第四十話 結末
「は?」
宰相の一言に私は半ば呆然としてしまいました。
「ふん、君たちもお金が欲しいのだろう。いいぞ。やる。その代わり早く出ていけ」
「なるほど、あのギャングの親玉はあなたなんですか?」
「それはちょっと違うな。親玉と私が提携しているだけだ。この国はやけに金のない国だからな、金を集めるためには多少汚い手に出なければならない。しょうがないことだ」
「どうして、そんなに金にこだわるんですか?」
「理由はない。いつまで、こんな無駄なお喋りを続けるんだ?」
「別に私は無駄だとは思っていないんですけど」
「私は無駄だと思っている」
「そうですか。とにかく、悪者はあなたなんですね」
「私を倒そうというのか?」
「あなたを倒して、王様と話をします。あなた一人の利益のためにこの国の人たちは犠牲になっているんですよ。見放せるわけありません」
「殺すのか?」
「そんなつもりもありません」
「そうか……、それならば、その認識は甘い」
瞬間、男は飛び出しました。その速さはテールイのそれとはまるで比較にもなりません。
「本能覚醒」
ワンテンポ遅れて、そう言葉に出したテールイは一瞬のうちに男へと肉薄しました。
「諦めてください」
テールイは既に、男を地面に倒し、抑えつけていました。
「驚いたなあ。そこまでとはね。まあいい。忘れられない記憶」
「何を言って――な!」
テールイは頭を抱え、倒れこんでしまいました。
「いや……、いやっ!」
テールイは叫び、その場にのたうち回ります。本能覚醒も解けてしまいました。
「あ……あ!」
テールイに駆け寄り、その体を抱きかかえました。体は震えていて、私の姿すらも見えないようです。
「嫌だ、お母さん、お父さん!」
男はその隙に態勢を立て直し、短いナイフを取り出しました。
「ふん、戦いというのをなめてやがるから、そうなるんだ」
その言葉を聞いたとたん、頭の奥でぶちっという音がしました。
「テールイに何をしたんですか?」
「わざわざ手の内を晒す馬鹿がいるか?」
「そうですか」
テールイを治す方法をなんとしてでも吐かせる。
「肉体強化」
久しぶりの感覚。しかし、衰えてなどいませんでした。全身に力が湧き出て、行き場を失ったマジックポイントの流れは暴走し、銀色の髪が浮き始めます。
寿命を縮めてしまう。そう分かっていたとしても、私の戦う方法はこれしかありませんから。
一歩踏み出しました。それと同時に激しい痛みが足に襲い掛かってきます。
闇覚醒時の力の出力と同じようにしてしまったがために、肉体が耐えられなかったのです。が、足が崩れ落ちてしまう前に、回復魔法を発動し、最悪の事態を防ぎました。
「ふん、戦うのは久しぶりかな」
回復魔法を発動したがために、狭い室内に置いて、一瞬のうちに距離を詰められ、気づけば男の手は私の頭に触れられていました。
「忘れられない記憶」
固有スキル。
認識したときには既に時遅し。
次の瞬間、私の体は縮んでおり、気づけば、懐かしい王宮にいました。そして、前を向くと
「――ッ!」
まず、最初に目に入ったのは「赤」でした。それから、今自分がどういう状態を見ているのかを理解しました。
お母さんが首から鮮血を噴き出していました。そして、お母さんに馬乗りになっている男が一人います。
思考の全てが乗っ取られ、憎しみと怒りだけが沸き上がり、私は地面を勢いよく蹴り、私の姿を見て呆然としている男に飛びかかりました。
反応が遅れた男は私に対抗することができず、容易にナイフを奪い取ることができます。
「お母さんを、お母さんをよくも!」」
ナイフを何度も、何度もたたきつけ。真っ赤な血を幾度浴びても、何度も、何度も、何度も。
相手の姿がほとんど見えないようになって、私は悟りました。
――あ、殺しちゃったんだ、と。
違和感。
これは、私の記憶です。私は今の今まで、男と戦っていたではありませんか。そもそも、今の私なら怒りに身を任せて殺しに行ったりなどしません。
と。
今度は森の中でした。
目の前には――
絶句しました。なんてたって、目の前にあったのは全身に穴が開いた凛さんだったのですから。
「シュベルツ!」
シュベルツ――私が殺した兄。彼の固有スキル「王の裁き」により、凛さんは命を落としました。そして、そのあとは、私が闇覚醒を起こす。
「幻覚ですか」
既に何が起こっているのかを理解した私にかけられた固有スキルの力は意味を失いました。
「タイミングが悪かったですね。既に、私は昔の自分なんて克服してるんですよ」
絶句している男に声をかけました。どうやら、私が幻覚を見ていた時間は五秒にも満たず、私はまだ殺されていなかったのです。
「強制的にトラウマの世界に送り込んで、精神を壊す。そんな感じの固有スキルですか。残念ですね。私には効きませんよ」
「なっ……なんでだ! おかしいだろ! 人間はな、皆トラウマを抱えて生きてるんだよ! お前にだけそれがないとは言わせない!」
「あ、そうですか。まあいいですけど。それより、この固有スキルの解除方法を教えてください」
「……」
「黙りこくるんですか。なら、無理矢理にでも」
止まっている人間に攻撃するなんてそんなに難しくありません。
肉薄し、相手の体を壁に押し付けました。ナイフを奪い、首筋にあてて、もう一度問います。
「固有スキルを解除してください。さもなければ――わかってますよね」
「……殺さないんじゃなかったのか」
「知ってますか? 固有スキルって殺したら強制解除らしいですよ」
「……ハッタリだ。お前は私を殺せない」
「試してみますか?」
首から血が一筋流れ出ます。
静かな空間にテールイの発狂する声だけが響き渡っていました。その声を聞けば聞くほど、怒りが、憎しみが込みあがってきます。
しかし、殺してしまっては元も子もありません。
その状況を見透かされていました。
完全に勝っているというのに負けている。そんな辛い状況が一分も続いたのち
「分かった」
男は固有スキルを解きました。王の倒れる音と、テールイの
「あっ」
という短い声によりそれが分かります。
「シュワイヒナさん……」
「気にしないで」
テールイが微笑んだかと思うと、
「シュワイヒナさん!」
次の私を呼ぶ声は叫び声でした。
力を弱めた私の手元から男は驚愕の身のこなしで抜け出し、私の腹を蹴ります。完全に終わったと思っていた私にそれはクリーンヒットで内臓がいくつか潰れたのがわかりました。
「まだ、終わらない!」
「本能覚醒」
叫び、飛び出した男は同じく飛び出したテールイの攻撃により一撃で沈黙させられました。
結局、その日は私たちはその下の階で眠り、翌朝、例の部屋に戻ると
「君たちは……」
気絶したままの男の隣で王が顔を上げていました。
「私は……こやつの傀儡になって、何もできなかった。すべて私が悪いのだ。私が政治をほったらかしてしまったばっかりに」
そう王は心中を吐露し始めました。
「思えば、四十年前。父が亡くなってから、わしはずっと、ずっと一人で頑張ってきた。父のような成功は治められなかったが、いい国を作れていた。なのに、あの男が来てから、どんどん、わしは追い込まれて行って、どうすればいいのかわからんかったのじゃ」
「大丈夫ですよ。あなたなら」
「わしはこやつの固有スキルに抗えんかった。それはわしの弱さじゃ。そんなわしでも……」
「あなたを必要としている人がいるんです」
「しかし、わしは期待に応えられぬ」
「……そうですか。別に期待なんてされていないと思いますけど」
「なんじゃと」
「だって、そうじゃないですか。引きこもって政治をしなくなったおっさんが突然現れて大きな期待をするほどこの国の人たちは前向きじゃないと思いますよ。ギャングをどうするかにてこずって、殺されたりしないかって思ったりもすると思いますけどね」
「……、やはりわしは……」
「だから、いいんですよ。あなたがすごい人だってこと証明してください」
「しかし、わしには……」
「どうせ期待なんてされてないんですから、やりたいことやればいいじゃないですか」
「じゃが! わしには仲間がおらぬ。わしには……」
「じゃあ、私が手伝います」
「シュワイヒナさん?」
私の言葉にテールイがびっくりしたように声を上げます。
「これでも私、王家の娘ですし、ノウハウも知っています。力になれますよ」
「それは本当か!?」
「ええ、力になりますとも」
ありがとう、そう最も聞き心地のよい言葉がかけられました。
一か月後。無事、私たちは国の再建に成功しました。活気を取り戻していった国は次第にギャングの勢力が弱まっていき、私とテールイが直接出向いたことにより、頭領が折れ、ギャングは解体されました。それとともに、有志の人たちで犯罪を取り締まる人たちを作り、彼らをトレーニングすることにより、ギャングの残党にも力を持てるようにしました。
最終的に力で制圧する形になってしまったのは残念ですが、しょうがありません。
ちなみにそれで自信を取り戻した王に例の宰相の固有スキルは通じなくなり、その宰相は今は例の犯罪取締役としてせっせと働いています。
「シュワイヒナさんがいきなりあんなこと言いだすから、どうなるかと思いましたよ」
「でも、これでたくさんの人が救えたんだから」
「まあ、そうですけどね」
それと、この国で暮らすうちに決めました。私は凛さんと一緒に並べるような人間になってから会おうって。もちろん、期限は決まっていますが、そのためにたくさんの人たちを救おうと思います。凛さんはそれができることですから。
「……きっと大丈夫。行きましょう」
私の身に宿る天使の力が、私に似合わない力とならぬように。
七月二日。リンバルト王国。
国は崩壊の危機に瀕していました。理由は簡単。裏切者が出たのです。しかも、二人、どちらも固有スキル使い。
将軍ケダブ。固有スキル「ミリタリーオブデッド」
副将軍ラバージェ。固有スキル、不明。
そして、その裏で動いている人間のことも既に私たちはわかっています。
櫻井祐樹。シュワナ王国の現在の王。
彼の手がリンバルト王国へと延びていたのです。そして、大きな動乱の中、その国には凛さんが来ていました。
大賢者の予言は本当だったのです。信じてはいましたが、もし違ったらどうしようかという不安はありました。しかし、それすらも取り払われた今、私にもう怖いものはありません。
一年半。それはとても長く、険しい道のりでした。しかし、私とテールイ、二人の力は私たちの想像よりも強く、たくさんの命を救い、たくさんの希望を届けることができました。
時には用心棒として。時には為政者として。
中には救えなかった命もありました。しかし、私たちはできる限りのことをしてきたと思っています。
爆音が響き渡りました。場所はサトウ・アキラさんがいた王宮。風が空へ向かって吹き、あらゆるものが空を舞っています。
「あそこ、ですか」
「たぶん」
二人で王宮へと走り始めました。
鼓動が段々と速くなっていきます。もちろん、それは単に運動しているからではありません。
不安。期待。恐怖。
そういった感情がごっちゃ混ぜになって、私の中でぐるぐると回っていました。
本当に天使の力は震えるのかという不安。
凛さんともう一度会えるのだという期待。
凛さんが魔王へと化してしまうことへの恐怖。
しかし、私に与えられた力は確実に凛さんのためにあるものなのです。だから、絶対に歩みを止めません。
王宮の空いた穴から、黒いものが噴き出しました。
見覚えがあります。
闇。
あそこで、誰かが闇覚醒を起こしている。それは間違いありません。そして、それはおそらく凛さん――。
「テールイ! 跳びますよ!」
「はいっ! 本能覚醒!」
高く跳びあがるテールイの手につかまって、空高く私たちは飛翔し、空いた穴から中に入っていきます。
息をのみました。
そこにあったのは、二つの死体。それらは闇に食われていき、その姿を失っていきます。
そして、何よりも目を引いたのはあまりに美しいその姿。
真っ黒なドレスを見にまとい、全身に闇の紋様を持ち、嗜虐的な笑みを浮かばせています。背中には真っ黒な羽根が生え、比較的高い身長によく似合っていました。
そう、そこには変わり果てた愛する人の姿があったのです。
――だけど、私のやることは決まっている。
「凛さん、あなたは知らないでしょうけど。同じようになっていた私はあなたに救われたんです。今度は私の番です」
恩を今、返す。
「天使顕現」
これにて第二章完結です。第三章は一月一日より始めます。よろしくお願いします。
 




