだと。
今までずっと盗賊をしていた人たちがそんなふうに改心するものかなあとは思ったけれども、その頭領がよっぽど怖い人だったらしく、強制的に盗賊にさせられていたこの人たちは解放されて嬉しかったよう。それから、大規模な掃討部隊が派遣されたらしく、盗賊になろうとした人たちは殺されたらしい。
救いがあったのかなかったのか。掃討部隊派遣からはもう一週間以上経っている。彼らの姿はどこか哀愁が漂っていた。
十一月十三日。私はレベリア首都リバルに到着した。この四か月の旅で私のレベルは九十まで上がった。残りは十であるが、もうほとんど上がらなくなってきている。日差しが強く、暑い。まだまだ竜王山は遠いし、リデビュと同じ季節になる場所なんてだいぶ遠くにありそうだ。先が思いやられる。私が竜王山に行く必要はないかもしれないが。
さて、リバルは大きな壁で囲まれていて、門の方に行くと、兵士が立っていた。
「……君はあの森から来たのか?」
「イーリアから来ました」
「本当か?」
「はい」
「俄かには信じがたいな。だが、この前のを考えると……。とにかく、兵団の方に面会に行ってもらいたい」
「……わかりました」
疑われるのは良い心地がしない。確かに元盗賊の問題があるからしょうがないのかもしれないが。それでもなんだかなという。
そうして、レベリア首都リバルに護衛付きで兵団の下へ送迎された。
「名前は?」
「リクです」
なんか地位のありそうな人に名を尋ねられたのでそう答えた。女だと思われたらなめられそうだし、髪はまだ定期的に短く切っているのでそう答えるのが良いだろうと思った。
「リク? ああ、トールが言っていた子か。これは失礼した」
そう名が出た途端、周りにいた数百人ほどの人たちが一斉に私に頭を下げた。えっ?
「戦争を終結へと導いた英雄だと聞いている。本当にありがとう。兵団を代表してお礼を言おう」
「い、いえ僕なんてそんな。トールさんのおかげです」
それと玲子さん。
「風魔法奥義だったかな。二万の敵兵をたった一人で吹き飛ばしたのだろう。あのトールが言うのだからな。間違いない」
「は、はあ」
「王が君を待っている。話があるそうだ」
私がどうしたいとか一切聞かれることもなく、私は王のところへ連れていかれた。
「君が件の風魔法使いか。この度の戦争では多大なる武功を挙げたと。国民を代表して礼を言わせてくれ。ありがとう」
「ど、どういたしまして」
私は王に跪き、見上げるような形でそう言った。
「君の出身はどこかね?」
「……リデビュ島です」
「……シュワナ王国か?」
「はい」
「実はな。二か月前にシュワナ王国の王女が用心棒としてこの国を訪れ、わしの娘をエゴエスアへ送ってくれたのじゃ」
「本当ですか!」
王の御前でこんなことしたらまずいとわかっていながらも、私は大声で反応してしまった。
「それって、シュワイヒナ・シュワナですか」
「ああ。彼女の連れの獣人はうちの騎士を圧倒するほどの実力者じゃった」
じゃあ、あの盗賊を壊滅させたのがシュワイヒナってことなのか?
「アレウスのあれは本当だったんじゃな。して、君に頼みたいことがある」
「えっ?」
「この度、エゴエスアとのさらなる親交を深めるため、連合軍を組むこととなった。そのうちの対固有スキル使い用少人数制特殊部隊のリーダーとなってほしい」
「えっ?」
私は完全に固まってしまった。




