世界が終わった後に祈るなら
消火器が赤いのは、危険時に気付いてもらうためだ。
青や緑といった色合いで、網膜を喜ばせることを犠牲にしている。
何かを得ようとすると、別の選択肢を封じるのは避けられない。
私が彼女について知っていることと知らないことは、それに似ている。
画面の向こうで彼女が何をしているのか、決して知ることはない。
だからこそ、彼女の身体をまとう匂いのようなものだけは鋭敏に感じていた。
私が彼女を知ったのは、とある文学についてのコミュニティだった。
人々が好き勝手な感想と推察を並べ連ねる中で、彼女はひとつの論を突きつけた。
「これを書いた人は、死にたがっている。そんな自分に陶酔している」
彼女のある種乱暴な言葉に、様々な返事と憶測が並んだ。
根拠は何かと詰め寄る人。
自分もそう考えていたと自論に引き寄せる人。
馬鹿なことをと笑い飛ばす人。
けれど彼女は論を曲げることなく、それが悪いことだとも評価を下すことはなかった。
犯人はあなただと言わんばかりに指をさし、その推理の詳細については品位がないと言わんばかりに口をつぐんだ。
そして遂に一度だけ、私は電話越しに彼女と言葉を交わす機会に巡りあった。
私の胸は、その正体と思惑を暴こうと高鳴っていた。
「あら、私もまったく同じ気持ちだったのよ」
想定外の柔和な物腰に拍子抜けをしてしまい、私は骨が砕けてしまったようになった。
とりとめもなく話す内に脳裏に一枚の絵が浮かんだ。
白い天井。
水銀のようにどろりとした重い香り。
頭を垂れるゆりの花。
彼女が私に与えるイメージは、まさしくそのような美しさと仄暗さのあるものだった。
しかし、ある日を境に彼女の投稿はなくなった。
同時に、作者が新しい作品を発表することもなくなった。
コミュニティは自殺説、長期休暇説など様々な憶測で賑わった。
そして数ヶ月が経ち、季節を過ぎた果実のようにコミュニティは腐り落ち、誰も著者について語らなくなった。
一年後、突如として私の元に彼女からのメッセージがきた。
そこには自分がもうどこにもいないだろうことが、今日の献立を紹介するかのように淡々と綴られていた。
既に何かが終わっており、これがエピローグのようなおまけでしかないものだと感じさせた。
「あなたが生きて残したものを誇りに思うし、これからもそうだといいわ」
もっと早く気付くべきだった。
彼女に忍び寄っていた暗がりを、私はつゆも知ることはなかった。
あの言葉は死の匂いを感じ、揺れる人にしか綴れない。
むせ返るくらいのその香りを彼女は放ち、お前もそうだろうと挑発していたのだ。
祈りを受けとってしまった私は書かなければならない。
彼女のためにではない。
この世界に縛られるために。
ゴルゴダの丘を登り続けるために。
自分の言葉を、輪郭のない自分自身にかたちを取り戻すために。
そう思ったとき、私は重力のおもみを感じ、空白の原稿を前にただ泣き伏せるしかなった。