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はやて  ②

専門用語の注釈はあとがきにのっけています。フィクションなのでよい子はマネしないでくださいね。

      ◇


「ハヤテ様聞こえたら返事してください!ハヤテ様!」


 僕は大声で叫ぶ。赤鬼と別れてから5分ほど家の周りをくまなく探したが彼女の姿は見当たらない。


「うう……ハヤテ様、ノノです! ハヤテ様、どこですか! 」


 ノノも涙声で必死に叫ぶが返事はなく、自分の声が暗闇の森に吸い込まれてゆくだけだった。


「くそ。昨日は月が出てたのに、なんでこんな日に限って。暗すぎて照らしたところ以外何も見えない。」


「……うぅ。」


 つないだノノの手は冷え切っていて小刻みに震えている。


 僕はその手を両手で包み込んで言った。

 

「大丈夫。絶対に見つけるから。」


「……うん。」


 口先三寸でそんなことを言ってみたものの、見つける自信は全くなかった。どこかに素泊まりしているだけで、明日の朝には「どうしたんだ?おぬしたち?」なんて帰って来たらいいけれど……。


 ガサガサと藪を掻き分けてスマホのライトで照らす。やはりそこには誰もいない。


「ノノ様! 旦那様! ハヤテ様が! ハヤテ様が! 」


 その時、屋敷の逆方向から赤鬼の呼ぶ声が聞こえた。


「ノノ、行くよ。」


 僕たちは駆けだした。


      ◇


「ハァハァ……! 」


 全力疾走で駆け付けた僕らが目にしたのは、赤鬼の太い両腕に抱かれるハヤテの姿だった。


「ハヤテ様のご様子が……!! 」


 赤鬼は鬼気迫る表情で言った。


「ぃ痛い……はぁはぁ、胸が……いた……はぁはぁ、息が、ぐるじ……はぁはぁ。」


 ハヤテは苦悶に満ちた表情で息苦しそうに胸を押さえていた。


「ハヤテ様!!!!!!!!!ああ!」


 ノノが凄まじい勢いで駆け寄る。


「ノノ、痛いよ。……ぐるしいよ……はぁはぁ……助けて!! ……ノノ!」


「ああ!!どうして、どうして、うわああああ~~~ん!!!」


 ノノはそのままパニック状態に陥りその場でへたり込んで号泣してしまった。


「おい、ハヤテ! 大丈夫か? おい! 」


 僕も思わず駆け寄り手を握って声をかけるが、


「胸が痛、ハァ……苦しい……。」


 顔色も悪い。手も冷たい。


 ただ事じゃない事態に僕の頭もフリーズする。

 あれこういうとき、コウイウトキ、どうすれば、ドウスレバ。


 胸痛?呼吸困難?若年女性?慢性?急性?外傷は?意識障害は?鑑別は?

 そもそもこの世界の理は僕の知識と合致するのか?


 焦燥感から自分の心臓が張り裂けるほど高鳴っている。

 全身の毛穴から汗が噴き出る。


 僕は、僕の命を救ってくれた、一人の少女にすら何もできないのか。


 僕は……



「旦那!!!! 突っ立ってる場合ですか! 」

 

 赤鬼の怒責で目が覚める。

 

 そうだ。固まっている場合ではない。まずは、まずは……そうだ、バイタル(※1)だ。

 僕はハヤテの両手首の脈に触れる。


 脈は整だが……速く(少なくとも100回/分以上)、そして弱い。


 はぁはぁとあえぐような、呼吸はどう見ても頻呼吸。冷たく、湿った手。


 これは! やばい、やばい、やばい……。

 やばい!!!!


 僕の背筋が凍った。再び心臓の鼓動が高まる。

 多分これはショック(※2)だ!!!!!!


 早く何とかしないとハヤテは死ぬ。僕は確信する。


「赤鬼、家の中に運ぶぞ。なるだけ早く。」


「了解です。旦那。」


「ノノも早く! 」


 ノノの腕を半ば無理やり引っ張って立ち上がらせる。


「はやで!!! ううっ、置いてかないで、わたしを一人にしないで、あああーーーん。」


「ハヤテの家族はお前だけだ!!!! お前がしっかりしないで誰が彼女を助ける!!!!! 」


 くそ! 僕だってこんなこと言いたくないのに……!!

 だけど、このままだと……ノノが一生の心の傷を負うこともありそうで。


「う……うっ……。」


 涙をぬぐって彼女は歩き出す。僕は赤鬼に運ばれてゆくハヤテに並走する。


 ショックだとしたら原因は? 一見出血はなさそうだったが……。


 赤鬼に抱きかかえられているハヤテに聞く。


「今日何か怪我をしたりしたか? 」


「はぁはぁ、昨日……打った、とこ、くらい……痛い……。」


 程なくしてハヤテは灯籠だけで照らされる薄暗い寝室に運び込まれる。緊張した空気、病院のICUみたいな死の気配を感じる。


「ノノ早く布団を敷いて。ハヤテは仰向けにして足を枕にのっけて頭より高くして。」


「うっ……はい゛。」


 ノノは少し落ち着いたのか泣きじゃくりながらも布団を用意する。


 そこに苦しそうなハヤテが仰向けに降ろされた。何か処置が必要になるかもしれないし……。


「ノノは今すぐお湯を沸かして、あと赤鬼でもノノでもいいから一番強いお酒持ってきて」


 僕はその隙をみてすぐさまリュックのところに戻り、中から針村内科学(本)と聴診器を取り出してハヤテの元に戻った。


 早くショックの原因を突き止めないと……。


「ハヤテちょっとごめんな。」


 僕はそう一声かけると、ハヤテの上着をはぎ取り、胸部を露出させた。ハヤテの成長途中のまだ角張った肉体があらわになる。早くしないと。早くしないと。僕のこめかみに汗が伝う。


 肉眼的に大きな出血はない。目立つとしたら左の胸部に部分的な内出血がある。


 昨日打ったとこ……?呼吸苦、胸痛、ショック……。


 まさか!


 僕は急いで聴診器を自分の耳にあてがい、ハヤテの左胸部の呼吸音に注目して聴診する。


 呼吸音は減弱している!


 やはり…と思って、確かめるように同部位の打診をすると、鼓音が部屋に鳴り響いた。


 これは緊張性気胸だ(※3)


(※1)バイタルとは、血圧・脈拍数・呼吸数・体温のことです。患者さんの状態を反映します。総一郎は血圧を測っていないように見えたかもしれませんが、手首にある橈骨動脈が触れにくくなっているということで、血圧の低下が疑われる所見です。


(※2)ショックとは、簡単に言うと体の中の血をいろんな臓器に送り出せなくなることを言います。例えばおなかを包丁で刺されて大量に血が出たとしますよね。そうすると心臓がいくら頑張っても臓器に血を送ることができない状態になります。血がもらえない臓器は酸素がもらえないのでどんどん死んでいきます。出血していなくても心臓が止まったりしても同じような現象がおこりますよね。これがショックです。ショックの人は血圧が下がり、脈拍が上がります。なぜなら血を送ろうと心臓が頑張るからです。


(※3)緊張性気胸とは何らかの原因で肺に穴があいてしまって、肺の外側と胸の間にどんどん空気がたまっていってしまう病気です。そうすると胸の中の圧力が逃げ場のない空気でどんどん高くなっていきますよね。この時、肺がしぼんでしまいますから、聴診器でもしもしをしても息をしている音が聞こえにくくなります。また、指で胸を叩くとパンパンに張ってますから太鼓をたたいたみたいな音(鼓音)がします。なぜこの病気でショックになってしまうのかというと、パンパンになった胸のなかの空気の圧力で心臓がどんどん押されてしまいます。そうすると心臓は頑張っても血を送れなくなりますからショックになってしまいます。

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