第二話 私と他人
魔法の衝突はほとんど互角。少しだけ向こう側有利か。
しかし、この魔法ははったりだ。既に、私は肉体強化を脚に使い、筋力を増加させて走り、ミチルへと接近している。
「わかってんだよ!」
が、切りかかった私の剣はいとも簡単にはねのけられた。あまりに力が違いすぎる。
だからと言って、私が劣っているわけではない。
頭を使え。
「暴風!」
吹き飛ばされることを本能的に人間は拒むはずだ。したがって、私だけが風によってさらに加速した形でミチルへと接近できる。
持っている剣を吹き飛ばす。それだけを思い、私は彼の右腕へ狙いを定めていた。超高速で放たれる斬撃。決して避けられない。
激しい金属音を立て、剣はぶつかり、ミチルの握っていた剣は吹き飛んだ。そして、自分の剣を彼の首筋へ突きつけ、降伏させる。
完璧なはず。
「これで、終わり。諦めて」
「……」
男は黙りこくった。沈黙を保ったまま、時が流れる。しかし、そう長くはない。十秒後、
「諦めるわけねえだろ!」
男は叫んだ。そして、手を開く。
「バーンストライク!」
そう叫んだ男の手から炎が噴き出した。突然の行動にその場を離れるが、間に合わない。
「熱っ!」
髪に引火した。髪がどんどん燃えていく。さらには服にも火がついてしまった。
どんどん燃え広がっていく。その熱さは先ほどのスープを比べることがばかばかしいくらいだ。
ミチルはその隙に吹き飛んだ剣を拾い、私の方へと剣先を向ける。
「馬鹿め! 形勢逆転だ!」
このままじゃまともに戦えない。なら、
「切るまで」
私は髪の根元に剣を当て、切った。黒い髪が大量に落ち、少しだけ後悔する。
私を女たらしめていた髪だ。なんせ、自分の今の姿を見れば、きっと男にしか見えない。
私の中のプライドのような何かが一緒に切られて、落ちていく。私が私であるためのものが――。
「それでも……」
モイメさんの貸してくれていた服を脱いだ。周りに炎があるために寒くは感じない。しかし、親切心から貸してくれた服をこんな形で失ってしまうのもとても申し訳ないような気がする。
しかし、この村の人たちの命には代えられない。
「第二ラウンド、か」
剣をもう一度強く握り、走り始めた。
勝利条件ははっきりした。ミチルを諦めさせるためには負けたのだという確固たる証拠を突き付けなければならない。そのためには、彼の持つ手札全てを切らせる必要があるのだ。
つまり、マジックポイントをすべて使わせたのちに剣技でも圧倒し、追い詰める。
それが、私がこの村の人たちを救うための方法だった。
「おらっ!」
男の太刀筋は一見がむしゃらにふるっているだけ見えるが、すべて計算されつくされた筋がそこにはある。怒りに身を任せているというのに、中身は勝つことへの情熱があるのだ。そして、その気持ちに応えるだけの技術がある。
戦争で生き残って帰ってきたというのにも納得がいく。こんなのを普通の兵士が相手にすることは到底できないだろうし、現に高いレベルを持っている私が追い詰められている。
そもそも、ステータスとか、そんなこと以前に筋肉量が違うし、その筋肉一つ一つが発揮できる力も違う。
魔法の威力も一つ一つが一撃で人を殺せてしまうほどの力を持つ。相当魔力も高いはずだ。
私が劣っているわけではない、と言ったが、それは間違いだ。私の方が劣っている。
私は体力も、魔力も、力も、ミチルには届かない。それでも戦い続けられるのはほとんど直感による危機回避能力のお陰だが、それも風魔法で補助しなければいけない。しかも、私は戦えば戦うほど、力を失っていくのに、相手は逆に増していた。
先に戦えなくなるのがどちらかなんて明白だった。
後ろに大きく跳び、呼吸を整える。
「休めるとでも思ってんのか!」
ミチルは手を緩めず、追撃を放ってきた。太刀の振るわれる速度はめまぐるしく変わっていく。
「突風!」
自分に向け、風を吹かせ、さらに距離をとろうと計った。が、対応が遅すぎた。
「い……ッ!」
腹に少しだけ剣先がかすった。それにより、皮膚が少し切れ、血が少量ではあるが、出始める。
「逃げて!」
背後にモイメさんの叫ぶ声が聞こえた。
そうだ。逃げてしまえばいいだろう。そうすれば、私は生き残れる。
そう、一瞬頭の中に湧いた選択肢を振り払う。そんなことは絶対にしない。絶対に守る。絶対に、こいつはここで食い止める。
覚悟したのに、足が震えて止まらない。勝てるビジョンが全く見当たらないのだ。
攻撃は止まらない。もはや、避けることすらままならず、致命傷を避けるのに精いっぱいだった。
「おら、おら、おらおらおら! さっきまでの威勢はどうした!? もう疲れたのか! なら、さっさとその命、寄越せ!」
「……ちっ」
腕に一撃。足に一撃。
二回、攻撃を受けただけでこのざまだ。特に、足の方は出血が止まらない。そして、そこに力が入らなくなって、立つことすらも厳しくなっていく。
「このままじゃ……」
本当に死んでしまう。
漫画とかアニメの主人公はよく死を覚悟するほどのピンチに陥ると特別な力に覚醒したり、強力な助っ人が現れたりするものだ。
そして、それは現実にもあった。リデビュ島で、何度も、何度も、仲間に助けられてきた。
けれど、今、私の傍に戦える仲間など、いない。みんな、今日知り合ったばかりの人で、しかも戦う力も持っていない。
頼れるものはなし。せめて、固有スキルが使えるようになればいいとは思うが、そうもならなさそうだった。
どうして、一人になった途端にこんな非情な現実と向き合わなければならないのだろう。いや、逆だ。一人になったから、こんな非情な現実と向き合わされているんだ。だって、そうだろう。
私の仲間は実際強かった。
みんな固有スキルがあって、彼らにしかできないことというのがそれぞれにあった。固有スキルがないランリスさんだって、戦うことができる。
そして、シュワイヒナ・シュワナ。
彼女は私のヒーローであり、ヒロインだった。私を優しい笑顔で勇気づけてくれる人。私を圧倒的な強さで救い出してくれる人。
かなり、ひどい方法ではあったが、失った命を取り戻してくれもしたし、私のことを信じてくれもした。
闇覚醒。
固有スキルを持つ者、そして持つことのできる者が、発動するデメリットであり、最終手段。理性を失わせ、破壊を目的とする化け物に変えてしまう。
けれど、シュワイヒナ・シュワナはその力を操ることができた。
ほんの数日前のこと。そのまだ新しい記憶が私の心を揺さぶった。
憎めばいい。
何を?
私にこんなことをさせているこの状況そのものを。
――違う。私が戦うと言って飛び出したんだ。この状況を作っているのは自分自身だ。
「なら……」
憎しみのような感情は少しも沸いてこなかった。少しも、ほんの少しも。
私は確かに嫌だと思っている。死にたくないと思っている。けれど、私はまだこの村の人たちを守りたいという確かな願いが捨てきれていなかった。否、その感情はずっと私の心の核にあったのだ。だから、できない。私は憎むことはできない。後ろ向きな感情も勝手に捨てられていく。
ああ、そうだ。私はこうやって人を守りたかったんだ。それが自分のための自己満足だとしても、私のやりたいことに変わりはない。
責任だとか、そんなものじゃない。私がやるって決めたんだ。人のせいにはしない。
攻撃は終わらない。ミチルはその手を休めることはしない。
それも確かな決意がもとになっているのだろう。私を殺すという決意のもとに。
まだ、やれる。
「私が負けるなんて、あってたまるか!」
服を噛み千切った。応急措置として、傷口に結び付ける。
ネガティブな感情が抜けた途端に、視界が急に開けたように感じた。それとともに、見えていなかったものに気づいていく。そして、その気づきを自分の記憶と照合させていった結果、勝利のルートが確かに存在していることに気づかされた。
「そんな暇ねえだろうが!」
叫んだ男へ剣を投げつける。
彼の太刀筋は速く、美しい。完成されている。しかし、それは逆にどう振るわれているか、どのタイミングで振るわれるかが決まっているということだ。それでも筋が読みづらいのはミチルの剣を振るう速度が加速したり、減速したりしているから。それはおそらく筋が読みやすいという弱点をミチル自身が理解したうえで、それの対抗策として行っていることなのだろう。
だから、私はその上を行く。そのミチルの思考すらも読み、賭ける。いや、違う。賭けているのではない。確信しているのだ。
次はこのように剣を振るう。このような行動をとる。
今、私はそのすべてを一瞬のうちに理解した。これが私にしかできないこと。私だけの力。
投げられた剣は男の太刀に当たり、吹き飛んだ。しかし、無理な進路変更により、ミチルは大きくバランスを崩す。
さらに、吹き飛ばされた剣は私のすぐ近くに落ちた。
完成された予定調和に、私は自分の計算が合っていたことに、歓喜する。が、それは相手からすれば、巧妙な魔術――固有スキルを使用したかのように見えるだろう。
それを利用する。
「私の固有スキルはパーフェクトシンフォニー。ありとあらゆる事象を操ることができる」
「なっ、そんなもん……」
ハッタリだ。だが、これが有効であることは先に示してある。なんせ、力では劣っている私でも、相手の持っていない情報を使って戦えば、最初のようにあと一歩のところまで追い詰めることができたからだ。しかも、彼は私の言うことが嘘だとは気づかない。なぜなら、彼の太刀筋を完全に理解したかのように剣は彼を攻撃しようと投げられ、さらには、その剣が発した人物の元に戻ってくるという奇跡をミチルは目撃したのだ。
わけのわからないものを、固有スキルという答えをもって説明される。それに、ミチルは頼るしかない。
「なら……お前は自分の手札をずっと隠してたってのか」
「そうなる」
「……、許せねえ。舐めやがって!」
激怒したミチルは立ち上がり、走り出す。それでも、動きは完全に決まっている。太刀筋も当然決まっている。だが、遅い。
なぜか。
恐怖だ。圧倒的な強さを持つ固有スキルの効果を聞いたとたんに、そんな万能能力なんてあるはずないと思っていながらも、信じてしまう。
それゆえの恐怖。
もっと染みつける。
「パーフェクトシンフォニー」
もう一度、剣を投げた。それは、不可解な挙動を見せる。
「な……っ!」
ミチルは驚きに声を上げた。
剣は本来進むべき場所から曲がったのだ。種明かしをすれば微妙な風魔法の操作によるものだが、固有スキルに頭を取られている相手はそのことに気づかない。
信憑性が増す。
だが、剣の速度は速くない。それゆえに、ミチルの元へと向かってもすぐに叩き落されてしまう。
それでも、剣は私の元へ戻ってくる。まるで、誰かがつかんで操っているかのように動く。
これが自分にできる最大限のことだった。私にある力は直感と、それを裏付ける思考力と、風魔法をとても細かな範囲で操ることのできる集中力だ。
「くそっ!」
何度も、何度も攻撃をまるで生きているかのように動く剣に邪魔され、ミチルは動かない、動けない。
さらに畳みかける。
「もうわかってるとは思うけど、この力は私が触れたことのあるものにしか作用しない」
男の顔に一瞬、希望が見えた。だが、それをさらに大きな絶望でぶつける。
「でも、それに制限がないとしたら」
そばにある木に触れる。
「これ、なんとかなる?」
あり得るはずもない強さの固有スキルの弱点を見せ、活路を見出したところを、その力ゆえの特性を生かした攻撃をできるということをちらつかせ、想像させて、さらに絶望させる。
「面倒だし、終わらせようか」
全力で剣を振るい、木を切った。そんなに太くはないが、人間が持てるものでは絶対にないし、もちろん、人間がぶつけられて、まともに立てていられるものでもない。
「パーフェクトシンフォニー」
そう言って、風魔法、暴風を使うだけ。
私の勝利はこの時点で決まっていた。
 




