起きた!!
「総一郎、今回のテストも良くやったな」
子供の頃、父も母もよく褒めてくれた。僕は両親の笑顔を見るのが好きだった。だから頑張れてた気がする。
そういえば久しく誰かに褒められてない。体ばかり大人になって、子供のままの精神は置いてけぼりにされているんだ。
僕は何をしたいんだろう。
◇
ぉーぃ…ぉーぃ
遠くから声が聞こえる気がする。僕はしばらくこの心地よい微睡みに体を預けていたかった。
おーぃ‥おーい‥
声が大きくなる。僕はまだ眠っていたいのに。
「おい! 」
ガツンと頭に衝撃が走った。
「いてっ!! 」
思わず目を見開く。黒い雲と暗赤色の空。僕が知っている夕焼けにしては少々邪悪すぎる。
「なんと。こいつ生きておったわ。くひひ。」
「ハヤテ様、わたしはさっきから生きていると申しております。」
声がする方を向くと2人の少女がいた。一人は黒髪で前髪はパッツン。鋭い目をしているものの、イタズラっぽい笑みを浮かべている姿は年相応の少女のものだ。
もう一人はベージュ色のショートカットでタレ目が印象的な子だ。この子はどうやら僕の視線に気がついたのか、
「ハヤテ様、気をつけてください。この者、何か良からぬことを企んでおるやもしれませんから。」
などと言い訝しむような目で僕を観察している。
「えっと……。こんにちは? 」
何が起きているか全く理解不能なので、とりあえず挨拶しておく。
そういえば、僕は僕(偽物?)に押されて穴に落とされたんだっけ。
「おお!こやつ、喋りおったぞ! 」
パッツン娘が嬉しそうにはにかむ。
今思うと結構長い間落下してたと思うし、あの速度で地面に衝突したら高エネルギー外傷で即死だよなあ。それじゃあここはあの世か何かなんだろうか。
「ハヤテ様、病気になるやもしれませんから触れてはなりませんよ。」
え、じゃあまじで僕死んだの? うわあ、実感全くない。貧弱なボキャブラリーでヘコむとしか言い表せない自分が虚しくなってきた。
「ノノは本当に口うるさいなあ! おいお前! 名はなんという。」
てか、まじであの世ってあったんだなあ。嬉しいような悲しいような。てか父さん母さんごめんよ。僕は最低の親不孝者だよ。
「おい。早く答えよ。」
ああまじで凹んできた。これからどうしよ。
「おい! 」
バキッ!脳天に拳が炸裂した。
「痛ぁっ! 」
「ああ!ハヤテ様、また穢らわしいものに触ってしまって! 」
僕と垂れ目娘がほぼ同時に声を上げた。
「かはは! お前が愚図だからだ! 早く答えるがよい。」
「あ、え、ぼ、僕は総一郎。総一郎です。」
身の危険を感じて凄くどもった感じになってしまった。この娘、華奢なくせに拳骨がとても痛い。
「ほう。総一郎とな。長い名だな! わたしは、ハヤテ。ハヤテ様と呼ぶがよいぞ。で、こっちが。」
「ノノでございます。ですが呼ばないでください。穢らわしいので。」
すかさず毒を吐く垂れ目娘。性格は、ハヤテと言う娘よりもノノと言う娘の方がきつそうだ。
「で……だ。」
ハヤテが不思議そうな顔で僕に尋ねた。
「総一郎はどうして左様な珍妙不可思議な格好で、はたまた、こんな所で寝ておったのか? 」
僕は自分の身の回りを確認する。服は土で汚れているもののそれ以外も落ちたときのまま。リュックも同様だった。ハヤテはゆったりとした着物風の動きやすい服を着ており、珍しそうに僕の服の布地を触ったり嗅いだりしている。
「ここがあの世ということなら僕は死んだのだと思うけど……。」
「なにを言っておる?ぬしは生きておろう? なあ、ノノ? 」
「はい。ハヤテ様。残念なことに総一郎殿は生きておられます。」
「えっと、じゃあここは?」
僕は見渡す。湿った土。生い茂る木々。紅い空。不思議な2人の少女。死んでないならどういう状況なのだろうか。
「ここは鬼の森。ふふーん、そーんなことも知らんのか? 」
ハヤテは勝ち誇ったような顔で鼻の穴をピクピクさせている。
「そしてここは、ハヤテ様の仕事場かつ庭でございます。」
すかさずノノがフォローする。
鬼の森? 確かに怖そうな雰囲気あるけど。鬼がいるとかどう考えても地獄じゃん! 僕死んでるじゃん!
「えーっと。鬼の森って。なに? 鬼がいるの? 」
とりあえず空気を読んで聞いてみる。
「いるぞー。」
ハヤテがニヤリと犬歯を見せる。
「といっても、ハヤテ様の敵にはございませんが。」
なぜかノノがフフン胸を張り誇らしそうにしている。
ちょうどその時、バキバキバキッ。ズンっ!と後ろの森から大きな木が倒れた音がした。
ギャーギャーと烏の大群が飛び立つ。
「ほらきた。」
ハヤテがスッと立ち上がる。
「ノノ。準備。」
「武器はここに。ハヤテ様。」
ノノは、ハヤテに長い鞘に収まった太刀を差し出す。身長ほどの長さがあるが刃の厚さはなさそうだ。
「流石ノノ。早いな!」
ハヤテはそれを抜くとカチャリと中段に構えた。研ぎ澄まされた刃に空の朱が反射し妖気を纏っているようだった。