第十話 血
男は大きく鎌を振った。次の瞬間、
「――ッ!」
私は大きく体を後ろへ反らした。そして、目の前を白い光が通り過ぎていく。鋭利な刃のように見えた。
「まあこれくらいなら避けれるよなあ」
男はにやりと笑って言う。鎌はだいぶ改造されているようで死神のそれを思わせた。
「じゃあ、これはどうだ」
鎌の振るわれる速度は私の目には捉えられない。が、そのリーチは私に届いていない。そのために、攻撃は当たらない。
さっきの攻撃を見ていなければそう思っていたかもしれない。
相手の鎌の軌道を見て、身をこなす。鋭利な光が飛び回り、私の体を次々と切り付けていくが、致命傷は避けられる。
敵の能力はおそらくあの鎌から相手を切れる光を飛ばすというものだ。その一撃一撃が生身の人間に対してはかなり効く。しかも、あの振るう速度。一歩も近づくことができず、私はただただ、後ろに下がりながら、攻撃を避け続けた。
しかも強烈な痛み。切られた場所から次々と出血を起こし、服も切られ、ただでさえ短くなっている髪すらも切られていく。
一分間もその攻撃が続けば、すでに私は息も絶え絶え。肩を激しく揺らしながら、痛みに悶えるしかなかった。
「まあまあすごいんじゃないかあ。生きてるなんて。でも、全部は避けられていないようだな。痛いか? 痛いよなあ」
「……痛くない」
嘘だ。思考が奪われるくらいには痛む。
「ほら、早く能力使えよ。死ぬぞ」
男はもう一度鎌を握りなおした。
「それとも……使っても勝てないって諦めたか?」
「諦めるか!」
風魔法。敵を切りつける風に全力を注ぎ、あの攻撃と似たようなことをして、錯乱させたのちに回り込む。
「おっと? ただの魔法じゃないか」
男は鎌を一振り。たったそれだけで
「嘘……」
魔法はかき消された。それどころか勢いは全く衰えずに私の首へ一直線に向かってくる。
「くそっ!」
悪態をつきながら、剣で防いだ。しかし、その勢いはあまりに強い。まるで相撲の力士に張り手をされたみたいな衝撃が襲い掛かる。
ほとんど根性で耐えたその後、止まらず追撃が襲い掛かってきた。
避けられない。
「おーっと、危ないねえ」
首より上へ来ていた攻撃をすべて剣で受け止めた。しかし、それよりも下は受けきれていない。
叫びだしそうだった。しかし、もう叫ぶだけの力が残っていない。
支えを失った私の体は地面に落ちた。足が、腹が、冗談ではなく皮と少しの肉でつながっている状態。
「いや、さすがに死んだか」
男は近づいてきて前向きに倒れた私の体をひっくり返した。
「……死にたくない」
絞り出した声は自分のものとは思えないほど儚い。自分がそんな声を出せただなんて今頃になってびっくりだ。
痛いという感情が消えたみたいに、何も感じなかった。あふれ出す血の海に沈んでも何も思えない。自分が死ぬという現実が受け止められない。
「よく生きてんなあ。見ろ、これ。お前の右足だよ」
一瞬ピリッとした痛みが走ったかと思うと、目の前には確かに足が一本。血を滴らせながら、男の手の中におさまっている。
「弱いなあ。お前。いやあ、もちろんあの雑魚どもと比べたら強いのかもしれねえが、比べる相手がわりい。レベリアの切り札がこんなんとは呆気ないなあ」
別に私は切り札じゃないけれど、私はもう少し強いと思っていた。こっちの大陸に来てからは負けなし。リデビュ島でも負けらしい負けは祐樹の時と、一度殺された時だけだ。
自分で自分は弱いだなんて思っておきながら、本当は実は自分はそこそこ強いと思っていた。それも、もっと正しく言うのなら、英雄になるか、ならないか選べるくらい強いと思っていた。私は未来がある。固有スキルを使えるようになれば、強いんだってそう思っていた。
でも、実際には使えるようになるのはひどく遠い話で、現実味がないし、それまでの私はずっと今の私のままだ。
「なあ、まだ生きてるんだったらよお。教えてくれ。てめえのその胸にある黒いのなんだ?」
発言がまるで頭に入ってこない。今、こいつは何を言ったんだ?
まあどうでもいいかな。もう死ぬだろう。
泣きたいのに、涙も出てこない。泣き出すのにも力がいるだなんて初めて知った。いや……今、泣いたら体から失われてる水分量おかしくなるからなあ。
ん?
「……なんで、私死なないんだ?」
「……それがお前の能力なのか?」
意識は混濁としているし、聴覚も視覚も嗅覚もありとあらゆる感覚がまるで働いていない。けれど、なぜだか自分が死ぬというビジョンが頭に浮かばなかった。自分はこんな状態になっても生きてられるという理由のない確信がなぜか私の脳みその中にあったのだ。
「……気持ち悪い」
はっきりと聞き取れた。感覚が戻り始めている。
回復しているのか? でも、なぜ?
この世界の魔法は残酷なもので風・炎・水・土・回復・吸収のどれかしか使えない。私は風だから、回復は使えないはずだ。
それなのに、勝手に回復魔法が発動しているのか。それしか考えられない。
違う。
「死ねよ!」
男は倒れたままの私に鎌を振り下ろした。けれど、それは寸前のところで止まる。
私は腕を動かして、剣を振るい、それを止めていたのだ。
「死なない能力か、てめえ!」
違う。私はそんな化け物じゃないはずだ。それなのに、なぜ、なぜ、なぜ。
視線を下した。そして、
「……ああ、そういうことか」
理解した。私の身に起こっている全ての事象について説明がついた。
知っている力。あのとき、シュワイヒナの身に起こっていた現象。
真っ黒な何かが私の体にあった切断面を覆っていた。そして、打ち捨てられた足へその黒い何かは伸びて行って、引きつけていく。
「ごめんなさい」
私はそう言いながら、少しずつ立ち上がっていく。確かないつもの体がそこにはある。
「あなたじゃ私は殺せないみたいです」
「ブラッドシクル!」
次の瞬間、激しい痛みが全身を襲った。耐えきれず私は倒れる。けれど、それは全く致命傷となりえない。いや、違う。今の私には致命傷が存在していない。
闇覚醒は一撃で命を奪える攻撃なら相手を殺せる。が、今の私はそれすらも超越している。
私は弱いのに、死ねないみたいだ。
相手の攻撃をすべて無視して剣を振るう。痛み。この一点だけ無視すれば私が負けることはあり得ないはずだ。攻撃を続ければいつか向こうはマジックポイントを切らして固有スキルを発動できなくなる。そうなれば、能力なしの斬りあいになるのだから、多少は戦局がましになる。
「気持ち悪いな、てめえ!」
うだうだ言いながら、鎌を振るい続けるその攻撃は決して弱まってなどいない。私も、もう何度致命傷を負ったかわからなくなっていた。
「諦めて死んで」
「てめえが諦めろよ!」
痛みは我慢すれば無視できるなんて精神論を振りかざしたが、一度一度の攻撃で体は鈍るし、まともな思考も失われる。そうすれば、向こうが有利になるのは必然であって、私が劣勢に立っているという現状は変わらない。
私が死ぬことはないのだと諦めてもらえればいいものだけれども。
全身に巡る血もなくなってしまったみたいに感じる。もう私は生物と呼べないのではないだろうか。一体全体こんな力が突然芽生えたのはなぜなのか不思議に思うし――大方、目星はついているが――私はここまでして戦い続けなければいけないのかと思うと、自分の運命を呪いたくもなる。
振った剣は鎌に当たり、けたたましい金属音を上げて、火花を散らした。あまりの衝撃に後ろに大きく、背を反らしてしまう。しかも、回復は一瞬で終わるものではなく、黒い霧上の何かに覆われたまま、動き続けているからなおさら体幹が弱くなってしまう。
「消えろ!」
あんな風に弾けたのにもうここまで鎌を引き戻すことができるのか。そういう驚愕をしながら全身が死の恐怖に怯えた。ゆえに体がこわばり、反応できない――いや、そんなのは言い訳だ。もともと私の実力が足りていない。
鎌は猛スピードで私の前を通り過ぎて――
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――戻ってくる。ぶっ壊れたはずの何もかもが繋ぎあい、与えられ、再生していく。
「なんだよ……てめえ」
砕けたはずの頭が再生したのだ。
「私だって知らない」
そう言い終わるか終わらないかのうちにまた頭をぶっ飛ばされた。再生はするものの、これ以上戦闘を続けることはできない。というより、もうしたくなかった。
私はこんな姿になってまで生きていたいとは思わない。死にたくなんて思わない。大した強さもないくせに、願い続けてしまった私への罰なのだろうか。それとも、私がまだ生き残らなければならないから、無理矢理生きながらえさせられているのだろうか。
どっちでもいい。
もう嫌だ。
「死ね! 死ね! 死ね!」
何度も、何度も頭に鎌がふるい落とされる。その度に、脳みそがぐっちゃぐちゃになって地面にこびりついてはもう一度繋がって、黒い何かに包まれる。そうして、再生してはまた砕かれるのだ。抵抗したくないし、できない。
「なあ、なんなんだよ、その能力」
「そんなこと言われたって!」
「ちっ。もういいよ。そこでずっと寝てな」
行ってしまう。それはよくない。
――なんで?
そう言う疑問が頭に浮かび、ゾッとした。
私は私の意志で戦わなければいけないと思っているんじゃない。世界が、私に戦いを強制するから戦っているだけだ。それに逆らった時、私はどうなるのか。私がこの世界中のたくさんの人々の幸せを捨てて、自分のために生きたとき、どうなるのか。
想像もしたくない。けれど、私はもうほかの誰かのことを考えていられるだけの余裕がない。私が人間であるならば、今日この場で死んでいたのだ。それなのに、私はまだ生きている。それは私を人ならざる存在へと認めるのに十分すぎる。
ダメだ。私が人でいるために、体が人じゃなくなったとしても、心はせめて人であるために、私は人を守らなきゃいけないんだ。
「待て」
無理に立ち上がり、ふらついた。けれど、視線だけは男の背中を見据えて、殺すべき相手の姿を見据えて。
私は、私を人であると認めるために殺人を犯す。
ここで、倒れたまま、見過ごすのも救える命を救えなかった殺人になるのだから。
「待て!」
剣をもう一度強く握りなおして、私は私の特性を意識する。
「肉体強化!」
体に残っている全てのマジックポイントを全身に注ぎ込み、再生されたばかりの身体で、動き出す。はっきりしない意識の中で魔法の力だけを強く意識して、ただただ目の前にいる敵の首を刈るための力を、この身に――
「あああああーーーーー!」
走り出した。瞬間、耐えられなくなった私の体が崩壊を始める。その度に、黒い何かが全身を包み込み、体を再生していく。が、当然間に合わない。次の一歩までに足の全てが戻ることはない。
けれど、次の一歩など必要なかった。この一歩だけで相手に届くのだから。
今になって気づく。シュワイヒナはこれほどまでに苦しい思いをしながら戦っていたのだと。そして、私は決意するのだ。私がその苦しい思いを背負えるように強くなるって。
圧倒的力。圧倒的速度。私の出せる全てを叩きつけて――
「ブラッドシクル」
私の体は真っ二つに切られ、地面に落ちた。
「馬鹿か。てめえ。俺じゃお前を殺せないかもしれないが、お前は俺に勝てねえ」
全ての力を結集させた私の攻撃ですら、彼には届かなかった。
「これでわかったろ。やめとけ。苦しいだけだぞ」
同情の目が痛い。私は彼に完全敗北を喫した。
が、
「ありがとう」
倒れた私の頭を巨体の男が涙をこぼしながら、撫でた。そして、固有スキル使いの男に巨大なハンマーを向ける。
「我輩はレベリア国軍隊長トール。参る!」




