第十一話 急転
街に入って、すぐの場所には市場があった。どうやら、今は市場のにぎわう時間のようで、たくさんの人が市場で買い物をしていた。野菜や肉類、そんなものがたくさん売っており、どこも活気に満ちていた。
ただ、私はいまいち、こういう場所が苦手である。こういう喧騒に包まれた場所は幼いころから苦手だった。家で一人でいるのが好きだったということもあるのだが、ゲームセンターや、大型ショッピングセンターやテーマパークなどという場所は一度も行ったことがないと、憧れて行きたくなるものだが、一度行くと、行きたくなくなるのである。親と一緒に行っても、そんなに楽しくなかったし、修学旅行で行った場所は友達と一緒だったからか、それなりに楽しかったのだが、うるさい場所はおそらく生理的に無理なのだろう。
「すごおおおい、すごいですよ! 凛さん!」
シュワイヒナはすごく嬉しそうだった。さっきの状態から解放されたからか、それともシュワナにいたころは、こんな景色見たこともなかったからか、あるいはその両方か。シュワイヒナは賑わっている市場を見た瞬間に、目を輝かせていた。
シュワイヒナと一緒だったら引っ張られて楽しめそうだと思った。
「ふふーん、すごいでしょ。うちの市場は。規模はシュワナの三十倍よ」
「三十倍ですか。そんなにもなるんですか?」
「ええ、ちゃんと私もシュワナに調査しに行ったんだから間違いないわ。すごいでしょ」
桜さんは胸を反らせ、えっへんといった感じでドヤ顔をした。
「いやあ、本当にすごいでしょお」
なんだかラルシアも自慢げだった。そんな様子をしていてもかわいい。
「さあ、行きましょう」
市場の中に桜さんが入っていく。私たちもそのあとを追いかけて行った。
「そういえば、桜さん、私もシュワイヒナもお金、持ってないんですけど……」
「ああ、そうだったわね。それなら、これ」
桜さんが、何やら巾着袋みたいなのを二つ、私とシュワイヒナに渡した。ずっしりとした重みを感じた。開けると、中にはたくさんの硬貨が入っていた。どうりで重かったはずだ。
「それだけあれば、まず困らないわよ。ここ一か月分の給与ってことで、お願いね」
「はい!」
お金を手に入れたのは純粋に嬉しかった。シュワナ時代には私は買い物をしていなかったから、何気にこの世界のお金に触れるのは初めてだ。
「ここには大体のお店があってね、服屋さんもあるし、スイーツみたいなのもあるんだよ。そういうの好きでしょ、シュワイヒナ」
「え、よく知ってますね」
「まあ、見てるとなんとなく分かるんだよ」
なぜ、分かるのか。桜さんはこういうところある。なぜか分かっていることが多々あるのはおそろしいところでもあった。
「で、どうする?」
と、桜さんが聞いてきた。
「とりあえず、凛さん! 私と回りましょう!」
シュワイヒナがニコニコしながら、言ってきた。期待に目を輝かせ、この上ない笑顔を咲かせている美少女のお願いをどうして断ることができようか。
「じゃあ、私たちは私たちで回るからさ。気が晴れたら、戻って来てね。今日のことは湊にもアンにも伝えているから。心配しなくていいよ。楽しんでおいで!」
こういう訳でシュワイヒナと共に回ることになった。シュワイヒナが私の手を握って、
「さ、行きましょ!」
と笑顔のまま、言った。その様子を見て、鼓動が早くなった。なぜかは分からない。私は胸に手を、当て、深呼吸すると、頷いて、シュワイヒナと共に手を握ったまま、歩き始めた。
「あれ、おいしそうじゃないですか! ソフト……クリーム……? ってやつです!」
そう言いながら、指を指した方向を見ると、日本でよく見かけるソフトクリームの置物が店頭に立っていて、「ソフトクリーム発売中」と書かれた旗が立っている店があった。
「あれ、なんですか? 知ってますか?」
とシュワイヒナが首を傾げて、聞いてくる。確かにこの世界にあるとはびっくりだ。というかこの世界には確かまだ、冷蔵庫がなかったはずだ。どうしているのだろう?
「あれはその……なんというかな。説明しずらいんだけど……」
「その、元の世界……でしたっけ。そこにあったものなんですか?」
「うん。そうなんだけど……」
「おいしいですか!」
シュワイヒナが目を輝かせて聞いてきた。
「う、うん。冷たくておいしいよ」
「冷たいんですか!」
「うん、そうだね」
そう言えば、この世界で冷たい食べ物なんてほとんどなかった。この地方は現代日本よりも少し暖かいくらいで、雨も日本とほぼ同じ回数降るような感じの気候で、しかも南北に長いわけでもないので、氷というものがあまりないのだろう。だから、冷たい食べ物などほとんどないのだ。
「とりあえず、行ってみましょう! ものは試しです!」
シュワイヒナに手を引かれ、その店に入っていった。
「いらっしゃいませー」
もはや言うまでもないことだが、この店員さんもかなりの美人さんだった。もう、美人しかいないことが当たり前になってしまっている。
「ソフトクリーム一つ……いや、二つ! お願いします!」
シュワイヒナはそう言って、私の方を見上げて、ウインクした。私の分も買ってくれたということだろうか。私も日本にいたころはソフトクリームは好きだったから嬉しい。
店員さんはそれを見て、何やらニヤニヤと笑いながら、
「あらあら、かわいらしいわねえ。アスバー、ソフトクリーム。あ、銅貨四枚ね」
と言った。シュワイヒナはさっきの巾着袋から銅貨を探して、ぴったし四枚渡した。店の奥からか細く、「はーい」と聞こえてきた。ん? アスバ?
「アスバさんですか!」
私が思わず、口に出してしまうと、店の奥から男がひょっこりと顔を覗かせてきた。確かにアスバ・アイスさんだった。
「どうも……」
アスバさんはそれだけ言って、また店の奥へ戻っていった。
なるほど、そういうことかと思った。確かにアスバさんの固有スキルならソフトクリーム位作れるのかもしれない。どうやって、作るのかは知らないが。
ちょっと待つと、ソフトクリームらしきものが出てきた。
「はい、どうぞ」
食べてみると、確かにソフトクリームだった。そうともなると、知的好奇心というかその類のものが疼いて仕方がない。私は店の奥を覗いてみた。すると、アスバさんがたくさんの氷が入った容器と、袋がたくさん入ったものをじーっと見つめていた。
私がその様子を見ていると、店員さんが、
「湊……だっけ、あの人に作り方教えてもらったの。まあまあ、繁盛してるわよ。ただ、アスバの能力が必要不可欠なんだよね」
大体そんなとこだろうとは思っていた。
「う~~、おいしいーー」
シュワイヒナは少し、口に含むだけで蕩けそうな顔をしていた。
「かわいい子ね。妹なの?」
と、店員さんが尋ねてきた。
「いえ、同い年ですよ」
「えっ! 同い年なの! 信じらんないよ」
ええ、私も信じられませんよ。どうして、こんな幼女みたいな見た目して、心は私よりしっかりしているのか。私が心弱すぎるだけかもしれないが。
私たちは全て、食べ終わって、店を出ようとした。
その時だった。店内に二人組のそっくりな少女が入ってきた。
「いらっしゃいませー」
店員さんの声が響く。本来ならそれだけで何の気にもならないはずだった。だが、その顔を見た瞬間、私は妙な既視感に襲われた。私はこの人たちを知っている――確証なんてどこにもないのに、そうだと私は確信できた。そして、二人組のうち、一人が、こちらの方を見て、微笑みかけた。それは大変かわいらしいものであったのだが、少し不気味さを感じた。寒気を感じた。鳥肌が立った。それはソフトクリーム屋さんだからというわけではなさそうだった。
「ねえ、シュワイヒナ、あの人……」
そう言おうとした時、もう既に扉は閉まり、中の様子はシュワイヒナの身長では見ることは出来なくなっていた。
「どうしました? 凛さん?」
「さっきの二人組なんだけど……」
「さっきの二人組?」
どうやら、シュワイヒナは二人に気づいていなかったようだ。
「ううん、なんでもない」
私はそう言って、強引に話を切った。
「それよりさ、ソフトクリーム、どうだった? おいしかったでしょ」
「はい! すっごくおいしかったですよ。あんなにおいしい食べ物があるなんて思ってもみなかったですよお。その凛さんのいた世界って本当にすごいんですねえ。私たちの世界もああなるかもしれませんねえ」
よっぽど嬉しかったらしい。なかなかおしゃべりになっている。
「さ、さ、お腹も膨れましたし、次行きましょ。次!」
また、シュワイヒナが私の手を引っ張ってそそくさと歩き始めた。さっきからずっと振り回されているが、なんだか悪くない気分だった。
「あれとか、気になりませんか?」
そう言って、シュワイヒナが指さしたのはどうやらブティックのようだった。外に見えるように服が飾ってある。
中に入ると、これまた美人な店員さんが声を張り上げて「いらっしゃいませ」と言っていた。中の服はドレスやワンピースのような女性用の服や、作業着のような男性服だった。そういえば、市場の人たちはほとんどみんなここにあるような服を身に着けていた。
「軍の方ですか?」
店員さんが声をかけてきた。まあ、その推測は私たちの服装を考えれば当たり前のものだった。
「はい、そうです」
と、シュワイヒナが答えると、店員さんは少し驚いたような表情をしてから、すぐに元の笑顔――おそらく接客用の――に戻って、
「湊さんによろしくお伝えください。おかげで儲かっていますと」
と言った。
「どういうことですか?」
と、私はなんとなく予測が出来ていたことを確かめるため、尋ねた。すると、その店員さんは、
「この服屋さんは、湊さんに言われて、始めたんですよ。きっと儲かるだろうって。私は裁縫が得意ですから、服を作るのは好きで、それを生かしてみたらいいって言われたんですよ。ほとんどの人は家で服を作っているからそれを代わりに作って、売ればいいと、そうおっしゃったんで」
と嬉しそうに言った。湊さんはそんなことまで教えていたのか。どこまで何をやっているのか分からない人だ。
「どこに行っても、皆湊さんに感謝してるんですね。そんな人いるもんなんですねえ」
シュワイヒナは羨ましそうに言った。
「ま、別にいいんですけど。さて、凛さん、どれか欲しいものありますか? さっき服がないとかどうとか言ってたじゃないですか」
そう言われて、ハッとした。私は服というものに対して魅力を感じなかった。結局、私は皆が可愛い服を着ていたから、欲しがっていただけなんだろうと思った。そんなことに今まで気づかなかったなんてとなんだか情けなくなった。
「いいかな」
短く、それだけ言うと、シュワイヒナはそうですかと言って、
「じゃあ、もういいですね」
と言って、二人で店を出た。ああ、シュワイヒナは私がそう言ったのを覚えてて気を使ってくれたんだと、今更ながら気が付いた。申し訳ない気持ちに襲われた。私はいつもこんな調子だなと、だから日本じゃ友達が少なかったのかと、違う世界で違う状況におかれて今更のように気づいた。
「凛さん、どうしました? ほら次行きましょうよ」
「うん……」
そう言われ、前を向いたとき、また先ほどの二人組が、距離にして約二十メートルのところにいた。誰も、こちらを見つめている二人組のそっくりな少女のことを気にはかけなかった。ただ、私はまた、さっきのような不気味さを感じた。
「まさか――」
シュワイヒナは驚いたような表情をした。そして、二人組が繋いでいた手を同時に上げ始めた時、
「危ない!」
シュワイヒナは叫んだ。多くの人がこちらの方を見た。
「こっちじゃない! 早く、逃げて!」
シュワイヒナはこちらを見た人にそう叫んだ。
笑い声が聞こえた。嘲笑のような声だった。
「凛さん!」
シュワイヒナは私の手をつかんで、走り出した。
「どうしたの! シュワイヒナ!」
「いいから、走ってください!」
その時、激しい熱風が吹いた。私たちはそれによって、前に倒れる。
後ろを振り向いたとき、そこにあったのは巨大な炎の竜巻だった。
次回は九月三十日更新です




