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月光  作者: えっくす
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第四話

瞳に光が差し込んでくる。

同時に、熱狂と騒音が耳に響く。


目の前には見慣れた檻。

そして、見慣れぬ人々の群れ。


「さぁ、お次は…」


ハリと威勢がよく、それでいて嘲ったような響きのある男の声が聞こえる。


檻に手をかけて外を見ようとする。

その試みは、柵間の狭さによって半ば失敗に終わったが、部分的に「それ」を見ることが出来た―


「10万!20万!70万が出ました!」


…!………!……………………!



虚ろな目をした少女―最も、肌の色が緑がかっていたため人間かどうかの判断は付きかねるが―が、仮面をつけた男に頭を掴まれている。


男は例の厭らしい声を張り上げる。



一言で言えば、それはオークション、競り、そういったものに一番近い。


(奴隷。そうか、これは奴隷を売るための―)


経験したことがなかった訳では無い。


インターネットを利用した某有名サイトのオークションに参加することは、ある種、趣味でもあった。


だが、当然、競られる側にいた事などない。


自分は「もの」でしかない―


既に、あの冷たい監獄で理解していたつもりであった。

しかし、手のひらに乗るほどの、あの数枚の金貨で全て自分は決定づけられるのであるということは、大変恐ろしく感ぜられた。


幼い頃、買ってもらった玩具を、少し遊んで、おもちゃ箱の中に放り込み、二度と触れなかった経験はないだろうか。

壊してしまい、すぐに捨ててしまった記憶はないだろうか。

興味半分で解体したことは…?



あるだろう?


今、おれ達は、玩具と同じなのだ。




男が檻の前にやってくる。

牢の扉を開け、手を強引に引く。


抵抗虚しく、壇上へ引きずられて行く…


壇上から見下ろす景色は、絶望を与えた。

すなわち、「逃げられない…」と。


他人事のようにも思えてくる。

視界が、厚みを失う。



「お次は今回の目玉となります―」



「見ての通り、容姿、魔力ともに高く、長くお楽しみいただけることと存じます!」


100万!席から声が上がる。

ほかの「商品」と比べて、随分と大きい数字である。


まァ、お待ちください。


ニヤリ、と笑って仮面の男が手で制す。


背後から大振りのナイフ…否、剣を取り出して…

「ひっ…」声が漏れる。体が震える。

視界が厚みを取り戻す。


「こちらの商品、またとない特徴を持っておりまして…」


剣が


「ほら!」


振り下ろされた


「あっ…


あ…あ…あぁぁぁぁぁ!」


熱い!痛い!寒い!

肩口に走る酷い痛み。

肉が捩れる、そんな感触。

思わず手をやると、生暖かい、ぬるりとした手触り。


ああ、ああ!ああ!

肉は捻れて再生する。切断面から、落ちた腕を嘲笑うかのように、糸が飛び出す。

糸とせり出した肉が混じり合い、新しい腕が生成されていく―


先程までの熱狂が嘘のように静まり返っていた。

そして、その嘘をも「嘘」と言えるかのように、会場が沸き返る―


千万!

千五百万!

二千万!

三千万!


「二億だ!」


低い声が響いた。

喧騒が止む。


「二億!二億が、出ました、競合は?」


「…いらっしゃらない!」

ではこちらへ、と仮面の男が声をかける。

うむ、と頷いて、客席から太った男が壇上に上がってくる。

鋭い眼光がおれを捉える。


「―確かに、受領致しました」


「…先程、腕を切り落としていたな」


「左様で…」


「…貸せ。金は返さずとも良い」


仮面の男から剣を奪い取る。

そうして―


「ふむ…手品ではなかったようだ」


―おれの左腕が、落ちた。


「…あ、ぁ…」







「首は?どうなのかね。落としても生えるのか」


「は―試しておりませぬ」


「…ふん」


「…ならば。今、ここで試してやろう」



…待ってくれ!それだけは!


―あ、あ。逃げられない。


…いや、でも、これは夢、夢だから、きっと…


男が近寄ってくる。


目が覚めたら、砂漠に居て。

自分ではなくなっていて。

荒廃した村と、奴隷、再生。



(三流小説の舞台のようだ)


…結局、おれは、誰だったのだろう。

何のために、在ったのか。


(ああ、くそ。あの幻覚、期待させておいて…)


(…まぁ、おれに人が殺せるはずもない…)




男が、剣を、振りかぶる。



目を閉じる。

これは救いだ、と、信じてもいないのに、都合よく、今だけは神様を信じて―


「―な」






いつまで経っても、覚悟していた衝撃は来なかった。

…或いは、もう、死んでいるのかもしれない。



薄ら、と目を開ける。


「ぐおおおおおお!」

信じ難いことに。

おれの目の前で、剣を持った男が、燃えていた。


「―は?」


間抜けな声が漏れる。

仮面の男は唖然としている。

観客席からは悲鳴が聞こえる。


「へぇ!よく出来たねぇ、偉いよ」


床から染み出てきた影が、おれの目の前に浮かんでいる。今度は実態を持っているように見える。


「…あぁ…ふぅん…なるほどねぇ」


一人、合点したように頷いている。


よく分からないが―これは、間違いなく好機だ!

走り出す!痛めつけられ、動くことを忘れていた足を引きずって。

痛い!だけど、それでも、ここから逃げ出さなければ…!


「あ、あいつを殺せ!」


後ろから怒号が飛ぶ。あの仮面の男だろう。

あいつ、とはおれのことのようだ。


思い返すと、私はこの時、さほど焦っていなかったのだ。


(逃げなければ…!逃げなければ…!)

脚を引きずって駆ける。


背中の気配はどんどん近づいてくる。


「ねぇ?もう、わかってるだろう?

―君は、選ばれた。勝ち残ったんだ」


「ほら。言ってたじゃないか。殺したいんだろう?…逃げよう、ったって無駄だよ。君は、彼らを、殺すしかない」


影の声が聞こえる。


「捕まえたぞ!」


背中に衝撃が来る。

前のめりに転がる。

首根っこを捕まれ、囲まれる。


「嫌だ…嫌だ…」


「助かりたいだろう?死にたくないだろう?…なら、殺さなきゃ。

どうせこいつらは、ろくでもない人間達さ。君は被害者でしかない」


「怖いだろう?死ぬのは嫌だろう?

君はただ、燃えろ、と願うだけでいいんだ」


「「「殺せ!殺せ!」」」


そうだ。おれは、被害者なんだ。

だから、これは、正当防衛だ。

おれは悪くない。悪くない。わるくない!


「手間かけさせやがって、このガキ…!」


怖い…でも、だから、いいよな。




―燃えろ。





―どくん。

心臓の鼓動のような感覚を、全身に感じる。血が、煮える…否、滾る!


眼前の男が発火した。

青い炎である。幻想的で、こんな時というのに見蕩れてしまった。


のたうち回る男。おれに伸びる手。

それも、おれに触れる前に発火して、燃え尽きていく。


「ははっ」


「ははははっ」


「ははははははっ!」


おれを一方的に嬲っていた、やつら。

おれは弱者で、やつらは強者。

覆ることのない、絶対的な服従関係。


それが今、為す術もなく、蹂躙されている。

楽しい。楽しい。楽しい!


「あはははははっ!」


燃やせ、燃やせ!

燃え尽きろ!


人は燃えていく。

観客も燃える!やつらも燃える!



炎を赤くする。

燃え尽きるまでが遅くなる。

そうだ。こうやって、


「ひぃ!」


髪の毛を掴んで、


「やめ…やめろ…」


瞼を空けさせて!


「ぎゃあああ!あ、あ、ぁ…」


抉り抜く!


ぐにゅり。柔らかな感触。

ぶちゅり。何かが潰れる感触。



「あはははっっ!はははははっ!」


気持ちいい!楽しい!

これが夢にまで見た蹂躙。

想像ですら絶頂を覚えたのだから、現実になった時の快感は言うまでもない。


そう、こうやって、ぜんぶ、ぜんぶ燃やして―





罪のない奴隷達も殺してしまった。






「あ―」


会場は既に火の海になっていた。

扉の前には、我先にと駆け出し、押し合いになって、誰一人として助からずに燃えてしまった死体の山があった。


観客席には、未だ、身体に火がついてのたうち回る者がいた。

仮面の男は、仮面のみを残して灰になっていた。

そして―檻の中には、私と同じ首輪をつけた少女達の死体があった。



黒焦。いや、そんな生易しいものではない。

原型を留めているのだ。

即ち、弱火で長くあぶられたということ…長く苦しんだということ…


影が―否、実態を持った幻影が哄笑をあげる。


「ははははっ!思わぬ収穫だ。やるじゃないか、全焼とは!恐れ入ったね」


そうだ、こいつのせいだ。こいつが、力なんかを与えなければ!


「逃げようか。死体が見つかると面倒だ。安心して、僕に付いてくれば、外に出られる」


こいつのせいだ!おれは悪くない!


「もうこれで君は自由だ!なんだって出来る。なんなら、君を奴隷に売ったやつを探し出して、そいつも殺しちまえ。大丈夫だ、君には、今、それだけの力がある」


「力は正義なのさ。力は、何より明確な善の形だ。力なき者の殺人は罪だが、力ある者の殺戮は粛清となる!」


「さぁ!君の覇道を始めよう!

…おい、聞いているのかい?急がないと、幾ら君でも―」


「お前のせいだ」


「…あ?あ、あッ…!ぐぅッ…ぐあァァァッ…あ、あ…」


炎が影を包み込む。

ジュン、という音がして、溶けてなくなった。


(違う…違う、あぁ…まただ…おれのせいだ…)



(…すべて、どうでもいい)



炎が、近づいてくる。とうに煙は吸い込んでいる。


だから、そう時間はかからずに死ねるだろう。

燃えて、焦げ落ちた天井。

そこからは、私の記憶にあるのと同じ、月が見えていた。


光は青かった。


月光とは、即ち、太陽の光の残滓。

陽の光は、白い筈なのに。


(…あぁ…だから…紅い月、というのか…)



依然として身体は快感を伝えてくるが、それはもう、どうでもよかった。


手足を投げ出し、大の字になる。

目を瞑る。


「我、深き淵より…」


炎を前に、口が勝手に紡いでいた。

意識して、その言葉を止めた。

それは、おれが言っていい言葉じゃない。


(…あぁ、眠い)


意識を手放す。

おれは、奈落に落ちていった。

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