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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第三章 少女達の英雄譚
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第七話 対話 後編

「私がこうやって戦わなくちゃいけないと思っているっていうことは凛さんもそう思っているってことなんですよ! なんで、なんで戦わないんですか!」

「私がでしゃばって、それで死人が増えたら私は責任が取れない」

「どっちにしろ、あの人たちは死ぬんですよ!」

「まだ可能性があるかも……」

「そうやって逃げるんですか!」

「私は! もう知らない」

 馬は走り出す。ない道を探しながらひたすらに走り続ける。

 戦いたくない。私は普通の人間だ。私は東京都で生まれ、裕福な家庭で育ち、勉強のできる人であって、それは普通じゃないかもしれないけれど、少なくとも誰かと戦うことを運命づけられて生まれたわけではない。私は誰かのために戦おうとする人ではなかったし、誰かと仲良くなろうと思っていた人でもなかった。私は他の人間と同じように、普通に人を愛し、普通に人を憎む人間だ。決して「英雄」の器ではない。

 もう嫌だ。きっと私は長い長い夢を見ているんだ。そう信じたい。

「現実を見てくださいよ!」

「見たくない!」

 もう一人の私は偉いなあと思う。けれど、同時に傲慢だなとも思う。

「凛さんには少なくとも普通の人、いや、あの兵士たちよりは力があるんですよ」

「だから、それはたまたまなんだって。数相手にすれば戦えないし、いつ私より強い敵が現れるかわからない」

 今まで私は一人で敵と対峙するというのはほとんどなかった。ミチルはおそらく今まで私が戦ってきた敵の中では圧倒的に弱い方で、それこそシュワイヒナがいれば一瞬で戦闘が終わっていた。

 そして、対五百人の戦闘。あれは勝って「しまった」。それに十分の一を殺した時点で向こうが勝手に折れてくれたのだから、ただ運が良かっただけだ。あのまま、普通に戦闘が続いていれば、私は負けていた。

「そのための脳みそなんでしょうが! その頭は何のためにあるんですか!」

 記憶が蘇る。私がいなければ勝てなかった戦いだってあった。さっき見た戦いもそれの一つなんじゃないか。

 いや、それは傲慢だ。大した実力も大した頭も持っていないくせにたまたまうまくいったから他の事例にも適用できるとは限らない。

「凛さん。大丈夫ですから。きっとうまくいきます。戦いましょう」

「…………」

 私は子供だ。もう十七にもなるけれど、未だ子供であることに変わりはない。

 そんな子供が戦場にでしゃばるなんてそれはあまりにも周りが見えていないのではないか。

 戦わされているわけではない。この世界にも、そして元いた世界にもたくさんいた子供の兵士と違って、私は運がいい。

 いや、もう子供じゃないだろ。

 馬は歩みを止めた。まるで、あの場所に戻りたいと言うかのように。

「行きましょう。凛さん」

 もういいや。なんだか諦めがついてきた。きっと、この幻は私が向こうに行かない限り、一生、私に同じことを囁いてくる。戦線の崩壊が分かったときにはきっと私は自責の念に襲われる。

 それなら、行ったほうがいいのかもしれない。うまくいかなかったら、その時は全部忘れて潔く死のう。

 怖い。

 来た道を引き返そうとしたとき、途端にその感情が沸き上がった。九日前、私に襲い掛かった負の感情。そのあと、私は殺人という一生拭えぬ罪を背負った。

 また、私は罪を犯すのか?

 いや、あの戦いを終わらせるために私は兵士たちに人を殺せと命じることになる。決して避けられないことだ。

「殺人は悪いことかもしれません」

 幻は囁く。

「けれど、大勢を守るための犠牲も時には必要なんですよ」

 侵略戦争。侵略された側がどうなるか、私は知らない。非人道的行いが起こるかもしれない。あるいは今よりいい暮らしができるかもしれない。

――どうせみんな殺されるんだ。

 そう言っていたミチル。

――奴らは人殺しがしたいだけだ。

 そう言っていた男もいた。このまま、私がヴァルキリア軍の兵士を殺さないのはすなわち、多くの人間を見殺しにすることにつながる。

 命に価値をつけるなんていうのは馬鹿らしいことだと思う。三人を救うために二人を殺すなんて考え方は必ずしも褒められたものではないし、私はむしろ嫌悪感を抱きたくなるが、しかし、それはただの私の正しくありたいという願望であり、心のどこかでそれを肯定している。そういう価値観がどこで刷り込まれたのか私には到底わからないから、考えたくはないけれど、それはほとんどの人間に共通する一般的な感性だと思う。

 じゃあ多くの人が正しいと思っていることが本当に正しいのか? それすらわからない行いを他人に強制するという形で人を殺してもいいのか?

 私はそれに明確な回答を与えることはできない。だから、考えるのを放棄した。その決断から逃げて、私はもう関わらないという答えを、もう戦わないという答えを選んだ。それが間違っていると叫ぶもう一人の私がいる。

 誰か答えを教えてほしい。そう叫んでも、返してくれる人はいない。だから、私は、自分でその答えを手に入れなくてはならないのだ。

「戦いましょう」

 殺して良いわけがない。誰の命も奪っちゃいけない。でも、そう思っていたのは少なくともあの村では私だけだった。殺人という罪を犯した人間を殺して殺人という罪を背負わなくちゃいけないのか。

 わからない。わかりたくもない。

 いや、そんな哲学めいた話をするよりも前に、私は人を殺すというのに未だ恐怖があった。一度犯した罪だからって何度も犯せるわけはない。正義だとかそういう価値観の前に、私は命の尽きるのを見たくない。それに必死に理由をつけようとしているだけだ。

「何もそれで悪くない」

「それが許されるのは一般人だけですよ」

「私が私を一般人だと思うことの何がおかしいの」

「凛さんのように力を与えられた人間はこの世界にそういません。あなただけが救世主なんですよ。最強、なんですから」

「だから、その力を今くれってさっき言ったじゃん」

「その力を手に入れるために戦わなきゃいけないんですよ」

「…………」

「佐倉凛が知らない事実。もう一人の佐倉凛が知っている事実。それは記憶と、この世界についてです。そして、私はその力を手に入れる方法を知っています」

「は?」

「明かしたくはありませんでした。それはこの世界の禁忌に触れることになりますから」

「どうして、私がその方法を知っているの。わからない」

 意味不明だ。もう一つの私の意識のうち、忘れている記憶を持つ意識が乖離した存在が今目の前にいるシュワイヒナ・シュワナの姿をとる幻とするならば、なぜ、その方法を知っているのか。その方法すらも私は忘れているとでもいうのだろうか。

 そして、禁忌という言葉。それはまるで、記憶を取り戻すのが悪いとでも言いたげだ。私がそれを知ってしまったら、その記憶を取り戻してしまったら、まるで神に都合が悪いかのような。

「櫻井祐樹。その名前自体が禁忌であるのですから、もう恐れることはないかもしれません。言いましょう。凛さん。あなたが、そして私が固有スキルを発現する条件、それは」

 息を吸い、幻は私を見つめた。

「レベル百の到達。そして、世界のために戦うという覚悟。この二つが必要なんです」


 レベル――それは一人一人に与えられた力。具体的には動物や人を殺すことにより、それらが保有するマジックポイントをゲームで言う経験値の形で吸収し、レベルを上げていく。そのシステムを度外視した力が「レベリングコントロール」であったから、その力の異常性がわかるだろう。

 そしてそれは戦闘に参加するだけでもらえるというのだから、ますますゲームじみた設定になっている。レベルやステータスというのは意識すれば視認できるが、私はあまり意識したことはない。そもそも、元の世界にあったものではないし、ステータスとかっていうのも自分の身体で意識するのが容易い。

 今の私のレベルは七十三。散々ゲームに例えた後だから、もう一度例えて言うと、それらほとんどと共通して、レベルが上がるにつれ、それは上がりづらくなっていく。また、強い敵を倒せばそれだけ強くなれる。

「凛さんに発現する固有スキルはそんな条件がつくほどには強力なんです。これは聞いた話なので確信があるわけではありませんけれど、信憑性は高いと思いますよ。それなりの人間から聞いた話なので」

「誰?」

 幻は口をパクパクさせた。そして、次の瞬間、

「え」

 パンッという音とともに弾けた。欠片すら残さず消えてなくなってしまったのだ。

 あまりに突然のことでしばし呆然としていた。私の作り出した幻のはずなのに、私の意識外で消えてなくなるなど、信じられない。

 が、さらに驚きが連続して襲い掛かる。

 気づけば、私の周り全てが白い空間に覆われていた。

「……神」

 現れたぼやけた存在。

「何が起こっているんですか」

「君の意識を強制シャットアウトさせてもらった。私としても予想外。まさか、消えた記憶のほうが乖離した意識として残っているとはな」

「……じゃあ、今私の体は森の真ん中で寝ているってことですね」

「そういうことだな」

「あなたが、いきなりこんなことをしたということはすなわち、あの話は聞かれたらまずかったと」

「……そうだな」

「何を隠している? 私は何を忘れているんですか?」

「教えることはできない。君が固有スキルを発現させれば教えてあげてもいい」

「……私に戦えと」

「ああ、そういうことだ」

「なんで、私に戦わせたいんですか」

「君の力はこの世界全てにとって有用となる」

「だったら、今ください」

「それはできない」

「なんで」

「君が力を持つにはそれ相応の人にならなければならない」

「じゃあ、なんで祐樹にはあんな力渡したんですか」

「魔王を倒すためだ」

「あんたが倒せよ! 神なんだろ、なんとかしろよ!」

「神というものの意味をはき違えるな」

「はき違えてるのはあんただろ。神は尊敬され、信仰されるものなんだよ。お前みたいなのはそんな対象じゃない。全部、全部人任せで。なんで、私が全部解決しなくちゃいけないの。他の人がすればいいじゃん。湊さんなら、できた。湊さんなら解決できた」

「そいつはもう死んだ」

「あんたのせいでな! あんたが祐樹にあんな力を与えたせいで!」

「それは違う」

「違くない!」

「私とてあいつがああいう人間になるとは思っていなかったんだ」

「神なんだから、そんくらい把握しとけよ。大体、私が百パーセントの善人だとでも思ってんのか?」

「私は君を信じたい」

「なぜ」

「私情だ」

 その声を聞いたとたん、沸き上がっていた怒りが急激に収まった。その声についてこれといった形容を与えることはできないけれども、私はそう言う人に対して怒りを向けられない。

「あんたの目的は何?」

「君には教えられない」

「…………」

「佐倉凛。君はこの世界の英雄になる女だ。世界の全てが君に戦いを望んでいる。私も含めてな」

「そのために、私の意志は無視されると」

「そうだ」

「私が人を殺したくなくても殺さなきゃいけないと」

「悪い。とても申し訳なく思っている。けれど君にしか頼めない。君だけが力を与えられた存在だからだ」

 神の話は整合性がない。どこもかしこも私情ばかりのように聞こえる。勝手に私は神を全能の存在だと思っていたが、実は違うのかもしれない。神はあくまで、こういった人への干渉までしかできないのだろうか。

 相手の言っていることが全く信用できない。

 けれど、もう私の道は一つに絞られてしまった。違う道を辿ろうとすれば、もう一つの私の意識が、そして、神がその行く手を阻む。

 なら、やることは一つだ。沸き上がる反骨精神で押し切るのはもはや不可能だ。

 私が我慢して、多くの幸せのために戦わなければならない。

「わかった。私、戦う」

「……ありがとう」

 それが世界の望んでいることだから。

 白い視界は段々と緑に変わっていく。さっきの森の中だ。私の乗っていた馬は体を下し、横たわっていた。太陽の様子を見るにそれほど時間は経っていない。

 引き返そう。そして、彼らのために戦おう。

 どうやら、私は一生安らかな幸せは手に入れられないようだ。

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