落とせ!!
「うわ、すっごい長い刀。」
僕は思わずなんてことのない感想を漏らしてしまう。
ハヤテは自慢の一品を一瞥すると、ノノと僕に対して言った。
「ぬしらは、危ないから下がっておれ。」
ノノは黙ってはやての後ろに回り込んだ。僕も立ち上がり彼女の背後へ移動する。そうしている間も、森の木々はざわめき、こちらに向かってくる気配は大きくなっている。
「鬼って強いの? 」
僕はノノに聞いた。
「個体によって千差万別でございます。餓鬼のような小さい鬼は取るに足りませんが、巨鬼となるとはやて様も多少は手を煩わすやもしれません。」
「で、今こっちに向かってきているのは? 」
「大きな木を押し倒すぐらいですから。」
「ま、普通の鬼よりは大きかろうな。ハハハ! 」
ハヤテは背を向けたまま答える。その視線は赤暗い森の奥から迫る何者かに集中している。
ザザザ、ザザザ、メキメキメキ……藪をかき分ける音があたりに響く。ツンとどことなく血なまぐさい匂いがしたと思うと、バキバキと若木が太い腕によってへし折られ、巨体の一部が姿を現した。
「赤鬼よの。少しでかいな。」
ハヤテは慣れた風に言った。
「オ……オ……ォ……ォォ」
巨体の主が唸る。
でかい。赤鬼と呼ばれるその鬼は身長にして2mはあるようだった。全身の肌は暗赤色に紅潮しその腕は筋肉質で逞しい。右手には巨大な槌を携えており、大きく見開かれた黄色い眼球からは知性は感じられない。
どう考えてもやばいやつである。
「赤鬼よ。覚えておるか。」
ハヤテは巨体に声をかける。それに対して鬼の反応はなく、ぎょろりとした眼で僕らを観察している。
「ハヤテ様、既にやられているようです。」
「そのようだの。」
「ならば。」
ハヤテは呟くと長い太刀の切先を鬼へと向けた。
「オオ……オマエラ……ウマソウ……。」
鬼は呟き、槌を握る手を強めた。
「やるしかあるまいて。」
その瞬間、ハヤテは跳んだ。140㎝くらいの少女が太刀を大上段に構えて鬼の頭上に飛び上がった。鬼の脳天へと振り下ろされる刃は薄紅色の煌めきとともに命を刈り取ろうとする。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!! 」
鬼が咆哮する。降りかかる明確な敵意に対して槌を思い切り振り上げる。
ガキイィィン
ハヤテの刃と鬼の槌が激しくぶつかり薄暗い森に火花が散った。衝突の衝撃ではやては後ろに大きくはじかれ、ふわりと地面に着地した。
「ふふふ。」
ハヤテはニヤリと笑うと低い姿勢で大地を蹴って鬼へと踏み込む。まるで体全体が凶刃となったかのような速度で鬼の足元へ迫る。
「食ウ!!! 食ウ!!! 」
鬼はひどく興奮した様子で垂直に跳んだ。ハヤテの刃は空を切る。
「甘いぞ。」
刹那、ハヤテは踏み込んだ足を地面に叩きつけ、自身のベクトルを真上に変えた。土埃が舞い上がる。空振りとなってた刃の回転力をそのままに、背後へと斬り上げる。太刀の切先は不可避の速度で鬼の下腿へと迫った。
対して鬼は空の中。かの刃を避ける術はなし。ところが鬼は逆に足底を刃へと突き出した。
「なっ!! 」
ガキイィィン。再度響き渡る金属の衝突音。ハヤテの刃は鬼のわらじに弾かれ、今度ははやてが姿勢を崩す。
鉄わらじか、とハヤテは咄嗟に思い巡らす。
ハヤテは瞬時に悟ったものの、一度崩された体勢は元に戻らない。踏ん張るものがない空中となればなおさらだ。
ニィィィ……。鬼の口角が歪に吊り上がる。同時に、鬼は刃をはじいた足とは逆の足をハヤテに突き出した。ドッ。鈍い打撃音とともに鬼の前足底がハヤテのみぞおちに突き刺さった。
「カハッ……! 」
ハヤテはそのまま吹き飛ばされ、背後の大樹の幹に叩きつけられた。その小さな体はドスリと地面に墜落し、そのままうずくまる。
「うっ……あっ……は……あ……。」
鳩尾を撃たれ、また背中を叩きつけられた衝撃で呼吸がままならない。ハヤテは苦痛に顔を歪め、自らの喉元を押さえつける。墜落したときに打ち付けた側頭部から一筋の線となって朱色の液体が滴り落ちる。
「や、やばいって! 」
僕は思わず駆け寄ろうとするも、ノノの右腕によって遮られた。
「ハヤテ様に助けは不要です。」
ノノは冷静にそう言うと、首から斜めにかけた革製のカバンをごそごそと漁り出した。
いやカバン漁ってる場合じゃないって、あの娘やばいって! てかあの子がやられたら次は僕らじゃね? あ、でも僕ってたぶん死んでるし、もう一回死ぬのかな。あーでも怖いものは怖いし……。とか、僕がテンパって考えているうちに、着地した鬼は槌を握りしめ、ハヤテに止めを刺そうと歩み寄っていた。
「くそ!」
僕は思わず声を上げる。ハヤテは未だ動けずうずくまっている。一歩一歩鬼ははやてに近づいていく。
「あ~。ありました。ありました。」
ノノの方をチラリを見ると、呑気な声でカバンから青色の液体が入った小瓶を取り出していた。
「ノノさん! それどころではないって! 鬼が! 」
「鬼がどうされたのですか? あと汚らわしいので呼ばないでくださいね。」
なにを言っているんだこの娘は、いまは汚らわしいとかそういう場合じゃないだろ、だからお前の仲間がやばいんだって。僕は鬼の方へともう一度向き直して指をさすが……。
「あれ……いない? 」
ズドンッ! 大きなものが落ちる音がして、さっき鬼がいたはずの場所に何やら地面にでかい穴が開いている。ハヤテは相変わらずうずくまっている。
「さてさて、お仕事の時間ですね。総一郎殿も手伝って。」
ノノは、僕に青色の小瓶と霧吹きを手渡すと穴の方へと歩き出した。
どういうことだろう。僕は訳も分からずそれを受け取り小走りでノノに続く。
「その液を霧吹きに入れて鬼に吹きかけてください。」
「オ、オ……オオ……!!! 」
穴の中を覗くと、さっきの赤鬼が全身べたべたの餅みたいな物質だらけになって動けないでいた。
「はい。汚物消毒の時間です。」
ノノはそう言うと、僕に手渡したものと同じ霧吹きを穴の上から鬼に振りかけている。
「汚物消毒♪ 汚物消毒♪ シュッシュッシュ! 」
青色の霧が赤鬼に降り注いでゆく謎すぎる光景に僕は茫然と立ち尽くす。
「何をぼーっとしているんですか。早く手伝ってください。」
「いや、それよりも、ハヤテさんが……! 」
うずくまっている彼女のことがどうしても気になり、僕は言った。血を流していたようだし大事になる前に手当をしないと。
するとノノが急に大声を出してハヤテに呼びかける。
「ハヤテ様も! お戯れになるのもそれくらいにしてください! 」
「クククッ。」
どうしたことか、うずくまっているハヤテは笑いを堪えるように小刻みに震えだす。あれなんでわらってるの?
「敵をだますには味方からと誰か昔の偉い人も言っておったわ! 」
そして満身創痍? の少女はすっと立ち上がりにやりと笑った。