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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第三章 少女達の英雄譚
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第一話 英雄になるために

 見知らぬ森。

 様子が変だ。雪は降っているし、とても寒い。風が吹くたび、全身が震える。

 だけど、それもそうかと、思う。だって、ここはリデビュ島から遠く離れた大陸の上。知らない森であって当然だし、赤道を挟んでいれば――もっともこの世界に赤道があるのかはわからないけれども――季節が逆転して、冬になっているのもわかる。

 にしても、この状況はあまり芳しくなかった。

 いや、それは間違いだ。とても、悪い。なにしろ、今は信じられないほど疲れているし、思い出したくもないことで頭がいっぱいだ。

 桜さんは強くなってきなさいとか言っていたけれど、こんなんじゃ正直、死ぬ方が早い。現に、意識は朦朧として、目の前すらきれいに見えない。とりあえず歩いてみるも、足は全然持ち上がらないし、もちろん進むこともない。

 足がもつれて、倒れた。

 このまま死ぬのかな、と思う。また、それも悪くないかなと思った。英雄になれとかいう絶対にできない期待に応える必要もないし、仲間が死んで悲しむこともない。

 それはとても幸せなことのように思えた。けれど、やはり神はそれを許してはくれないようだ。

「大丈夫ですかーー」

 少女の声が聞こえたちょうどその時、私の意識は虚空の中へと吸い込まれていった。


 また知らない場所だ。なぜか、私は生かされている。

 ベッドの上で眠らされているようで、暖かい。また眠ってしまいそうだ。

 焚火の姿が見える。そう言えば、シュワナにいたころにシュワイヒナと一緒で焚火で温まってたなあ。あの時のシュワイヒナ、めちゃくちゃかわいかった。けど――もう会えないんだろうな。今、どこにいるんだろう。 

 大陸っていうくらいだから、リデビュ島なんて比べ物にならないほど広い。そんな場所で人探しなどうまくいくはずがない。第一、シュワイヒナだって動き回るだろうから、それも含めれば、会う確率なんて天文学的数字になる。

「あ、眼覚ましたの」

 私の顔を一人の少女が覗き込んだ。

 美人だ。目は大きくて、鼻は高く、唇も健康的な赤さをしている。田舎娘、という印象をぬぐうことはできないけれど、好きな人が見れば放ってはおかないだろうなと思う。

「私、モイメ。よろしく!」

「……よろしく」

 とりあえず答えておいた。

「どこから来たの? もしかして軍隊にでも入ってる? すごい剣持ってるし」

「うーん、説明すると長くなる」

「そう。話したいなら話して」

「いや、話したくないから話さない」

「そう。それもいいと思うよ。はい、スープ。口開けて」

 言われた通りに口を開けると、熱い液体が口の中に注がれた。

「熱っ!」

「ごめん!」

 思わず声を上げてしまうと、モイメさんは慌てて、謝った。そんなふうにしてくれなくてもいいとは思うけれど、かける言葉も思いつかず、少しいるのがつらい雰囲気になってしまった。

「ふーふー」

 今度はふーふーと息をかけて冷やしてから口の中に入れてくれた。ちょうどいい温度になっている。しかもおいしい。

 幸せだなーと思った。こんな美人にスープを食べさせてもらって、私は温かいスープで微睡む。こんな時間がずっと続けばいいとさえ思えてくる。

「結婚して」

「えっ?」

 ついつい口に出てしまった。

「あっ、いや、その、嬉しいなーって思っただけで、別に本当に結婚してほしいっておもっているわけじゃないから」

 早口でまくしたててしまった。

 大体、最愛のシュワイヒナがいるというのに出会ったばかりの女の子に結婚してくれなんてなんてことを口走ってるのか。しかも、女の子同士だぞ。

「あ、そう……ふーん」

 なんだか微妙な雰囲気になった。とても悪いことをしたかのような気持ちになる。

「もう大丈夫だから」

 そう言って、ベッドから出ようとすると止められた。

「ダメダメ。あんな倒れ方してて大丈夫なわけないから。はい、じっとしてて」

 しょうがない。言葉に甘えてもう一度眠ることにした。


 眠りすぎた。頭が痛い。

 いい加減にベッドから出ないと、と思い、目を覚まして、横を見ると――

「えっ!」

 あまりの驚愕にそのままベッドから転げ落ち、近くにあった椅子に頭をぶつけてしまった。そこそこ大きな音が立ったので、その驚きの原因が目を覚ます。

「大丈夫?」

「う、うん」

 何を気楽にそんなこと聞けるのか。私はあなたが私の隣で寝ているせいで、びっくりして転げ落ちたというのに。

 だけど、周りを見渡しても眠れるような場所もない。そのため、モイメさんが私の隣で寝ることはなんらおかしいことではなく、私が勝手に怒っているだけだ。

 とりあえず作り笑いをすると、

「何笑ってるの?」

 と真顔で言われた。笑顔がひきつっていて、目が怖い。

 心でため息をついた。


「これからどうするの?」

「どうしよう」

 モイメさんの質問に答えることはできなかった。どうすればいいのかわからないのだ。祐樹に啖呵を切ってみたはいいものの、森にあった死体を見て、多くの仲間が死んだのだという事実を受け止めたとき、自分が彼を倒すことができるとは思えない。祐樹に刃を向けること自体したくないというのに、刃を向けても勝つことはできないのだから、そこに価値はない。

 しかし、同時に戻らないのもそれは無責任というものだ。私の帰りを待っている人がいる。私の存在に希望を抱いている人がいる。そのことは少しだけ嬉しいけれども、重い。私の行動をがんじがらめに縛ってくる。

 できることなら戻りたくない。シュワイヒナと会えないことだけが心残りだけれども。

 死にたいなあ。

 そう思ってしまった。全ての問題から解放されて、魂を天に返す。

 けれど、そういうことを考えると、また私の心の中の何かが、英雄になれ、祐樹を倒せとささやくのだ。

 我ながら浮かない表情をする私にモイメさんは言う。

「そんな悲しい顔しないでよ。私まで悲しくなるじゃん」

 私の剣は洗われて玄関にたてかけてあった。人と戦うための武器。あんなもの、もう握りたくない。

「私は……」

 何も言えない。深い、深い絶望だった。第一、いくらなんでも十七になったばかりの少女に大陸で一人で生き抜けなんて無理がある。できないのだ。私には力もない。味方もいない。縋る希望もない。ないものづくめで、無人島にいきなり放り出されたらこんなもんなんだろうなと思う。

「あ、もうこんな時間。お出迎えしに行かなきゃ」

「お出迎え?」

「戦争に行った子たちが帰ってくるの」

「……戦争なんて、あってるの?」

「……知らないの!? ヴァルキリア対レベリアの戦争。もう何年も続いているし、知らない人なんていないと思ってたんだけど」

 そりゃあ知らないに決まっている。大陸で起こっていることなど島内だけで精いっぱいだったのだから、考えたこともなかった。

 しかし、どこもかしこもみんな血の気が盛んなことで、戦争なんてして何が楽しいのかと思う。――楽しいからしているわけじゃないってこともわかってはいるけれども。

「……本当にどこから来たんだか。とりあえず、待っててね」

「いや、私も行くよ」

 なんとなく、一人になりたくなかった。ただ、それだけだ。


 外は雪が降っていた。モイメさんの持っている服を借りて、少し厚着をしてから、外にでたが、それでも寒い。しかし、モイメさんやその他の住民はこの寒さにも慣れているようだった。そのために、私だけ寒がっていて、疎外感がある。

「どこから来たのかね」

 とおばさんに話しかけられた。

「えっと……」

「話したくないんだって」

 返答に困った私にモイメさんが助け舟を出してくれる。ぱっとこういうことができるのって本当にすごいなと思った。私とは大違いだ。

「そうかい」

 それだけ言っておばさんは私から離れていく。

 そして、その向かう先に村の人たちが集まっていた。と言っても、数はそんなに多くない。二十人から三十人といった具合だ。

 そもそも、家の数も少ない。周りを見ても全然家はないし、あるのは畑くらいで、本当に小さな村だ。

「私たちの村はね、ぎりぎりレベリア国に所属しているんだけど、めちゃくちゃ強い魔獣が出るっていう森とこっち側で切り離されているから、ヴァルキリアへの壁にされてるの。それで、私からも兵士を出さなくちゃいけなかったんだ。そもそも、人少ないのに」

 家を出る前、モイメさんはそう語っていた。

「じゃあ、死んじゃうの?」

「いやいや、もうすぐこの村を放棄して逃げる。できれば春になるまで持ってほしいんだけど」

 言っていることに反して、口調は軽かった。全く絶望などしておらず、希望があるわけでもないが、少なくとも前向きではある。

 これも、私とは大違いだ。

 村の先にある森に人影が見える。男の影だ。背中に巨大な剣を背負っている。

「……たった一人」

 そう声を漏らしたモイメさんのセリフから察するに元はもっといたのだろう。

 やはり、戦争とはそういうものだ。昔も今も。みんなが苦しむ。やるべきではないのに。

 戦いなんて、人を傷つけるだけ。言葉で分かり合うことができたら、これよりいいことはないのに。

「ああ、ミチル!」

 一人の女の人が男の姿を見て、飛び出していった。母親だろうか。きっと、この中には子供を戦争で失ったものがいるだろうに、その中で飛び出すのはいささか問題があるとしか思えないが、しかし、親だというのならそれも仕方がない。

 が、

「……えっ」

 戦慄が走った。悲鳴すら上がる。

 かくいう私も何も言えなくなり、固まってしまった。

 女の人の首から上が宙を舞った。噴き出した血がきれいなカーブを描き、白い地面を赤く染めていく。

「皆殺しだあ!」

 男――ミチルはそう叫び、走り出した。


 わっと蜘蛛の子を散らすように人々は逃げ惑う。

「逃げるよ!」

 モイメさんが私の手を引いて、走り始めた。

「バーンブラスト!」

 炎魔法だ。家が焼け、黒い煙が上がる。

「きゃあああ!」

 叫ぶおばさんの首がとんだ。さきほど、話しかけてきた人だ。

 命が失われていく。また一つ、また一つと。

「なんで……」

 意味がわからない。戦争から帰ってきた人がいきなり村の人たちを殺し始めるなど、訳が分からない。

 しかも、ミチルは強い。あれほど強力な炎魔法を打てるのはそれだけ高い魔力を持っている証拠だし、剣術も優れている。

 このままじゃ、すぐに全滅だ。みんな死んでしまう。

 ――死にたいのだから、死ねばいい。

 けれど、私には生きて帰らなきゃいけないという使命がある。アンさんを、桜さんを、みんなを救うんだって、そうしなきゃいけないんだって!

 それにもう人が死ぬところなんて見たくない。みんな、生きていかなきゃいけないんだ。人生に満足して死ねるように、助けなきゃ。

「英雄に、ならなきゃ」

「何言ってるの!?」

「待って、私がみんなを守るから」

「馬鹿なの!? 逃げようよ、死んじゃう!」

「私が戦わなくちゃみんな死んじゃう」

 モイメさんの手を振り払う。そして、先ほどのモイメさんの家へ駆けこんだ。立てかけられている剣を見る。

 人と戦うための武器。命を奪うための刃。

 違う。その役割はそれを使う私が決める。

 剣を掴んだ。銀色に輝く刀身を眺める。

 これが私のできることだ。人の命を救うために、戦え。

「それが英雄だから」

 家を出た。男の姿が目に入る。

「モイメさん、逃げて」

「そんな!」

 走り始めた。未だ足が痛い。けれど、首を斬られる時の痛みはそれの比じゃないはずだ。大切な人を失う時の痛みはそれの比じゃないはずだ。

 平気だ。私はまだ戦える。

「やめろ!」

 剣先をまっすぐミチルに向け、叫んだ。

 もう村の半分は炎に焼かれている。しかも、おそらく四人殺害されていた。首を切られたもの、炎に身を焼かれたもの。

 苦しかっただろう。痛かっただろう。私がすぐに戦わなかったがために、犠牲になったのだ。

 だからこそ、もう誰も苦しませない。もう誰も犠牲にはさせない。

「なんだ、てめえ」

「こんなのもうやめろ。誰も幸せにならない!」

「なんだと! どうせ、死ぬんだから、いつ殺しても変わんねえよ!」

「やめないのか?」

「やめねえよ! イラついた、お前から殺す!」

 対話失敗。男がその手をまっすぐこちらへと向けてくる。

「バーンブラスト!」

「突風!」

 二つの魔法がぶつかる。

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