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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第三章 少女達の英雄譚
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第八話 作戦

 自分でもなんでこんなに懐いてくれたかわからない馬に乗り、全力であの戦地に戻る。

 一旦、戦地の状況を整理しよう。

 戦闘という戦闘は大方魔法の打ち合いしか行われておらず、その中での死者は少ない。というよりいない。まずはその原因を考えてみるのが正しいと思う。

 大規模な部隊と大規模な部隊のにらみ合い。確か、ヴァルキリアの他の部隊の兵士は「もう統制がとれていない」と言っていた。それだけ長期化している戦争の中で追い詰められたレベリアの国民を好き勝手する兵士たち。おそらく、レベリアの方もヴァルキリアの方も援軍が来れば人数比が偏り、戦闘に決着をつけられるのだが、レベリアは単純な人手不足、ヴァルキリアは統制の取れていない軍、ということで援軍が来れないのだ。そして、この世界に存在する「固有スキル」。これがどちらかにあるだけで人数が一緒でも戦況は一瞬でひっくり返る。

 さて、今、私がやるべき仕事は敵が撤退する方法を考えること。ヴァルキリアがレベリア侵略から手を引けば、この戦争はこちら側の勝ち。が、撤退させる方法は実力差を感じさせる、もしくは補給を途絶えさせることだけだ。しかも、補給を途絶えさせるというのはあまりいい作戦じゃないように思える。というのも、食料がなければ奪えばいいという発想はごく自然なもので、そんな状況に陥ってしまえば、ヴァルキリアとレベリアの近接戦闘が始まり、死傷者をいたずらに増やしてしまう。

 人を殺すことに決心がついたからといって、むやみやたらに殺すのはわけが違う。あくまで、犠牲は必要最小限にとどめなければいけない。

 向こうから見れば、こちらの数が減っているという状況はわからない。魔法の威力が下がっていき、攻撃を耐えられなくなるという状況を見てはじめて、自分たちが有利な状況にあることを認識できる。その時は人数差で勝てる見込みがあるから、押し切ってくるだろうと思う。逆に考えると、数が減っている様子を見れば、好機と見て攻めてくる可能性があるということだ。むしろ、その可能性は大きいだろう。膠着した戦線に向こうもイライラしているだろうし。

 完全に我慢比べとしか言いようのない状況ではあるが、作戦次第でどうにでもなる気はする。

 広い平原という戦地の影響で奇襲はしづらい。それは確かにこの状況を助長していることの一つではあるけれども、必ずしもできないわけではないと思う。

 例えば、向こうの攻撃を防ぎきれないという状況を作り、敵が好機として動き出すや否や、両側から攻撃を放つなど。そういうのはいくらでも考えられるが、その場合は防ぎきれていないというリアリティーが必要となり、最も良い選択肢は何人かを捨て駒として扱うことだ。同時にこちらの切迫した状況を演出することもできるから、なおのこと攻めてくる可能性を上げられる。しかし、それは人道的によくない。

 そんなことを考えているうちに陽は落ち、鳥のさえずりだけが響く夜半に私はレベリア軍の拠点にたどり着いた。どこにも灯りはついておらず、もし私が来た道を覚えておかなければたどり着けなかった。

「道覚えてたってことはやっぱり行きたかったんじゃないんですか」

「……いきなり出てこないで」

 幻は語り掛ける。これに至っては突っ込みたかっただけだろと言いたくなるが、物音を立てるのはよくない。また、それと同じ理由で話しかけられないので肩を落とし、さっき寝たばかりで寝られそうにもなかったので、少し体を動かそうと、馬にここで寝ておくように言ってから、敵陣へ歩き始めた。

 鳥すら鳴かない極寒の地。よく今まで私は凍傷になってないなあと疑問に思うほど、冷えていて、体をぶるぶると震わせながら動きつつ暖を取っていた。

 歩いて小一時間ほどで戦場にたどり着く。戦場には二人のレベリア軍とおぼしき兵士が草陰に隠れていたようだったが、無視して、ヴァルキリア軍のテントに向かった。

 こちらは明るく輝いていたのですぐにわかった。女神のようなシルエットの人が中心に描かれ、横に剣と盾が描かれている旗もヴァルキリアという名前に似合っている。おそらくワルキューレをモデルにしているのだろうとは思うが、この世界に北欧神話があるとは思えないので、そこはよくわからない。

 明るくにぎやかな様子だ。もう夜も遅いはずなのに、元気なものだと思う。それとも、こうやってずっと起きてますよと演出して奇襲を誘っているのか? いや、にしても、あの状況からいきなり攻め込まれて対応できるようには思えないし、その線はなさそうだ。

 どうやら麻薬らしき何かを吸っているように見える。それで気持ち悪い感じの陽気さを振りまいて、はしゃいでいた。長期化する戦闘のストレス解消のためだろうか。それでレベリア側ほど病気が流行っていないというのなら確かに効果はあるのかもしれないけれど、犯罪という印象が強くあるので、嫌悪感がある。

 というかもうだいぶ近づいてきた。距離にしておおよそ百メートルほどだ。この世界の足の速い人なら五秒ほどで走り切れるほどの距離。月明かりは薄く、私の姿が夜闇に隠れて見えないと言っても、特に見張りも立っていないところを見るにやはり大した危機意識もないように見える。レベリアを舐めているなんてこともないだろうから、諦めているのだろうか。それとも、勝利を確信したのか? 

 一瞬浮かんだ疑問を私の理性がこれもまた一瞬で切り捨てる。

 ありえない。見たところ、数が大幅に増えている様子はなし。打てる対策があるのならば既に打っているはずだし、戦闘を半ば捨てているが故に陥った自暴自棄からなる麻薬にも見える。

 私と同じように打開策を思いついたのか?

 いや、私の思いついた策は自陣の後方に森を抱えているからこそできること。だだっ広い草原に本拠地を置く彼らでは私と同じ策は使えない。ただ私が能無しだからかもしれないが、それ以外の策はないはずだ。

 それとも相手が何を隠しているかわからないという恐怖を麻薬で打ち消して命を危険にさらしてまで戦うというのか? ずっと勝ち続けていた相手が今になってそんな策をとるか?

 やはり、向こうの策は死んでしまった統制を復活させて、組織的にここを攻め落とすことだ。

 ヴァルキリアの兵士の話によれば八つの部隊が分かれてそれぞれ別々にレベリア最後の街に向かっていると言っていた。ここにいるのがいくつの部隊かはわからないけれども、そんなに多くはない。一つの街の規模というのが分からないから、いくつの部隊が必要かはわからないが、決して一つで事足りないだろう。それも含めて向こうは組織の再構築が必要になる。

 間に合わせるわけにはいかない。早く、向こうに撤退という選択肢を押し付けなければ。

 明日、作戦を説明して、明後日作戦を実行する。

 そう決めて、私はその場から離れた。


 体感朝八時頃。若干の気怠さを感じつつ、私は昨日声をかけてくれた人のところへ向かった。

「気が変わりました。一緒に勝ちましょう」

「本当か?」

 その表情は確実に私を疑っているように見えたし、実際そうだと思う。しかも周りにいた人たちの私への視線は一気に冷たくなった。

「本当です」

「なぜ?」

「わたしにはやるべきことがありますから」

「どう勝つんだ?」

 昨日はあんなに弱気な姿勢だったのに、いきなり強気になるなんてすごいなあなんて思いながら、私は話始める。

「まずお聞きしたいことがあります。怪我人は何人いますか?」

「千三百人」

 想像を遥かに上回る人数が飛び出してきた。昨日戦闘で見た人数はざっと二千を超えていたとは思うが、千三百というとその半分はいることになる。しかし、それは好都合。むしろ願ってもないことだった。

「君も知っているとは思うが、各地で行われた戦争の負傷者が続々とここに集められている。街があんなだからな」

「街があんなってどういうことですか?」

「知らないのか? それとも冗談か?」

「知らないんです」

「……今、街は戦争状態であることを隠している。レベリアは既にここら一帯全て、具体的には魔獣のいる人が通れぬ森よりもこちら側を既に放棄した。私たちはせめてもの抵抗をしているというわけだな」

「……なるほど」

「本当に知らなかったのか……それでよくあんな口。まあいい。話を続けてもらおうか」

「はい。怪我人全てを私に預けてください」

「は?」

「怪我人でも魔法くらい打てますよね」

「だが、そんなことすれば命が危うい」

「……最悪、命を捨ててもらいます」

「何を言っているんだ、お前は!」

 悲痛な叫びが耳を刺す。

 私とて言いたくはなかった。

 最初思いついた策は確かに成功すれば誰も死なずに済むものだった。しかし、それはあまりに不確定要素が多すぎた。相手の行動に結果が委ねられるところが多くあり、失敗すれば私の命も危うい。ゆえに、使えない。

 だから、代替案。いつもほとんど形式的に打ち合っているようにだけ見える魔法戦において、決定的な差があれば、向こう側に状況は一気に傾き、仮に何か作戦だと疑うだけの冷静さを保っていたとしても、軍の何人かは必ず先行する。

 彼らは殺人がしたくてやってきているのだから。

 しかも普通、肉壁を使うなんていう選択はしない。死人が出ている。この状況が彼らの判断を鈍らせる。

 したがって、死人が見えた途端に、戦闘は白兵戦へ持ち込まれる。そうすればこちらに分がある。

 まず、私率いる魔法戦での生き残りで敵軍と正面衝突する。その後、右側、左側においておく元気な部隊に縦に散らばった敵軍を襲わせる。そうすれば、敵軍は徐々に分断されていき、組織的な戦闘が行えなくなり、逆にこちらは完全に固まった部隊で襲うので、敵はなおのこと対応できなくなる。

 以上が私の考えた作戦。

 そのすべてを説明し終えたときの反応はおおかた予想通りだった。

「そんなのできるわけがない。私たちは仲間の命を失わせるわけにはいかない」

 私もできる限りそうできるようにしたかった。そんな言葉が口から飛び出しそうになる。それを必死に抑えて、私は話し続ける。

「けれど、私はこのまま死んでいくあなたたち全員を見過ごすわけにはいかない」

 私には能がなかった。この事態を突破できる天才的発想がなかった。だから、こうやって誰でも思いつきそうな、しかし、実行にはまず移さないような作戦を提案するしかない。

「国を守りたいんでしょう」

「だが、今まで戦ってきた仲間たちを壁にするなどできない! お前は部外者だからそんなことが言えるんだ!」

「そうですよ。けれど、これ以上の策があるっていうんですか?」

「…………」

 話は平行線をたどったまま、動きそうにない。

「隊長に話を通そう」

 私は言われるまま、隊長のところへ向かった。


 隊長と呼ばれた男は大柄で筋肉質で髭面のいかにも強そうなイメージを抱かせる人だった。さっきの人は比較的小柄だったためか、なおのこと大きく見える。

「君……名は?」

 声は低い。

「リクと言います」

「作戦については聞いた。良い案だ。確かにこの事態を解決できるだろうと私も思う」

「……」

「前線で待機している諸君は皆、力に溢れている。白兵戦でも引けを取らないだろう」

 そこまで言ってから一旦、彼はため息をついた。

「実を言えば、我輩もその作戦は思いついていた。しかし……実行できない」

「……」

「彼らは我らのためなら命だって惜しくない。そう言ってくれた。だが、我輩はそう簡単に彼らを見捨てられない。ともに戦うと誓った同胞たちに死ねと命令することはできない」

「……」

「そこまでして勝利を手に入れた先で我輩は本当に喜べるだろうか。そう何度も思った。答えはきっとNOだ。たくさんの市民を守った先、我らはきっと多くの称賛を浴びるだろう。しかし、既に散っていった同胞はその幸せを享受できないのだ」

「……」

「もちろん、わかっている。ここでためらっていてはきっと多くの命を失うことになる。だから、決断をせねばならない」

 そう言って、彼は私の目をまっすぐ見つめた。

「いいだろう。その作戦の遂行を決定する」

 途端にすんなりと話が進んで、びっくりしていた最中、さっきの男の人が口を開く。

「私は反対だ。そんなの絶対にさせない!」

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