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月光  作者: えっくす
3/8

三話

―バシャリ。


「…ッぅ…」


目が覚めた。何かが滴る。どうやら、水をかけられたようだ。


「――!……!」


響く怒声。聞きなれたものだ。

意識を失う直前に味わった地獄の苦痛はどこへやら、むしろ快感すらあった。


身体の中が洗浄されたような。

朝風呂の感覚が一番わかりやすいかもしれない。


思考はクリアになっていた。

この地獄の中で、実に、久方ぶりのことだった。


水をかけた男は、何処へかと歩いて、離れていった。


ずぶ濡れの頭で考えるのは、昨日の影のこと。

人とは、思えなかった。

しかしまた、夢とも思えない。

あの痛みは、それだけは、否定出来ない。

(状況から鑑みて、おれの身体に何らかの外的改造を齎したと見ていいだろうな)



代わり映えしない地獄。

そこに、変化が起こった。


「考えろ…ここが、分岐点だ…」


言葉に出すも、思考はどうどう巡りで、何の結論も得られなかった。


牢の外から怒号が響く。この後、彼らにとって「大事な」何かがあるようだ。

頬を張る音も聞こえる…

(おれにも何か関係があることかもしれない)

怖かった。事実である。

…だが、彼らを蹂躙し、踏みにじり、辱める姿を妄想することで、おれは恐怖を塗りつぶしていた。

否、絶頂すら覚えるほどの快感を得ていた、と言っても過言ではない。


…兎にも角にも、あの「影」と接触を図らなくてはならない。

条件があるのか?

あの時、おれは、何をしていた…?


わからない。わからない。わからない!


「せめてもう一度…!」


痛みに腹立たしさは感じなかった。

ただ、地獄から逃れる法があれば、それで、良かった。


壁に染みが広がる。何かが、浮き出してくる。



[…僕はずっとここに居るんだけどねぇ。]


「…ッ!?」


子供のような輪郭。

改めて見ると、少しばかり異様な形をしている。


高くもなく、低くもなく。無機質な感じのする、どこか冷たい声。


[また明日ね、って言っただろう?]



…確かに、そう言っていた。


―けたけた。

影は、嗤う。


[どうかな?痛みは。もう収まった?]


嘲弄するような笑顔。見覚えがある。

どこか、碌でもないところで。


「…酷い気分だった」


[おやおや、それはそれは…]


「だがよ」


その笑顔に、問う。


「―お前は、おれに何をした?」


[何だと思う?」


暫しの静寂。

おれの脈は早撃っていた。

転機。これを逃せば、次はない。

そう、直覚していた。



簡単なことさ。

影は滑るように歌う。


[僕は君に、力を与えてあげる]

[ここから、逃れる力]

[君が、本当に人を殺せるなら、ね]


納得した。おかしな話だが、そうなることはわかっていた。

薄暗い部屋。少しだけ光って見える、影。


「…何故お前は力を与える?やつらを殺すことが、お前の利益に繋がるのか?」


わからない。そもそも、殺すだとか、殺されるだとか、おれには、その実感すらないのに。


[…何も無いさ。この身は精霊なればね]


「…精霊?」


耳慣れない単語に耳を疑う。

それは、空想上の存在。

反射的に、言葉を紡いだ。


「そんなものが―」


言いかけて、口を噤む。

思い返せば、辻褄が合わない。

西洋風の街並み。

「奴隷」と言う、昨今耳にしない単語。

おれの体の変化。

…そして、この、眼前の超常的な存在。


ああ、いや。この場を以て認めてしまおう。


…ここは、おれの知っている世界では、ない。

心に揺れはなかった。




悲劇的なことには、私、驚く力を失ってしまっていた。




―コツ。コツ、コツ、コツ…


誰かが階段を降りてくる音がする。

この牢の近くには牢はない。

―間違いなく、おれを連れ出すつもりだ。


額に汗が浮かぶ。


[―]


影が何かを言おうとする。

だから、その前に。


「おれに、力を」


ください―いや、違う。


「寄越せ!」


―承った。


影が―、否、精霊が口角を上げる。


瞬間―流れ込む、凄まじい熱量。

痛み、というよりも、耐え難い快楽に襲われる。

足音が止まる音を聞いたのを最後に、おれは意識を手放した。

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