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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第三章 少女達の英雄譚
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第六話 対話 前編

 一度犯した罪は消えない。けれど、これ以上罪を犯さないようにすることくらいできる。一週間以上歩きながら、人の域を遥かに超えた雄大な自然を眺めて思ったのはわざわざ私が罪を犯す必要なんてないということだ。介入した手前引くのは悪いと思っていたが、実際問題私の介入を覚えているのなんて今目の前にいる人くらいなんだし、もう無視してここレベリアではないどこか遠くに行ってしまえば、もうその時点で問題は消える。

 というわけで

「さようなら」

 私はそれだけ言って、その戦場を後にしようとした。すると、

「待ってくれ! このままじゃ死人が増え続けるばかりなんだ。この戦線はもうすぐ崩壊する!」

「……そんなこと言われたって、私には関係ありませんもの」

「……えっ?」

 男は困惑したような表情を浮かべた。彼にさらに追い打ちをかける。

「私、女なんです」

「……冗談だよな」

「冗談じゃありません。女にあなたは戦わせるって言うんですか」

「それは……」

 プライドが邪魔して頼めないだろう。こうすれば後腐れなしにこの場を後にできると思った。もう一度、別れを告げ、歩き出す。

 が、男は私にこう言い放った。

「一度だけ戦場を見てくれないか?」

 さっき見たし、もうこれ以上は見たくない。そう思ったが、考えるより先に私の体が動いていた。


「第一魔法部隊発射!」

 掛け声とともに、レベリア軍から炎魔法と風魔法の合成魔法が放たれる。対し、ヴァルキリアは水魔法と岩魔法で対応した。魔法の威力は少しだけ向こうのほうが大きく見えるが、大した差はない。時折、貫通した岩魔法による攻撃が部隊を直撃し、怪我人が出るが、後方のテントにいる人たちによる回復魔法で十分なんとかなるほど。戦線は当初私が見た通り、完全に膠着していて、死人が出ている様子もないし、崩壊の兆しも見えていない。

 マジックポイントなんて言うのは日が経てば回復するもので、裏を返せば、向こうもこちらも一度に状況を覆すレベルの攻撃を打てるわけではない。どちらかの人が増えない限りは総魔力量は上がらないために毎日魔法を打って戦闘は終わる。どちらかが攻撃を仕掛けるために部隊を一気に動かすのは魔法攻撃による死者をいたずらに減らすことになりかねないからそう起こりはしないだろう。

 じゃあ、なんで死人が増えているなんて言っていたのか?

「戦闘はこんなもんだ。わかったろう。人数が減るとこの均衡状態は一気に崩壊する」

「それは最初からわかっていましたけれど」

「なら、話しは早い。疫病だよ」

「疫病?」

「そう。それと栄養失調。長らく前に出ていつ相手の攻撃力が跳ね上がって死ぬかもわからない状態。それではいずれ限界が来る。肉体じゃなくて精神にな。だから、もうすぐこの戦線は崩壊しちまうんだ」

「……で、私には策でも練ってほしいんですか?」

「いや……君は一人で五百人を相手取れた。きっと大きな魔力を持っているんじゃないか?」

「さすがにこれを覆せるほどは持っていません」

「そうか。悪い」

 私は大した力を持っていない。人のおかげで手に入れた無駄に高いレベルがあるだけだ。固有スキルも、特殊魔法吸収魔法もない。風魔法は他の魔法に比べて殺傷性は低いし、剣術も頑張って五十人までしか相手どれない。それも敵が一般人ほどの強さしか持っていない前提でだ。

 私は英雄にはなれない。そもそも、生まれ持ったものが違う。

 そう頭の中ではとっくの昔に分かっていたし、苦しんでいる人を見る度思う覚悟も多少の力を持つ人間なら少しは抱くはずだ。

 もう戦う気はない。シュワイヒナに復活させられた後、私は確かにシュワイヒナが物語の主人公だとしたら、自分がヒロインだと確信したはずだ。私は主人公になれる人間ではない。だから、いつか主人公たるシュワイヒナが向かえに来てくれると信じてどこか平和な街で農家でもしよう。それがいい。あるいは、現代社会での知識を活かして商売でもするか。きっと稼げるだろうと思う。

「それではさようなら」

 私は早歩きでそこから離れた。


「いいんですか。凛さん」

「……別にいい」

「でも、あの状況を打破できる方法、頭の中にはあるんですよね」

「まああるにはあるけど。うまくいくかはわからない」

「やってみる価値くらいありません?」

「失敗したら人が死ぬ」

「放っておいても死にますよ」

「それは言わないで」

「良いんですか。見殺しにして」

「…………」

「凛さんはそんな人じゃなかったですよね。悪人にも生きてほしいと願うくらいの人だったんですよね」

「私……そんな人じゃない。周りが見えなくなる時あるから。人を殺したいと思ったことももう何度もある」

「殺意なんていうのは人なら普通に持っている感情ですよ」

「知ってる」

「ならいいですけど」

 幻はいつまでも語り掛けてくる。時々姿を消したかと思えば、すぐにこれだ。

「ぶっ壊れてますよね。凛さん」

「誰が壊したと思ってんの」

「言ったじゃないですか。自分の本当にしたいことをすればいいって」

「シュワイヒナは私に何をさせたいの」

「やだなあ。私に聞かないでくださいよ。自分自身に聞くんです」

「私はあなたに迎えに来てもらいたい。それだけ」

「本当に凛さんはそれで満足なんですか」

「満足」

「本当に?」

「女の子は誰だって王子様を待つものだから。私はその相手が女の子だったってだけ」

「……私を待ってくれているのは嬉しいですけど」

「ならいい」

「そう言って欲しいんでしょ」

 にやりと笑う。シュワイヒナであってシュワイヒナでないそれは話を続ける。

「私の発言は全て凛さんの言って欲しいことです。凛さんは私という幻想を通じて自分と向き合いたい。だから、私みたいな存在を脳みそに作らせたんです」

「…………じゃあ、それも私が言って欲しいことなの?」

「そ。凛さんは私が幻であることに気が付いている。けれど、なんで現れているのかわからない、というよりわかりたくない。だから、すべて分かっているもう一つの凛さんの意識が私を作り出しているんです」

「もう一つの私の意識?」

「そうです。度重なる不幸な出来事が凛さんの精神を抉り取り、心を滅茶苦茶に破壊してしまった。もう凛さんは元通りにはなれません。少なくとも、前いた世界でごく普通の女子高生として生活していたあの頃には。ま、その頃もいわゆる『普通』ではなかったんでしょうけど」

「そんなことまで言わなくていいから」

「ほかの誰でもなく言わせているのは凛さんですよ。凛さんの意識がそうさせているんです」

「じゃあ、そのもう一つの私の意識とやらに聞くけど私が取るべきベストの行動は何?」

「もちろん、英雄になることです。世界があなたに求めているのはそれですよ。世界最強となって国民を苦しめるシュワナ国王櫻井祐樹を倒すこと。櫻井って苗字、思い出しました?」

「………………」

 訳がわからない。今、私は何を聞いたのか。なんで、忘れていたのか。違う、今までなんでそれを全く意識することなく使っていたのか。

「あなたの使命は櫻井祐樹の討伐。それはシュワナ国民全員の願いであり、同時に桜さん、アンさん、ラインさんといった生き残った仲間たち、そして、ファイルスさん、リブルさん、彼ら死んだ仲間たちの願いです。神の加護があるあなたならそれができるはずなんですよ。凛さんは自分のことを弱いと思っていますが、無限の可能性がある」

 ぶちっと頭の端っこの方で音がした。

「だったら、今頂戴よ! なんで、そんな力あるのに、私は今苦しまなきゃいけないの! 本当はそんな力ないから、いつまでも発現しないんでしょ。いいよ、別に。可能性があったかなんて成功した人しかわからない」

「そんなこと……」

 反論できない。それが私だ。私の中の私だって理解しているはずだ。私が英雄になれるとかそんなのはただの希望的観測に過ぎず、勝手にいい未来を思い浮かべているはずだって。

「それなら、凛さんの私が来てくれるだろうという考え方も希望的観測じゃないですか」

「…………別にそれが私の望んでいることなんだから」

「でも、世界はそれを望んでいない」

「世界なんてどうでもいい! 私はあなたが欲しいの! それでいいでしょ。何が悪いの」

「何も悪くありませんよ。世界の行く末を無視すれば」

「……あなたは本当にもう一つの私の意識なの?」

「凛さんは知っている。自分の生まれてきた意味も。この世界の存在理由も。あの日、あなたの身に何が起こったかも。全部忘れているだけ」

「気持ち悪い」

「ひどいなあ。愛しの人の姿をしている私にそんなこと言うんですか」

「だって、あなたは私じゃない。私の意識が生み出した産物には見えない」

「じゃあ私はなんだって言うんですか」

「神の差し金?」

「違いますよ。私はあなたです。そして、あなたは私」

「私という人間はこの世に一人しかいない」

「本当に?」

 それはにやりと笑う。まるで、全てを見透かしているように。そして、「何か」を知らない私を嘲笑うように。

「私はもう一人の佐倉凛。あなたから乖離した一つの存在。あなたがシュワイヒナ・シュワナの見た目を望んでいるから、あなたがシュワイヒナ・シュワナの喋り方を望んでいるから、私はこのような姿をとって、このような喋り方をしているんです。そして、あなたは自分の失われた記憶と向き合いたいから、崩壊した精神を強引にでも接着しなおしたいから、私という存在を生み出しました。それが私という存在なんですよ。さっきからそう言っているじゃないですか」

「それが信じられないって言ってんの」

「信じても信じなくても現実は変わりませんよ。佐倉凛はこの世界の救世主であっても、この世界を歪める力まではありませんから」

「そんなことくらいわかってる」

「わかってる『つもり』です」

「それに、救世主じゃない」

「これも同じです。凛さんに現実を歪める力はない」

「どこに証拠が……」

 話は平行線をたどったまま、動かない。

「兎にも角にも、凛さん。力のない人間が頑張って力を手に入れて戦うというのは間違いなく英雄譚です。それを世界があなたに望んでいます。しかし、ここで最も重要なことはそれではありません。凛さん。いいですか。力のあるものが力のない人間に手を差し伸べるというのはこの世で私たちが気を付けるべき最重要事項です」

「少なくとも、シュワイヒナはそんな人間じゃない」

「そうかもしれません。けれど、今私が言っていることは、今私がそれを最重要だと思っているのは他の誰でもなく凛さんが思っていることなのです。それをよく考えてください」

「私にさっきの人たちのために戦えっていうの」

「最初から私は誰かのために戦わなければならないと常日頃から考え続ける凛さんの思考を代弁しているだけなんですよ。凛さん。今、佐倉凛により近い人間はあなたではなく、私なんです」

「……意味が分からない」

「わかっているんですよ。凛さん。既にあなたはその答えを知っています。凛さん、あなたは自分の善意に嘘をつくことはできない。凛さん、あなたは心の奥底から湧き上がる感情を辻褄の合わない理論で抑え込もうとしているんですよ。崩壊した精神でもできることはあります。そして、それがもう一度精神というのを構成するのに役立つのです」

「佐倉凛はこの世界に私だけだから。あなたの言うことに耳を貸したりなんてしない」

「凛さん。あなたは誰かの死を恐れているだけですよ。凛さん。あの時あなたが殺した人たちは生かしていたらいずれまた多くの犠牲を出す殺人鬼たちばかりでした。あなたはいつか殺されるかもしれなかったたくさんの命を守ったんですよ。失ったものばかり見るのではなく、救ったものを見てください」

 シュワイヒナの姿をとる幻は私の手をつかんだ。そこに手があるという感覚はない。

「凛さん。私がついています」

「それも、シュワイヒナに私が言われたいこと、なんでしょ」

「凛さんは一人じゃありません。いつか私とも逢えますよ。あなたの物語の最後には必ず私がいます」

「……私がそう言われたいから」

「行きましょう。凛さん、みんなを救いに」

「もう嫌だって言ってんじゃん!」

「じゃあ誰がやるんですか! 凛さんが戦うだけで助かる命がいくつあると思っているんですか!」

「知らないよ、そんなの! 私は弱いの。私は屑なの。それだけ。私はそういう人なの。それだけでいいでしょ!」

「凛さん、あなたにしかできないこともあるんですよ。天才。そう言われたじゃないですか」

「そんなの……役に立たなかった。私は頭脳を買われて軍の中心にいたはずなのに、みんなを救えなかった」

「それでも、凛さんは戦わなきゃいけないんですよ!」

 幻は叫ぶ。その発言に既に理性は伴われていない。心の奥底、私が本当に感じていた部分を叫んでいただけだった。

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