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月光  作者: えっくす
6/8

六話

五話までの用語にいくつか修正を加えました。

ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんm(__)m

―これは夢だ。

明確な理由はない。だが、それだけは、わかる。

頭が酷く不鮮明で、口が開けない。



私は布団の上に横たわっている。

寝ているのだ。

枕元には、人型が立っている。

白い、霧のようなものがかかっていて、それが何かを確認することは出来ない。

そして、私の身体は、金縛りにあったかのように動かない。


「―これから君は、数えきれない程の悲しみと、喜びを背負うことになる」


人型が話しかけてくる。


「人の意思は、一つの行動によって、その総意を測り知ることは不可能だ。

聖人が悪事を行うこともあるだろう。悪人が正義を為すこともあるだろう」


不思議な声だった。

決して、心を震わせるような美しさを持つ声ではないが、どこか、人を落ち着かせる響きがある。


「人の心は、一貫して変わらないことは有り得ない。なぜなら、人は過去に学び、時を成長と共に過ごすからだ。

例えば、全てを救うと言った神の子は、死を前にして、ただひとりを救わなかった。

例えば、人種差別による大虐殺を行ったかの悪鬼は、道に倒れる孤児を救ったことがある」


なるほど。確かに、ユダは救われていない。

しかし、「成長」?

慙愧を以て、過去を恥じ、成長するのならわかる。

しかし、何をするでもなく、停滞することも成長と言えるのだろうか?

神の子は、奇跡を齎し、あまねく人を救った。

最後では、ただひとりを救わなかった。

この人型の言うことには、それは成長ということだが、私にはそうは思えない。


或いは―

(負に伸びることも成長と、貴方は言うのか?)


「ああ。負への成長は、悪と呼ばれる。

―しかし、人間の種としての進化は、常に悪と共にあった」


「イヴが果実を齧らなければ、我々はここにいない。心を震わす詩もなかったし、甘い恋の快も、救いの愛もなかったのさ」


それまで冷静だった声が熱を帯び始める。


だけどね、と続ける。

「人間が人間である限り、最後に悪は滅びる。間違いないよ―そうでないと人間は繁栄出来ない」


「悪とは即ち、生命の繁栄における障害だ。それがあっては、その種が生き残れない…けれど、障害がなくして、進化はありえないんだ」


君に馴染み深い言い方なら、そうだな。

定期考査や受験がなければ、君は勉強しないだろう?


そう言って悪戯っぽく笑う。

顔は見えないけれど、声の調子でそれを判別することが出来た。



―しかし、悪によって滅びた善があるのも確かだ。

無辜の人々が、多く亡くなったのも確かだ。

…私たちは、いつでもそうだ。

多数の幸福のために、少数が犠牲になる。

その事に異を唱える人々がいる。

しかし、その人々も、結局は幸福の中にいる。幸福を享受している。


だから―そう、仕方の無いことだ。

ギリシャの詩や彫刻は、多数の奴隷達の労働の上に立って出来た…

(けれど)

(その「少数の犠牲」に、自分を置いた奴は、見たことがない)



「うん。それは本当に、仕方の無いことだ。人が二人いれば、諍いが起きる。百人なら競争が、千人なら対立が…どちらかが敗者になるのは止めようもない」

「…こう言っては酷だけどね。

―気にするな」

「君は、君の生き方をすればいい」


「これから君が背負うもの。それは全て、例え好ましくなくとも、君の成長の証だ」

「…話を戻すよ」


「人は言語で思考する。言語は世界を定義している。これは、世界は成立した事態の総体であり、事態を定義するのは言語であることから、明確だね」

「それで在りながら、言語はその性質上、定義出来ないものを表せない」


だから、人の心は、揺れる。人である以上、不可避のことだ。



「ねぇ、これだけは憶えていてくれよ―決して、絶望するな。他人にも、自分にも」

「過去を否定するな。今を否定するな。それはその時の君を否定することだ」

「君は君だ。それ以外の何者でもない。

記憶がなかろうと。実感がなかろうと、肉体が変わろうと、君がここに在る限り、君は君以外として在り得ない!」


(……………………………、………)



強い光が人型を包み始める。私の意識が現実に絡め取られる。


「…時間みたいだね」

「君が自分を探すことを諦めない限り、また会える、はずだから」

「―その時まで、さよなら」


寂しそうな声が聞こえる。同時に、私の意識が現実へと解放される。


―去り際に、視界の端に白い髪が棚引くのを認めた。

お読み頂きありがとうございますm(__)m

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